クライメイト

都市の水害リスク指標に関するケーススタディ③
~都市計画制度と都市の水害リスクとの関係を探る~

上席研究員 小林 郁雄

前稿では、春日部市、越谷市、金沢市、岐阜市、姫路市、徳島市、大牟田市の7都市を対象に、水害リスク要因である構造的脆弱性および暴露度の評価指標を用いて各都市の水害リスクの現状を見える化し、それらの指標が都市のレジリエンス向上に役立つ可能性を示した。
 本稿では、都市計画制度のうち市街化区域と市街化調整区域の「線引き」および立地適正化計画の「居住誘導区域」に焦点を当て、それらが都市の水害リスクに与える影響について水害リスク指標を用いた分析を行い、「線引き」が都市の水害リスクと密接な相互関係にあることなどを明らかにした。

1.はじめに

前稿1では、都市の構造的な水害リスク要因(都市の水害リスクからハザード要因を除いた都市の内部的なリスク要因)に着目し、構造的な脆弱性や暴露度に関する評価指標を用いて、7都市(春日部市、越谷市、金沢市、岐阜市、姫路市、徳島市、大牟田市)の水害リスク要因の見える化と都市間比較を行った。
 本稿では、水害リスク要因と密接に関連し、都市空間の利用形態に影響力をもつ「都市計画制度2」を取り上げ、水害リスクとの関係、さらには水害リスクに与える影響を、水害リスク指標等を用いて明らかにする。
 都市計画制度には、都市の緑化や景観に関するものなど、多岐にわたる制度が含まれているが、本稿では2つの制度を取り上げる。1つめは、都市郊外部の開発圧力を規制する仕組みとして、都市計画の根幹を成してきた都市計画区域内の「区域区分」(本稿では「線引き」という呼称で統一する)である。2つめは、急速な人口減少・高齢化に備えたコンパクトシティ政策3に資するものとして平成26年に導入された立地適正化計画であり、本稿ではこの計画に基づく「居住誘導区域」を取り上げる。「線引き」が、市街地の「無秩序な拡散を防ぐ」ための「規制的手法」であるのに対して、「居住誘導区域」は、市街地の「無秩序な縮小を防ぐ」ための「誘導的(インセンティブ中心の)手法」であり、対照的ながら相互補完的な関係にある。
 具体的な検討に入る前に、上記の2制度および7都市の線引き・居住誘導区域の状況等について補足する。

(1)市街化区域と市街化調整区域

都市計画法では、道路や下水道などの公共インフラへの投資を効率的に行い、良質な市街地の形成を図ることを目的として、都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域(本稿では「調整区域」と呼ぶ)という区域に区分する、いわゆる「線引き」の仕組みが高度経済成長期に導入され、長らく運用されてきた4
 このうち市街化区域は計画的な市街化を図るための区域であり、すでに市街地が形成されているか、おおむね十年以内に優先的・計画的に市街化すべき区域とされている。これに対して、市街化調整区域は市街化を抑制すべき区域で、住宅や商業施設等の建設など開発に制約がかけられる。また、市街化区域には第一種低層住居専用地域や工業地域などといった用途地域5が定められ、より詳細な市街地の形成が規制的手法によって確保される仕組みとなっている。
 このような線引きは、経済性や利便性などの観点を含め、さまざまな要素を総合的に考慮して決定される。したがって、線引きの際に水害リスクが重視された都市もあれば、そうでない都市も存在する。しかしながら、多くの都市の線引きは、長年にわたる見直しや追加を経た結果、水害リスクの高低がある程度反映されている可能性がある。
 しかし、その一方で、線引きによって資産や人口が市街化区域に集中すると、市街化区域では前稿で示した構造的水害リスク要因の1つ「構造的暴露度」が高まり、線引きと構造的暴露度の関係は不整合が強まる(市街化区域の水害リスクが調整区域と比べて相対的に高まる)ことになる。線引きと水害リスクとの関係は単純ではなく、それらの関係は、①ハザード要因、②構造的脆弱性、③構造的暴露度のバランスによって決まり、都市ごとに異なることが予想される。
 そこで、本稿では、前稿までの水害リスク指標等(被害量や構造的水害リスク要因の評価指標)を用いて、7都市を対象にしたケーススタディを行い、線引きが都市の水害リスク要因に与えた影響について考察する。

