日本では2016年の電力小売全面自由化1を受けて、地方自治体の戦略的な参画・関与の下で小売電気事業を営み、得られる収益等を活用して地域の課題解決に取り組む「地域新電力」2が徐々に拡大してきた。中でも自治体が出資するものを「自治体新電力」と呼ぶ3。拡大してきた背景として、自治体が人口減少により悪化する財政を改善させる、ふるさと納税等のような新たな収益源の1つとして注目した点が挙げられる。
ゼロカーボンシティに向けたまちづくり ~脱炭素化と財源確保を目指す自治体新電力~
1.日本の自治体新電力が改めて注目されている理由
従来、電力は大手電力会社から購入し、地域外へ資金が流出していた。そこで、地域内で電力を発電してその電力を販売することで、地域外へ流出していた資金を自分達の地域の安定的な収益に転換させようというのが自治体新電力である。自治体新電力は、もともと自治体が保有している廃棄物発電や、昨今では再生可能エネルギー(以下、再エネ)を用いた発電による電力を購入し、地域内の施設や家庭へ電力を供給する<図表1>。自治体は電力事業の収益や仕組みを活用して、従来のインフラや公共サービスの維持、新たな地域振興事業の創出も目指している4。
更に昨年、日本政府が2050年カーボンニュートラルの目標を掲げたことで、ゼロカーボンシティ宣言5を行う自治体が増えた。ゼロカーボンシティ実現には、CO2削減のために地域の再エネを増強する必要がある。そのためには、家庭の太陽光発電等の分散型の再エネ電源やZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)を所有する需要家を繋げる等、電力を無駄なく最適に活用する仕組みが必要である。そこで、こうした取り組みを自治体が主体となって進める1つの手段としても自治体新電力が改めて注目を集めている。
2.自治体新電力のモデルとなっているドイツのシュタットベルケ
(1)ドイツのシュタットベルケとは
日本の自治体新電力のモデルは、ドイツで19世紀後半以降から設立されてきたシュタットベルケ(自治体公社。以下、SW)と言われている。SWは電力、ガス、熱などのエネルギー供給から、上下水道、廃棄物管理・処理、通信、公共施設の維持管理に至るまで、様々な社会サービスを提供する事業者であり、多くのケースで自治体が100%出資をしている<図表2>6。
SWはエネルギーを主とする収益事業からの利益を、公共交通や公共プールなどの利益を出しにくい低収益事業に内部補填する仕組みを取っている。ドイツのSWの組合である地方公共事業組合(Verband kommunaler Unternehmen e.V.。以下、VKU)では、加盟するSWの団体数が1,487となっている(2019年12月末時点)7。SWの経営ビジョンはあくまで公益的であるが、新規事業に対しても積極性があり、また複数事業を行うことによる相乗効果も出ている。更に、顧客との多様な接点を持つことで、障害時の迅速な対応や、地域に根差した社会サービス提供においても評価を受けている8。
SWにおいて、エネルギー事業は収益事業として位置づけられていることが多いが、ドイツにおけるエネルギーの小売市場は自由化されていることもあり、大手電力会社をはじめとする他社との競争がある。日本の環境省が2015年に実施したアンケート調査によると、SWを選択している家計は35%に上り、Vattenfall、E.ON、RWE、EnBWのドイツ四大電気事業者の合計シェア31%に対し、同等の存在感を示している9。価格競争よりもむしろ顧客ニーズへの多様なサービス提供と品質競争に重きを置いて取り組むことで、電力自由化を受けても、淘汰されることなく強く生き残ってきたSWが多数存在する。
事業範囲は地域により、発電から送電、配電、売電まで多種多様であるが、典型的なSWの事業領域は配電と売電(小売)となっている<図表3>。2020年に公表された京都大学の分析では、SWの収益の源泉はエネルギーのグリッド(配電)部門(約40~50%)と小売部門(約10~15%)という結果が出ている10。ドイツのSWが、いかにしてエネルギー事業の収益化を図っているか、実際の事例からその具体的な工夫を見ていきたい。
(2)ドイツのシュタットベルケの事例
①Stadtwerke München
ミュンヘン市は人口約147万人11(2019年時点)の都市で、日本では京都市や神戸市と同等の人口規模となる。シュタットベルケミュンヘン(以下、SWM)は、市が100%出資しており、ドイツ内のSWの売上規模としてはトップクラスであり、ミュンヘン市の雇用創出にも繋がっている。SWMは2025年までにミュンヘン市の約7テラワット時の電力需要を再エネのみで賄うことを目指し、累計90億ユーロの設備投資を進めている12。
更に2035年には人口増加やヒートポンプの増加、電気自動車への段階的な転換に伴い、最大8.4テラワット時の電力需要増加も見込んでいる。そのためSWMは、ミュンヘン市内だけでなく、ドイツ各地や他の欧州国へも出資し、再エネの電力生産量を増強している13。
