企画・公共政策

相続登記の義務化は空き家、所有者不明土地問題の解消につながるか?

主任研究員 宮本 万理子

高齢化の進展によって相続が増えるなか、相続登記・移転がされず、所有者不明となる土地の増加や、移転後、放置され、空き家になることが全国的な社会問題となっている。全国の相続不動産登記情報を見ると、三大都市圏・政令指定都市・県庁所在地は相応に相続登記申請されているが、それ以外の地方圏は低迷しており、所有者不明化する可能性が高い。一方で、相続後に放置された場合、三大都市圏ではマンション、地方圏では一戸建てを中心に空き家になることが懸念される。2024年からの相続登記申請の義務化は、ここまで一定の効果を発揮しているが、今後、相続登記情報の整備がさらに進めば、全国の土地・建物状況の全容が把握できるようになるだろう。このことが、空き家、所有者不明土地解消につながることに期待し、今後も注視していきたい。
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1.はじめに

高齢化を背景に、大量に発生した相続が土地、住宅問題に与える影響は大きい。国税庁によると、取得財産価額のうち、土地、家屋、構造物が約4割を占めることが示されている。高齢単独世帯が保有する住宅は、居住者が死亡した後、相続登記・移転されず、所有者不明土地・建物(以下、「所有者不明土地」とする。)になることや、相続登記・移転されたとしても放置されて空き家になることが懸念されている。こうした社会課題に対して、国が2024年4月から相続登記申請の義務化に踏み切った。このことが、今後、不動産登記申請が進み、全国の土地・建物の実態が明らかなり、空き家や所有者不明土地問題の解消につながることが期待される。

本稿では、全国の未登記不動産を推定することで、所有者不明土地の動向を概観し、また、相続登記申請の内訳から空き家になる可能性のある不動産の所有実態を見ていく。最後に、今回の相続登記申請の義務化による効果を見ることで、空き家、所有者不明土地問題の解消に向けた土地・建物データの基盤整備の可能性と課題について考察した。

2.相続登記と空き家、所有者不明土地問題

最初に、我が国の相続登記申請状況を概観するため、死亡者数と相続登記申請件数の推移について見てみたい。≪図表1≫を見ると、全国の死亡者数は、1998年に約90万人だったが、2023年には約160万人に増加している。2006年頃を境に、相続登記申請件数(相続、その他一般承継による所有権の移転、遺贈又は贈与による所有権の移転の件数を足し合わせた申請者数)は、死亡者数を下回るようになり、その傾向は2023年まで続いている。

両者の乖離が将来に亘り拡大すれば、未登記による所有者不明土地の増加が懸念される。また、相続登記・移転されたとしても、放置される可能性があるため、「空き家予備群」とも言える。相続不動産が、所有者不明土地、「空き家予備群」となるプロセスは≪図表2≫に示す通りである。

3.本稿の分析

本稿では、不動産ビッグデータ提供事業を展開するスタートアップ企業TRUSTART社が保有する不動産登記受付帳3を使って、≪図表4≫の分析フローに従い、所有者不明土地、空き家予備群の推定を行った。TRUSTART社では、毎月発行される相続登記受付帳を全国規模で取得しており、全国の相続登記申請動向を網羅的に把握することができる。

上記の不動産ビッグデータを活用して、所有者不明土地になる可能性の高い不動産を割り出した。まず、相続登記申請件数を死亡者数で割り、相続登記申請があった件数の割合(以下、「相続登記申請割合」とする。)を算出した。また、被相続人のすべてが不動産を保有していないため、持ち家率を併せて参照し、持ち家率と相続登記申請割合の差分が、相続登記されていない不動産(以下、「推定未登記不動産」とする。)と見なした。推定未登記不動産は将来的に所有者不明土地になる可能性が高い。

次に、今後、空き家になる可能性の高い相続不動産の建物区分(マンション、一戸建て)の内訳を見るため、不動産登記受付帳に記載された区分建物(マンション等)、建物(一戸建て)が全相続登記申請件数に対してどのくらい含まれているかを割り出し、都道府県、政令指定都市、県庁所在地別に差異を見ている。

4.全国で広がる推定未登記不動産、地方圏の一戸建てと三大都市圏のマンション空き家問題

≪図表5≫は、前章のフローに従って、推定未登記不動産の規模を都道府県別に見たものである。東京都と佐賀県を除き、全国で未登記不動産が発生していると推定され(推定未登記不動産)、所有者不明問題が全国に広がる可能性を示唆している。このため、全国的に相続登記申請を推し進めること、所有者を特定し対応策のための通知をするなど、早期の対応が今後必要だと思われる

≪図表6≫は、将来、空き家になる可能性のある相続不動産を割り出すため、全相続不動産のうちマンション等の区分建物(以下、マンション等とする。)や、一戸建てを中心とした建物(以下、一戸建てとする。)が含まれる相続不動産の申請割合を示している。三大都市圏では(埼玉県、岐阜県、三重県、和歌山県を除く)、マンション等が相対的に多く含まれる傾向がある。逆に非三大都市圏(以下、地方圏とする。)では、総じて一戸建ての「相続登記申請割合」が高いのが特徴と言えよう。地方圏では一戸建て、三大都市圏ではマンションを中心に、空き家問題が顕在化する可能性が高いことが読み取れる。

5.政令指定都市、県庁所在地での相続登記の現状

政令指定都市に絞ると、すべての市で「相続登記申請割合」が持ち家率を上回り、相続登記申請が比較的良好であることが分かる≪図表7、左図≫。また、地方圏であっても政令指定都市に限ると、「相続登記申請割合」は三大都市圏と遜色ないため、所有者不明土地問題の焦点は政令指定都市以外の市町村への対応になってくるだろう。

