シティ・モビリティ

フランスのラストマイルに新風 ―電動マイクロモビリティ“NVEI”ブームを追う―

主任研究員 新添 麻衣

昨年来、マルチモーダルな次世代交通網の構築に向け「モビリティ指針法」の制定に取り組んできたフランス政府だが※、
移動の選択肢として想定し得なかった“NVEI(Nouveaux Véhicules Électriques Individuels、新種の個人用電動モビリティの意)”の急速な普及を受け対応に追われている。法規制が不十分な中で老若男女の足として広まるNVEIだが、その中心的な存在である電動キックボードは本邦でも導入に向けた動きが出てきている。NVEIの魅力とリスク、政府の規制対応など、本稿ではフランスにおけるブームを追った。
  • 仏政府のモビリティ政策の概要については、総研トピックス 2018Vol.2「ヒト/モノの移動の最適化を図るフランスのモビリティ政策」(2018年7月20日発行)を参照願いたい。

仏政府のモビリティ政策の概要については、総研トピックス 2018Vol.2「ヒト/モノの移動の最適化を図るフランスのモビリティ政策」(2018年7月20日発行)を参照願いたい。
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1.“NVEI”ブームの到来

(出典)VOI Technology Media Kit

かつては玩具の延長と見られていた電動のマイクロモビリティ“NVEI”だが、フランスでは利用者が過去1~2年で爆発的に増え、都市部における市民の日常の足となっている。このブームを牽引するのが電動キックボードで、個人所有の増加と相まって、シェアリングサービスも続々と場している。首都パリでは、2018年6月に米国発のベンチャーLimeがフリーフローティング型1のシェアリングサービスを展開したのを皮切りに、現在は9社以上がプロバイダーとしてひしめき合う状況にある2。サービスプロバイダーはベンチャー企業が中心だが、BMWとダイムラーの合弁企業Free Nowもhiveのブランド名で2019年3月からパリでの事業を展開し始めた3(≪図表1および2≫参照)。

(出典)La Fédération des Professionnels de la Micro-Mobilité “Baromètre marché de la mobilité2018– FP2M/Smart Mobility Lab”, April7,2019、Segway 社、(株)オオモトNinebotウェブサイト、およびaliexpress.comウェブサイトより当研究所作成。

Aviva Franceの消費者調査によれば、NVEIの認知度は50%を超え、フランス人の3%に相当する150万人程度が既にユーザーとなっており、将来のユーザー数は850万人に達する可能性があるという4。業界団体では、シェアリングの利用を通じて乗り心地を体験したユーザーが、自前のNVEIを購入する相乗効果が生まれていると見ている5

非効率なマイカーの利用を削減し、公共交通機関やシェアリング、自転車等を組み合わせたマルチモーダルな交通網への転換を目指す仏政府だが、当初はNVEIをその選択肢として想定していなかったため、現状、同国の道交法上もNVEIのための明確な交通規則等が存在しない6。無秩序の中で流行するNVEIへの規制の実施は、現在のところ各自治体の判断に委ねられている。

2.NVEIの魅力とは~自転車vsNVEI~

(出典)gyrohyerestourウェブサイト

NVEIが急速に市民の支持を集めた理由は何なのだろうか。2040年までにガソリン車・ディーゼル車の販売を禁じる政策に見られるように、仏政府は化石燃料の使用量を抑制する大胆な策を打ち出してきており、この方針に則った環境に優しいモビリティである点は市場で受け入れられる最低条件であろう。ユーザーの環境意識は高まっており、パリのLimeユーザーを対象にした意識調査では、約6割がマイカーのほかカーシェアリングやタクシーを含む自動車の使用を減らす目的で電動キックボードを選択したと回答している7

また、フランス市民は短距離移動が多い中、何らかのモビリティを使って移動する傾向が強い。政府の調査によれば、市民の移動の75%は5km未満であるが、3km未満の移動でも半分以上が自動車によって行われてきたことが分かっている8

こうした実態を踏まえ、かねてからマイカーの代替交通手段として有力視されてきたのは自転車であったが9、NVEIの所有、利用には自転車を上回る次のような利点があると考えられる。