SWMの売上高のうち、電力、ガス、地域熱供給といったエネルギー事業がほとんどを占めている<図表4>。地域熱供給部門では、着実に増加する地域の冷房需要に対応するため、地域冷房にも力を入れている。地下水や都市の小川などの自然を生かして冷却することで、従来の住宅用空調システムと比較して必要な電力の70%を節約できるとしている。冷却された水が中央冷却装置からパイプラインを介して顧客に供給され、建物の空調からの廃熱を冷却水が吸収し、廃熱は再び冷却されて顧客が利用できるようになる。生態系への影響が懸念されるが、中央冷却装置等が悪影響をもたらすことはないとしている14。
ミュンヘン市ではスマートシティへの転換が本格化しており、従来の個々の電力網、地域熱供給、通信、モビリティシステム等は一つのインフラに統合されてきている15。SWMが提供しているM-Loginは2020年時点で79万人を超える市民が利用している。個人データをM-Loginアカウントという単一の場所で管理し、M-Loginを介してモバイル、レジャー、文化等の多くのデジタルサービスに安全かつ便利にアクセスすることができる16。SWMは他にも電気自動車やモビリティステーション、電気バスなどのモビリティ分野にも事業範囲を広げている17。市民に付加価値を提供するだけでなく、エネルギー事業を中心にモビリティやM-Loginなど多角的に事業を展開している点が参考になる。
②Wuppertaler Stadtwerke
ヴッパータール市は人口約35万人18(2019年時点)の都市で、日本では奈良市や新宿区と同等の人口規模となる。ヴッパータールシュタットベルケ(以下、WSW)は、市が99.39%出資をしている。ドイツ全土でトップ10社以上の規模を持ち、電力、ガス、上下水道、廃棄物、公共交通、プール、通信等の事業を保有しているドイツの一般的なSWと言える<図表5>19。
2020年度は新型コロナウィルスの拡大により鉄道の運行が制限される等の危機があったにも関わらず、510万ユーロの利益で締めくくることができた。鉄道等の公共交通事業(WSW mobil GmbH)は赤字であったが、エネルギー・水事業(WSW Energie &Wasser AG)、廃棄物事業(AbfallwirtschaftsgesellschaftmbH)の利益で補うことができたことが理由である20。
WSWは、顧客向けのサービス提供が充実している。WSWのWebサイトでは、例えばエネルギーを節約するためのサービスが紹介されている。内容・価格の異なるベーシック、コンフォート、プレミアムの3パターンで顧客のニーズに合わせた製品やエネルギーに関するアドバイスサービスを用意し、既にWSWの顧客か否かという点でも価格に差を設けている21。他にもWSW KLIMA FONDSという助成金制度を提供しており、WSWの電気を5年間使用する等の条件を設定したうえで、再エネやエネルギー効率を高めるための機器の設置、電気自動車などの環境に優しい車の購入等に対して助成を行っている22。更には、太陽光発電について、初期投資ゼロで月額39ユーロのリースで設置ができるサービス等も提供している23。また、州やヨーロッパ地域開発基金から資金提供を受けて、ベルク大学ヴッパータール等と共に仮想発電所(以下、VPP)24の研究プロジェクトも実施した25。このようにWSWは顧客と共に省エネや再エネを進めていこうとする姿勢が随所に伺える。顧客ニーズに合わせたアドバイスコンテンツの充実など顧客向けのサービス充実を図り、エネルギー事業を中心に収益を上げているという点が参考になる。
3.日本の自治体新電力の事例と今後の課題
ドイツのSWは日本の自治体新電力とは起源や歴史の長さが異なるものの、再エネを拡大し地元に根付かせるために、小売電気事業だけでなく多角的なサービス提供を行っている点に特徴がある。日本の自治体新電力はほとんどが既存の再エネ電源を買い取り、公共施設を中心として地域に電力の販売を行う最小限の事業に留まっている。今後、自治体がゼロカーボンシティを実現するには、地域の再エネ発電を増やし利用する仕組みが求められる。そのためには事業で得た収益を再エネ発電の新設や再エネ電力を活用する新たな事業等への投資に回すといった工夫が必要となる。例として神奈川県小田原市では、2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、地場の企業が地域での太陽光発電事業を立ち上げ、湘南電力社が小売電気事業者としてその電力を販売している26。更にはEVを活用した新たな地域エネルギーマネジメントにより新たなまちづくりや地域マイクログリッド事業にも挑戦している27。今後はEV等の様々な需要家と卒FIT電源28等の分散型電源を集約させていくことも方策の1つである。その中では需給バランスの調整といったVPP等の新たなシステムも必要となるはずだ。
