企画・公共政策

地域の生物多様性保全に向けた企業への期待

副主任研究員 尾形 和哉

昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の最終提言公表などを背景に、近年、生物多様性の保全やネイチャーポジティブに関する国際的な関心が高まっている。日本では、自然共生サイト認定などの企業の取組が先行する一方で、地方公共団体には行政資源の不足が課題として挙げられている。3月5日に閣議決定された法案では、企業や地方公共団体による生物多様性増進活動を促進することを目的としており、企業にとってはTNFDへの活用に、市町村側にとっては行政手続きの簡素化等のメリットが見込まれる。加えて、企業による実施計画の策定が、市町村の生物多様性地域戦略策定の後押しになることも期待できると考えられる。
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1.はじめに

近年、生物多様性の保全と持続可能な利用に対する国際的な関心が高まっている。この動きには、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF:Global Biodiversity Framework)の合意や、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)の最終提言の公表が背景にある。本稿では、日本におけるネイチャーポジティブ実現に向けた現状について、企業地方公共団体それぞれの側面から考察する。

(1) 昆明・モントリオール生物多様性枠組とは

昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)は、2022年12月にカナダ・モントリオールで開催されたCOP15第二部において採択された国際的な枠組である。この枠組で掲げられた、2030年までに「自然を回復軌道に乗せるために、生物多様性の損失を止め、反転させる」というミッションは「ネイチャーポジティブ(自然再興)」と呼ばれる。ネイチャーポジティブ実現に向けては、「30by30」と呼ばれる「2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全することで健全な生態系を回復」しようとする目標が、GBFの主要な目標の一つとして位置づけられている1

(2) TNFD最終提言の公表

自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、2023年9月に生物多様性や自然資本に関する財務情報の開示に関するフレームワークの最終提言を公開した。TNFDは、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)をベースとしており、組織が気候変動リスクと自然関連リスクに並行して取り組むことを目的としている。一方でTNFDでの新たな要素としては、リスクや機会につながる「依存・影響」2の把握や開示も求めていること、自然資本においては温室効果ガス排出量などの単一の指標が存在しないことから、ロケーション(事業活動を行う場所)別での分析が重要であることなどが挙げられる。

2.生物多様性保全に関する国内の現状

日本では、GBFを受けた生物多様性国家戦略の改定や、自然共生サイト制度の施行・認定、さらには日本企業によるTNFDへの参画など、生物多様性の保全と持続可能な利用を目指す動きが活発になっている。

(1)生物多様性国家戦略の改定

2023年3月に改定された「生物多様性国家戦略2023-2030」は、2050年に向けて「自然と共生する社会」の実現をビジョンとし、2030年までのミッションとして「ネイチャーポジティブの実現」を目指している。この戦略は5つの基本戦略を軸とし、各戦略には「状態目標」とそれを達成するための「行動目標」が設定されている。このうち、「基本戦略1 生態系の健全性の回復」では、30by30目標の達成に向け「自然共生サイトの認定数」を、2023年中に100か所以上認定することを目指している。また、「基本戦略3 ネイチャーポジティブ経済の実現」では、「生物多様性の配慮に関する目標設定及び情報開示を行っている企業の数または割合」や、国内の「TNFDへの賛同団体数」が具体的な指標として設定されている。さらに、「基本戦略5 生物多様性に係る取組を支える基盤整備と国際連携の推進」では、生物多様性地域戦略を策定している地方公共団体の割合を、現在の8.6%から2030年までに30%へと引き上げることを目指している。以下、(2)では基本戦略1、3(1)では基本戦略3、3(2)では基本戦略5について説明する。

(2)自然共生サイトの登録状況

自然共生サイトとは、「民間企業や地方公共団体が生物多様性の保全に取り組む区域」を国が認定する制度である。認定される区域は、樹木の剪定や草刈り、外来種の防除、間伐といった保全活動が行われている場所であり、企業の森や里地里山、都市の緑地・企業敷地内の緑地など多岐にわたっている。

本制度は前期と後期の二回に分けて登録申請が行われており、上記の基本戦略1の「2023年中に100か所以上の認定」に対し、2023年10月の前期分の申請で122か所(35都道府県)が環境省に認定された3。自然共生サイトの申請主体別で見ると、6割以上が民間企業によるもので、面積別でも民間企業(64.9%)、大学・研究機関(32.5%)と続いている(図表1)。

