ホルモンの揺らぎを考慮した女性の健康支援
~ヘルスリテラシーの広がりで期待される女性活躍の未来~

上級研究員 菅原 佑香

女性の就業率が上昇し、その活躍がより一層期待されるなか、女性の健康支援は企業の健康経営の観点からも重要な課題となっている。女性はライフステージに応じたホルモンの変動によって、キャリア形成にも影響がある。女性活躍の推進を進めるうえで、女性のホルモン変動を踏まえたヘルスリテラシーの向上とキャリア形成の支援が大切である。

1. 企業経営における女性の健康課題の重要性

女性の健康課題が近年取り上げられるようになってきた。女性の就業率が上昇し、女性の活躍がより一層期待されるなか、女性の健康支援は企業の健康経営の観点からも重要な課題である。
 経済産業省の推計によれば、月経随伴症や更年期症状、婦人科がん、不妊治療などの女性特有の健康課題による労働損失等の経済損失は、社会全体で約3.4 兆円とも推計されており1、企業にとっては生産性の低下にもつながり得る。政府は、「女性活躍・男女共同参画の重点方針 2024 (女性版骨太の方針 2024)」において「仕事と健康課題の両立の支援」や「生涯にわたる健康への支援」を盛り込み、女性の健康課題への対応を強化する方向性を打ち出している2

2. ホルモンの変動と女性の健康状態の関係性

まずは、女性特有の健康課題がどのようなメカニズムで生じるのか整理したい。
 そもそも、女性の健康は、ライフステージに応じたホルモンの分泌によって大きな影響を受けている。主に卵巣から分泌される「エストロゲン」と「プロゲステロン」と呼ばれる女性ホルモンが、排卵や月経をコントロールするだけではなく、女性の心身(骨や脳、心臓や血管、皮膚や粘膜、関節や筋肉、自律神経、免疫機能等)にも影響を与えているからだ3
 また、女性は思春期や成熟期、更年期、老年期といったライフステージによって、そのホルモンの分泌量が大きく変動するため、そのホルモンの動きに伴って懸念される病気も発生する4。女性ホルモンは、思春期以降、妊娠や出産に備えた身体の準備や維持のための働きとして分泌されるが、男性ホルモンのように一定に分泌されるものではなく、月経や排卵が起きるおよそ1 か月の中でも変動がある5
 さらに、女性の更年期(およそ閉経前後の10 年間)の場合、男性はホルモンが加齢とともに緩やかに下降するのに対し、女性ホルモンは急激に減少あるいは喪失する6。そのため、ホルモン分泌の低下が起因となって、身体の機能の低下、自律神経や免疫系などの調整機能の失調、その他の疾患が発症しやすい時期だと指摘されている7

このように、女性はホルモンの変動によって男性とは異なる独自の健康課題を抱えている8。本稿では、とりわけ課題として取り上げられやすい女性の月経や更年期に伴う心身の不調に焦点を当て、企業における女性の健康支援で求められる対応について考察をしたい。

