消費者は物価を前年比で見ていない
~2019年にアンカーされる消費者の物価基準~
2022年に大きく上昇した消費者物価指数は、徐々に前年比での伸び率が落ち着きつつある。一方で、生活意識に関するアンケート調査で示される消費者の考える前年比での物価の伸び率は依然として高い。両者のトレンドは、過去と比較して大きな乖離が生じている1(図表1)。物価の伸びが縮小してきているのであれば、消費者の考える物価の伸び率もまた縮小傾向で推移するはずであるが、なぜ乖離が生じているのだろうか。
原因としては、消費者にとっての基準が「前年」ではない可能性が考えられる。消費者物価指数は各月ごとに指数が作成され、前年比での伸び率が算出されるが、生活意識に関するアンケート調査では「1年前に比べ現在の「物価」は何%程度変わったと思いますか」という問いに対する消費者による回答を集計した数値が示される。前年の価格を記録し、今年の価格と比較することによって回答数値を記入している回答者(消費者)はほとんど存在しないと考えられるため、その数値は回答者(消費者)の感覚に委ねられる。もし、消費者が「1年前」とは異なる基準と現在とを比較しているとすれば、消費者物価指数の伸び率と生活意識に関するアンケート調査で示される伸び率の方向に乖離が生じることになる。
消費者が基準として考えている可能性があるのが、2019年の物価水準だ。コロナ禍や物価上昇に見舞われる前の物価水準が、現時点においても、多くの消費者にとっての基準となっている可能性がある。日常的に物価統計を見ることのない一般的な消費者が、現在の物価がどのくらい高いかを比較する上で基準としやすいのは、良くも悪くも物価が安定していた2019年の物価だろう。実際、2019年比での消費者物価指数(総合)の伸び率と生活意識に関するアンケート調査の前年比伸び率とを比較してみると、生活意識に関するアンケート調査にみられる購入頻度のバイアスによって、伸び率の大きさこそ異なるものの、方向は概ね一致しており2、消費者にとっての基準が2019年である可能性を示している(図表2)。
消費者の物価の基準が、2019年の物価水準にアンカーされているのであれば、持続的な物価上昇が受け入れられるのは難しそうだ。首尾良く2%の物価上昇が続いてとしても、2019年対比で物価上昇率が拡大し続けるため、消費者にとっての基準値から物価が上方に乖離し続けることになるからだ。物価上昇が消費者に受け入れられるためには、物価の上がらない時代にアンカーされた消費者にとっての基準時点が2019年から動き、毎年の物価上昇が当然のものとして受け入れられる必要がある。長く物価の上がらない時代が続いてきたことで、消費者の頭の中には購入頻度の高い品目の過去の価格が記憶されてしまっている。消費者にとっての基準点が2019年から動き出すには、時間がかかりそうである。
- 生活意識に関するアンケート調査においては、購入頻度の高い品目の影響を受けやすく、伸び率の数字自体は、品目ごとのウエイトに基づいて算出される消費者物価指数よりも高く出る傾向にある。
- 2022年後半から2023年にかけては食料品価格が大きく上昇したため、消費者の回答した1年前からの物価の変化率が上振れたものと考えられる。