NVEIは自転車に比べ小ぶりで軽量である。比較的大きな電動キックボードでも半分に折りたためるモデルが多く、電車やバスにNVEIを持ち込み、下車後のラストマイル移動に即利用できる手軽さがある(≪図表3≫参照)。また、この小ぶりさゆえに駐車スペースを選ばない点がフリーフローティング型のサービスを可能にし、そのことがシェアリング用の車両をどこでも拾えるという好循環を生んでいる10。また、小ぶりでありながら、速度は出る。時速20km程度を最高速度とするものが主流だが、電動キックボードでは時速40km程度まで出るモデルもある。自転車以上の速度で縦横無尽に街を走り抜けることで渋滞に巻き込まれずに目的地に最短でたどり着ける点も魅力とされる。パリを含むイル・ド・フランス11在住者の平均通勤時間は34分とされるが、電動キックボードを使用したところLimeユーザーの44%が6~10分の短縮に成功し、ユーザー全体では11分の短縮効果があったとされる12

価格の面でも、速度やアシスト機能で競合となる電動自転車の平均価格は1,564ユーロと高止まりしている一方13、NVEIの価格は普及に伴ってその3分の1程度まで下がってきている。非電動の自転車でも平均価格が330ユーロであるため14、速度や小回りの利く快適さからいくらか高く払ってもNVEIの所有には割安感があり、必要な時だけ使えるシェアリングサービスにもユーザーが流れていると言える。

また、直近の社会情勢の影響として、2018年は国鉄とパリ交通局によるストライキが度々実施されたことが公共交通機関に拠らない快適な移動手段を確保したいという市民の意欲を急速に高め、NVEI普及の決定打となったとの分析もある15

3.高まるNVEIの運行リスクと保険業界の動き

NVEIの利用者は増加の一途を辿っているが、走行ルール等が定まっていない中、他の交通利用者との衝突が避けられなくなっている。最も懸念されるのは、歩行者との衝突である。走行中のNVEIとの衝突により、歩行者が頭部外傷や骨折といった重傷を負う事案の発生は報告されていたが、2019年4月12日には、パリ近郊で横断歩道を横断中の80代の歩行者が電動キックボードにはねられ、頭を強く打って死亡する事故も発生したと報じられている16

事故被害者の救済制度として、同国の保険法L211-1条は、陸上を移動する目的で製造された自走式の車両には賠償責任保険の付保義務があると定めており、ここからNVEIも付保義務の対象であることが分かる17。しかし、Aviva Franceの調査では、NVEI利用者の45%が「NVEIによる対人・対物事故は、住宅総合保険の日常生活賠償補償やマイカーの自動車保険の特約で補償される」と誤認していたほか18、Allianz Franceの調査でも、付保義務があることを認識していた市民は46%に留まっており19、付保義務の認知度の低さが問題視されている。無保険のNVEIによる対人事故が発生した場合には、強制損害保険保証基金(FGAO)による救済対象となるためセーフティーネットは確保されているが20、FGAOは被害者に対する補償金の給付を実施したのち、加害者に対して保証額の10%増しで求償を行うこととしている。このような制裁がある点も含め、フランス保険協会(FFA)は声明を出し、NVEIの付保義務の周知に努めている21

また、NVEI利用者自身の傷害リスクも無視できない。非電動も含む値ではあるが、2017年にはキックボード等の使用により5人が死亡し、確認できる範囲で少なくとも284人が負傷している22。前年から死傷者数が20%以上増加している要因は電動キックボードを中心とするNVEIブームにあるとされ、2018年にはさらに増加したと見られる。フランス救急医療協会は、軽い打撲で済むケースもあるが、複数部位の骨折や重大な頭部外傷を負うケースも発生しているとして、ヘルメットの着用を強く推奨している23

このような状況下で、2018年4月にAviva FranceがNVEI専用商品On my wayを発売したのを皮切りに、同年11月にはAllianz Franceも専用商品を発売するなど、保険会社各社は付保義務の周知と新商品の拡販、安全なNVEIの利用を促進する市民の啓蒙に取組んでいる24。専用商品は、付保義務の対象となる賠償責任保険に、利用者自身の傷害補償や携行品の補償などをパッケージ化したものが主流で、年間60~100ユーロ程度の保険料で加入できる。政府のNVEI規制が定まらない中での引受けとなるため、保険会社によって適正な運行条件に対する考えが異なり、有責とする車両の最高速度が異なるなど、各社で新種のモビリティの引受けに知恵を絞っている25

4.NVEI規制に乗り出した政府

2018年10月、Borne交通担当大臣は演説の中で、国会審議中のモビリティ指針法においてNVEIの安全な発展を実現するための規制枠組み提供すること、道交法に新たな車種区分を設け、取扱いを明確にすることを宣言した26。普及の実態に鑑み、NVEIが新たな移動のソリューション足り得る存在であることを追認した一方で、歩行者の安全確保のための対策が急務であると判断したためである。