(2)立地適正化計画における居住誘導区域

立地適正化計画は、都市再生特別措置法に基づき市町村が作成するものであり、おおむね20年先を見据えて、居住を誘導し人口密度を維持するエリア「居住誘導区域」を設定できる6。居住誘導区域は、基本的に市街化区域内に設定され、予算補助などの支援措置(インセンティブ)を主な誘導手段としつつ、区域外での開発行為の届出といった規制も併用しながら、緩やかにコントロールを図る仕組みとなっている。令和6年3月時点で、立地適正化計画が作成された都市は568都市に上る7
 この計画に関しては、令和2年の法改正により、居住誘導区域からの災害レッドゾーン8の原則除外と、居住誘導区域内の防災対策の詳細を示す「防災指針」の記載が求められるようになった9。コンパクトシティの取組にあたり、防災の観点が明確に位置付けられたことになる。法改正前に作成された計画についても、今後の計画の見直しにおいて、防災指針の作成が検討される10。したがって、将来的には居住誘導区域と水害リスクが整合的な関係になる(居住誘導区域の方が区域外よりもローリスクになる)ことが期待される。
 しかし、その一方で、居住誘導区域では人口密度の減少が区域外に比べて抑制されるため、区域内の構造的暴露度は区域外に比べて高まり、居住誘導区域と構造的暴露度の関係は不整合になる(居住誘導区域内のリスクが区域外に比べて相対的に高まる)ことも想定される。
 居住誘導区域と水害リスクとの関係についても、ハザード要因や構造的暴露度・脆弱性とのバランスで決まると考えられるため、(1)の場合と同様にケーススタディを行い、居住誘導区域の設定が都市の水害リスクに与える影響について考察する。

(3)対象7都市の線引きおよび居住誘導区域に関する状況

図表1に、対象7都市の想定浸水域における市街化区域と調整区域の面積比・人口比(緑色のヒートマップ部分)、居住誘導区域内外の面積比・人口比(赤色のヒートマップ部分)を整理した。ここでの浸水域は、前々稿11の記載のとおり、国土数値情報の想定最大規模の洪水浸水想定区域図12に対応したものである。また、表中の浸水域内面積および人口は自治体の公表値ではなく、各種情報をもとにした今回の推計値である。
 対象7都市の分析対象域は、市街化区域または調整区域に線引きされており、立地適正化計画は越谷市を除く6都市で作成されている。その中で「防災指針」は春日部市、金沢市、姫路市、徳島市の4都市で作成済みである。居住誘導区域は市街化区域内に設定されており、本稿では浸水域を、【地域Ⅰ】居住誘導区域(市街化区域)、【地域Ⅱ】居住誘導区域でない市街化区域、【地域Ⅲ】調整区域(居住誘導区域外)の3つに区分して考察を進める。

