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物流の2024年問題と宅配便の値上げ

主任研究員 水上 義宣

トラック運送事業では2024年4月1日より残業時間などの規制が強化されることになっており「物流の2024年問題」と呼ばれる。また、物価高騰もあり2023年4月には宅配便の値上げが予定されている。今後もトラック運賃の上昇は続くと予想され、荷主と運送事業者の協議による輸送の効率化が重要である。
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1. はじめに

トラック運送事業では、働き方改革関連法により2024年4月1日より自動車運送業の年間の残業時間が960時間に制限されるなど規制が強化されることから、約14%の輸送能力が不足1すると試算されており、一般に「物流の2024年問題」と呼ばれる。また、最近は燃料費などの物価も高騰している。2023年1月27日に佐川急便株式会社が同4月1日からの宅配便の値上げを発表2し、同2月6日にはヤマト運輸株式会社も同4月3日からの宅配便の値上げを発表3した。本稿では同じように宅配便の値上げが相次ぎ「宅配クライシス」と呼ばれた2015年以降の状況を紐解き、宅配便をはじめとするトラック運送の現状を解説する。

2. 宅配便の現状と物流の2024年問題

(1)宅配便の現状

≪図表1≫宅配便個数と運転手有効求人倍率の推移、≪図表2≫宅配便料金改定の動き

宅配便大手3社(佐川急便、日本郵便及びヤマト運輸)の宅配便取扱個数は図表1のとおりEC市場の伸びなどにより増加しており、2017 年度には40億個を超えた。あわせて、自動車運転の職業の有効求人倍率も年々増加し、運転手の確保も難しくなっていった。こうした状況から図表2のとおり、日本郵便株式会社が2015 年8 月に宅配便の値上げを実施したのを皮切りに2018 年まで宅配便大手3 社の値上げが続き「宅配クライシス」とも言われた。

一方で、2016 年に貨物マッチングアプリの軽town(現PickGo)がサービスを開始4、2017年にはSoftbankグループが配送サービス
Scatch!の運営会社としてMagicalMove株式会社を設立5、2019年4月からAmazonも配送プラットフォームAmazon Flexを日本で正式にサービス開始6するなど、大手3社以外による配送も広がるようになり、2018年度には宅配便大手3社の取扱個数は39.9億個に減少した。

(2)物流の2024年問題

働き方改革関連法8により労働者の残業時間は原則年360 時間が上限とされたが、自動車運転の業務は業務の特性や取引慣行の課題がある9として、2024年4月1日までその適用が猶予された。また、適用後の残業時間も特別条項付き36協定を締結している場合は年 960 時間までに緩和される。

自動車運転者は 労働者であるか否かにかかわらず10、厚生労働大臣が告示する「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下「改善基準告示」) を遵守する必要もあり、同じく2024年4月1日に改正適用され、業務ができる時間等が短くなる(図表 3)。このため、株式会社NX総合研究所の試算11では、現状のままでは2024年にトラックの輸送力が約14%不足する。

≪図表3≫改善基準告示改正のポイント

輸送力の不足を防ぐとともに、トラック運転手の働き方改革を進めるため、2018年に貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律が議員立法により成立12しており、同法によって規制の適正化、事業者が遵守すべき事項の明確化、荷主対策の深度化、標準的な運賃の告示制度が導入された。荷主にもトラック事業者が法令を遵守できるよう配慮する義務が課せられたほか、国土交通大臣が荷主への働きかけや勧告、公表、公正取引委員会への通知を行うことができるようになった。また、従来からの荷主勧告制度が一般貨物自動車運送事業だけでなく貨物軽自動車運送事業にも拡大された。あわせて、労働条件の改善、事業の健全な運営を目的として国土交通大臣が、一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃(以下「標準的な運賃」)を定めて告示することとなり、トラック運転手の賃金を全産業平均並みに引き上げることなどを前提とした標準的な運賃が2020年4月24日に国土交通大臣から告示された。

3. 貨物自動車運送の値動き

標準的な運賃は告示されているが、実際の道路貨物輸送の値動き、また今般値上げが発表されている宅配便の値動きはどのようなものか確認する(図表4)。なお、値動きの指標には様々なものがあるが、全体的な傾向を把握できるものとして本稿では2015年6月を100とした日本銀行企業向けサービス価格を使用した。

≪図表4≫日本銀行企業向けサービス価格等の推移

2022年6月現在、道路貨物輸送全体では111、宅配便125となっており、企業向けサービス価格全体の107よりは値上がりしており、特に宅配便については大きく上がっている。しかしながら、本稿冒頭で取り上げた通り宅配便は2023年4月からさらなる値上げが予定されている。

