この減少した分の労働力を確保するために、採用要件から学士資格を外すことで高卒以下の層にも採用を広げようとする動きが出ている。具体例としては、デルタ航空が、パイロットの選考時に学士資格は「必須ではない」とし、また、IBMやバンク・オブ・アメリカも一部職種で学士を持たない候補者の積極的な採用を進めている3。さらには民間企業よりも採用基準が厳しいとされる政府部門においても同様の動きが見られ、東部メリーランド州政府は、2022年3月にIT(情報技術)、事務、カスタマーサービスの分野の採用で学士資格を外している。この結果、16~19歳の失業率は約70年ぶりの低水準に達するなど《図表5》、高卒以下の層にとっては空前の売り手市場となっており、かねてより彼らを雇用していた対面型サービス業種にとっては採用が難航する一因となっている。
米国対面型サービス業の人手不足感の変化
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1.日米対面型サービス業種の人手不足感
昨今、日本においてはコロナ禍が落ち着きを見せる中、需要の急回復に伴う対面型サービス業の人手不足が問題視されている。本稿では、同じく対面型サービス業の人手不足問題を抱えつつも先んじて緩和方向に向かっている事例として、米国の状況について解説する。
改めて日米の現状を比較すると、いずれも対面型サービス関連業種の人手不足感が根強い。業種別の欠員率1を見ると、日本では、「宿泊、飲食サービス」、「運輸、郵便」、「生活関連サービス、娯楽」、米国では「教育・医療」、「レジャー・宿泊」、「専門サービス」が高くなっている《図表1》。またコロナ前後の2時点で比較すると、米国ではコロナ感染拡大後の欠員率上昇が目立ち、日本よりも人手不足の深刻度は高い。
しかし、日米双方で欠員率が上位の宿泊関連サービスを取り上げて欠員率の推移を比較すると、米国ではいったん大きく上昇した後に緩やかに低下している一方、日本では足もと上昇傾向にあり、2021年後半以降は両者の差が縮まっている《図表2》。ここで宿泊関連サービスの実質消費を比較すると、米国の方が需要の戻りが早く、大きいことが確認できる《図表3》。すなわち、米国では宿泊関連サービスの需要が高まる中でも、人員の供給が幾分追いつくことで人手不足が緩和の方向に向かっていることが、日本とは対照的な動きとなっている。
2. 米国における対面型サービス業種の人手不足の基本的背景
コロナ感染拡大後の米国対面型サービス業種の欠員率の変化は、上述の通り、①2021年前半に大きく上昇した局面と、②2021年後半以降緩やかに低下している局面とに大別できる。
①の局面で欠員率が大きく上昇した背景としては、感染症拡大防止のためロックダウンが実施された時に大量解雇を行った結果、需要の戻りに再雇用が追い付かなかったことがある。米国は日本よりも解雇のハードルが低く、外出制限で急減した需要に合わせる形で大量解雇を行った。その後需要が戻る中でも、コロナ感染再拡大リスクが残る中、再雇用が思うように進まなかったとみられる。当時は連邦政府が失業保険給付の上乗せ措置を実施しており、失業者にとっては無理して働くインセンティブが低かったことも雇用回復の遅れにつながったとみられる。
加えて、コロナ禍の下で働き方への意識が変容し、リモートワークへのニーズが高まったことも影響したとみられる。Barrero et al.(2022)によると、リモートワークの「快適さの価値」は、年収15万ドル以上の層においては収入の6.8%、年収2万~5万ドルの層においては収入の1.7%に相当するとされる2。すなわち、リモートワークはとりわけ高年収層への訴求力が高いものの、低年収層にとっても収入と引き換えに得る価値があるとみなされており、リモートワークを実施する業種への転職が進んだことが、業態上リモートワークが困難な対面型サービス業種において欠員率が上昇した一因とみられる。
さらに、対面型サービス業種の人手不足を助長する要因も存在する。従来、同業種が労働力の主力としてきた高卒以下の層の採用競争が幅広い業種で激化していることだ。米国では、業種問わずコロナ禍を機に55歳以上の労働参加率が低下したまま、戻っていない《図表4》。これは、株価上昇を通じた資産増加で老後資金への不安が払拭された層が早期引退したことなどが原因とみられ、今後も復帰が見込みづらい。
3.2021年後半以降の人手不足感の緩和
一方、上記②の2021年後半以降の局面で欠員率が緩やかに低下してきている背景としては、対面型サービス業種の大幅な賃上げの影響が大きいとみられる。足もと米国では、採用難に対して業種問わず賃上げで対応している。労働統計局によれば、2022年7月に新規雇用を増やした事業所が実施した採用促進策では、「初任給の引き上げ」や「採用ボーナスの提供」といった金銭関連の内容が上位に位置している《図表6》。