はじめに、市街化区域と調整区域の違いに着目すると、面積比については姫路市で83:17( ≒ 5:1 )、春日部市で36:64( ≒ 4:7 )となっており、都市間で幅がある。一方、人口比では、7都市すべてで浸水域内の人口の約8割以上(金沢市、岐阜市、姫路市、大牟田市では9割以上)が市街化区域に集中している。このことは、線引きが都市構造に大きな影響を与えてきたことを示唆する一方、想定浸水域という水害リスクのある地域の4割から8割が市街化区域であることを意味しており、そこに人口が集中している現状には防災上の課題が大きい。
 次に居住誘導区域に関する3地域の違いに着目すると、春日部市では居住誘導区域の面積が市街化区域の面積とほぼ変わらない。これは、市街化区域のうち工業専用地域など住宅が建設できない用途地域を除いた範囲がそのまま居住誘導区域に設定されているためだとみられる。また、姫路市、徳島市、大牟田市についても、浸水域でみると、市街化区域の人口のほとんど(約9割以上)が居住誘導区域に含まれている。これに対して、金沢市と岐阜市では、居住誘導区域(居住を誘導して人口密度を維持するエリア)が市街化区域の中からかなり絞り込まれており、立地適正化計画制度の趣旨に沿った野心的な区域設定が推察される。
 以上から、水害リスクと線引きとの関係については7都市を対象に分析を行い、居住誘導区域との関係については越谷市を除く6都市について分析を行う。ただし、紙面の制約を考慮して、詳細な結果を示すのは、線引きに関しては立地適正化計画が未作成の越谷市、居住誘導区域に関しては防災指針が作成され野心的な区域設定となっている金沢市にとどめる。それ以外の都市を含めた線引き等と水害リスク要因との全体的な関係については、水害リスク指標の一部を用いて最後に整理する形で論考を進める。
 また、前稿で説明したとおり、今回の水害リスク分析では、住宅や事業所の浸水防止対策導入率といった都市の構造的脆弱性に関するデータを利用できていない。このため、経済的被害については構造的な暴露度の評価にとどまり、構造的な脆弱性については評価できていない。この点を踏まえて、経済的被害に関しては特筆すべき事項の記載にとどめ、人的被害である死者発生リスクに関する分析を中心に結果を示す。

(4)水害リスク等の推計方法

今回の水害リスク分析のポイントは、広く公開されているオープンデータを利用して、250mメッシュや500mメッシュの統計情報を25mメッシュに高解像度化し、洪水浸水想定区域図(想定最大規模)の浸水ランクから補間推定した最大浸水深と重ね合わせることである(詳細は前々稿を参照)。この方法により、都市間での比較が可能な、信頼性の高い被害量推計が可能となる(詳細は前稿を参照)。本稿でもこの方法を用いて、市街化区域および調整区域、並びに居住誘導区域内外の浸水被害量や水害リスク指標等を推計し、区域ごとの結果を比較して、都市計画制度と水害リスク等との関係を探る。全体的な推計の流れを図表2に示す。

2.線引きと水害リスクに関する考察(越谷市の場合)

(1)概況

図表3に、越谷市を流れる主な河川、線引き、建物の分布、想定最大規模の洪水浸水想定区域図を示す。これらの図から、市街化区域と調整区域で住宅の分布密度が明瞭に異なっていること、最大浸水深3m以上の想定浸水域が主に新方川沿いに分布し、市街化区域、調整区域の両方にまたがっていることが確認できる。

図表4には、想定浸水域を市街化区域と調整区域に分割して、最大浸水深別の浸水面積、人口、人口密度、建物資産評価額を示した。はじめに、最大浸水深別の浸水面積をみると、市街化区域では浸水面積のピークが浸水深0.5~1.0mであるのに対して、調整区域では2.5~3.0mであり、浸水ハザード要因に関しては、市街化区域の方が調整区域よりも低リスク、すなわち線引きと浸水ハザード要因は整合的な関係にある。

続いて、浸水域全体の面積と人口に着目する。市街化区域と調整区域の浸水面積比はほぼ 1:1 だが、人口比では 5:1、人口密度比だと 6:1 であり、市街化区域と調整区域間の人口集中度には大きなコントラストがある。特に市街化区域の人口密度は、浸水の浅い地域から3mを超える地域を含めた浸水域のほぼ全域で 1万人/km2を超えている。一方の調整区域についても、市街化区域とのコントラストが大きいとはいえ、人口密度は 2千人/km2近くに達し、浸水域全体で人口5万人を超えている。
 次に、建物の資産評価額13についてみると、市街化区域と調整区域の資産評価額の比は、居住系建物では 3:1 だが、事業系建物だと 3:2 となっており、調整区域では市街化区域と比較して事業系建物資産の分布ウェイトが大きいことがわかる。

(2)浸水域内の死者発生リスク

浸水に伴う死者発生リスクについて、市街化区域と調整区域の違いを考察する。なお、ここでの想定死者数は避難率が0%の場合のものであり、避難率が50%だとすると、想定死者数は想定値の半分に減少する。
 図表5に、被害量、被害指標、構造的リスク要因の評価指標についての推計結果を示す。

