少子高齢化が進展し、政府が高年齢者の就業を促進するなかで、65才以上の年齢層でも事務職等のホワイトカラーが増加する見込みである。企業は、加齢に伴う身体的・知覚的な機能の変化に配慮し、65才以上の高年齢ホワイトカラーの活躍を支援する職場環境を構築していく必要がある。そのような取組みは、高年齢ホワイトカラーと同じ職場で働く若い世代にも働き易い環境をもたらすだけでなく、今後も拡大するシニア市場や高年齢労働者の活かし方に悩む法人顧客への良質な商品・サービスの提供にもつながり得る。
1.はじめに
少子高齢化の進展により社会保障給付費が増加を続ける1なか、政府は、元気で意欲ある高年齢者の就業を促し、社会保障制度を「支える側」の高年齢労働者を増やすことで制度の持続性を高めようとしており2、65才以上の年齢層でも事務職等のホワイトカラーが増加する見込みである。
そこで本稿では、65才以上の高年齢ホワイトカラーの増加が見込まれる背景を確認したうえで、高年齢労働者の活躍を支援する観点で行われている労働災害防止や人事給与制度改善等の取組み3では注目されることが少ない、高年齢ホワイトカラーの活躍を支援する職場環境やシステム・ツールのあり方を検討する。
2.高年齢ホワイトカラーの増加が見込まれる背景
(1)高年齢労働者の就業を促す法改正
2020年3月に、企業に高年齢労働者の就業機会確保を求める「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)を改正する法律が成立した。現在、65才までの高年齢労働者に継続雇用・定年引上げ等の雇用を確保する措置を講じる義務が、企業に課されている。2021年4月からは、70才までの高年齢労働者に就業確保措置4を講じる努力義務が、新たに課される予定である。
(2)高年齢ホワイトカラーの増加
年齢別のホワイトカラー就業者数を《図表1》に示した。65才までは、継続雇用・定年引上げ等の雇用確保措置により、ホワイトカラー就業者数はある程度維持されていると考えられる。今後は、70才までの就業確保措置の浸透に伴い、65才以上の高年齢ホワイトカラーの増加が見込まれる。
(注)ホワイトカラー就業者数は、管理的職業従事者、専門的・技術的職業従事者、事務従事者および販売従事者の合計とした。
(出典)総務省「平成29年就業構造基本調査」(2018年7月)を基に SOMPO未来研究所作成。
3.高年齢ホワイトカラーの活躍を支援する職場環境
高年齢ホワイトカラーには、加齢に伴う身体的・知覚的な機能の変化が生じる。その変化に配慮した職場環境やシステム・ツールにより、活躍を支援できる。
(1)高年齢ホワイトカラーの身体的・知覚的な機能の変化
高年齢ホワイトカラーの就業に影響する主な身体的・知覚的な機能の変化を《図表2》に示した。若年時と比較して低下しやすい機能と、向上・維持しやすい機能がある。例えば、視力は、老眼により小さい文字が見えづらい、PC画面の周辺部に配置されたものや、動く文字を認識しづらいといった機能低下が生じやすい。記憶力は、物事の同時処理のための一時的な記憶や出来事の記憶(「昨日何を食べたか」等)は機能低下が生じやすいが、知識・語彙・物事の意味・機械の操作などの手続きに関する記憶は機能を維持しやすい。
高年齢ホワイトカラーの低下しやすい機能をサポートし、向上・維持しやすい機能を活かすことで、その活躍を支援できる。
(出典)松田修編著「最新老年心理学」(ワールドプランニング、2018年)、﨑山みゆき「シニア人材マネジメントの教科書」 (日本経済新聞出版社、2015年)等を基に SOMPO未来研究所作成。
(2)高年齢ホワイトカラーに配慮した職場環境