3. 女性特有の健康課題が働き方やキャリア形成に与える影響

月経に伴う不調や更年期障害などによって、女性の健康はどの程度影響を受けているのか。
 内閣府が2023年に実施した調査から、月経に関わる不調による支障度合いを確認すると「支障がある」と「かなり支障がある」と回答する割合は20代や30代で特に高い《図表2》。同調査より、具体的な症状に関する分析結果を見てみると、いずれの年代も生活への「支障がある」と回答する女性の回答として「月経痛」が最も高く、次いで「月経中の体調不良」「月経前の不調(月経前症候群(PMS)」「月経中のメンタルの不調」の理由が続く9
 次に、更年期障害に関わる症状や生活への支障度合いを年代別に見ると「症状があり、更年期障害だと思う」割合は、40代から50代にかけて上昇している《図表3》。「更年期障害に関わる症状による生活への支障がある」との回答は、40代~60代で高い割合となっている。同調査より、「症状あり・自覚あり」と回答する女性の具体的な症状を見ると、「だるい、疲れやすい、動悸・息切れ」と回答する割合が最も高く、次に「頭痛、めまい、耳鳴り」、「のぼせ、顔のほてり、異常な発汗」となっている。
 月経に伴う様々な不調は、20代や30代で多くみられ、40代以降から更年期障害に伴う症状や生活への支障が発生している。20代や30 代前半であれば、これからの職業人生を歩む上での経験やスキルを磨くための初期キャリアとして大切であり、昇進意欲への影響に差が生じやすい時期でもある10。また、厚生労働省の「令和5年賃金構造基本統計調査」で、女性の管理職の平均年齢を見ると、課長級が49.4歳、部長級は52.4歳となっており11、40代以降は、管理職に登用されるなど責任のあるポジションに従事する時期に差し掛かる。
つまり、女性は入社してからリタイアまで、キャリア形成上の重要なタイミングで、ホルモン変動に伴う健康課題と向き合わざるを得ない。そのため、企業は、女性の入社後早い段階で、自らの健康について正しい理解をすることができる機会を提供し、中長期的なキャリアやライフプランを立てることができるようサポートしていくことが大切だ。

実際、こうした健康課題は、女性の働き方やキャリア形成にも影響がある。正規雇用者の年間の仕事のプレゼンティーイズム12損失日数は、特に20~50代において、男性より女性の損失日数が多い《図表4》。
本調査から男女差が生じる理由まではわからないが、女性特有の健康課題に伴う不調からプレゼンティーイズムの損失が発生している可能性はあるだろう。
 月経や更年期に伴う症状によってキャリアアップや仕事を引き受けることなどを諦めた女性は3 割もいるとの調査や13、更年期障害をきっかけとして昇進辞退や不本意な離職につながるとの分析結果もある14。女性特有の健康課題は女性の働き方やキャリア形成を阻害することはもちろん、企業にとっても生産性の低下や優秀な人材の流出など損失になりかねない。女性の活躍を進めるうえで、キャリア形成の支援ともに、女性のホルモン変動を踏まえた健康支援を両輪で進めることが必要不可欠だ。

4.企業が女性の健康支援に取組む上での現状と課題

こうした女性の健康課題に対して企業はどのように取り組んでいるのか。東京都が2023年に実施した調査から、企業が女性の健康課題についての対策や従業員へのサポートを行う上で、困っていることや課題に関する調査結果を見ると、「何をすればいいかわからない」という回答が最も多い《図表5》。それ以外には、他の従業員への業務負担が生じることや女性特有の健康課題に関する症状を聞く手段がないこと、当事者である従業員が話したがらないといった回答が多い。
 特に、比較的規模の小さい企業などにおいては、企業も課題の重要性は認識しているが、女性従業員とコミュニケーションを取ることが難しく、ニーズを的確に把握できないことなどから、支援の方法に苦慮している可能性がある。

5. 女性の健康支援に取組む企業の事例から見た必要なサポートとは

(1)女性ホルモンに関するヘルスリテラシーの向上

前述した調査から、女性特有の健康課題に対して、働く女性が職場に配慮があると働きやすいと思うことに対する調査を見ると、「上司や周囲の従業員の理解」や「休暇制度や時短制度など仕事との両立を図るための支援」との回答が特に多い15ことからも、まずは職場において女性の健康に対する知識を深めることや働きやすさをサポートする取組みを始めることが重要だ。
 例えば、熊谷組では、社内の横断的なネットワークである「全国女性土木技術者交流会」で全社員を対象に性ホルモンに関する健康講演会を実施するなど、社員の意識啓発に取り組んでいる16。ホルモンの動きによって影響を受ける女性の健康の仕組みを、男女ともに正しく理解できるよう、セミナーなどを通じて、社内のヘルスリテラシー(健康や医療に関する正しい情報を入手し、理解し活用する能力)17を向上させていくことが必要だ。
 また、職場の同僚だけではなく、その上司や経営層など企業全体でリテラシーを向上させていくことが大切である18。例えば、株式会社ニチレイでは、「女性の健康づくり方針」を定め、多様な人財がいきいきと働ける職場環境や組織風土づくりの一環として、女性の健康に関する取組みを進めている19。経営層も含め企業全体が理解することで、企業の経営上の重要課題として女性の健康が位置付けられ、働きやすい組織風土やカルチャー醸成につながることが期待できる。