3.生物多様性全般に関する意識

次に、民間企業、地方公共団体といった各主体の生物多様性に関する意識について見ると、GBF採択以降、特に民間企業を中心に生物多様性の保全やネイチャーポジティブへの意識の高まりが見られる。経団連が2023年2~4月に実施したアンケート調査では、製造業を中心に、生物多様性の保全・回復につながる事業機会の重要性を認識している。その点において生物多様性地域戦略は、生物多様性に関する地域のメッセージを明確に発信することができるとともに、地域と民間企業とのマッチングにも資する重要な意思表示と言えるが、市町村での策定は進んでいない状況である。

(1) 企業の意識

経団連が2023年12月に公表した「企業の生物多様性への取組に関するアンケート調査4」によれば、「経営層の8割以上が『生物多様性』という言葉の意味を知っている」と回答した企業が60%、「一般社員の8割以上が知っている」と回答した企業は25%に達している。一方、TNFD対応を含む生物多様性に関する取組の障壁となっている課題としては、「指標・目標の設定と計測」や「シナリオ設定・評価の難しさ」、「サプライチェーンの複雑さ」、「知識・人材・予算等の不足」など、技術面での課題が多く挙げられている。

また、TNFDの2024年1月の公表によると、世界46カ国320社のうち、日本からは80社が「TNFD Early Adopter5」として自然関連のリスク・機会の開示を表明しており、国別で最多である6(図表2)。これは、日本企業が生物多様性の保全と持続可能性に向けたグローバルな動きに積極的に参加していることを示していると言えよう。業種別で見ると、製造業と金融業・保険業からの表明が特に多い(図表3)。

先に述べた自然共生サイトの認定区域の6割が民間企業であることもあり、企業の生物多様性への取組に関しては、企業への普及啓発の側面から、今後企業がどのようにTNFDに対応していくかにシフトしていると言える。

(2) 地方公共団体の意識

2008年に施行された生物多様性基本法では、生物多様性地域戦略の策定について地方公共団体に努力義務が課せられている。生物多様性地域戦略は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な計画であり、国家戦略では生物多様性地域戦略の策定状況についても目標に掲げている。2023年1月時点では、都道府県においてはすべての地域で策定されているものの、市区町村ではわずか137自治体(全体の8.6%)が整備しているのみである(図表4)。

4.地域戦略策定地域の拡大に関する現状の課題

ネイチャーポジティブの実現には、企業や地方公共団体といった多様な主体の協力が不可欠である。以上2~3節における取組状況を踏まえると、企業においてネイチャーポジティブ実現に向けた取組が先行する動きを見せているものの、地方公共団体側の取組についてはまだ道半ばであると言える。環境省の調査7においては、情報・人員・予算といった行政資源の不足が指摘されており、如何に市町村における地域戦略の策定を促していくかが課題であろう。

今後、企業によるTNFD対応が必然化していく中で、生物多様性の回復につながる事業機会を探している企業にとって、生物多様性や自然資本を通した価値創造に関して明確な意思を持つ地域は、コラボレーション相手として魅力的に映るだろう。地域と企業のマッチング機能として、地域戦略は双方にメリットをもたらすことが期待される。

2024年1月、「自然再興の実現に向けた民間等の活動促進に関する小委員会」は「自然再興の実現に向けた民間等の活動促進につき今後講ずべき必要な措置について」を環境大臣に答申した。当該小委員会では、民間等8によるネイチャーポジティブ実現に向けた活動の支援について議論され、その活動を促進する観点からも地方公共団体の役割は重要であるとしている。この答申では、地域戦略が生物多様性保全の計画という側面のみならず、新たな産業や事業投資の誘引などにもつながるなど、戦略策定の地域へのメリットを浸透させていくことの重要性も指摘されている。

5.今後の期待

本年3月5日には前述の答申を踏まえ、「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律案」(以下、「新法案」という。)が閣議決定された。この法案の中で、企業等による「地域生物多様性増進活動9」を促進する認定制度の創設が盛り込まれている。

