自転車よりも疲労が少ないことなどからシェアリングを通じて世界の都市部で活用が広まる電動キックボード。日本と同様、現行法上では「原動機付自転車」として扱われる韓国でも、首都ソウルをはじめとした大都圏で利用者が急増している。四輪や歩行者など他の交通参加者との共存を模索する官民の取組みから日本への示唆が得られるのではないかと考え同国の状況について調査を行った。また、巻末には「<別表>海外諸国の電動マイクロモビリティ規制一覧」を付けた。海外の規制動向を把握する際の参考として頂きたい。
※関連レポート/電動キックボードのシェアリング事業の概況・ビジネスモデル、ドイツでの普及状況・法規制等
SOMPO 未来研レポート Vol.75(2019 年 9 月)
「電動マイクロモビリティブームとドイツにおける受容 ~電動キックボードを中心に~」
1.はじめに
本稿では、日本と同様、現行の道路交通法において、電動キックボード等の“電動で1人乗りのパーソナルモビリティ(퍼스널모빌리티)”が原動機付自転車の一種とされている韓国に着目した。同国では、原付であることを前提に電動キックボードのシェアリングサービスが既に公道上で展開されているが、そのことが新たな規制枠組みの検討に向けた議論やビジネスモデルの転換を引き起こしている。新種のモビリティを自国に定着させるために官民双方が対応を急ぐ先行事例の一つとして紹介したい。
2.韓国におけるパーソナルモビリティの浸透状況
韓国における電動のパーソナルモビリティの利用は、個人所有の広まりに端を発する。韓国交通研究院によれば、レクリエーション目的を中心に販売台数が伸び、2016年には電動キックボードが2~2.5万台、電動一輪車が1.5~2万台が販売された1。5年後の2022年にはその販売台数が3倍以上になり、運転操作を習得しやすいことから特に電動キックボードの台数が伸びていくとの予測が示されたことなどから2、韓国政府はこのような新種の電動モビリティが都市における近距離移動手段として定着し得ると考え、2017年頃から規制枠組みの検討を本格化させてきた3。
ユーザーの拡大機運を捉えて、欧米と同様、スマートフォンアプリによる電動キックボードのシェアリングサービスも始まった。2018年9月にolulo(올룰로)が運営するKICK GOINGがサービスを開始したのを皮切りに、gogo-ssing、ssing- ssingなど国内のスタートアップがソウル、京畿道などでサービスを展開し始めた。利用可能エリアは大都市圏に限定されるが、KICK GOINGでは、サービス開始から10カ月で会員数15万人、累積搭乗回数60万回を記録している4。政府の積極姿勢に期待を寄せ、米国のLime、ドイツのWind等の海外勢もアジアの中では早期に韓国へ参入しており、現在、約20のプロバイダーが林立した状況となっている5。
車両のほとんどが中国からの安価な輸入品とされるが6、国内では自転車メーカーの三千里なども電動キックボードを開発・発売しており、シェアリング用車両の代替えを含む今後の台数の伸びしろを踏まえると国内メーカーを育成すべきとの声も上がっている7。
3.韓国交通網におけるパーソナルモビリティ活用ビジョン
パーソナルモビリティには電動一輪車やホバーボードなど様々な種類があるが、シェアリングサービスに適していることから特に電動キックボードに自転車と同等の役割が期待されている。
今後10年間の首都圏の交通政策をまとめた「広域交通2030(광역교통2030)」の中で、渋滞を緩和し、大気汚染と気候変動による環境への不安を取り除くことが可能な未来の交通網の姿として、「伝統的な公共交通機関(首都圏の広域バス、広域鉄道など)とシェアリングによる移動手段(電動キックボード、シェアサイクルなど)の組み合わせ」を強化することが掲げられている8。パリやロンドンを例に挙げ、中・長距離の移動ニーズは公共交通機関の再整備によって効率化し、個々人で出発地・目的地が異なるファースト・ラストマイルの近距離移動は人力または電動のシェアリングサービスの利用を推奨することで、環境負荷を抑えながらも市民の移動ニーズを満たそうという欧州風のビジョンが提示されている。
4.2つの大きな転換
普及に向けた政府の積極姿勢もあって公道に進出した電動キックボードだが、直近の状況を見ると2つの大きな転換を迫られている点が興味深い。1つは、原付として車道を走り続けるのは困難と結論づけられた点である。韓国では最高時速25kmまでの車両を対象に規制枠組みの検討が行われているが、実際には時速5~15km程度で走行しているキックボードが多い。他の自動車との速度差は歴然で、自動車との事故が急速に増加している(<図表1>参照)。