また、収益性や事業効率化を高める動きも重要である。長野県は地域の水力発電で発電したエネルギーを東京都世田谷区の保育園等にクリーンエネルギーとして供給している29。東京都のように自ら再エネ発電ができず、需要地として手を挙げる企業や自治体は、今後も益々増えていくはずである。また千葉県の成田市と香取市の成田香取エネルギーのように、隣接した地域が共同で自治体新電力を立ち上げ、それぞれの市が所有するメガソーラーの電源を活かすとともに、需要規模を増大させ採算性を向上させる取り組みも有用と考える30。
更に一橋大学の山下氏らが行ったアンケート調査では、再エネ等の地域電源の推進が災害等のリスク対応の強化に繋がる点でも期待されている31。千葉県睦沢町のCHIBAむつざわエナジーは、もともと地域で取れる天然ガスや町内の太陽光発電等から電力を調達する、自治体新電力として設立された。2019年の台風15号によって千葉県広域で予期せぬ大規模停電が起きた際には、これらの発電設備や自営線32によって近隣住宅や道の駅の重要設備への送電を行うことができた33。自治体新電力は再エネを増強し地域のゼロカーボンに貢献するという気候変動の緩和策の面だけでなく、徐々に進行している気候変動に対する地域の適応策の面でも有効であると言える。
日本では、ゼロカーボンシティ宣言を行ったにもかかわらず、打ち手が分からないという自治体の声も多く聞く。各自治体の地域特性や目的に応じた自治体新電力の仕組みづくりが、ゼロカーボンシティの実現の効果的な手段になる可能性がある。更に、エネルギー事業の収益が安定した段階で、発電など更なるエネルギー事業への拡大や周辺事業を上手く組み入れて発展させていければ、最終的には市民サービスの整ったサステナブルなまちづくりに資する有力な手法になりうると考えられる<図表6>。
- 経済産業省 Webサイト「電力小売全面自由化」
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(最終閲覧日 2021年8月24日) - 環境省「地域新電力事例集」(2021年)
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(最終閲覧日 2021年9月2日) - パシフィックパワーWebサイト「自治体新電力について」
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(最終閲覧日 2021年8月24日) - 同上
- 環境省 Webサイト「地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況」
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https://www.swm.de/energiewende/oekostrom-erzeugung
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https://www.swm.de/magazin/energie/fernkaelte
(visited Aug.30) - SWM社, ”Stadtwerke München Annual Report 2020”,2020
https://www.swm.de/dam/doc/english/swm-annual-report.pdf
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https://www.swm.de/dam/doc/english/swm-sustainability-report.pdf
(visited Aug.30) - SWM社 Webサイト, “SWM und MVG – die Elektromobilitäts-Experten”
https://www.swm.de/elektromobilitaet
(visited Aug.30) - 11と同様
- 10と同様
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(visited Sep.2) - WSW社 Webサイト, “Maßgeschneiderte Produkt- und Energieberatung auf Ihre Bedürfnisse abgestimmt”
https://www.wsw-online.de/wsw-energie-wasser/privatkunden/energiesparen/energieberatung/
