健康行動の手前の準備状況をPHRサービスで把握する
~OKI 睡眠習慣改善ソリューション「Wellbit™ Sleep」の場合~

上級研究員 岡島 正泰

個人の健康診断結果や服薬履歴、自らが日々測定するバイタルなどの健康情報であるパーソナルヘルスレコード(PHR)を記録管理するPHRサービスを利用した健康増進への期待が高まっている。

一方で、体重、血圧の適正化や禁煙などの健康増進を達成するために、PHRサービスから利用者に食事や運動などの健康行動の変容を働きかけ、さらにそれを継続させることには一定のハードルが存在する。個人の健康行動の変容や継続には、本人の行動意図とともに、行動の手前の準備状況(知識、スキル、環境的制約などの様々な要因)が影響するとされる1。また、個人への働きかけで行動変容を実現しても、それを取り巻く人間関係、環境も同時に変わらなければ健康行動を長期間維持することは難しい。そのプロセスも一本道ではなく、ダイエットや禁煙などでよく見られるように、健康行動をやめてしまうケースやその後に再び挑戦するケースもある。

そのため、従来から、対面等で実施する保健指導では対象者の状況、準備段階や意欲、生活環境などを評価するアセスメントが行われてきた2。これをPHRサービスを提供するアプリ等にも組み込んでいく必要がある。つまり、PHRサービスを提供する事業者には、本人の行動意図だけでなく、知識とスキル、環境的制約などの健康行動の手前の準備状況を把握し、それに応じた働き掛けをしていくことが期待される。そのためには、体重や血圧などのPHRを定期的に記録管理するだけでなく、健康行動の手前のプロセスから準備性を評価する指標を明確化し、それを記録・活用する仕組みが必要となってくる。政府は、日本医療研究開発機構が令和4年度に開始した「予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業(ヘルスケア社会実装基盤整備事業)」3で、ヘルスケアアプリ等の開発に向けた行動変容指標に関する研究を進めており、そこでも行動の手前の準備状況を表すデータの利活用の必要性が認識されている。

民間企業からも、健康行動の手前のプロセスから準備性を評価し、働きかけに活用するサービスが現れてきている。今回は、そのようなサービスとして、沖電気工業(OKI)の睡眠習慣改善ソリューション「 Wellbit™ Sleep」に着目する。
同社は、行動変容理論に基づきユーザーを特性ごとにグループ分けし、最適なメッセージを送るプラットフォーム「Wellbit ™」を開発した。プラットフォーム上で定期的なアンケートや行動データを取得する。それによって支援する健康行動に応じた利用者の特性グループを推定する。更に、推定したグループに適した内容・適したタイミングで利用者の行動変容を促すメッセージをスマートフォン等に通知する機能も備えている。

同社は、このプラットフォームに、睡眠改善を支援する機能を搭載して「Wellbit™ Sleep」として提供を開始している。サービス利用開始時に入力する初回データ、アンケート・睡眠日誌等で取得する時系列データを基に行動科学に基づき睡眠改善を支援するメッセージを送信する。利用者ごとに、睡眠状況とともに健康行動の手前の準備状況も含めて把握する仕組みが埋め込まれている。京都大学等と連携し、アプリ利用により不眠重症度を改善する効果を検証している。

このように、PHRサービスには、支援する健康行動に応じて健康行動の手前の準備状況を把握する指標を特定し、その指標を組み込んで効果的に支援するシステムを構築すること、健康増進に対するエビデンスを蓄積していくことが期待される。しかし、個々の企業がこれらに対応していくハードルは高い。政府等の行動変容指標に関する研究の成果を活用したり、プラットフォームサービスの利用を検討する余地もあるだろう。

  • 木原雅子、加治正行、木原正博訳「健康行動学 その理論、研究、実践の最新動向」(2018年7月)P96
  • 厚生労働省「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」(2024年4月)
  • 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構のホームページ https://www.amed.go.jp/program/list/12/02/004.html
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