車道に恐怖を感じたユーザーの多くが歩道で違法走行しているが、静かに突進してきて歩行者を脅かす様子から“キック鹿(킥라니、キックボードとヘラジカを掛け合わせた造語)”という言葉も生まれている9。
2019年3月、大統領直属の第4次産業革命委員会において「パーソナルモビリティの拡散による規制のグレーゾーンの解消」と題した検討会が開かれ、国土交通部や警察庁など関係省庁の間で「最高時速25kmまでのパーソナルモビリティは自転車道を通行する」旨の合意がなされた10。自動車でもなく、歩行者とも切り離した空間が必要であるとの結論に至ったようだ。法改正が近々行われることを前提に、産業通商資源部(日本の経済産業省に相当)からはパーソナルモビリティの車両安全基準も告示された11(<別紙>参照)。今年、国会での道交法改正案の審議入りが待たれる。
もう1点は、“疑似的フリーフローティング網”の構築に各社が力を注いでいる点である。電動キックボードのシェアリングが欧米のユーザーに支持されてきた理由の1つに、乗り捨て自由な“フリーフローティング”12が採用されていることが挙げられる。韓国でも同様の使い方で人気を得てきたが、実際には原付であるキックボードの乗り捨ては違法となるケースが多く、通行の妨げとなる放置車両が問題視され始めた。
そこで各プロバイダーは、コンビニやスーパー、百貨店へのシェアリングステーションの設置を進めている13。近距離移動を主眼とするキックボードでは、出発地・目的地に近接した場所にステーションが無ければ利用価値は大幅に下がってしまう。きめ細かな車両の配置には用地の確保が必要であり、店舗網と敷地を有する小売業者をパートナーに選んだ格好だ。また、Limeが提携交渉を開始したGSグループ14では、傘下の小売店に加え、ガソリンスタンド、駐車場を充電も可能なステーションとして開放する(<図表2>参照)。
欧米発のビジネスモデルでは、運営コスト抑制のために日々の車両回収と充電作業をギグワーカー(単発のアルバイト)に優先的に委ねる方式が採用されている。この作業は主に夜間に行われるため、日中にバッテリー切れした車両は復旧に時間を要することもある。また、路地の狭い韓国ではトラック等での車両回収が容易でないケースもある。車両の置き場がステーションに集約され、そこで充電も可能となれば、違法駐車の排斥だけでなく、メンテナンスの効率化や車両の安定稼働も期待できる。さらに、ガソリンスタンドでは整備や点検を担える可能性もある。サービスの持続可能性を高めるパートナーシップと言えよう。
5.おわりに
“原付扱いの電動キックボード”が公道に出現したことで韓国に生じた混乱は、限定されたルートや敷地内で利用される間には浮かび上がりにくいもので、目下、原付から軽車両への規制緩和を検討している我が国の議論にも参考となる点がある。車道を走らせるリスクはまさに韓国で発現したものであるし、店舗網をステーションにする取組みは放置自転車や違法駐車に厳しい日本にも適しているのではないだろうか。
近距離移動を快適にする点に強みのある電動キックボードは、規制や安全面での議論を呼びながらも、多くの国・地域がその可能性に期待を寄せている。日本各地の地域交通網の中でどのような役割を担わせ活用していくのか。今後も参考となる諸外国の先行事例を調査していきたい。
- 韓国交通研究院「국내 퍼스널모빌리티 시장, 2016년6만대에서 2022년20만대로3배 이상 증가 예상」、2017年9月
- 同上
- 三星火災「전동킥보드 교통사고 실태 및 예방대책」、2019年7月29日
- 同上
- KISO JOURNAL Vol.36「‘공유 전동킥보드’국내 동향과 그 기대효과」、2019年9月30日。“雨後の筍”のようなシェアリングプロバイダーの台頭、プロバイダーの“春秋戦国時代”といった表現がメディアに散見される。
- MONEYTODAY「빌려타는 전동 킥보드의 공통점」、2020年1月6日。なお、電動マイクロモビリティの製造メーカーとして中国勢が台頭している経緯は、SOMPO未来研レポートVol.75、pp28-30。
- IT dongA「[리뷰] 믿음직한 한국형 스마트 모빌리티, 삼천리 데프트 30」、2019年7月8日
- 国土交通部「대도시권 광역교통망 철도 중심으로 재편」、2019年10月31日