今年5月初め、パリジャン紙の独占スクープを皮切りに、各紙が道交法に追加されるNVEI関連法規の草案の内容を報じた(<図表4>参照)。それによれば、学校の新年度に合わせ今年9月から、歩道でのNVEIによる走行を全土で禁じ、違反時には罰金刑が適用されるようになる27。歩道での走行は禁じられるが、駐車については歩行者の妨げにならない限り認められる見通しで28、フリーフローティング型のサービスを引き続き容認する方針であると読める。

※歩行者のほか、自転車やローラースケート等非電動のモビリティの利用者を対象に設けられた通行帯のこと。(出典)Le Parisien “Trottinettes : trottoirs interdits, pas plus de25km/h, écouteurs bannis… ce qui va changer”,3May.,2019, L’argus de l’assurance “Hoverboards, trottinettes électriques, gyroroues … vers une modification du code de la route”,9May,2019

利用者の義務としては、12歳以下の子供に対するヘルメット装着義務などが新設される29。シェアリング事業者や保険会社は成人についてもヘルメットやプロテクターの装着を推奨してきたが、これは法定の義務とはならず、免許の取得や車両の登録義務も無いことから、依然、利用者目線では自転車並みの手軽さは確保されそうである。

車両の安全要件も明文化される。ブレーキやライト等最低限の装備がNVEIの車種を問わず一律に義務付けられる30。この点は、特にモノルーやホバーボードなど小型のNVEIメーカーで装備拡充の対応が求められる可能性がある。速度制限については、利用者に法定速度の遵守を求めるのではなく、車両の設計において最高速度を時速25km以下に制限すべしという規定が設けられる31。モノルーやホバーボード、また多くのシェアリング用キックボードでは、時速25km以下に機能が制限されているため、本規定により利用者の利便性が著しく損なわれるとは考えられないが、一部のシェアリング事業者や市販の電動キックボードメーカーでは対応が必要となるだろう。

法案全体を通じて、前年10月の大臣演説に呼応して、NVEIの利便性を棄損することなく、市民の利用実態を尊重した規制方針となっている。その上で、歩行者や他の車両との共存のために必要な措置と、著しく危険性の高い暴走行為等が起こらないような車両要件と走行ルールを設ける方針が見て取れる。

5.おわりに

各国・地域で交通網の在り方が見直される中、公共交通機関やシェアリング型のモビリティの活用による移動の効率化やMaaSの展開が計画されているが、個々人の最終目的地までのラストマイルの移動をどうするのかという課題は残る。その解は地域特性を反映しながら形成されていくものではあるが、フランスにおけるNVEIブームからは、数年前には思いもよらなかったモビリティがラストマイルの1つの解決策として市民の支持を受けるも、歩行者や他の車両との共存という課題に直面し、その状況を政府がいかに打開し、新たなモビリティを社会で受け入れるかを模索する大きなうねりが見て取れる。NVEIは日本でも導入の検討が始まっており(<BOX>参照)、実証実験を通じてフランスと同様の課題に直面する可能性がある。この点からも、NVEI対応で先行するフランスの動向は今後も注目される。