被害量である「想定死者数」をみると、市街化区域内の想定死者数は750人、調整区域では561人(各区域の比は 4:3 )となっており、各区域間の人口比が 5:1 であることを考えると、区域間の差が大幅に縮小している。ここで注目されるのが水害リスク指標の「人口当たり想定死者発生率」であり、市街化区域の平均値0.3%に対して、調整区域の平均値はその約3倍の1.0%となっている。「想定死者数」がピークとなる最大浸水深2.5~3.0m(多くの家屋で1階の水没が想定される水深)でも、「人口当たり想定死者発生率」は、市街化区域0.8%、調整区域2.7%であり、調整区域での死者発生率が市街化区域に比べて大幅に高い。
 その要因を探るため、想定死者発生率の差が拡大する最大浸水深2m以上の浸水域の構造的脆弱性に着目する。居住者の年齢に関する指標「高齢化率」をみると、最大浸水深2m以上の浸水域では区域間の差は大きくない。一方、住宅の構造に関する評価指標をみると、調整区域の「平屋住宅居住者比率」が市街化区域の2倍以上の値となっており、「非共同住宅の居住者比率14」についても同様に区域間の差が大きい。したがって、住宅構造の違いが構造的脆弱性における市街化区域と調整区域の大きな差(「市街化区域 ≪ 調整区域15」という関係)を生み、区域間で死者発生率が大きく異なる要因になったと考えられる。
 なお、このような市街化区域と調整区域間での住宅構造の違いは、両区域での建築・開発要件等の違いに関係したものと考えられるため、市街化区域の構造的脆弱性が調整区域に比べて相対的に低い(リスクが低い)状況にあることは、線引きによる政策的なコントロールの結果(線引きの効果)だといえる。
 次に、構造的暴露度についてみると、その評価指標である「浸水域の人口密度」は、図表4に示したとおり、「市街化区域 ≫ 調整区域」となっている。すなわち、構造的暴露度は市街化区域の方が調整区域よりもリスクが大幅に高く、線引きと構造的暴露度の関係は不整合になっている。
 以上の分析から、浸水域の死者発生リスクに関する市街化区域と調整区域の関係は次のように要約される。

<水害リスク要因>

  • 浸水ハザードでは、市街化区域の方が低リスク(線引きと整合的)
  • 構造的脆弱性では、区域間の住宅構造の違いにより、市街化区域の方が大幅に低リスク(線引きと整合的)
  • 構造的暴露度では、人口が集中する市街化区域の方が大幅に高リスク(線引きと不整合)

<浸水域内の死者発生リスク>

  • 想定死者数は、各リスク要因が相殺されるため、市街化区域と調整区域でおおむね同じ水準(想定死者数比 4:3 )だが、人口当たりの想定死者発生率は、調整区域(1.0%)が市街化区域(0.3%)を大きく上回る

(3)資産被害発生リスク

浸水に伴う資産被害発生リスクについて、市街化区域と調整区域の違いに関する特記事項を2点整理する。
 1つめは、市街化区域において浸水が深い地域ほど戸建住宅資産の構造的暴露度が高いことである。これは、ハザード要因のリスクが高い地域で暴露度要因のリスクも高い都市構造となっていることを意味しており、今後の防災・減災上の留意点だと考えられる。図表6に、居住系資産16について推計した被害額、水害リスク指標、構造的リスク要因の評価指標を示した。市街化区域の被害額を最大浸水深別にみると、ピークは1.0~1.5mにあるが、「浸水域1km2当たり居住系資産被害額」(被害額ベースの被災密度)をみると、浸水の深い地域ほど高い値となっている。その要因は、「戸建住宅建物評価額密度」が浸水の深い地域ほど高い(浸水の深い地域ほど構造的暴露度が高い)ことである。

