他人事にできないビジネスケアラー問題
~ケアラー支援の現在地③~
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1.ビジネスケアラー(支援)とは
(1)ビジネスケアラーの定義
「ケアラー支援の現在地」と題したシリーズレポートの第3弾として、ビジネスケアラーに着目する。仕事をしながら家族等の介護に従事する者をビジネスケアラーと呼ぶ 1。国内のビジネスケアラーは2022年で364万人(有職者全体の5.4%)2 、2030年には438万人に増加すると推計されている3 。
(2)ビジネスケアラー支援の必要性
ビジネスケアラーが増加した結果、2030年の経済損失は約9.1兆円に達すると推計されている4。ただしこれは、就業構造基本調査における「有業者」のうち、「仕事を主とする者」がビジネスケアラーとなった場合のみを想定した推計結果である。有業者の中には、家事や通学を理由に仕事を主としない者も多い。女性有業者の約30%がこれに該当し、男女とも40代以降は年齢があがると共にその割合が高くなる5。女性の社会進出、高齢者の雇用促進等に伴い、損失額はさらに大きくなる可能性がある。
ビジネスケアラーが生産性の低下に寄与する経路としては、大きく分けて「パフォーマンス低下」と「離職」の2つがある。前述の経済損失のほとんどはパフォーマンス低下によるものである。林は、介護初期の体制不備によって仕事上の活動に支障が出ていることや、蓄積した疲労によるプレゼンティーズムがその要因であると考えを述べている6。一方、「離職」がもたらす経済損失は大きくないが、特に正社員の離職は、人手不足が深刻な地方圏の中小企業では大きな課題である。離職は、ビジネスケアラー自身の体調不良や介護に専念したい気持ちが主な要因となって起きるものであるため、就業しながらも健康を維持し心残りがないように介護の機会を得られるようにすることで予防できると考えられる。
日本では人手不足が深刻化している。「人手不足に対する企業の動向調査」によれば、企業の51.4%が正社員の、30.7%が非正社員の人手不足を感じている7。地方圏の人手不足感は三大都市圏の水準を上回って推移しており、地方圏と三大都市圏の間でも、中小企業ではギャップが高く、正社員の人手不足が厳しい状況にある8。こうした状況の中では、ビジネスケアラーとなった従業員に対する支援が重要となる。それによって、今いる人手の有効活用を実現し、生産性を維持していく必要があるからである。
本稿では、ビジネスケアラーの実態について、介護生活の風景と制度等による支援を比較しながら紹介する。これにより、企業ならびに社会制度が今後に向けてとるべき対策のポイントを提案する。
2.仕事と介護の両立をとりまく支援の動向
(1)育児・介護休業法
1992年に「育児休業等に関する法律(育児休業法)」が施行された後、社会の高齢化に伴い、介護休業を育児休業と並んで法律に盛り込む改正が行われ、1995年に「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)」が施行された。この法律の第一条には「育児休業及び介護休業に関する制度並びに子の看護休暇及び介護休暇に関する制度を設けるとともに、(中略)事業主が講ずべき措置を定めるほか、子の養育又は家族の介護を行う労働者等に対する支援措置を講ずること等により、子の養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、もってこれらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じて、これらの者の福祉の増進を図り、あわせて経済及び社会の発展に資することを目的とする」と記載がある9。時代とともに改正があり、2022年には有期雇用労働者の介護休業の取得要件が緩和された。
(2)経済産業省が行う企業領域に対する取り組み
経済産業省では、経済損失の回避に向けたビジネスケアラー支援が重要な課題となっている。大きくは、地域における介護需要の新たな受け皿の整備、企業における両立支援に向けた取り組みの促進、の2つの取り組みを両輪で進めていく方針である10。特に後者について、2023年度に「企業経営と介護両立支援に関する検討会」が設置され、2023年11月6日に第1回が開催された。そこでは、企業が行うべき両立支援等のガイドライン作成に向けて、従業員への介護発生による企業経営上の影響、特に両立支援を講じるべき企業の特徴・傾向分析、企業実態(規模・業種業態・地域性等)に応じた両立支援の在り方・先進事例の整理、の3点から現状と課題が共有されている11。
(3)介護保険領域の取り組み
介護に直面した労働者が仕事と介護を両立し継続就業するためには、介護保険/保険外サービスと、育児・介護休業法に基づく介護休業制度等の両者を上手く組み合わせて活用することが必要となる。介護保険サービスの利用にあたっては、ケアマネジャーの支援を受けることが多い。ケアマネジャーは就業者にとって重要な相談相手でもある12。厚生労働省は2021年、ケアマネジャーが就労家族の勤務実態も踏まえてケアプランを作成できるよう、「仕事と介護の両立支援カリキュラム策定展開事業」を開始した13。
3.ビジネスケアラーの生活
(1)ビジネスケアラーの役割と負担感:直接介護
ビジネスケアラーには、直接介護と間接介護の2つの役割が求められる。直接介護とは、本人の生活のために家事・身体的介護ならびに医療的ケアを行うことである。ビジネスケアラーの35.8%が週4回以上なんらかの直接介護を行っており14、彼らは主たる介護者の1人として、同居もしくは近居で、日常的に生じる食事、整容、排泄等に手を動かしていると考えられる。一方、ビジネスケアラーの42.7%は直接介護の頻度が週1回以下である15。彼らは、週末もしくは必要時に手を貸すことで、要介護者の生活維持に貢献していると考えられる。直接介護に時間を費やすことは、身体動作の増加による疲労感はもちろん、自分自身の日常生活や余暇活動・休息時間が従来のように確保できなくなったり、職場に滞在したり業務に専念したりする時間が短くなってしまう。仕事と介護と日常との多重役割間で葛藤が生じ、心理的疲労につながる。
