牛丼やコンビニ商品の値下げはインフレ終焉の前兆か

上級研究員 小池 理人

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 原材料高や人件費の高騰を背景とした値上げが続く中、一部の企業によって行われた値下げ・低価格戦略が話題になっている。吉野家・松屋・すき家では期間限定の値引きを行い、セブンイレブンでは低価格の「うれしい値!」シリーズを打ち出している。
 コスト高に悩む中においても企業が値下げ・低価格戦略を取る背景には、消費者の消費意欲の停滞が挙げられる。日本銀行が公表する生活意識に関するアンケート調査によると、消費者の暮らし向き判断DIは定額減税や電気・ガス代への補助金といった政策的な下支えがあるにもかかわらず、リーマンショック時に次ぐ低水準に落ち込んでいる(図表1)。春闘において2023年度・2024年度の大幅な賃上げが実現したが(図表2)、物価上昇が続く中で、消費者の感じる暮らし向きはほとんど改善していないことが示されている。消費者の暮らし向きが悪化し、財布の紐が固くなる状況において、資金力のある大手企業が値下げ・低価格戦略によって遠のいた客足を呼び戻すことには一定の合理性があるように見える。
 ただ、懸念されるのは、物価と賃金の好循環への影響だ。企業による値下げは、言うまでもなく物価に対する直接的な下押し圧力となる。現段階では値下げ・低価格戦略は少数の企業による逆張り戦略に止まっており、日本経済全体での物価押し下げ圧力には至っていないものとみられる。しかし、値下げを行う企業が値上げを行う企業から顧客を奪う動きが強まれば、他の企業も値下げに追随する動きが生じ、そうでなくとも、今後の値上げの実施が困難になり、マクロ的な物価動向においても下押し圧力が生じることに繋がりかねない。
 また、賃上げへの影響も懸念される。もしも値下げが広く行われることになれば、2年連続の賃上げを促していた物価高からの生活防衛という大義名分が消失し、賃上げ機運が後退することになるだろう。加えて、企業収益の圧迫も持続的な賃上げにとっての向かい風となる。2年連続での賃上げが実現された背景には、物価高による生活防衛という面だけでなく、好調な企業利益という要因もあった(図表3)。企業が過去最高の経常利益を稼ぎ出すことで、賃上げの原資を確保し、高い賃上げを実現することが可能になっていたからだ。しかし、客離れを防ぐために、原材料や人件費が高騰する中で値下げを行うことを余儀なくされれば、企業収益は圧迫されることになる。企業利益が大きく減少すれば、継続的な賃上げを実現することは困難となり、物価と賃金の好循環は途切れることになるだろう。
 もちろん、現時点においては値下げ・低価格戦略は一部の企業によるものであり、10月の価格改定においては多くの品目において値上げが実行されている。ただ、少数であったとしても企業が戦略的に値下げに動いている事実は軽視すべきではない。こうした値下げ戦略がインフレ終焉のきっかけとなる可能性も頭の片隅に置いておく必要があるだろう。

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