森林環境税の導入(6月1日~)から「受益者は誰か?」を考える
日本の自然観光を目的に多くの外国人が訪日している様子が報道されるようになった。これは、日本の自然資源が、国際的にも魅力ある観光資源として認知されてきたひとつの現象として見て取れる。日本の自然資源が、国際的に発信力を強めるようになったのは、2010年愛知で開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)からだ。COP10では、「SATOYAMAイニシアティブ[1]」の枠組みがはじめて提示され、農林業により維持管理されてきた里山の重要性が認識されるようになった。里山[2]は、継続的に人の手が入ることで生物多様性が保全され、それが人間の福利厚生につながるという考え方である。
「SATOYAMAイニシアティブ」が推進される背景には、少子高齢化や農林業の担い手不足、所有者や境界が分からない里山の増加等による農村の荒廃と過疎化がある。地方圏から大都市圏への人口流出によって、里山の放棄に歯止めがかからず、将来的にもこうした状況が続くことが予想される。里山の放棄を食い止めるため、農林業従事者の人材育成、観光振興のための環境整備等、さまざまな取組みがこれまでも推進されてきた。しかし、国土の約4割を占める里地里山[3]を持続的に維持・管理するためには、地域産業・観光振興だけでは限界があるとも言われている。一方で、里山は管理することで、人々の水資源を守り、洪水防止等の環境保全機能があることが認められている。そうした視点に立つと、所有者を中心とした地域住民だけが里山からの社会経済的恩恵を受けるわけではないことが分かる。「里山の受益者は誰なのか?」を考えることは、人口減少期における日本の農林業のあり方を再考することにもつながる。
6月1日に導入された森林環境税は、森林[4]の受益者を地域住民から都市住民まで広く設定した点で意義深い。具体的には、森林環境税は、個人住民税に1人当たり年額1,000円を上乗せして市区町村が徴収し、国から都道府県や市区町村へ再配分する仕組みである。森林環境税は、年間で約600億円(2024年度)になる見通しだ。東京都23区内の自治体では、森林を保有する農村部の自治体と、それを活用する東京都23区内の自治体間協定を使っている。例えば、23区内で建設される木造建築物が協定自治体の森林を活用している場合、その自治体に対して譲与税が分配される。「森林の受益者は誰か?」を考えさせられる事例と言える。
東京都の事例のように、農村地域の適所に譲与税が再分配されれば、農林業のための人材育成や木材利用の促進、観光振興のための森林整備、ひいては地域雇用の創出にもつながる可能性がある。一方で、特に森林のような自然資源に対する税金利用は、納税者に対して徴収した森林環境税の使途を丁寧に説明することが肝要である。なぜなら、多くの場合、自身が自然資源の受益者であることの認識が薄く、どのようなフィードバックがあるのか個々人のリテラシーに左右されるからだ。森林環境税の導入によって、効果的な都市農村連携を生み出すには、都市住民のリテラシー向上に資する働きかけと、その使途を分かりやすく公開することがひとつのカギとなるだろう。
- 世界各地の農林業のような人の営みによって維持されてきた自然資源(二次的自然)の持続可能な管理・利用を推進するための取組み。
- 里山とは、集落や耕地の周囲の山や森林を指す言葉で、燃料(草や薪、肥料のための落ち葉)や資材(農具の材料)、食糧(ドングリ等)を得るための森林のこと。人が長年利用し干渉することで生物多様性が維持されてきた場所である。
- 里地里山は、集落とそれを取り巻く里山や農地、ため池、草原などで構成される地域のこと。
- 森林環境税は、里山を含む私有林や人工林を対象としている。
- 私有林人工林面積、林業就業者数及び人口による客観的な基準で按分して譲与される。