  • 専用のステーションを設けずに、路上や公共の場で返却(乗り捨て)し、またそれを次のユーザーが借りることが可能な自由度の高い方式。一般的には、ユーザーがスマートフォンのアプリを使って近隣の空いているキックボードを探し、開錠(利用開始の確認)や返却(利用完了の確認)もアプリを介して行われる。
  • Lime社のみで、パリで営業を開始して半年間で200万回以上の利用があったという。利用料金は開錠に1ユーロ、以降1分ごとに15セントとなっている。VROOM “Bird, Lime, Txfy, VOI…: on a comparé tous les services de trottinettes électriques en libre-service”, 30 March, 2019, Le Figaro “À Paris, la guerre des trottinettes électriques fait rage”, 3 April, 2019.
  • Tech crunch “Daimler and Bmw invest 11 billion in urban mobility services”, 22 Feb., 2019, BFM TV “Hive, un huitième opérateur de trottinettes électriques débarque à Paris”, 8 March, 2019. なお、hiveの利用料金はLimeと同額の開錠に1ユーロ、以降1分ごとに15セントに設定されている。
  • Aviva France “AVEC UN POTENTIEL DE 8,5 MILLIONS D’UTILISATEURS, LES NOUVEAUX VÉHICULES ÉLECTRIQUES INDIVIDUELS SÉDUISENT AUTANT QU’ILS INQUIÈTENT !”, 12 April, 2018.
  • Le Figaro “Le marché de la trottinette électrique en plein essor”, 1 April, 2019.
  • 同国の道交法上、時速6kmまでのモビリティの使用については、“歩行者”と見做され歩道を走行することが認められているが、NVEIの利用実態は明らかにこの速度を上回っている。
  • Lime 2nd Street “Nearly 1/4 Million Parisians Are Using Dockless Electric Scooters, Study Finds”, 12 April, 2019.
  • Le Monde “Dix mesures qui pourraient figurer dans la loi d’orientation des mobilités en 2018”, 15 Dec., 2017.
  • 2018年10月公表された「モビリティ指針法における15の主要施策」の1つは、NVEIのための法的枠組みを新設することであるが、これ以前から政府が表明していた「2024年までに自転車による移動件数を3倍にする」という施策も、15施策の1つとして掲げられている(フランス環境連帯移行省 “TOUT COMPRENDRE EN 15 MESURES CLÉS”, Oct. 2018.)。
  • 政府のNVEI規制が固まらない中、ナントやトゥールーズなど一部の自治体では、フリーフローティング型のサービスは公共スペースを不法占拠する業態であるとして、キックボードを全台没収するといった動きが出ているケースもある。プロバイダー側も車両を放置し続けるわけではなく、例えばLimeでは、キックボードの充電やメンテナンスも兼ねて、毎日夜9時~朝6時に全台を回収している。(Ouest France “Parole d’expert. Quand la trottinette électrique en libre-service débarque en ville…”, 3 April 2019, Franceinfo “Nantes : les trottinettes électriques en libre-service retirées par la mairie”, 2 April, 2019.)
  • フランスの行政区画は18の地域圏(région、州に相当。)に分かれており、イル・ド・フランスとはパリを中心とした地域圏のこと。
  • 脚注7参照。
  • 2017年の平均販売価格(Statista “Prix moyen des vélos en France en 2017, par type de vélo (en euros)”, April, 2018)。
  • 同上
  • Europe 1 “Face à la grève SNCF, les ventes de trottinettes électriques explosent”, 20 April, 2018.
  • Ouest france “Hauts-de-Seine. Renversé par une trottinette électrique, un octogénaire décède à l’hôpital”, 16 April, 2019
  • Legifrance.gouv.frウェブサイト
  • 脚注4参照。
  • Allianz France “Allianz France accompagne les déplacements d’aujourd’hui et de demain”, 20 Nov., 2018
  • Le Fonds de Garantie des Assurances Obligatoiresウェブサイト。FGAOの救済対象事故は広く、自動車に限らない交通事故のほか、狩猟事故などの偶然の被害事故も対象としている。
  • La Fédération Française de l’Assurance “Gyropode, Hoverboard, Monowheel, Hoverskate, trottinette électrique… les nouveaux moyens de déplacements urbains et l’assurance de responsabilité civile obligatoire”, 2 Jan., 2019
  • Le Parisien “Les accidents de trottinettes en forte hausse”, 11 Oct. , 2018
  • 同上
  • Les Echos “Trottinettes électriques : les assureurs slaloment”, 15 March, 2019。中には「法的性質の定まらない乗り物に対して、専用商品を開発するのは困難である。」と慎重な姿勢を見せるBNPパリバカーディフのような保険会社もある。
  • 例えば、Aviva Franceは最高時速25kmまでの車種のみを補償対象とするが、ゼネラリグループでは最高時速40kmまでの車種を対象としている。ただし、同グループでは、利用者自身の傷害補償が有責条件を、5%以上の機能喪失が認められる後遺障害事案に限っている。
  • Le Monde “Trottinettes électriques : la ministre des transports annonce « une nouvelle catégorie de véhicule » dans le code de la route”, 23 Oct., 2018.
  • Le Parisien “Trottinettes : trottoirs interdits, pas plus de 25 km/h, écouteurs bannis… ce qui va changer”, 3 May, 2019.
  • L’argus de l’assurance “Hoverboards, trottinettes électriques, gyroroues … vers une modification du code de la route”, 9 May, 2019.
  • 脚注27参照。
  • 同上
  • 同上。2019年1月、時速約85kmで電動キックボードを高速道路で走らせる男性の姿を撮影した動画がYou Tubeに投稿され、大きく報道されたことも、NVEIの走行ルールの早期法制化を求める一因となった。

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