タカフル(イスラム保険)の 国際センターを目指す英国
1.成長が期待されるタカフルとその課題
イスラム圏は、人口の多い発展途上国が多く、人口増加率も高いため、比較的高い成長を見込める。また、歴史的に宗教上の理由により保険は忌避すべきものという認識があったため、保険浸透率(InsurancePenetration)が低い現状にある。ただし、昨今の経済成長に伴い保険制度の必要性・有用性が認められつつある。経済成長と保険浸透率の伸びへの期待から、保険市場の拡大が期待されている。
タカフルはイスラム教の教義にしたがった保険制度であり【BOX 参照】、イスラム圏での普及が期待されている。しかし、近代的タカフルの誕生は1980年以降と歴史が浅いことや、ノウハウ・人材・商品の不足、再タカフル市場の未発展によるキャパシティ不足等、課題は山積しており、ほとんどのイスラム国家において、通常の保険(以下 通常型保険)が圧倒的シェアを有している。スイス・リーによると、2019年の世界全体の保険料は6兆2,926億ドル、イスラム金融サービス委員会(IFSB)の報告書によると、同年の世界全体のタカフル取扱額は231億ドルで、全保険料におけるタカフルのシェアは0.37%であった。世界中で約4人に1人がイスラム教徒である1ことを鑑みると、潜在性の高い市場であるといえる。
2.Brexit 後の英国
Brexitにより、英国の金融機関は、EU単一市場へ広範なアクセスを認めるパスポート(Passporting Rights 以下パスポート)を失い、欧州の金融センターとしての地位を失いかねない状況にある。例えば、英国で免許を有する金融機関は、EUで別途免許を取得することなく業務を行えた。EU離脱によりパスポートを失った金融機関は、EU域内に法人を設立し、当局の免許や認可取得を行う必要がある。離脱協定の締結後、パスポートの喪失を見越して、多くの金融機関が先行してEU加盟国への機能移転や新規拠点を設立したとされている6。英国の保険業界はヨーロッパで最大であり、1兆8000 億ポンド(約280兆円)の投資を管理、約30万人を雇用し、約120億ポンド(約1兆8,500億円)の税金を政府に納める、英国経済にとって非常に重要なセクターである7。Brexitによるマイナス影響に対応するため、英国は非EU諸国との経済的なつながりを築こうとしている8。その中でも英国保険業界は、成長が期待されるタカフルに強い関心を示し、政府・ロンドン市からの強い支援の下、タカフルのハブとなるべく取り組んでいる。
すでに英国は、20年にわたり通常型金融とイスラム金融に公平な競争条件を提供している9。2017年時点で、5つのイスラム銀行(資産約47億ドル)が活動し、72銘柄のイスラム債がロンドン市場で上場しており、英国はすでにタカフル以外のイスラム金融セクターにおいて西側のハブとしての地位を確立している。ロンドン市長は英国保険業界に対し、ロンドンのイスラム金融ジグソーパズルを完成させるよう呼び掛けている10。
3.タカフルのハブを目指す英国の取組
(1)ロンドンイスラム保険協会
2015年、英国保険市場でタカフルに携わる人々の活動を支援する目的でロンドンイスラム保険協会(Islamic Insurance Association of London、以下 IIAL)が設立された。IIALは、英国における300年にわたる保険事業の知見を活用して、イスラム法に合致したリスク・ソリューションの革新を創造し、必要なキャパシティを提供することを目的として掲げている。会長には元ロイズ会長であるマックス・テイラー氏が就任している。IIALは、2016年、世界各地のタカフル・再保険(再タカフル)に関わる専門家500人以
上を対象に、タカフルのニーズ・チャンス・阻害要因について調査を実施した11。調査結果は以下の通り5つに集約されている。
①回答者の7割が、(リスクに見合う商品があるなら)タカフル商品を購入したいと回答した
②実際には、1/3がタカフルを購入、2/3は通常型保険を購入するかまたは無保険となっている
③コマーシャル・スペシャルティ保険分野の商品開発、再タカフル市場の整備に強いニーズがある
④ブローカーよりタカフルを選択肢として提示されない
⑤タカフルのキャパシティは不十分である
(2)コマーシャル・スペシャルティ保険分野、再保険(再タカフル)
IIALによる調査でコマーシャル・スペシャルティ分野のタカフル商品の開発と再タカフルのキャパシティを拡充させる必要性が課題として認識された。そこで、IIALはコマーシャル・スペシャルティ分野のタカフル商品や取引に関する将来の国際基準の基礎となる原則作りを進めている。2017年、AIG UKはロンドンM&A保険市場において、最初のWarranty & Indemnity タカフルを引き受けている。
再タカフルについて、ロイズは既に引受シンジゲートを有するものの、キャパシティが不足している。タカフル業界は、イスラム法を遵守した再保険(再タカフル)のキャパシティ不足に悩まされてきた。そのため、タカフル保険会社は、エクセスリスクを管理するため、リスクの大部分を通常型再保険市場によってキャパシティを手配してきた。イスラム教の“darura(必要性)”という概念の下、やむを得ないものと認められているためである。これに対し、イスラム法学者からなる社内のイスラムボード(Sharia Board)が、再タカフルの利用を強く主張している12。ここにも英国保険業界にチャンスがあり、今後、再タカフル市場の拡大に取り組んでいくと考えられる。
(3)人材育成、トップセールス
イスラム金融の拡大に伴い、世界的に専門人材の需要が高まっている。英国の教育機関はイスラム金融の学位や資格を積極的に提供してきている。2017年におけるイスラム金融にかかわる資格コース数は80コースで、世界最多となっている13。タカフル業界においても、イスラム法と保険に高度なレベルで通じた人材確保が、最重要課題となっており、英国公認管理会計士協会(CIMA)などがタカフルに関する講座を設けている。IIALは、さらなる拡充のため、保険関連資格の授与機関である公認保険協会(The Chartered InsuranceInstitute CII)およびボルトン大学と連携し、2021年、「イスラム保険とリスクマネジメント」のMBAコースを開設した14。
また、IIALは、世界中のイスラム主要国キーマンとの意見交換・人的関係構築の場として、年2回国際会議を主催している。コロナ禍においても、世界各地で開催されるバーチャル会議に幹部をスピーカーとして参加させるなど活発な活動を行っている。
さらにIIALは、世界のキーマンとの人的関係を通じ、再タカフルをロンドンに導く対話の場として、英国保険業界とイスラム諸国のタカフル業界のシニアパーソンをメンバーとするCEO Clubを2021年に設置した。このクラブは、タカフル業界の主要なCEOから選ばれた25名限定のクラブである。英国側のメンバーは、英国財務省幹部、ロンドン市長、ロイズ、IUA、LMG、The City UK15の各CEO/会長の官民6人で構成される。CEO clubの会議は小規模なブリーフィング形式で行われる。メンバーの人脈を活用して、イスラム諸国の政府高官との会談実現も目指している16。
4.おわりに
英国保険業界のタカフルに対する取り組みは、政府、学術界を巻き込んで進められている。そして、CEO Clubで現在のキーパーソンとの関係構築を図るとともに、英国での専門教育を通じて将来のキーパーソンとの関係を築くという重層的な人脈構築が目指されている。「世界の再タカフルのハブ」にという、英国が描くロードマップ通りになるのか注目したい。
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