とりわけ、対面型サービス業種の賃上げペースは他業種を上回っている。コロナ前の2019年末時点と比較した平均時給伸び率をみると、欠員率の高かった「レジャー・宿泊」、「専門サービス」、「教育・医療」は、大多数の他業種を上回っている《図表7》。米国において企業が積極的な賃上げを行える背景としては、それを十分に価格転嫁できていることが大きい。全米企業エコノミスト協会(NABE)の調査によれば、2021年第4四半期に値上げを実施した企業の割合が調査開始以来最も高い53%に、同期間に賃上げを行った企業の割合が68%にそれぞれ達しており、賃上げの必要性に応じた機動的な値上げが行われていることが窺われる4。
加えて、徐々にオフィス出社に戻す風潮が強まっていることも対面型サービス業種にとっては追い風となっている。労働統計局によれば、2022年8~9月において「リモートワーク全く実施なし、または、ほぼ実施なし」であった民間企業は72.5%であり、2021年7~9月の60.1%から上昇している5。データ入力などの一部の職については、コスト抑制の観点から生活費の安い州で採用する形でリモートワークが増える動きもみられるものの6、全般的に見れば現実的にリモートワーク可能な業種が限られつつある中、対面型サービス業種への人の戻りも促されているとみられる。
さらに、上述した高卒以下の採用競争激化についても、それを緩和する動きが一部にみられ始めている。雇用環境の改善を受けて、大学に進学せず就職する高校生が増えているためだ。近年、米国では大学の教育費が高騰しており、進学した場合は巨額の教育ローンを抱えるケースが増えている。労働統計局によれば、高校新卒者の大学進学率は、2022年時点で62.0%となっており、2019年時点の66.2%から低下している7。高卒者の就職増は、対面型サービス業種にとっては採用対象の層が拡大することを意味し、採用競争激化の影響を一部相殺しているとみられる。この点は、非正規労働者の新規参入が見込みにくくなっている日本の状況と幾分異なるかもしれない。
4.おわりに
以上見てきたように、米国の対面型サービス業種を取り巻く環境には日本と異なる点はあるものの、人手不足緩和に向けて企業サイドで実施している対応としては、やはり積極的な賃上げが中心だ。翻って日本の対面型サービス業の賃金を見ると、過去対比では高めの賃上げ率が実現しているとみられるものの、中小・零細企業が多いこともあって、他業種対比では力不足感が否めない。22年度の春闘における賃上げ変化幅を見ると、「サービス・ホテル」は他業種並み、「交通運輸」は他業種を大きく下回る水準に留まっている8。今後、さらなる賃上げが進む中で人手不足が緩和されていくのか、それとも高い人件費負担に耐えられず業務撤退や廃業に追い込まれる対面型サービス企業が増えていくのかが注目される。
- 欠員率:常用労働者に対する未充足求人の割合
- Barrero,J.M., N.Bloom, S.J.Davis, B.H.Meyer, and E.Mihaylov (2022) “The Shift to Remote Work Lessens Wage-Growth Pressures”, NBER Working paper, 30197.
- 日本経済新聞電子版「米企業、大卒資格問わず 人手不足で採用要件見直し」(2023年1月28日)
- National Association for Business Economics “Business Conditions Survey January 2022” (2022年1月3日)
- BLS “TELEWORK, HIRING, AND VACANCIES – 2022 DATA FROM THE BUSINESS RESPONSE SURVEY”(2023年3月22日)
- Wall Street Journal “Remote Work Sticks for All Kinds of Jobs”(2023年7月10日)
- BLS “College Enrollment and Work Activity of High School Graduates News Release”(2023年4月26日)
- SOMPOインスティチュート・プラス「中小企業で進む「防衛的賃上げ」」(2023年4月28日)
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