そこで、当社では標準的な運賃の基本的な考え方13となっている、「人件費の時給単価を全産業平均とする」「燃料費は燃料サーチャージとして価格変動に連動したものとする」「利潤は適正利潤とする」を簡易的に反映した水準を「トラック運賃の目安水準」として独自に算出した(BOX1)ところ、2022年6月現在の目安水準は128となった。なお、当社の算出した目安水準には、標準的な運賃の基本的な考え方のうち「荷待ち時間等は別料金とする」「減価償却費を適正に計上する」などは反映しておらず、あくまでも簡易的な算出であることには留意されたい。

図表4のとおり、2015年6月の水準と比べトラック運賃の目安水準は概ね110~120となっていた。宅配便価格は「宅配クライシス」を受けた2015年から2018年の値上げにより2019年に123と同年の目安水準120に達した。しかし、2020年以降、燃料費や人件費などの高騰により目安水準も上昇し2022年には128となった。目安水準が宅配便価格125を上回ったことから、各社は値上げに動いたものとみられる。また、宅配便は比較的価格が上昇しているが、道路貨物輸送全体は2022年に111と、目安水準を大きく下回っており、2024年4月1日の改善基準告示の改正適用に向けさらなるトラック運賃の上昇が見込まれる。

≪BOX1≫ トラック運賃の目安水準

4. 行政の動き

(1)トラック運送事業環境の改善

トラック運送事業における取引環境の改善とトラック運転者の長時間労働抑制を目的に、国土交通省及び厚生労働省では2015年度から学識経験者、トラック運送事業者、荷主、労働組合等の関係者から構成される「トラック輸送における取引環境・労働時間改善協議会」を中央と各都道府県に設置15し、2019年8月にその成果を『荷主と運送事業者の協力による取引環境と長時間労働の改善に向けたガイドライン』として公表し、事例集や業種別のガイドラインも順次追加公表している。そのほか、国土交通省や厚生労働省などでは各種パンフレットやハンドブック、手引きなども作成しており、厚生労働省「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト」内の「情報いろいろ宝箱」に掲載されている。

あわせて、トラック運送業界においても、中小事業者が多いトラック運送業では取引が多層化する傾向があることを踏まえ、大手19事業者を中心に公益社団法人全日本トラック協会において『トラック運送業における適正取引推進、生産性向上及び長時間労働抑制に向けた自主行動計画』を2017年3月9日に作成し、状況に合わせた改定を行いながら、下請け関係の適正化、荷主との協議などに取組んできた。

しかし、国土交通省が2021年度に行った調査16では、荷主の50.5%が改善基準告示の存在も内容も知らない、33.0%が存在を知っているが内容は知らないと回答した。また、同調査では運送事業者への調査も行っているが、主要な下請運送事業者と運賃・料金等の運送・取引条件について協議したか協議中と回答したのは元請運送事業者の16.6%に留まった。

また、従来のこうした動きは軽自動車を除くトラックを中心に行われてきたが、国土交通省は主にフードデリバリーや宅配便の配達に使われることが多い貨物軽自動車運送事業についても周知徹底を図るため、2023年1月30日に第1回貨物軽自動車運送事業適正化協議会を開催し、今後貨物軽自動車についても実態調査や周知徹底などに取組むことを表明17した。

(2)価格転嫁の促進

政府は昨今の物価高などを受けて2021年12月27日に『パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ』をまとめ、これに基づき公正取引委員会「荷主と物流事業者との取引に関する調査」や「独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に関する緊急調査」、中小企業庁「価格交渉促進月間」と同フォローアップ調査などを行っている。

公正取引委員会が2022年12月27日に公表した「独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に関する緊急調査結果」では、道路貨物運送業は全業種最多の278件の注意喚起文書送付を受け、特に「労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について,価格の交渉の場において明示的に協議することなく,従来どおりに取引価格を据え置いた」企業として佐川急便株式会社などの運送事業者、全国農業協同組合連合会などの大口荷主が公正取引委員会による社名公表の対象となった。なお、この社名公表は、転嫁円滑化を強力に推進する観点からの情報提供を図るため実施されているものであり、独占禁止法又は下請法に違反すること又はそのおそれを認定したものでもなく、また、あくまでも調査時点における認識ではあるが、佐川急便株式会社は下請けとなっている協力会社に対し、順次書面にて協議を申し入れていることを公表18した。