①企業等による増進活動実施計画の認定

企業等が、里地里山の保全、外来生物の防除、希少種の保護といった生物多様性の維持・回復・創出に資する「増進活動実施計画」を策定し、主務大臣が認定するもので、企業等にとってはTNFD等への活用も期待される。これまで先行して実施されてきた自然共生サイトの仕組みを法制化によって後押しするものと言えるだろう。

②市町村がとりまとめる連携増進活動実施計画の認定

市町村がとりまとめ役として地域の多様な主体と連携して行う活動を「連携増進活動実施計画」として主務大臣が認定するもので、「生物多様性地域連携促進法」(2011年10月施行)に基づく地域連携保全活動計画(以下、「活動計画」という。)と位置づけは近いものと見られる(図表5)。

従前の生物多様性地域連携促進法(以下、「現行法」という。)に基づく活動計画は、NPO法人等が活動計画策定を市町村に働きかけることは可能ではあったものの、市町村が自ら計画を策定する必要があった。しかし、2節でみたように、認定された自然共生サイト122か所の6割強が企業によるものであることを踏まえると、新法案に基づき企業が計画の策定主体となれることは、民間等が単独で実施する場合の生物多様性保全活動の促進により資する制度となったと言えるだろう。

また、これらの実施計画の認定を受けた者は、その活動内容に応じて、自然公園法・自然環境保全法・種の保存法・鳥獣保護管理法・外来生物法・森林法・都市緑地法における手続のワンストップ化・簡素化といった特例を受けることが可能となる。これも、現行法に基づく活動計画策定時には受けられなかったメリットである。例えば、市町村が外来生物法に基づく特定外来生物10の防除を行う場合は、科学的知見に基づいた適正な目標の設定や、可能な限り「防除実施計画」を作成した上で主務大臣の確認・認定の手続きが必要となる。実施計画の認定を受けたものはこの確認・認定を受けたものとみなされるため、市町村側の負担軽減につながる。

新法案成立に伴い現行法は廃止されるが、必要な申請手続きを経ることで、現行法の活動計画を、新法案に基づく活動実施計画として継続していくことは可能であるとされる11。現行法に基づく活動計画を策定している主体は2023年時点で17地域と決して多いとは言えないが、今後は実施計画として、企業をはじめ拡大していくことが見込まれるだろう。

特に行政資源が不足している地域においては、まずは企業等による増進活動実施計画が策定されることで、地域の生物多様性に関する現状の把握や分析に資するという点で、地域戦略策定の後押しになると考えられる。増進活動実施計画の策定が、地域戦略策定地域の拡大につながっていくことに期待したい。

  • 2021年時点で、日本では陸域20.5%、海域13.3%が保護地域として保全されている。
  • 企業は事業活動を行う上で、生態系サービス(生物多様性を基盤とする生態系から得られる利益、例えば食料や水の供給など)に「依存」している。一方で、事業活動によって、生態系サービスを生み出す自然資本(水・大気・動植物・鉱物など)の状態に対し正負双方の「影響」を及ぼしている。TNFDでは、こうした自然との「依存・影響」に由来するリスクや機会の把握や開示についても求めている。
  • 環境省WEBサイトhttps://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/nintei/index.html(最終閲覧2024/2/20)
  • 日本経済団体連合会「企業の生物多様性への取組に関するアンケート調査結果概要<2022年度調査>」
  • 表明した企業は2024年もしくは2025年会計年度までにTNFD最終提言に沿った開示を行う必要がある。
  • TNFD WEBサイトhttps://tnfd.global/engage/inaugural-tnfd-early-adopters/(最終閲覧2024/2/20)
  • 環境省「生物多様性地域戦略のレビュー」(2017年)
  • ここでの「民間等」とは、企業、団体、個人だけでなく都道府県や市町村といった地方公共団体も含まれる。
  • 里地、里山等の生態系の維持または回復、在来生物の生息地等の保護・整備、生態系に被害を及ぼす外来生物の防除、鳥獣の管理など、生物多様性の増進のための活動とされている。
  • 外来生物(海外起源の外来種)であって、生態系、人の生命・身体、農林水産業へ被害を及ぼすもの、または及ぼすおそれがあるものの中から指定されるもの。指定された生物は、飼養、栽培、保管、運搬、輸入といった取扱いが規制される。
  • 環境省へのヒアリングによる。

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