上がるサービス価格、上がらないサービス価格

プリンシパル兼エグゼクティブ・エコノミスト 亀田 制作

物価見通しにおけるサービス価格の重要性

前回のコラムでは、長引くコストプッシュ・インフレの背景として、食品や耐久消費財といった財(モノ)の価格動向に焦点を当てました。その後、7月21日に公表された日銀の展望レポート(基本的見解)の消費者物価見通しをみると、予想していたとおり、2022年度と23年度の前年比上昇率が、コアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価)を中心に4月時点の見通しからはっきりと上方修正され、食品・耐久財価格の足もとの加速と当面の上昇の持続性を織り込んだ結果となりました1

その結果、現在の日銀のコアコアCPI見通しは、政策委員予想の中央値でみると、22年度が+1.3%、23年度が+1.4%、24年度が+1.5%です。つまり1年間に0.1%ポイントずつという、ごく緩やかなペースで継続的に上昇率を高めていき、見通し期間の最終年度には、金融政策の物価安定目標である2%には達しないとはいえ、1%台の半ばまで上昇する姿が展望されています。このコアコアCPIは、食品や耐久財など、エネルギー以外の分野で店頭価格へのコスト転嫁が進むことによっても上昇することを前回のコラムで指摘しましたが、日銀は輸入物価上昇に伴うコストプッシュ・インフレを「一時的」と判断していますので、さすがに2024年度にもなれば、そうしたコストプッシュの直接の影響は収まっていると想定しているでしょう。したがって、22年度と24年度のインフレ率見通しはわずか0.2%ポイントしか違いませんが、その中身は入れ替わっていると考えられます。つまり24年度には、急激なコストプッシュ局面の終了に伴ってモノのインフレ率はピーク比では幾分低下している一方で、サービスのインフレ率は緩やかに高まっているという経済を展望しているはずです。言い方を変えると、もし、サービス価格が(日銀が強調するように賃金や中長期の予想インフレ率とともに)一段と上昇していかなければ、こうした見通し期間終期の高めのインフレ率も実現しないことになります。

このように、少なくとも来年度の前半頃まで続く「コストプッシュの荒波」(景気には下押し圧力、物価には上昇圧力)を日本経済が乗り越えた後に実現する物価上昇率を規定する要素として、先行きのサービス価格動向は最重要となるパーツです。「物価は経済の体温計」という(やや古い)言葉がありますが、今から2~3年後に日本経済の「平熱」は果たして日銀が予想するほど上がるのか、過去30年間の「低体温症」を克服できるのか、という問いを考える上で、サービス価格の分析は欠かせません。

意外に上がっている現在のサービス価格

前置きが長くなりましたが、そうした問題意識に立って、今回のコラムでは前回触れなかったサービス価格について取り上げ、最近の動きと先行きの展開をどうみれば良いのか、私の考えを述べてみたいと思います。

まず、実際に消費者物価指数のサービス品目の最近の動きをみてみましょう。直近6月実績の前年比を財・サービス別にみると(注:総務省統計局の分類に基づく)、財の物価が+4.9%と高い上昇率となっているのに対し、サービスの物価は▲0.3%の下落ですので、一見するとサービス価格は全く上昇していません。しかし、これは、サービスに含まれる携帯電話通信料の値下がりの影響(昨年夏から秋にかけての大手キャリアの料金プラン変更に伴うもの)が前年比で残存しているためであり、携帯通信料を除けばサービス価格の前年比もプラス域にあります。また、サービス価格の変動について品目別の分布をみると(下記図表1)、前年比がプラスである品目数はサービス全体の約7割に上っています。つまり、1年前と比べ値上がりしているか、値下がりしているかという二択で言えば、多くのサービス価格が既に上昇に転じているのです。そればかりか、前年比が+1%以上上昇している品目数がサービス全体に占める割合も約4割、前年比+2%以上の上昇品目数をみても全体の約4分の1と、決して低い比率ではありません。高騰するモノの値段ほどではなくても、足もとのサービス料金は、思いのほか上昇しており、広がりもみられる、と言えそうです。