2つめは、調整区域内の事業系建物資産の構造的暴露度が、商業系の資産を除いて、市街化区域よりも高いまたは同等なことである。これは、越谷市における市街化区域が、居住誘導区域と同様の役割を果たしてきた可能性を示唆するとともに、今後の地域ごとの防災・減災対策を考える上でのポイントとなる。図表7に、事業系資産17に関する推計結果を示した。市街化区域の「浸水域1km2当たり事業系資産被害額」(被害額ベースの被災密度)を最大浸水深別にみると、居住系資産の場合とは異なり、浸水が深い地域ほど高い値となる傾向はみられないが、2.0~3.0m付近では市街化区域と調整区域のコントラストが居住系資産の場合(図表6)に比べて大幅に縮小している。その要因となる産業分野別の「建物評価額密度」をみると、商業系建物では「市街化区域 ≫ 調整区域」だが、倉庫工場系建物では「市街化区域 < 調整区域」と関係が逆転し、その他の事業系建物では両区域間に大きな差がない。越谷市の場合、商業施設を除くと事業系資産が市街化区域と調整区域に同等に分散している特徴がみられる。

3.居住誘導区域と水害リスクに関する考察(金沢市の場合)

(1)概況

図表8に、金沢市を流れる主な河川、線引き、建物の用途別分布、想定最大規模の洪水浸水想定区域図を示す。これらの図から、金沢市の場合、居住誘導区域(地域Ⅰ)が金沢駅や兼六園を含めた中心市街地を起点として放射状に設定されていること、市街化区域(地域Ⅰ、地域Ⅱ)と調整区域(地域Ⅲ)では建物の分布密度が明瞭に異なること、市街化区域では最大浸水深が3m以上の地域がほぼないことがわかる。

図表9には、想定浸水域を、【地域Ⅰ】居住誘導区域、【地域Ⅱ】居住誘導区域でない市街化区域、【地域Ⅲ】調整区域の3つに分けた場合の浸水面積、人口、人口密度、建物資産評価額を示した。

最大浸水深別の浸水面積をみると、値がピークとなる最大浸水深が「地域Ⅰ ≒ 地域Ⅱ < 地域Ⅲ」となっている。このことから、浸水ハザード要因に関しては、市街化区域(地域ⅠおよびⅡ)の方が調整区域(地域Ⅲ)よりも低リスクであり、越谷市の場合と同じく、線引きと浸水ハザード要因は整合的な関係であること、地域Ⅰと地域Ⅱでは、浸水ハザード面のリスクがおおむね同等なことがわかる。
 次に、浸水域全体の面積と人口をみると、地域Ⅰから地域Ⅲの浸水面積比はおおむね 1:1:1 に近いが、人口比では 7:5:1、人口密度比だと 9:6:1 となっている。市街化区域(地域Ⅰ、地域Ⅱ)と調整区域(地域Ⅲ)の人口集中度は、越谷市の場合と同様にコントラストが大きい。また、地域Ⅰの人口密度は5千人/km2を超え、地域Ⅱではおおむね4千人/km2という人口集中地区(DID)の要件を少し下回る水準であり、市街化区域の中でも人口集中度の高い地域が居住誘導区域に設定されている。
 続いて、最大浸水深別の人口と建物資産評価額をみると、地域Ⅰ、地域Ⅱのいずれについても、最大浸水深0.5~1.0mにピークがあり、浸水ハザード面でのリスクが比較的低い地域に多くの人口や建物資産が分布していることがわかる。

