中国のアフターマーケットは、高い成長が見込まれる一方で、整備・修理に対する品質や待ち時間、中古車の情報の透明性、購入後の修理・整備に対する不安等が課題となっている（《図表1》参照）。
保険・金融・デジタルテクノロジー
１．はじめに
２．アフターマーケットとは
(１)アフターマーケットの概要
①整備・修理事業
②中古車販売
(２)課題
（出典）各種資料より当研究所作成
３．Ping Anの取組
(１)Ping Anの概要
（出典）Ping AnAnnualレポートより
(２)目的と狙い
(３)取組詳細
①整備・修理事業
②中古車販売
４．おわりに
Ping An の自動車アフターマーケットにおけるエコシステム
Ping Anは中国において、自動車アフターマーケットの需要を捉え、自動車の整備・修理から中古車販売まで提供するエコシステムを形成している。中古車販売においては、自動車保険やローンの金融サービスの追加や、顧客データの活用も始めた。顧客接点が限られている保険の枠を超え、急速に拡大しているアフターマーケットにおける課題を解決し、顧客の支持を得ることで顧客接点やクロスセルを強化する狙いがある。
１．はじめに
中国政府は2021年1月、自動車保有台数が2億8千万台を超えたと発表した1。2021年中には米国を抜き、中国が世界最大の保有台数となると見込まれている。こうした中、平安保険グループ（Ping An）は2016年から顧客接点・エンゲージメント強化のため、自動車保険アプリから整備・修理の予約（Ping Anがアプリ利用者を提携するディーラーや整備工場へ紹介）ができるサービスを追加した。2017年と2020年には、中古車販売事業者を買収し、自動車保険・ローンも加え、整備・修理の予約サービスと合わせてアフターマーケットのエコシステム2を形成している。
本稿では、中国におけるアフターマーケットの課題、Ping Anの狙いと取組の詳細等をまとめる。
２．アフターマーケットとは
アフターマーケットとは、新車購入後に必要となる整備・修理や中古車取引（販売・保険・ローン）などのサービスを指す。中国における概況・課題は以下のとおりである。
(１)アフターマーケットの概要
アフターマーケットの主な事業には、整備・修理事業と中古車販売が挙げられる。市場規模は2018年の20兆円から2023年には30兆円に拡大すると予測されている3。新車販売の市場規模50兆円に比べ小さいが、平均車齢の長期化に伴う整備・修理需要の高まりや中古車販売の増加によって、急速に拡大している。
①整備・修理事業
中国における平均車齢は2019年に5年を越えた。中国の車検制度では、登録から6年経過後、営業車は毎年、自家用車は2年ごとに検査を受ける必要がある4。また、一般的に部品交換や修理は登録から4年経過後から増え始めるとされている。このため、整備・修理事業の需要は高まっており、2025年までは年平均7％の成長が見込まれている5。
②中古車販売
中国における中古車販売台数は2018年時点で1,400万台6と新車のおよそ半分だが、年平均15%で増加している（新車販売は年平均5%で増加）7。中古車は新車に比べて3割程度低い価格で購入できるため、中古車を選択する消費者も多い。将来的には、中古車販売台数は新車販売台数を抜くとされている8。
(２)課題
整備・修理市場の9割のシェアは、自動車メーカー（OEM）認定のディーラーと小規模整備工場である9。ディーラーはOEMから技術・部品提供を受け品質が高いものの、純正部品以外の部品を使わなかったり、サービス料金が統制されていたりと、価格が高い。小規模整備工場は、低料金であるものの、品質が低く、粗悪部品を使っていたりする10。また、車検においては、保有台数の増加に検査場が追いつかず、待ち時間の長期化が問題となっている11。
中古車販売では、個人からの供給12,13が多く、売主が車両の欠陥を偽って販売するなど車両情報に対する不透明性がある。また、購入後に故障が発生してもメーカー保証が受けられないため、整備・修理の費用が発生することに対する不安がある14。
３．Ping Anの取組
(１)Ping Anの概要
Ping Anは、中国第2位の保険会社である。銀行業務、投資・資産運用も展開する世界的な金融コングロマリットだけでなく、アフターマーケット、ヘルスケア・金融・不動産・スマートシティの計5つを重点領域と定め、エコシステムも形成している（《図表２》）。FortuneのGlobal500（2020年）では21位に位置しており、グループ全体の収益は21兆円（2020年）に及ぶ15,16。
うち損害保険事業では、収保4.6兆円（自動車保険の割合は69%）、税引前利益3,100億円となっている。2016年から2020年にかけて、収保は1.6倍、税引前利益は1.3倍に拡大している（《図表3》）。
研究開発に年間収益の1％を投資するなどデジタル分野へ多額の投資を行っている。特にアプリ上からオンライン診療、処方薬の手配・配達まで行うGood Doctor17を中心とした取組は著名である。Good Doctorでは、アクセスの悪さや高額な医療費などヘルスケアにおける課題に対する解決策を提示し、顧客接点を強化することでクロスセルに繋がっている。さらには、患者データの活用も行っている。
(２)目的と狙い