≪図表7、右図≫で相続登記申請の内訳を見ると、三大都市圏ではマンション等の割合が高く、地方圏では札幌市、仙台市、広島市、北九州市を除いて一戸建ての割合が高い。地方圏の一戸建てと、三大都市圏のマンションが空き家になる可能性が高い点は、政令指定都市でも同様と言える。

県庁所在地に着目すると、今後相続不動産の未登記が懸念されるのは、地方圏・大都市圏いずれも県庁所在地以外の都市となることが想定される。所有者不明土地問題への対応が今後迫られるだろう≪図表8≫。

また、政令指定都市同様に、三大都市圏ではマンション等の割合が相対的に高く、特に、東京23区、名古屋市、大阪市などの都心部で顕著である。これに対して、地方圏では福岡市、札幌市、那覇市、広島市、仙台市等の一部を除いて、一戸建ての割合が高い。政令指定都市と比較して、より一戸建てが空き家になる可能性が強く見られる≪図表9≫。

6.相続登記の義務化から見えるもの

第4・5章で分析した相続登記問題の解消に向けて、第6章では2024年4月1日から開始した相続登記申請の義務化による効果を見てみたい。今回の義務化は、相続人が不動産(土地、建物)を相続で取得したと知った日から3年以内に、相続登記することを義務化することとして、不動産登記法の改正によって成立したものである。改正法では、正当な理由がなく申請を怠った場合、10万円以下の過料の適用対象となる。これまで、相続登記申請の手続きは手間やコスト面で相続人の負担が大きい。これに対して、今回の改正により、相続人が複数いる場合でも、法定相続人が単独でオンライン申告できる仕組みを創設したことや、登記免除税の免除措置を実施することで相続人の負担を軽減し、登記申請を後押ししている。

≪図表10≫を見ると、佐賀県、山梨県、鹿児島県を除く全国の相続登記申請件数は、大都市圏・地方圏いずれも、前年と比較して増加しており、法改正の効果が既に現れ始めている。相続登記申請件数を押し上げる要因の一つには、全国的な高齢化による死亡者数の増加があることは間違いない。一方で、地方圏では、義務化以前から相続登記申請件数が増え、法改正の効果が見られることが既に報告されている4。地方圏で申請が進む理由は、相続未登記の不動産が地方圏に多くあったことや、建物価額が100万以下の土地に係る相続登記は、登録免許税の免税措置が適用されることなどが考えられる。地方圏、とりわけ政令指定都市、県庁所在地以外での「相続登記申請割合」が低い地域において、今回の申請義務化の効果が現れれば、土地、建物の所有実態の全容が明らかになり、所有者の不明化を軽減することができるだろう。また、相続人の居住地や共有者数などの情報から、放置される可能性が高い不動産を推定できる可能性がある。このため、空き家になる前に、行政から所有者に対して売却、解体、改修などの情報提供をすれば、早期に予防対策を打てるだろう。

7.相続登記情報のさらなる整備に向けて

本稿では、TRUSTART社のデータを使って、全国の相続登記申請の状況を俯瞰した。全国的に「相続登記申請割合」が低く、今後、申請数を押し上げる必要がある。特に、大都市圏・政令指定都市・県庁所在地を除く地方圏では、「相続登記申請割合」の水準から、相続未登記は相応に発生していると推定され、所有者不明土地の大量発生を引き起こす可能性がある。また、大都市圏ではマンションを中心とした相続不動産の登記・移転が進められているものの、放置されれば空き家になるケースが想定される。一方で、地方圏のうち特に県庁所在地では、一戸建てを中心とした相続登記・移転が多いことから、一戸建て空き家の問題が顕著になるだろう。

今回の相続登記申請の義務化によって、第6章で見た通り、法改正の効果が既に見られる。地方圏で、特に未登記不動産が多くあると思われる政令指定都市、県庁所在地以外の地域での申請件数の引き上げが今後も必要だろう。国は、2026年に向けて住基ネットから死亡等の情報を取得し、職権で登記に表示することを可能にし、登記名義人の死亡の有無の確認ができるようにするなどの行政措置も検討が進められている5。同年には、特定の者が名義人となっている不動産の一覧を証明書として発行し、登記漏れを防止するなど、所有者不動産記録証明制度の施行が予定されている。相続登記申請の後押しには、未登記への罰則以外に、複雑な登記申請手続きの簡略化が必要と思われ、相続登記情報の整備が、空き家、所有者不明土地解消に寄与することを期待し、今後もその動向を注視していきたい。

  • 「所有者不明土地問題研究会」は、一般財団法人国土計画協会が2017年1月に設立した組織で、空き家・空き地・耕作放棄地に関する実態調査を行い、解決のための政策提言をする民間プラットフォームである。
  • 所有者不明土地問題研究会では、全国の都道府県を対象にアンケート調査を実施し、相続に対する意向を聞いている。このうち、「相続するが、登記しない」「相続自体を放棄する」と回答した人の割合から相続未登記率を算出し、それをもとに所有者不明土地の将来推計を行っている。
  • 不動産登記受付帳は、登記情報の変更があったものについて月単位で保存した台帳で、法務局の窓口で閲覧でき、開示請求することができるもので、不動産情報(地番又は家屋番号、不動産の住所、用途)、登記申請情報(受付年月日、登記目的、外筆)などが記載され、相続不動産を網羅的に把握するのに汎用性が高い資料である。
  • TRUSTART社(2024):不動産ビッグデータ分析レポート第4回-相続登記と相続人申告登記の動向-
  • 不動産登記法では、当事者の申請が無くても登記官が職務上の権限で登記する場合がある。登記所備付地図を作成するために必要な場合などに発令される。

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