(2)ビジネスケアラーの役割と負担感:間接介護
間接介護には、医療・介護サービス利用に必要な各種手続き、Advanced care planning16や将来の資産・住まい管理に関する要介護者本人を含む家族内の合意形成と関係調整等がある。要介護者の発生による家族システムの均衡崩壊が、従来の家事・育児機構の修正を要する場合がある。特に将来の過ごし方や資産管理に関する合意形成の場面では、日常的に介護に携わっている家族だけでなく、疎遠な親戚や遠方の家族員の意見を確認する場面もある。要介護者の人生の最期、彼らの資産や住まい等の遺産について、多様な家族員の中でコンセンサスを作り上げていく過程では、普段から傍にいるケアラーにこそ心理的負荷がかかりがちである。間接介護とは、時期や家族特性によっては多大な心理的疲労をもたらしうるものと言える。
(3)役割負担の支援策のギャップ
直接介護の負担を軽減するには、介護保険サービス等による介護タスクの外部化が貢献できる。要介護者本人が利用している医療機関の地域医療連携室、居住地の地域包括支援センターならびに介護支援事業所に相談し、在宅療養もしくは入所療養の体制を整えることが肝要である。しかしながら、具体的な介護保険サービスや事業所の実態や利用方法の認知度は高くない。また、山間部の資源不足や、夜間早朝のサービス不足、同居時の家事援助制限等があり、外部化が進んでいないケースも多い。例えば、朝・夜の歯磨き・着替えや毎食時の投薬等は、毎日行う行為であるが、その時間帯に定期的に訪問サービスが機能している地域は多くない17。結果、朝夕に介護を要する場合には、ビジネスケアラーの介護頻度が高くなりがちである。
直接・間接介護の負担が蓄積し過ぎないためには、ケアラー自身が余裕をもって仕事と両立できたり、自身の疲労回復のために休息できたりする必要がある。育児・介護休業法に基づく介護休業/休暇などの制度はケアラーのコンディションを整えることに貢献できるものであり、勤務先の制度にかかわらず、または有期雇用労働者であっても取得できる。しかし、介護休業・休暇等制度の取得率は少なく、ビジネスケアラーに占める制度利用者は10.3%にとどまる18。その理由として、職場で休業・休暇を取得しにくい可能性がある。都内で企業につとめるビジネスケアラーのコンサルティング経験の長い専門家1名、地方都市のケアマネジャー・地域包括支援センター職員2名にヒアリングした。ビジネスケアラーの頻発世代である50代は、大手企業であれば早期退職・役職定年の時期にあたり、また40代は責任あるポジションを任され始めた時期にあたる。そのタイミングで、仕事に専念できない可能性を理由に低評価を付されることは、彼らにとって避けるべき事態である。そのため、自身がビジネスケアラーであることを隠す「介護隠し」が生じやすい状況にあると語られた。また、地方の特に中小企業では、人手不足が深刻なために仕事を休むこと自体が難しい状況にあると語られた。
(4)ビジネスケアラーの介護頻度の雇用形態・都道府県別分布
ビジネスケアラー像の地域間差を可視化するため、有職者に占めるビジネスケアラーの発生率と、ビジネスケアラーに占める介護頻度が低い者(週1回以下)/高い者(週4回以上)の発生率を、雇用形態ならびに都道府県別に集計し、順位付けした(図表1)。有職者全体に占めるビジネスケアラーの発生率は、最も高い京都府で6.6%、最も低い石川県で4.3%である。全国集計5.5%との差は1.1%以内である。ビジネスケアラーに比べて有職者全体の数が著しく大きいために、発生率の多寡が見えにくいとも言えるが、全国的に大きな差はないと言ってよいだろう。
他方、雇用形態別に介護頻度の分布をみると、都道府県間の差がわかりやすい。図表1の右側4列を縦に眺めた時、高低どちらの頻度に着目した場合でも、雇用形態を問わず、発生率は都道府県間で最大20%以上も差がある。ビジネスケアラーのうち、介護頻度が低くなりやすいのは東京都の正規雇用者(該当者の57.0%が低頻度)、頻度が高くなりやすいのは岩手県の非正規雇用者(該当者の53.2%が高頻度)であった。
4.ビジネスケアラー支援のこれから
(1)企業としてこれから目を向けるべきこと
企業は、パフォーマンス低下や離職予防に取り組むことで、生産性を維持するよう努める必要がある。そのためには、ビジネスケアラーとなった人が仕事と介護の両立生活を健康的に送れるような風土と制度を整える必要がある。ビジネスケアラー自身がそれを表明している場合には、介護休暇・休業を取得しやすくしたり、業務量や形態を調整しやすくしたりするための組織体制の改善が必要である。
ビジネスケアラーが「介護隠し」している場合にはどのような支援が考えられるだろうか。介護を表明し制度利用につなげていくだけでなく、まずは介護を表明できず迷っている現状そのものを表出できる機会を提供するとよいだろう。具体的には、会社内の利害関係者と異なる相談窓口を設ける等である。産業保健部署にならうと、窓口には、業務内容や人事体制に対する調査・進言機能があると良いかもしれない。
(2)企業だけでは限界も