中国の自動車保険市場は、政府による料率の引下げや競合他社との価格競争、新車販売の鈍化など事業環境が厳しくなりつつある18。保険会社は、価格に訴求するだけではないサービスの提供が求められている一方で、顧客との接点は年1回の更新手続や事故対応の際に限られている19。このため、契約者に対して付加価値の高いサービスを提供し、顧客接点を強化する必要があった。Ping Anは、課題が多いものの自動車保険と親和性が高く、急速に市場が拡大しているアフターマーケットに着目した。まず、割引や優先予約などの特典を提供することで集客と顧客接点の強化を行い、整備・修理の品質や中古車販売における不透明性、不安などの課題を解決し、支持を得た後でクロスセルによる収益化を図ろうとエコシステムの形成を目指してきた20。
(３)取組詳細
①整備・修理事業
Ping Anは2016年に、加入から保険金請求までワンクリックで行え、利便性の高い自動車保険アプリAuto Owner21に整備・修理や車検の予約ができるサービスを追加した。（《図表4》参照）。利用者は、Ping An提携のディーラーや整備工場から選択し、入庫する。運行データなどを提供することで優先予約や割引料金で品質の高いディーラー等のサービスを利用でき、車検時の待ち時間も解消できる。決済機能も追加しており、利用者に対して支払いまでのワンストップサービスを提供している。整備・修理の品質を確保するため、利用者に対してはディーラー・整備工場を評価することを、ディーラー・整備工場に対してはPing Anが認定した部品22の利用を義務付けしている。ディーラー・整備工場にとっても提携メリットがあり、Ping Anのブランド力を活用した集客ができ、アプリ上からの決済によって売掛金の回収が不要となる。
（出典）各種資料より当研究所作成
②中古車販売
2017年には、自動車コンテンツのメディア事業及び販売プラットフォームを展開するAutohomeを買収し、中古車販売事業に参入した23。2020年には個人間中古車取引サイトTTPも買収（Autohomeに統合）し、拡大を図っている24。中古車取引の課題であった車両情報の不透明性を解消するため、サイト掲載における基準を導入し、欠陥品の販売禁止などを定めた25。消費者に対しては、購入後に故障が発生しても安心して修理・整備が受けられるように無償で延長保証を提供し、不安を解消しているほか26,27、煩雑な所有権移転手続きを行うことで、取引が円滑に進むようにしている。
中古車販売からのクロスセルも狙い、自動車保険・ローンの金融サービスをAutohomeに統合し、中古車の見積もり時に提示することを始めた28。Autohomeでは、利用者向けに様々なコンテンツ（自動車の性能等のレビュー、映像、様々な地域の価格、メンテナンス情報）を配信しつつ、いくつものコミュニティを構築し、その中で他の利用者と双方向のやり取りができる。閲覧履歴や嗜好によってコンテンツや広告が配信され、各サイトへ集客が行われる。中古車を出店する事業者（ディーラーや個人など）は出店料を徴収されるが、データを活用したマーケティング・集客の効果が期待できる。中古車販売は、広告事業及びEC事業を軸に、利用者数を拡大している。
Auto Ownerの登録者数は、サービス開始時の1,000万人から2020年には1億2,600万人29に拡大。提携事業者のネットワークは、19万店に及ぶ（3万店のディーラー、7.8万店の整備工場ほか）。直近ではアプリから給油や洗車・除菌を依頼すると事業者が引取・納車まで行うサービスも誕生している30。
Autohomeの1日の利用者数も2018年の2,900万人から2020年には4,200万人に増え、購入後には整備・修理への取り込みが期待できる。中古車販売の売り上げは過去3年間で20％増加し、1,400億円となった31。クロスセルによって新規の自動車ローンの貸出額は直近1年間で40％増加するなどエコシステム全体で拡大している。
さらに顧客データの活用も行っており、中古車販売で得た購買データを分析し、OEMやディーラーなどに有償で提供している。顧客属性（年齢・地域・車両情報など）ごとに好みの車両や競合のOEM、販売需要、どのような体験が特定の車両への購入につながるか分析し、提供している32,33。2020年には、45社のOEMと1.9万店超のディーラーがAutohomeから購買データを購入している34。購買データを商品開発や対象とする顧客層への販売に活用することで、販売促進と過剰在庫の圧縮を実現している。
４．おわりに
Ping Anは、アフターマーケットにおける課題に着目し、解決策を提供することで顧客からの支持を得ている。割引や優先予約などの特典を提供することで集客を行い、認定部品や出店基準の導入、延長保証の提供によって整備・修理の品質や中古車販売での不透明性、不安などの問題を解消し、利用を促した。事業環境が厳しく、顧客接点が限られている保険の枠を超えて、需要が高いアフターマーケットの課題解決に取り組んでいる。整備・修理や中古車販売で顧客接点・エンゲージメントを強化し、中古車の購入客に自動車保険やローンを提供することでクロスセルの強化も図っている。さらには、エコシステムで収集したデータの活用も行っている。
Ping Anは、他にもヘルスケアなど顧客から支持を集めたエコシステムを形成している。今後、他のエコシステム内の顧客へのクロスセルや相乗効果によって新たな顧客を取り込み、顧客データの収集と活用も進んでいく可能性があり、その発展はアフターマーケットだけに留まらず、各エコシステム間の連携・拡大に繋がっていくと思われる。