(2)浸水域内の死者発生リスク

浸水に伴う死者発生リスクについて、地域間の違いを考察する。

図表10に、被害量、被害指標、構造的リスク要因の評価指標についての推計結果を示す。

被害量である「想定死者数」を地域比で表すと、地域Ⅰ:地域Ⅱ:地域Ⅲ = 4:3:3 であり、浸水域人口の地域比である 7:5:1 に比べて、地域Ⅰと地域Ⅲの差が大きく縮小していることがわかる。水害リスク指標である「人口当たり想定死者発生率」をみると、地域Ⅰと地域Ⅱが浸水域平均で0.1%であるのに対して地域Ⅲでは平均0.4%となっており、越谷市と同様に、市街化区域よりも調整区域の方が大幅に高い死者発生率が予想される。また、地域Ⅰと地域Ⅱの関係に着目すると、最大浸水深3.5mまでの範囲では両地域に差は認められない。なお、それ以上の最大浸水深において「地域Ⅰ<地域Ⅱ」という関係がみられるが、区分別の面積が小さいことに注意する必要がある。
 これらの要因を探るため、構造的脆弱性の評価指標に着目する。死者発生リスクが懸念される最大浸水深1.5m以上の浸水域では、地域Ⅱの「高齢化率」が地域Ⅰや地域Ⅲに比べて低く、「地域Ⅰ > 地域Ⅱ < 地域Ⅲ」という関係がある。また、「平屋住宅の居住者比率」と「非共同住宅の居住者比率」をみると、最大浸水深3.0m未満では「地域Ⅰ ≦ 地域Ⅱ < 地域Ⅲ」、それ以深では「地域Ⅰ < 地域Ⅱ ≦ 地域Ⅲ」という関係がみられる。
 次に、構造的暴露度に関しては、図表9に示したとおり、評価指標である「浸水域の人口密度」は「市街化区域 ≫ 調整区域」となっており、市街化区域の方が大幅に高リスクとなっている。また、地域Ⅰと地域Ⅱの関係については、「地域Ⅰ > 地域Ⅱ」となっており、居住誘導区域(地域Ⅰ)の方がリスクが高い。
 
 以上の分析から、金沢市の場合、浸水域の死者発生リスクに関する市街化区域(地域Ⅰおよび地域Ⅱ)と調整区域(地域Ⅲ)の関係は、次のように要約される。

<水害リスク要因>

  • 浸水ハザードは、市街化区域の方が低リスク(線引きと整合的)
  • 構造的脆弱性は、区域間の高齢化率の違いおよび住宅構造の違いにより、市街化区域の方が大幅に低リスク(線引きと整合的)
  • 構造的暴露度は、人口が集中する市街化区域の方が大幅に高リスク(線引きと不整合)

<浸水域内の死者発生リスク>

  • 想定死者数は、各リスク要因が互いに相殺することにより、市街化区域と調整区域でおおむね同じ水準(地域Ⅰ:地域Ⅱ:地域Ⅲ= 4:3:3)だが、人口当たりの想定死者発生率は、調整区域が市街化区域を大きく上回る(地域Ⅰ:地域Ⅱ:地域Ⅲ= 1:1:4)

 

同様に、居住誘導区域(地域Ⅰ)と居住誘導区域外市街化区域(地域Ⅱ)の関係は次のように要約される。

<水害リスク要因 >

  • 浸水ハザードは、地域Ⅰと地域Ⅱで同等のリスク
  • 構造的脆弱性のうち、高齢化率では地域Ⅰの方が高リスクだが、住宅構造では地域Ⅰの方が低リスク
  • 構造的暴露度は、人口の集中度の高い地域Ⅰの方が高リスク

<浸水域内の死者発生リスク>

  • 各リスク要因が互いに相殺されるため、両地域の想定死者数(地域Ⅰ:地域Ⅱ= 4:3)はおおむね同じ水準で、人口当たりの想定死者発生率(地域Ⅰ:地域Ⅱ= 1:1)も同水準

 

ただし、今後、政策的な居住誘導が進む場合、地域Ⅰの人口密度が維持される一方で地域Ⅱの人口密度が低下すると予想される。その結果、地域Ⅰの構造的暴露度が相対的に高まり、想定死者数が現状よりも地域Ⅰに集中するため、構造的脆弱性の低減策を地域Ⅰを中心に展開していくことが望まれる。

(3)資産被害発生リスク

浸水に伴う資産被害発生リスクについて、3つの地域の違いに関する特記事項を2点整理する。
 1つめは、図表11に示すとおり、事業系資産の平均被害率が地域Ⅰについて40%、地域Ⅱでは42%、地域Ⅲは51%と推計され、市街化区域(地域Ⅰおよび地域Ⅱ)の平均被災率が調整区域(地域Ⅲ)を大きく下回っていることである。このことは、事業系資産の被害リスクに関して、線引きと水害リスクが整合的であることを示しており、越谷市の場合(図表7)とは異なる結果となっている。
 2つめは、事業系建物資産の構造的暴露度において地域Ⅰと地域Ⅱに大きな地域差があることである。図表11の事業分野別の「評価額密度」をみると、商業系建物では最大浸水深によらず「地域Ⅰ > 地域Ⅱ」という関係であるのに対して、倉庫工場系建物の場合は「地域Ⅰ < 地域Ⅱ」という逆の関係になっている。このことから、居住誘導区域(地域Ⅰ)には、市街化区域の中でも商業系の建物が多く分布する地域が含まれ、倉庫工場系の建物が多く分布する地域は居住誘導区域外(地域Ⅱ)になっていることがわかる。

