日本最大規模の交通連携「九州MaaS」が2024年8月よりサービス開始
2024年6月5日に九州地方知事会の各県知事と主要経済団体からなる九州戦略会議は、2024年8月1日より「九州MaaS」のサービス開始を発表した。MaaS(Mobility as a Service)とは、国土交通省によれば「地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて、さらには移動の目的地におけるサービスとも連携し、予約・決済等を一括で行うサービス」をいう。この九州MaaSでは、トヨタが提供するスマートフォンアプリ「my route」を利用し、鉄道、バス、船舶といった交通モードを横断したチケットの予約・購入・デジタルチケットの発行を行うことができる。また、「my route」には2019年から交通検索大手「NAVITIME」が協力しており、複数の移動サービスを組み合わせた最適な経路検索や運行状況の確認ができるほか、観光・宿泊施設の情報も提供される。今後は、インバウンド向けにJR九州の鉄道や各社路線バスなどが乗り放題になる周遊パスの開発や、MaaS利用データの利活用などが予定されている。交通モード、事業者、行政区域等の垣根を越えた、日本最大規模の交通連携といえよう。
九州MaaSのサービス開始にあたり、九州戦略会議は「一般社団法人九州MaaS協議会」を2024年4月に設立した。当協議会には、鉄道やバスといった公共交通機関を運営する事業者、九州の都道府県、経済団体等が参画しており、参画する事業者数・団体数は2024年6月末時点で約90に達する。特に、以前は激しいライバル関係にあったJR九州と西鉄という、九州地方における鉄道・バスの主力企業2社が参画している点も特徴で、九州MaaSによる広域連携体制の礎にもなっている。
国もこの九州MaaSを後押しする。国土交通省は、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(地域交通法)」に定める「新モビリティサービス事業計画」について、(一社)九州MaaS協議会を全国で初めて2024年3月29日付で認定した。これにより、運賃・料金に係る行政手続きのワンストップ化や地方自治体に対する新モビリティサービス協議会の組成要請などが可能になる。
このような広域連携体制が構築された背景の一つが人口減少である。九州七県の人口は2050年には約1,152万人になる見込みで、2020年の国勢調査1,424万人と比して約2割減少する。さらに、公共交通の利用者数がコロナ禍前に今も戻っていない。運転手不足などにより公共交通ネットワークの分断・縮小への懸念も九州全域に広がっている。そのため、全体最適化の観点から交通モード横断で連携し、公共交通全体を見直す必要があり、九州MaaSの仕組みが構築された。
また、もう一つの背景がインバウンド・国内観光における利用促進である。九州地方の観光資源は、京都のように集中しておらず、九州全域に広く点在している。そのため、各観光地を周遊できる移動手段が重要だが、公共交通機関の連携があまり進んでおらず、乗り換えやチケット発行の手間がかかる。九州MaaSの仕組みにより、このような課題の解決も期待される。
九州MaaSのような、モード横断的な交通連携は、自家用車からのモーダルシフトを推進する欧州でも見ることができる。例えば、スイスでは法律により1旅程1チケットの原則が定められ、鉄道・バス・船舶といった交通手段が1枚のチケットで発見される仕組みになっている。また、この1旅程1チケットの原則を実現するため、スイス全域を事業範囲とするスイス国鉄(SBB)や個々のエリアごとの民間公共交通運営事業者が加盟する「アライアンス・スイス・パス(ASP)」という協同組合が、事業者間の利害調整や1日周遊券などのチケット売上の各事業者への分配、公共交通を利用した観光に係るマーケティングなどを担っている。
九州地方の公共交通・経済活動に大きな影響を与える可能性がある九州MaaSでは、「ボーダレス交通の実現」、「フィジカルなくしてデジタルなし(乗継ぎ利便性向上のためのダイヤ編成、環境整備等)」、「共創による移動需要創出への挑戦」、「モビリティデータ利活用の推進」という4つの基礎理念を掲げている。また、(一社)九州MaaS協議会では、これらを実現するために、特に重要なキーワードとして「共創」を挙げている。そして、当協議会は、「共創」の実現に向け、交通や観光のみならず、地域交通・まちづくりのベースとなる各自治体の政策間連携や、医療や福祉といった分野との連携を重視している。この「共創」実現のためには、現在各自治体で進められている交通協議会での議論やまちづくり・中心市街地活性化政策推進の中で、地域の課題を丁寧に洗い出し、課題解決に向け九州MaaSをどのように利用していくかという観点がより重要になるだろう。国土交通省が推進する「地域交通のリ・デザイン」でも事業者間の「共創」やデジタル利活用の重要性が示されているところであり、九州MaaSが果たす役割は今後大きさが増すのではないだろうか。
九州地方は、先日の「交通機関でのタッチ決済vs交通系IC決済は激化模様~熊本県で交通系ICからタッチ決済への移行が発表(2024年5月31日)~」に記したように、交通機関での決済手段でも地域の独自性を出した戦略を描いている。九州MaaSとあわせ、どのように九州地方の交通が変化していくかに注目したい。