(2)体調不調に応じて休暇が取得しやすい工夫

前述した調査結果にあるように、仕事との両立を図りやすいサポートも必要である。女性が自らの体調不良の言いづらさがあることを踏まえ、休暇等の取得しやすい工夫をしていくことが大切だ。例えば、オルガノン株式会社では、「生理休暇」と申請することに抵抗があるとの声から、休暇の名称をHer Day Leave とし、休暇の適用範囲を月経だけでなく、PMSや更年期症状など、女性の身体特有の不調にまで広げている20。株式会社サイバーエージェントでは、女性が取得する休暇(通常の有給休暇も含め)を全て「エフ
休」と総称し、周囲に利用目的が分からないように休暇取得できる工夫をしている21

(3)女性が職場外で相談できる機会の提供

企業側の課題としては、図表5に示されるように従業員への聞きづらさやセクシャルハラスメントへの不安といった回答もみられ、女性の身体的な課題に職場で対応することの難しさが伺える。そのため、女性が職場以外で自由に相談できる機会を整備しておくことも必要だ。
株式会社ニチレイでは、女性のライフステージと健康に関するセミナーをオンライン診療とのセットで定期開催している22。具体的には、全従業員に向けた「月経」「更年期」に関する正しい知識を得るためのセミナーを四半期ごとに開催し、その後、不調で困っている女性従業員には「オンライン診療」への参加を勧めているという23

(4)フェムテック領域の支援サービスを活用した支援

Female(女性)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた「フェムテック」領域のサービスを活用した支援も近年積極化している。
丸紅株式会社では、「LIFEM24が提供する「ルナルナ オフィス」を導入し、女性のライフステージに応じた健康課題に関するセミナーを開催、月経・更年期の不調に対するオンライン診療・相談・服薬指導・処方等を女性社員に提供している25。プログラム実施前後などでサーベイを取り、結果を可視化することで、次の取組みや社内への報告にも役立てられるという26。施策の実施にとどまらず、効果をわかりやすく見える化し検証を行うことができる点が、フェムテック領域のサービス活用による良さだろう。

6.ヘルスリテラシーの向上で働きやすい組織の風土改革

女性の健康支援に企業が取組むことは、労働損失を抑制することにつながり、企業の健康経営の観点からも重要な課題である。女性が、健康課題によってキャリア形成を阻害されることなく、安心して働き続けられる環境を整備することは、企業の持続的な成長にも寄与する。
 そのため、女性の活躍を進めるうえで、女性のホルモン変動を踏まえたキャリア形成の支援を進めることが重要だ。特に、企業が女性の健康課題を経営戦略上の重要課題として位置づけ、経営層も従業員も企業全体でヘルスリテラシーを向上させていくことが、女性の働きやすい組織風土改革にもつながるだろう。
 コミュニケーションを図ることが難しい課題であるがゆえに、ヘルスリテラシーを高めて女性の健康に対する共通イメージを持つことで、お互いの認識のずれを解消し、より良い職場でのサポートにつながるのではないだろうか。
 近年、フェムテックやフェムケアに関する製品やサービスにも注目が集まるなど、女性の健康課題へ対処するための選択肢も増えてきている。ヘルスリテラシーが高い女性の方が、月経や更年期障害に伴う症状があった際に、対処できる割合が高く、仕事のパフォーマンスへのダメージも少ないことが指摘されている27。女性の初期キャリアの段階からリテラシーを高めることで、自身に合った治療方法や製品・サービスを選択し活用することができるようになり、体調コントロールしながら中長期的なキャリアやライフプランを立てやすくなるだろう。
 女性の健康課題に対する理解が深まることで、職場全体での配慮が進み、働きやすい環境の構築、引いては女性がホルモンの揺らぎに左右されずに、中長期的なキャリア形成を実現できる環境整備がより一層進むことを期待したい。