中小企業庁が2022年12月23日に公表した「価格交渉促進月間(2022年9月)フォローアップ調査の結果について」でも、トラック運送業は価格交渉、価格転嫁ともに最も進んでいない業種となった。さらに2023年2月7日に同調査における企業別の状況も公表され、日本郵便株式会社などが価格転嫁状況の回答平均0点未満の企業と公表された。日本郵便株式会社は委託契約の自主点検や相談窓口の設置などに取組むことを公表19した。

5. おわりに

トラック運送事業は宅配便の増加や運転手不足に直面する中、2024年4月1日に働き方改革を目的とする改善基準告示の改正適用を迎える。

トラック運賃は2015年と比べ上昇しているが、標準的な運賃の基本的な考え方を考慮した水準と比べると高いとは言えない。2023年4月に佐川急便株式会社とヤマト運輸株式会社が宅配便を値上げするが、今後もトラック運送業界全体で値上げが続く可能性は高い。

また、行政、トラック運送業界を中心に各種ガイドラインや自主行動計画などを通じ、取引環境の改善などに取組んできたが、荷主企業の理解は十分でない。さらに、最近の燃料費をはじめとする物価の高騰で、価格の適正化に向けた協議を進める必要も増している。価格の適正化には政府でも『パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ』をまとめて取組んでおり、荷主企業も運送事業者との協議や価格の適正化に応じなければ、公正取引委員会や中小企業庁、国土交通省などから社名公表や注意喚起、働きかけなどをされるリスクもある。

一方で標準的な運賃は、あくまでも片道で輸送させた場合を想定しており、共同配送などにより往復とも満載となるように発注するなどの輸送の効率化に取組めば、運送コストの上昇を抑えられる可能性がある。また、運送事業者との協議には価格だけではなく、荷待ち時間の削減や積み下ろし方法の検討などのトラック運転者の労働軽減や輸送の効率化も含まれる。

運送コストの上昇を抑えるとともに、社名公表などのリスクを下げるためには、荷主企業も改善基準告示などのトラック運送の事業環境を理解し、2024年度に向けて輸送の効率化と適正化について運送事業者と協議することが重要と考えられる。

  • 国土交通省・農林水産省・経済産業省 第3回 持続可能な物流の実現に向けた検討会(2022年11月11日) 資料1株式会社NX総合研究所「「物流の2024年問題」の影響について(2)」p.1
  • 佐川急便株式会社(2023年1月27日)「宅配便届出運賃等改定のお知らせ」
  • ヤマト運輸株式会社(2023年2月7日)「宅急便など届出運賃等の改定について」
  • CB cloud株式会社https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000016726.html
  • SBイノベンチャー株式会社(2017年5月24日)「AIを活用して早朝・夜間にネットショッピング購入商品を 効率的に配達するMagicalMove株式会社を設立 ~再配達の減少と宅配順序の最適化などにより、 ドライバーの人手不足を解消~」
  • CNET Japan(2019年12月6日)「アマゾンの自社物流「Amazon Flex」は誤解されている–ジェフ・ハヤシダ社長インタビュー」
  • 厚生労働省「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト>トラック運転者>トラック運転者の改善基準告示」https://driver-roudou-jikan.mhlw.go.jp/truck/notice#about(最終閲覧日:2023年3月8日)、厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(2022年12月23日改正 厚生労働省告示第367号)」
  • 働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号)
  • 厚生労働省「時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/topics/01.html(最終閲覧日:2023年3月8日)
  • 国土交通省「貨物自動車運送事業輸送安全規則の解釈及び運用について」第3条3
  • 国土交通省・農林水産省・経済産業省 第3回 持続可能な物流の実現に向けた検討会(2022年11月11日) 資料1株式会社NX総合研究所「「物流の2024年問題」の影響について(2)」p.1
  • 詳細については国土交通省「貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律(平成30年法律第96号)について」https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk4_000084.html(最終閲覧日:2023年3月8日)
  • 国土交通省(2020年4月24日)「一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃について」
  • 国土交通省運輸審議会「一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃の告示事案」https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/unyu00_sg_000021.html(最終閲覧日:2023年3月10日)
  • 厚生労働省労働基準局労働条件政策課・国土交通省自動車局貨物課・公益社団法人全日本トラック協会(2019年8月)『荷主と運送事業者の協力による取引環境と長時間労働の改善に向けたガイドライン』はじめに
  • 国土交通省『R3年度トラック輸送状況の実態調査結果(全体版) 』p.10, p.51
  • 日本流通新聞(2023年2月6日)「軽貨物の適正化推進、協議会初会合」
  • 佐川急便株式会社(2022年12月28日)「公正取引委員会からの社名公表について」
  • 日本郵便株式会社(2023年2月13日)「協力会社とのパートナーシップ構築に向けた取組」

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