介護休業・休暇を取得しやすい風土を作ろうとした場合に、企業だけでは限界がある。地方の中小企業等では、そもそも人手不足の状況にあり、従業員に休みを提供しにくいということである。企業内の風土の問題に加え、地方では生産年齢人口が減少している。ビジネスケアラーが増加した将来、地方と都心部で休業など制度の取得率に大きな格差が生じていく可能性がある。また、地方部では介護保険事業所の数や従業員数も潤沢ではない。今後、介護人員の不足もまた国家的課題であり、生産年齢人口と同じで都市部より地方は弱い傾向にある。介護事業所や従業員数の整備は各介護保険者(市町村等)の責務である。保険者は、ビジネスケアラーの実態と介護頻度・動線等のニーズを把握し、将来推計を行ったうえで、生産年齢人口の減少による負荷が家族介護者に直接的に影響してしまわないよう、急ぎ対応する必要がある。また、昨今では、中小企業健康経営支援に対して、商工団体や業界団体、総合健保等の活躍が拡大してきている。ビジネスケアラー支援でも同様のスキームが活用できる可能性がある。
非正規雇用者への支援については、企業がそのすべてをまかなうことが難しい可能性がある。特に複数個所で就労している場合等は、企業視線での就労介入が難しい。企業と労働局・自治体等との間で、総合的な支援のための連携体制を構築していくことも必要であろう。
5. まとめ
「ビジネスケアラー」の指し示す範囲の広さを認め、多種多様な地理的・職業的環境の中で行われる様々な生産活動が損なわれないような取り組みが必要である。ビジネスケアラーの問題は、本人だけの問題ではない。昨今は企業が取り組むべき課題として注目されつつあるが、その全容は都市部と地方、大企業と中小企業とで大きく異なり、その背景に地方都市の生産年齢人口の減少がある。人口の高齢化と減少が進む今後、ビジネスケアラー支援は、社内の人事上の管理タスクという認識を超えて、社会の中の労働資源の有効活用のための社会戦略として、企業・自治体の立場を超えて、積極的に協働し取り組んでいく必要があるだろう。
- 経済産業省.介護政策.https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kaigo_page.html(2023年12月4日アクセス)より。就業構造基本調査結果を用いて将来推計をする場合には、「仕事を主とする」者だけを指した定義が一般的であるが、本来の定義に従い、本稿では仕事の主従を問わないこととする。
- 総務省統計局.令和4年就業構造基本調査結果.
- 前掲注1
- 経済産業省.介護政策.https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kaigo_page.html(2023年12月4日アクセス)
- 前掲注2
- 林邦彦.仕事と介護の両立における介護疲労やストレスが就労に及ぼす影響について―離職の可能性とプレゼンティーズムに着目して-.日本労働研究雑誌.727, 101-109. 2021.
- 帝国データバンク.人手不足に対する企業の動向調査(2023年4月).https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p230502.html(2023年12月4日アクセス)
- 厚生労働省.令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-「地域別・企業規模別でみた人手不足D.I.の動向.https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/19/backdata/2-1-03.html(2023年12月4日アクセス)
- 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律.https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000806832.pdf(2023年12月4日アクセス)
- 前掲注1
- 経済産業省.第1回企業経営と介護両立支援に関する検討会.資料3.事業背景・目的・概要の説明(事務局).https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/03_jimukyoku.pdf(2023年12月4日アクセス)
- 三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング.仕事と介護の両立に関する実態把握のための調査研究(2013)より,就労者が介護について相談した人として最も多いのが「家族・親族」(48.6%)、次いで「ケアマネジャー」(48.2%)であった。
- 厚生労働省.ケアマネジャー研修 仕事と介護の両立支援カリキュラム.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo.html(2023年12月4日アクセス)
- 前掲注2より。この集計では、要介護者との同居・別居は問わない。
- 前掲注2
- 日本医師会.アドバンス・ケア・プランニング(ACP).https://www.med.or.jp/doctor/rinri/i_rinri/006612.html(2023年12月4日アクセス)より、「将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、本人を主体に、その家族や近しい人、医療・ケアチームが話し合いを重ね、本人による意思決定を支援する取り組みのこと」である。
- 早朝・夜間の訪問ケアを行うサービスはいくつかあるが、例として「夜間対応型訪問介護」を提供している事業所は全国に221か所しかなく、これは同年の訪問介護事業所数(35,612か所)の1%に満たない。
- 前掲注2
PDF:0.8MB
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