クライメイト

ケニアに向けた日本の国際協力~次世代を担う地熱発電開発技術者の育成~

副主任研究員 久井 環

温暖化対策として各国が再生可能エネルギー導入を急ぐ中、ケニアは総発電量の9割を再生可能エネルギーで賄っており、なかでも 地熱発電が4割を占める。同国における地熱発電の普及は、日本とケニア両国の技術者が半世紀かけて紡いできた地熱発電開発の歴史そのものである。この歴史を紐解きながら、日本によるケニアへの国際協力の成功の鍵を探る。

1. ケニアは再生可能エネルギー先進国

(1) ケニアの概要

ケニアはアフリカ大陸の東部に位置し、国土は日本の約1.5倍、人口は約5,300万人1である。2008年に完成した国の長期開発戦略 「ビジョン2030」2≪図表1≫では、2030年までに中所得国入りの実現を目指すとした。2023年4月にIMFが公表したケニアの2022年実質GDP成長率は5.4%3であり、サブサハラ・アフリカ地域平均3.9%と比較すると経済成長が進んでいる国といえる。一方で、近年ケニアを含めたアフリカ東部は、過去に例を見ない規模の干ばつの影響を受けている。世界銀行は異常気象が経済成長への脅威であるとの見解を示しており4、経済活動と自然環境保護の両立が国家開発計画に沿うものであると思われる。

(2)ケニアにおける地熱発電開発

ケニアは東アフリカ大地溝帯と呼ばれる火山帯の上に位置していることから、古くから地熱資源が豊富にあると期待されていた。 1950年代にケニア政府は地熱調査を開始し、1967年には国連開発計画 (UNDP) による調査も行われた5。その結果、ケニアを走る大地溝帯のうちオルカリア地域が地熱発電開発の最優先地区とされ、1981年、アフリカ大陸初となる地熱発電所、オルカリアIが運転を開始した6。1970年代のケニアは電源を水力と火力に頼っており7、それ以外のエネルギー資源の開発が課題であった同国にとって、地熱発電所の完成は悲願であったと言えよう。オルカリアIの完成後、2.にて詳述する日本による政府開発援助(ODA) 、世界銀行、欧州投資銀行、アフリカ開発銀行などの支援を受け、オルカリア地区の地熱発電所の新設・増設を重ねて地熱発電容量8が拡大した。


「ビジョン2030」では、国のエネルギー政策として地熱発電開発が最優先と位置づけられた9。各国からの支援もあり、ケニアにおける地熱発電開発は大きく飛躍した。現在オルカリア地区の地熱発電所にて稼働するタービン19機のうち13機10が日本製であり、日本の貢献は大きいと言える。2021年時点においてケニアの総発電設備容量2,857.5MWのうち40.6%(805.1MW)を地熱発電が占めている11≪図表2≫。水力と風力発電も含めた再生可能エネルギーによる発電は9割に上る。 いまだ全国民に電力が行き届かない状況(世界銀行によると2020年時点の電力普及率71.4%)ではあるものの、地熱発電の導入拡大により、ケニアにおける電力化が加速したと言えよう≪図表3≫。

2.ケニアの地熱発電開発を担う人材育成に向けた日本の支援

(1)九州大学をはじめとした技術者が行うケニアとの「地熱外交」

日本は早くから地熱発電の研究開発を始めている。特に九州大学における研究には歴史がある。九州大学は、1940年に日本初となる学術用地熱井の掘削を開始12した。戦争により開発は一時中止となるも、日本初の事業用地熱発電所である九州電力大岳発電所 (1967年運転開始)構内に地熱資源開発実験所を1966年に開設するなど、同校は日本における地熱資源開発のパイオニアである。

日本にとどまらず海外の地熱発電開発技術者の育成を目的として、1970年に日本政府と国連(UNESCO)の支援を受けて九州大学 (現大学院工学研究院地球資源システム工学部門)は 「国際地熱研修コース」を開設した13。今日まで37か国からのべ448名もの研修生を受け入れ、 将来世界各国において地熱発電開発を担う技術者の育成に貢献してきた。

また、海外から研修生を受け入れるだけでなく、現地における地熱資源の調査も行ってきた。1972年2月、ケニアから地熱開発調査と技術者の能力向上訓練の要請を受け、JICAによって組成された地熱調査団の一員として、九州大学の教授が旧通商産業省工業技術院地質調査所や民間コンサルタントの技術者とともに現地へ派遣された。「ケニア共和国リフト渓谷地熱開発計画調査報告書」(JICA、1983年1月)によると、JICAは1979年から1982年にかけて4回、ケニアに調査団を派遣した。その調査団には多くの現地ケニア人技術者も参画しており、その中には九州大学で研修生とした学んだ者もいた14。ケニアだけでなくJICAによる資源国の人材育成の取組みである「資源の絆プログラム」15に代表されるように、これまで九州大学を含めた多くの本邦大学や民間企業が、途上国における資源開発の推進に人材育成という形で貢献している。

