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2026年9月1日より、生活道路(中央線などがなく速度規制がかかっていない道幅5.5m以内の道路)の最高速度を時速60㎞から時速30㎞に変更する改正道路交通法施行令等が施行される。この規制は、歩行中・自転車搭乗中の死亡事故の約半数が自宅から500m以内に発生していることから生活道路を対象としている。そして、自動車の速度が毎時30㎞を超えると、歩行者の致死率が急激に上昇することから、法定速度を時速30㎞に制限している。加えて、我が国の交通事故死者数に占める歩行者の割合は35.0%となっており、フランスの14.9%やアメリカの17.4%と比較しても高い水準にあることも、本改正の背景の一つである。生活道路の速度制限見直しは、歩行者や自転車搭乗者の死傷事故を抑制することが期待される。一方で海外に目を向けると、このような施策はイタリアやオランダ、フランスといった欧州に先行事例が多い。本稿ではベルギーにあるブリュッセル首都圏での取組を紹介したい。
ベルギーのブリュッセル首都圏地域(人口約124万人)では、2021年1月より、地域全体の制限速度を時速30kmに制限する「シティ301」を導入している。導入にあたってはブリュッセル首都圏地域内の全19自治体が協議に参加し、自治体ごとではなく、ブリュッセル首都圏地域内一括して導入することが合意された。また、市民への周知にあたっては登録のある60万通の郵便受け全てにリーフレットを送付したほか、市民主体のキャンペーンなども行われるなど、幅広く周知活動が展開された。このシティ30の導入により、交通事故死者数等が減少する一方、公共交通機関である路面電車、バスの平均速度はほぼ変わらず、利便性を損なうことなく、より安全に移動できる環境を整えることに成功している。
この取組の根幹となっているのが、ブリュッセル首都圏全体の都市・交通計画として2020年に採択された「Good Move2」である。Good Moveは、6項目の原則から構成されている。そして、その原則の1つ「Good Neighborhood」では、地域住民が通勤や通学といった日常生活に利用する交通手段と公共空間、住環境を向上させることを目的とし、その実現手段として時速30kmの速度制限の導入や、道路空間を見直し、公共空間へ変更する等を示している。また、「Good Network」では、既存道路の役割を見直すことを掲げ、その実現手段として自動車優先となっている道路利用体系から、歩行者、自転車などと共有する「マルチモーダル道路」を設定することを示している。ブリュッセル市では、2010年から2022年にかけて、徒歩で移動する人の割合が4%、自転車利用の割合が6%増加し、自動車の割合が11%減少している。
(出典)Bruxelles Mobilité ホームページより。自動車専用のラウンドアバウトを改修し、公共の広場に改修している(上段は2017年の様子)。
(出典)Bruxelles Mobilité ホームページより。対面通行道路を一方通行に変更し、自転車専用道路を確保している。
ブリュッセル首都圏の全体計画であるGood Moveに従い、具体的な都市・交通計画を初めて立案したのがペンタゴンと呼ばれる地域である。ペンタゴンはブリュッセルの中心地で、人口約5.5万人(2020年)、12の医療施設、25の病院、106の学校、649の企業・行政機関を有する地域である。自動車交通の約3分の1は、ペンタゴンに目的地がない「通過交通」であり、騒音・交通渋滞、公共交通の遅延などを引き起していた。そのため、ブリュッセル首都圏地域全体で実施されている時速30kmの速度制限に加え、道路の侵入規制や一方通行の設定等により自動車の移動をコントロールし、可能なかぎり通過交通の抑制を図った。また、歩行者道や自転車道、公共空間、駐車場等も並行して整備された。
このような交通対策は、行政が一方的に決めたものではない。警察や業界団体といった関連組織との対話に加え、住民との対話の中で課題と対策を抽出しているのが特徴だ。特に住民との対話では、対面だけでなく、オンラインプラットフォームも活用して意見を聴取することで、900件を超える意見を経て策定されており、公平性・透明性が高いだけでなく、地域の実態に根差した実効性も高い対策となっている。
このように、先行する欧州の事例を見ると、先行して地域全域に時速30km制限を設定するだけではなく、Good Moveという前提となる都市・交通計画を定め、歩行者や自転車利用者と、自動車利用者の調和を図ることを意識した推進をしていることがわかる。そして、実際に地域で計画に沿って具体的な施策を進める際には、住民や関連団体の意見を幅広く聴取し、公平性・実効性の高い取組になるよう留意している点も重要なポイントだ。法定速度を30kmに制限し、地域の交通や環境をどのようにしたいのか、ビジョンを示した上で地域と対話を重ね作り上げていく丁寧なプロセスが、その実効性を高める手段であることがわかる。
わが国でも幹線道路で囲まれた居住地域全体に最高速度時速30km等の交通規制を行う「ゾーン30」や、道路を隆起させた物理的な速度抑制対策を組み合わせた「ゾーン30プラス」といった、地域単位で歩行者安全確保に係る取組みが進められている。これらの取組は幹線道路で囲まれた居住地という小さな地域の単位を対象としているが、今後よりその効果を高めるためには対象となる地域を拡大し、地域の実情に応じた実効性のある取組を推進することが求められる場合もある。その際には本事例のように、都市計画や地域づくりといった計画間連携と地域住民との対話という視点を持つことも重要な要素となるだろう。