経営者へのリスキリングはなぜ必要とされるのか~2024年度「骨太の方針」に明記(2024年6月21日)~

主任研究員 福嶋 一太

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 政府が原案を取りまとめた経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる「骨太の方針」の2024年度版が閣議決定された。経営者向けリスキリングプログラムを開発し、2025年度中に3,000人、2029年までに5,000人の受講を目指すことが記載されている。経営者に対するリスキリングにより経営の効率化を促し、企業が従業員に対するリスキリングを一層推進することで、企業の生産性を高め、賃上げを恒常的なものにする狙いがある。地域の大学と民間企業が連携してリスキリングプログラムを開発し、受講者が最先端の知識や戦略思考を習得できる内容とする予定だ。
 骨太の方針とリスキリングなどの人的投資の歴史を紐解くと、岸田政権発足初年度である2022年度の骨太の方針で、重点投資分野として「人への投資」が示され、リカレントなど個人の学び直しに係る支援がより明確に示された。2023年度は前年度の内容を踏まえつつ、さらに三位一体の労働改革として「リスキリングによる能力向上支援」、「個々 の企業の実態に応じた職務給の導入」、「成長分野への労働移動の円滑化」が示され、今年度もこれを踏襲した格好だ。
 特にこの中のリスキリングに関しては、今まで従業員が行う学び直しに軸足を置いた推進をしてきたが、2024年度の骨太の方針では、経営者へとその対象範囲を拡大している。
 そもそもリスキリングとは、企業がデジタル新技術などの新しいスキルの習得機会を従業員に提供するだけでなく、獲得したスキルを活用して新たな業務や職業に就くことをいい、自己啓発的な学習とは異なるものである。つまり、リスキリングは、企業がどのような人材をどのように育成し、どのような職務をアサインするのか、企業の経営戦略・人材戦略と密接に結びついている。これまでの従業員による学習環境の整備に加え、経営者まで対象に含めて推進することで、リスキリングの効果がより発揮されることになるだろう。
 リスキリングの効果をより発揮させるためには、日本の従業員の約7割を占める中小企業へどのように浸透させるかが重要だが、先進的に取組んでいるのが広島県である。同県では、県が主体となり、地域企業へのリスキリングを推進している。
 同県ではこれまで経営者や従業員にほとんど知られていなかったリスキリングを周知するため、まず企業にリスキリング宣言をしてもらい、その後にリスキリングに関するセミナーやイベントを通じ、企業のリスキリングへの取組を後押しする施策を推進した。また、ITに関する基礎的知識を有することを証明する国家資格である「ITパスポート」の資格取得を支援することで、はじめの一歩を踏み出しやすい環境を構築する取組を行なっている。2024年6月14日時点ではリスキリング宣言企業が県内で294社にまで伸びるなど、徐々にすそ野を拡大しており、その中では中小企業でのリスキリング成功事例と言われるものもいくつか出てきている。
 広島県のリスキニングでは、これまでのリスキリング推進を通じて得た知見を盛り込んだリスキリング推進ガイドラインを提供していることも特徴の一つである。当ガイドラインによると、リスキリングの推進には次の4つの段階が必要とされる。 

1.リスキリングの方針決定(人材・リスキリング戦略策定、推進体制整備、推進人材確保)
 2.環境の整備(スキル習得時間の確保、費用負担、マネジメントによるキャリア構築支援)
 3.知識・スキル習得機会の提供(社内外での研修受講、社外出向・副業・兼業)
 4.評価・処遇の見直し(スキル活用可能な部署への人事異動、人事評価制度改定)

いずれの段階も、制度導入や運用面で経営陣による関与が極めて重要であるとわかる。このように、リスキリング推進にあたっては、従業員の学ぶ姿勢に加え、経営者による業務改革に向けた人材戦略と推進体制の構築が重要になる。今回のリスキリング対象範囲の経営者への拡大は、より一層のリスキリング推進を後押しすることにつながる。リスキリングにより企業の生産性を高めて継続的な賃上げにつながるか、その効果を注視していく必要があるだろう。

※広島県のリスキリングの取組は、弊社レポート「地域におけるリスキリング推進のポイント ~企業に対する広島県の支援事例から~」もご参照ください。

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