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(visited Sep.2) - WSW社 Webサイト, “Photovoltaik für Wuppertal – ganz einfach mit WSW Sonnenstrom”
https://www.wsw-online.de/wsw-energie-wasser/privatkunden/produkte/wsw-sonnenstrom/
(visited Sep.2) - 太陽光発電や蓄電池、電気自動車(EV)や住宅設備などをまとめて管理し、地域の発電・蓄電・需要をまるで一つの発電所のようにコントロールする仕組み。
SOMPO未来研究所 松崎絢香「日本のカーボンニュートラル実現に向けて~仮想発電所(VPP)活用の可能性~」(2021年)
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(最終閲覧日 2021年8月27日) - 小田原市「EVを活用した新たな地域エネルギーマネジメントに取り組みます」(2020年)
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(最終閲覧日 2021年8月27日)小田原市「地産地消型の地域マイクログリッド構築事業について」(2021年)
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(最終閲覧日 2021年9月7日) - 固定価格買取制度(FIT制度)の買取期間が満了した案件。FIT制度による買取期間が終了した電源は、法律に基づく買取義務がなくなるため、今後、相対・自由契約による余剰電力の売電か自家消費に移行していくこととなる。
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https://www.kankyo-business.jp/news/015022.php
(最終閲覧日 2021年8月27日) - 薄井繭実「分散型エネルギーシステムへの転換―再生可能エネルギーの大量導入と地域活性化に向けて―」(2019年)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2019pdf/20191001072.pdf
(最終閲覧日 2021年9月10日) - 山下英俊他「地域における再生可能エネルギー利用の実態と課題―第2回全国市区町村アンケートおよび都道府県アンケートの結果から―」(2018年)
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(最終閲覧日 2021年9月7日) - 大規模発電所・広域送電網による従来型系統と異なり、発電所から一般電気事業者(東京電力など)の送電線近くまで、特別高圧の電線を事業主自ら配線し維持管理を行う地域の送配電網。
- CHIBAむつざわエナジー「9/12台風15号の影響で町内全域が停電する中、防災拠点であるむつざわスマートウェルネスタウンへ電力と温水を供給しました」(2019年)
https://mutsuzawa.de-power.co.jp/wordpress/871
(最終閲覧日 2021年8月27日)
その他の参考文献
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https://www.tokyo-co2down.jp/municipality/fit-2
(最終閲覧日2021年8月30日)
国土交通省「国土交通政策研究 第159号インフラ・公共サービスの効率的な地域管理に関する研究」(2021年)
https://www.mlit.go.jp/pri/houkoku/gaiyou/pdf/kkk159.pdf
(最終閲覧日2021年8月24日)
京都大学大学院稲垣憲治他「自治体新電力の現状と課題~アンケート調査及び地域付加価値創造分析を通して~」(2020年)
http://ciriec.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/INTERNATIONAL_PUBLIC_ECONOMY_STUDIES_No31_2-2.pdf
(最終閲覧日2021年9月7日)
EY Japan「ドイツ・シュタットベルケにみる市町村が抱えるインフラ・公共サービスの課題解決の羅針盤」(2020年)
https://www.ey.com/ja_jp/government-public-sector/how-to-resolve-municipal-infrastructure-and-public-service-issueslearning-from-the-case-in-germany-stadtwerke
(最終閲覧日2021年8月27日)
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