(2)ケニアに対する日本の政府開発援助(ODA)

ケニアに対して日本が実施した地熱発電開発にかかる政府開発援助(ODA)は、発電所建設に代表されるようなハードインフラ事業にとどまらない≪図表4≫。たとえば、人材育成を主軸とした4年間の「地熱開発のための能力向上プロジェクト」16を実施している。これは、技術協力というソフトインフラ事業である。このプロジェクトの背景には、ケニア側に深刻な2つの事情があったと言える。

1つ目として、ケニアの偏った電源構成である。2010年における発電容量の70%が水力であった17。干ばつといった天候に左右されない電源確保が求められた。安定した電力供給のためには、更なる地熱発電開発が必要であった。2つ目として、自国の技術者不足である。ケニアの地熱開発公社18は多くの自国の掘削作業員を有していたが、高度な技術を要する場面では外国人技術者に頼っていた。 自社技術者の養成と将来の自国の技術者雇用を目指し、 日本に「地熱開発技術支援協力プロジェクト」を要請した。気候変動にレジリエントなエネルギー政策の推進には、地熱発電所の新設・増設に併行して、将来発電所建設を担うことのできる自国の技術者の養成が必要であった。

地熱発電開発の工程は、地下から蒸気や熱水をくみ上げるための生産井の掘削や発電タービンの設置のみならず、その工程以前の地熱資源が発電に適したものであるかの調査に始まり、森林や水といった自然環境の保全、発電所建設に伴う住民移転・用地取得、環境影響評価、発電事業計画策定など多岐に渡る。発電所建設というハード面の協力のみならず、資源調査や発電事業の安定運営の分野でも活躍できる人材を育成するソフト面の協力についても、日本に対して熱い期待が寄せられた。 当該プロジェクトには、複数の日本企業19が参画しており、幅広い分野での専門性が求められる地熱発電開発にオールジャパンでケニアの期待に応えたものである。

「IoT技術を活用したオルカリア地熱発電所の運営維持管理能力強化プロジェクト」20は、発電所のメンテナンスにとどまらず経営改善に必要なノウハウを九州電力が提供する3年間の教育プログラムである。本プロジェクトもまた、長期的な視野で地熱発電事業を自国で担う人材育成 を目的とした日本らしい支援の姿と言える。また、「東アフリカ大地溝帯に発達する地熱系の最適開発のための包括的ソリューション」21では、ケニアからの研究生を九州大学博士後期課程に招き入れ、また、同校からも現地へ講師を派遣するなど、人材育成を主眼とした事業が実施されている。これらソフトインフラ事業の推進から、途上国における自助努力による持続的成長の基盤づくり、という日本のODAの特徴を見ることができる。

3.むすび

2023年5月に岸田首相はケニアを訪問し、地熱発電開発などのグリーン政策推進を日本が後押しすることを表明した。ケニアの経済成長にはエネルギー政策の促進が不可欠であり、日本の支援が継続されることを期待する。その際、「人を育てる」ということに力点を置いた従来からの支援の姿勢を貫くことが重要と考える。

九州大学をはじめ多くの本邦大学や研究機関による海外にも視野を広げた人材育成という貢献が、日本とケニアとの信頼関係を築いてきたと言えよう。両国の技術者や研究者が長い時間紡いできた良好な関係が、発電所建設というハードと人材育成というソフトの両面におけるODAの実施に繋がったものである。

国際協力を考える上で重要なことは、相手国に自立的成長を促すという長期的な視点である。インフラ整備のようなハード事業ももちろん重要であるが、途上国の自立的成長には教育支援というソフト事業は必要不可欠である。途上国において次世代の地熱発電開発を担う技術者を育むことに重要性を見出し、今日まで実行してきた日本の教育機関や研究機関の功績は大きいと考える。研究者らによって培われた強固な二国間関係が、今日のケニアにおける地熱発電開発の進展と電力普及の促進という利益をもたらし、また、 日本にとっては多くの民間企業がケニアに進出する契機となった。このように両国の互恵的関係の構築に成功したのは、「人を育てる」ことを最優先とし、日本が一貫してそれに適う国際協力のあり方を追求してきたからこそと言えるのではないだろうか。

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