  • 経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(令和6年2月)
  • 内閣府「女性活躍・男女共同参画の重点方針 2024(女性版骨太の方針 2024)」(令和6年6月11日)
  • 厚生労働省研究班監修「女性の健康推進室 ヘルスケアラボ」、厚生労働省「働く女性の心とからだの応援サイト」
  • 脚注3同様
  • 脚注3同様
  • 脚注3同様
  • 脚注3同様
  • 男性の場合、ホルモン減少に伴い、意欲の低下や不眠など心身の不調が表れる「LOH症候群」が更年期障害といわれ、女性の更年期障害同様、近年課題として取り上げられてきている。
    日本経済新聞「男性の更年期障害、30代から 意欲喪失・不眠…心身に不調」(2024年7月13日)
  • 内閣府「令和5 年度 男女の健康意識に関する調査報告書」(令和6年3月)
    月経前症候群(PMS)の説明について、本調査では「月経開始の3~10日前から始まるさまざまな心身の不快症状で、月経が始まると症状が軽快、消失する」としている。
  • 独立行政法人国立女性教育会館「男女の初期キャリア形成と活躍推進に関する調査」結果-入社5年で何が変わったのか-」(2020年5 月28日)によれば、女性の昇進意欲は、入社2年、3 年目で低下している。
  • 厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査 結果の概況」
  • 「プレゼンティーイズム」とは、欠勤はしていないが心身の健康問題によって仕事のパフォーマンスが低下している状態」のことを示す。
  • 東京都産業労働局 働く女性のウェルネス向上委員会ウェブサイト「東京都の企業と働く女性に実態調査」
  • 日本労働政策研究・研修機構「JILPT リサーチアイ 第70 回 働く女性の更年期離職」(2021年11月5日)40代50代の女性が、更年期症状が原因で、いずれかの雇用劣化(非正規化、降格・昇進辞退、労働時間・業務量減、仕事をやめた)が起きたと自ら認識した者の割合は、全体の15.3%を占めている。
  • 脚注13同様
  • 経済産業省「令和5年度「なでしこ銘柄」注目企業」(visited September. 19, 2024)
    https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/r5chumokukigyou.pdf
  • 公益社団法人「東京都医師会」
  • 法人向け健康管理ソリューションサービス「Carely(ケアリィ)」を提供する株式会社iCAREが、企業の健康管理・健康経営の部門で働く206名に実施した「働く女性の健康支援と健康経営の実態調査」によると、「女性の健康支援に取り組む上での課題」として、「社員の巻き込み」や「経営層の理解」との回答が特に高い。
    https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000190.000022826.html(visited September. 20, 2024)
  • 脚注16同様
  • オルガノン株式会社ウェブサイト(visited September. 19, 2024)
    <https://www.organon.com/japan/>
  • 株式会社サイバーエージェントウェブサイト(visited September. 19, 2024)
    https://www.cyberagent.co.jp/sustainability/info/detail/id=26074
  • 脚注16同様
  • 脚注16同様
  • 株式会社カラダメディカと丸紅株式会社と株式会社エムティーアイが、働く女性の健康課題を改善し、誰もが働きやすい社会の実現を目指すべく、株式会社LIFEMを設立。
  • 経済産業省「令和5年度「なでしこ銘柄」注目企業」(visited September. 19, 2024)
    https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/r5chumokukigyou.pdf
  • ルナルナオフィスウェブサイト「導入事例-プレゼンティーイズムの改善でより働きやすい環境へ 丸紅株式会社」
    (visited September. 25, 2024)https://office.lnln.jp/case/marubeni
  • 日本医療政策機構「働く女性の健康増進に関する調査 2018」

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