- 中国汽車工業協会「公安部：2020年全国机动车保有量达3.72亿辆 机动车驾驶人达4.56亿人」2021年1月8日
- エコシステムとは、プラットフォーム（Ping An）を中心に顧客と事業者が集まる経済圏を指す。利便性や品質が高まることで取引が活発化し、他のサービスの利用や購入につながり、参加者も増え拡大していく。
- Ipsos, “CHINA’S AUTOMOTIVE AFTERMARKET”, Nov. 2019.
- 中华人民共和国中央人民政府「9座以下私家车6年内免检、鼓励各地增加号牌指标投放……本周民生大事来了！」2020年11月21日
- Morgan Stanley, “Winning in the Aftermarket”, Aug. 10, 2020.
- 日経ビジネス「中国でなぜ新車販売が減っているのか？」2019年10月9日
- McKinsey, “McKinsey China Auto Consumer Insights 2019”, Oct. 2019.
- ETAuto.com, “China’s Next Big Innovation? A Used-Car Market”, Jun. 13. 2018.
- Morgan Stanley, “Winning in the Aftermarket”, Aug. 10, 2020.
- 野村総合研究所「自動車アフター市場の重要性の高まりと事業機会」2015年4月
- CAR LIFE「海外の車検事情」2019年4月1日
- PR Newswire, “Autohome Announces Additional US$168 Million Investment in TTP Car Inc. to Build the Largest Used Car Platform in China.”, Oct. 29, 2020.前脚注2
- 前瞻产业研究院,“预见 2021：《2021年中国二手汽车行业全景图谱》(附产业链现状、竞争格局、发展趋势等)”, 2021.
- MUFG（中国）有限公司「中国における中古車市場の発展は好機を迎えるか」2016年8月11日
- Ping An Annual report 2020
- 三菱UFJ リサーチ＆コンサルティング 2020年12月末レートに基づき1元=16.18円で算出
- Ping An Good Doctorウェブサイト
http://www.pagd.net/ - Swiss Re, “China’s motor insurance reforms: a global view”, Sep. 2020.
- 每日经济新闻, ““平安好车主”成长之路：登榜年度最佳车主服务 APP”, Dec. 12, 2020.
- McKinsey, “Building a tech-enabled ecosystem: An interview with Ping An’s Jessica Tan”, Dec. 04, 2018.
- Ping Anウェブサイト
https://www.4008000000.com/help/hczEn/hczSyn.shtml - NFS, “NSF International and China Ping An Insurance Announce Certified Auto Parts for China”, Apr. 2017.
- Auto Finance News, “Ping An Targets Used-Car Share in China With Autohome Investment”, Jul. 17, 2017.
- 前脚注12
- cheyun.com, “汽车之家发布“诚信联盟” ，二手车C2B2C交易闭环怎么玩？”, Aug. 03, 2018.
- Autohomeウェブサイト
https://www.autohome.com.cn/about/dashiji.html - Anyv.net,“汽车之家、平安产险联合重磅推出二手车延保产品服务”, Sep. 27, 2018.
- McKinsey, “Using ecosystems to reach higher: An interview with the co-CEO of Ping An”, Nov. 17, 2020.
- 每日经济新闻, ““平安好车主”成长之路：登榜年度最佳车主服务 APP”, Dec. 12, 2020.
- PR newswire, “Ping An’s Auto Service App Ranked Top in China with Over 100 Million Users, COVID-19 Spurs Demand for Online Auto Service”, Apr. 09, 2020.
- 前脚注15
- 野村総合研究所「自動車販売のデジタルマーケティング事情」2020年12月8日
- Autohomeウェブサイト
https://chejiahao.autohome.com.cn/info/2104911 - 前脚注15
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