- 国民日報「‘퀵라니’는 불안했다…전동킥보드는 대여, 헬멧은 운전자가 알아서」、2019年3月27日
- 大統領直属 第4次産業革命委員会「개인형 이동수단 확산에 따른 규제 그레이존 해소」、2019年3月18日
- 産業通商資源部国家技術標準院「제품안전관리 강화 및 불필요한 업계부담 해소를 위해 전동킥보드, 어린이놀이기구 등 5 개 제품의 안전기준 개정」、2019年11月18日
- 歩行者等の妨げにならないように配慮して、歩道等に乗り捨てること・路上駐車することを指す。法令上フリーフローティングを認めている欧州でも、放置車両への風当たりは強まっており、交通量の多い都市の中心部では駐車を禁じる、所定の駐車場を利用するよう条例を定める動きなども出ている。
- 中央日報「전동 킥보드, 편의점에서 충전한다」、2019年4月10日
- 2019年11月19日。GSグループは、LGグループから分離して2004年に誕生した韓国の大手財閥10社の中の1つ。
(出典)ドイツ交通デジタルインフラ省、フランス連帯移行省、英国運輸省、スウェーデン運輸庁、シンガポール陸上交通庁、韓国国土交通部ウェブサイト等から当研究所作成
- 現時点では自転車扱いだが、この見解は電動マイクロモビリティ黎明期の2010年から変わっていない。その見直し・新規制の検討を行う計画がある旨運輸大臣がコメントしており、今後変更の可能性がある。
- 2019年3月に公表された英国運輸省の次世代モビリティ政策集において「電動キックボード対応を検討する」旨記載があるが、現時点では公道走行は禁止である。このためロンドン等の都市部においても、電動キックボードのシェアリングサービスは実施されていない。
- 2019年12月に公布された(モビリティ指針法)によって、「地域や都市の状況に応じて規制内容を変更できる」旨、定められたため、異なる規制を設けている自治体もある。先んじてパリ市などでは、条例によってフリーフローティングを制限するなど改正道交法をカスタマイズした規制を設けている。
- 電動キックボードが関与した事故や法令違反等が多発していることから、「歩道の安全性を回復するための決定」として2019年11月5日以降、走行可能レーンを制限するなど交通規制が順次厳格化される。電動キックボードのシェアリングサービスも禁止となり、現在は個人で車両を所有する人が限られたエリアでのみ利用可能なモビリティとなっている。
- 電動一輪車、ホバーボード、電動スケートボードなどの1人乗りを想定した電動マイクロモビリティ群。
- 2019年3月の第4次産業革命委員会における省庁間合意で、電動キックボードの通行規則は電動自転車に準ずるものとして改正することに警察庁が合意しているが、国土交通部は走行時の安全基準について引き続き研究を行うことを課題に掲げており制度設計の詳細は不明。
- シンガポールの主要な公園を中心に、風光明媚なエリアをつなぐPark Connector Networksという通行路のこと。観光促進のほかサイクリングやジョギング、トレイルなどのアクティビティを促進する目的で作られた。
- 歩行者等の妨げにならないように配慮して、歩道等に乗り捨てること・路上駐車することを指す。
- 他の自動車と同様、民間損保の対人・対物賠償に所定の金額以上で加入する付保義務がある。
- 自動車としての付保義務の対象ではないため、事故時の他者への賠償は個人賠償責任保険の適用対象となり、自身のケガについては傷害保険を付保すれば補償される。電動マイクロモビリティ向けのパッケージ商品を販売する損保も多い。
- 道交法上は原付に該当するにもかかわらず、同国の自賠法においては最高時速25kmを超える車両のみが適用対象となっているため、現状は“付保義務がない”ものとして取り扱われている。台数の増加に伴い事故件数も増加しているため、被害者救済制度の在り方は韓国にとっての検討課題の1つである。
- 自転車用の規則が適用されるため、チャイルドシートを設置して子供を乗せる場合は2名以上の搭乗が認められることになるが、電動キックボードではまず有り得ない。
- 前後のライト、リフレクター、ブレーキ、ブザー(警笛)の装備が義務づけられているのが一般的で、方向指示器までは求められていない。シンガポール、韓国ではバッテリー火災が多かったため、生活用品の火災安全基準を満たすことも求められている。いずれの国でも安全基準を満たさない製品の公道走行は禁止されている。