交通機関でのタッチ決済vs交通系IC決済は激化模様~熊本県で交通系ICからタッチ決済への移行が発表(2024年5月31日)~

主任研究員 福嶋 一太

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熊本県内でバスや電車などの5社は、2024年内を目途に、Suicaなどの交通系ICカード決済を廃止し、クレジットカードなどのタッチ決済(以下「タッチ決済」)を導入することを発表した。ただし、一般乗車に加え定期券、小児・高齢者・障がい者割引等として今回と同じ5社で運用されている「くまもんのICカード」は引き続き利用できる。

この背景にあるのは、アフターコロナのインバウンド増加に加えて、台湾の半導体メーカー「TSMC」進出(2024年2月開所)による外国人労働者の急増だ。外国人は、交通系IC決済より国際ブランドが展開するタッチ決済に慣れ親しんでいるとみられるからだ。また、交通系ICカードに係る機器更新費用は約12億円であり、タッチ決済の約7億円より高いことも影響している。

近年、タッチ決済ができる交通事業者が急速に増えている地域の一つが九州だ。福岡市営地下鉄で2021年から始まったのを皮切りに、JRグループ初となるJR九州と九州最大の交通事業者といえる西鉄でも導入が進んでいる(いずれも路線の一部の実証実験から開始)。

また、タッチ決済ではクレジットカードの後払いの特性を利用し、請求額の上限を決め、これを超えて利用しても請求されない「上限運賃適用サービス」の導入が盛んだ。福岡市営地下鉄が2024年4月1日より、タッチ決済で乗車した場合、1日の最大料金を640円にするサービスを導入した。これは、1日乗車フリー切符の代わりといえる。鹿児島市電・市バスは、一定の要件を満たしたタッチ決済で市電・市バスを利用し、その利用金額が市バス通勤定期券代9,660円を超過した場合、超過した料金を全額割引するサービスを2024年3月1日より開始した。外国人需要の取り込みから始まったタッチ決済が、公共交通機関の定期券といった国民の利用機会が多い場面にまで拡大し始めている状況を見て取ることができる。

交通系ICカード「Suica」を運営するJR東日本も更なるサービス拡充に意欲的だ。2024年度下期からWEB乗車券予約システム「えきねっと」で購入した乗車券は、「QR乗車」が選択できるようになり、新幹線・在来線ともにチケットレスかつシームレスに利用が可能となる。東北エリアへの導入を皮切りに、移行順次提供エリアを拡大する。その他、Suicaの基盤強化を行い、将来的に新たなサービスの提供を検討することも発表しており、乗車履歴だけではなく、切符購入情報などを組み合わることで、特定利用時間帯や曜日などの利用条件による割引クーポンの発行や、エキナカなどの商業施設と融合したクーポンの発行などを想定している。

一方、海外に目を向けると、交通機関でのタッチ決済は日本より先行している。そもそも上記のタッチ決済を活用した「上限運賃適用サービス」も、ロンドンなどで導入されている『キャッピング運賃』と呼ばれるタッチ決済を活用した同様のサービスが発祥である。また、スイスのようにチケット発行基盤を統一し、決済方法とは別の視点で利便性を高めた国もある。スイス国鉄(SBB)は私鉄各社と連携した乗車アプリを開発している。乗客はアプリで出発地と目的地を指定すると、国鉄・私鉄問わず乗換経路・料金が提示され、その料金をアプリに登録したクレジットカードで決済され、そのまま1チケットで鉄道に乗車できる仕組みが構築されており、居住者・非居住者双方の利便性が高い。

我が国では、大都市圏の通勤時間帯における処理時間の短さの利点や、すでに交通系ICが普及していることから、交通系ICカードの廃止や縮小という流れにはすぐにはつながらないと考えられる。しかし、交通機関以外でのまちなかでの利用機会の多さ=住民の保有率の高さに加えて、導入コスト負担の軽さや上限設定スキームの実装など、タッチ決済にはメリットがある。また、交通事業者にとってテレワークの普及・定着による通勤機会の減少などの外部環境の変化といった影響も小さくない。地域に根差した交通事業者としては、その地域の経済社会の変化を踏まえ、自社の事業と地域貢献を一体化させていく必要があるが、その際に決済手段の選択はより重要な観点の一つとなろう。

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