海外では、視力、筋力の低下に配慮し、LEDやデスクライト等の十分な光量の照明、大画面のPC、座り続けることによる腰痛や疲労を軽減するため画面・キーボードの高さを調節し立ち仕事を可能とするSit‐Stand型デスク等の利用を推奨している国もある5《図表3》。このようなオフィス機器の工夫に加え、大きな文字の資料を用意する、会議・研修を短時間にする、トイレ事情に配慮して休憩時間を早め・長めに設けるといった職場の運用面での配慮が望ましいとされる6。
また、通勤に伴う負担を軽減できる在宅勤務制度の導入も推奨されている。在宅勤務を効果的に実施するためには、職場の電子ファイルを在宅で共用する、職場から電話を転送する等のシステム整備も求められる。日本においては、機器の導入等に要する費用に対し助成金も用意されている7。
(3)高年齢ホワイトカラーに配慮したシステム・ツール
業務の高度化・システム化が進むなか、高年齢ホワイトカラーが使用するシステム・ツールの改善も求められている。ショッピングサイト等の分野で活用が進んでいる、高年齢者の身体的・知覚的な機能の変化に配慮したユーザーインターフェースの工夫を《図表4》に示した。このような高年齢者に対する配慮は、高年齢ホワイトカラーの活躍を支援するシステム・ツールを構築する上でも有効と考えられる。
4.むすび
企業は、労働災害防止や人事給与制度改善等の取組みだけでなく、職場環境やシステム・ツールの改善によって高年齢ホワイトカラーの力を引き出していく必要がある。
また、高年齢ホワイトカラーに配慮した職場環境、システム・ツールは、若い世代にも働き易い環境をもたらす8。十分な明るさが確保された照明や大画面のPC、疲労を軽減するデスク等は、眼精疲労や肩こり、腰痛等に悩む中年・若年層の労働者にも有効であろう。在宅勤務制度も、高年齢労働者の通勤負担の軽減のみならず、子育てや介護等の家族環境の変化に応じた柔軟な働き方や、感染症対策の観点から幅広い年齢層に利点がある。さらに、視力や記憶力の低下に配慮したシステム・ツールは、多くの労働者の作業上のストレス軽減や作業効率の向上に資する。
社会保障制度の支え手拡大を目的とした高年齢労働者の就業促進政策等により、購買力の高い高年齢顧客や、高年齢労働者を雇用する顧客企業は増加していく。職場環境やシステム・ツールを整備し、高年齢ホワイトカラーが活躍している企業は、このように今後も拡大するシニア市場や、高年齢労働者の活かし方に悩む多くの法人顧客に良質な商品・サービスを提供できるだろう。また、職場環境やシステム・ツールの整備を通じて得た知見やノウハウを活かし、商品パンフレット等の販売ツール、取扱説明書、店舗レイアウト等の顧客対応のデザインを改善し、販売力を向上していけるだろう。
このような観点からも、今後、高年齢ホワイトカラーの活躍を支援する職場環境は重要性を増していくものと考えられる。
- 年金、医療、介護、福祉等に係る社会保障給付費は、2019年度に123.7兆円(GDP比21.9%)となり、増加を続けている。
- 内閣官房「全世代型社会保障推進会議中間報告(案)」(2019年12月)
- 例えば、厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」(2020年3 月)、高齢・障害・求職者雇用支援機構「高齢社員の人事管理と展望-生涯現役に向けた人事戦略と雇用管理の研究委員会報告書-」(2015年)
- 継続雇用、定年引上、定年廃止の他、労使で同意した上での雇用以外の措置(継続的に業務委託契約する制度、社会貢献活動に継続的に従事できる制度)が含まれる。
- Government of Canada,”Age friendly-workplaces:Promoting older worker participation”,2012.
- 﨑山みゆき「シニア人材マネジメントの教科書」(日本経済新聞出版社、2015年)
- 厚生労働省の65歳超雇用推進助成金(2020年4月現在)
- ポール・アービング「シニア世代を競争優位の源泉に変える」(Harvard Business Review、2019年4月)