上昇の背景と今後の持続性

この理由としては、サービス価格の決定要因として重要な賃金が、構造的な人手不足などを背景に緩やかな上昇を続けているという事実があります。今年の春季賃上げ率は(注:連合の最終回答集計結果に基づく)、中小の労働組合も含めて3年ぶりの高い伸びとなりましたが、定昇込みの賃上げ率は約2%となっていますので、定昇を除いた賃上げ率は0.5~0.6%程度と推測されます。賃金とサービス価格の上昇率は、短期的にピタリと一致するほど強い相関があるわけではありませんが、「付かず離れず」の関係にありますので、多くのサービス価格の前年比が小幅のプラス域にあること自体は、賃金との関係では自然な現象と言えます。この観点からは、先行き景気回復が続けば、人手不足感がさらに高まることを通じて、賃金ひいてはサービス価格の上昇率は緩やかに高まっていくと予想されます。ただし、その実現には、国内経済がコスト高と海外景気の悪化に耐えつつ持ち直しを続けることが大前提です。景気回復を継続させるためには、足もと新型コロナの新規感染者数が急増する中でも、経済活動の正常化の流れを止めない対応や工夫が官民を問わず強く求められていると思います。

その一方で、現時点で既に前年比1%や2%を超える高い上昇率となっているサービス価格については、必ずしも今後の上昇の持続性が約束されているものではない、と考えています。その理由は、そうしたサービス価格の中には、コストプッシュ圧力を強く受けているモノの価格との連動性が高い品目が多数含まれているからです。価格の前年比上昇率がとくに高いサービス品目を例示してみると(下記図表2)、まず、「牛丼」、「ハンバーガー」、「カレーライス」など、「外食」関係の品目が数多く該当します。外食料金は、サービスを提供する店員の賃金によっても変動しますが、最近値上がりしているのは、やはり食品自体の価格が高騰している影響の方が大きいでしょう。また、「家事関連サービス」に含まれる「外壁塗装費」や「屋根修理費」、「自動車オイル交換料」といった品目の値上がり幅も大きなものとなっていますが、これも、人件費の増加以上に、工事や修理に用いる部材自体のコストが上昇しているためと推測されます。したがって、こうした分野でのサービス価格上昇は、モノの分野のコストプッシュ・インフレが半ば直接的に波及している側面が大きく、モノの高インフレが収束に向かう局面では、同様に一旦は落ち着くでしょう。

価格上昇が鈍いサービス分野

また、先行きの価格上昇の持続性という点では、サービスの中でもとくに粘着的な価格形成が行われている品目の存在も見逃せません。前掲した図表1、品目別の価格変動分布を再びみると、「一般サービス」(民間サービス)に比べ、「公共サービス」(公共料金)がほとんど上がっていないことが明らかに分かります。今後、一部の地域ではタクシー料金や鉄道運賃の値上げなどが検討されているため、公共料金も上昇してくると予想されますが、その価格決定プロセスは民間サービスや一般物価の上昇率を参考にしながら後追いで進むことが多いため、公共料金全体の上昇のペースは民間サービスより一段と緩やかになると見込まれます。

さらに、民間サービスの中にも「持家の帰属家賃」のように、指数の作成方法上、動きが緩慢になりがちな品目があり、先行きも民間サービスや賃金の動きには連動しにくいと予想されます。帰属家賃の計測問題については、日銀が3月29日に開催した第1回「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップの中で、第2セッションの指定討論者を務めた日本大学(当時。現一橋大学)の清水千弘教授のご意見(現実に持家市場と賃貸市場が分断されているもとでは、持家のコストを「民営家賃」に準拠して作成する発想から一度離れてみるべき)が、個人的に大変勉強になりました。ご関心のある方は、同ワークショップの議事要旨が5月23日に日本銀行調査論文として公表されていますので、ご覧ください2

前回と今回のコラムの考察を踏まえると、「モノと一部のサービスのコストプッシュ・インフレが、過去の日本経済ではみられなかったほどの勢いと広がりをみせている」という点は確かです。ただし、これを、日本経済が長年の「低体温症」から抜け出す兆しとまで捉えるのは早計でしょう。景気回復の持続性に関するリスクに加え、価格形成がとりわけ粘着的なサービスの存在も考えると、コストプッシュ局面終了後のインフレ率については、下振れるリスクが依然かなりあると私自身は判断しています。逆に、やや長い目でみて物価が上振れるリスクがあるとすれば、それはグローバルなサプライチェーン混乱の長期化などから、モノを中心としたコストプッシュ・インフレがなかなか収まってこないという、日本経済にとっては大変厳しいシナリオなのではないかと考えています。

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