図表12に、都市計画法に基づく用途地域のうち工業専用地域、工業地域、準工業地域の範囲と、地域Ⅰと地域Ⅱの範囲を示す。この図からも、工業専用地域の全域および工業地域の大部分など、前者の範囲の多くが地域Ⅱに含まれていることが確認できる。

(4)居住誘導に関する考察

金沢市の想定浸水域の場合、居住誘導区域外である地域Ⅱに、約10万人が3千8百人/km2という人口密度で居住しており、地域Ⅱから地域Ⅰへの居住誘導が今後のポイントの1つになると考えられる。
 しかし、(2)に記載したとおり、地域Ⅱの居住者の高齢化率は地域Ⅰよりも低い。住宅や商業系建物の分布密度が相対的に低く、倉庫工場系資産の分布密度が高い地域Ⅱの方が、地域Ⅰよりも高齢化率が低いことの背景を探るため、令和2年国勢調査の居住期間に関するデータを図表13に整理した。

表中の「居住期間10年未満の人口比率」(ここ10年で現在の場所に住み始めた者の割合)をみると、最大浸水深1.5mまでの浸水域では地域Ⅰの方が高く、それ以深では地域Ⅱの方が高い比率になっている。また、「居住期間20年以上の人口比率」(長期間現在の場所に居住している者の割合)は、「居住期間10年未満の人口比率」と逆の傾向を示している。したがって、確定的なことはいえないものの、地域Ⅱでは、最大浸水深1.5m以上の浸水域を中心に、ここ10年間で生産年齢以下の居住者が域外から多く移動してきた可能性がある。そのような居住者にとって、地域Ⅱから地域Ⅰへの居住誘導は職住近接とのトレードオフになることも考えられ、地域Ⅰへの居住誘導の難易度を高める要因となる可能性がある。

4.線引きおよび居住誘導区域と水害リスクとの関係のとりまとめ(7都市の比較)

越谷市および金沢市に関する考察から、多くの都市で共通すると考えられる以下の事項が得られた。

< 線引きが水害リスクに与えた影響 >

  • 線引きは、死者発生リスクの構造的脆弱性に関して、市街化区域のリスクを相対的に低下させた
  • 線引きは、死者発生リスクおよび居住系・商業系資産被害発生リスクの構造的暴露度に関して、市街化区域のリスクを相対的に高めた
  • 線引きによる水害リスクへの影響は、構造的脆弱性への影響および構造的暴露度への影響にハザード要因を加えた3つの要因のバランスによって決まる

<居住誘導区域が水害リスクに今後与える影響>

  • 居住誘導区域では、死者発生リスクおよび居住系・商業系資産被害発生リスクの構造的暴露度が今後も高い水準で維持され、区域内のリスクが区域外に比べて相対的に高まることが予想される

 

以上のとおり、水害リスクへの影響の度合いは、最終的には3つの水害リスク要因(構造的脆弱性、構造的暴露度、ハザード要因)のバランスによって決まる。
 そこで、水害リスク指標のうち浸水域における平均的な被災度合いを表す指標を用いて、7都市の水害リスクを区域別に推計し、越谷市と金沢市に関する考察で得られた水害リスク要因ごとの分析結果を総合して、線引きと水害リスクとの関係、および居住誘導区域内外の水害リスクの現状についてとりまとめる。
 なお、具体的な指標は、「想定死者発生率」、「居住系資産平均被害率」、「事業系資産平均被害率」、「浸水域平均営業停止日数」18であり、越谷市と金沢市の指標値の一部は前掲した図表からの再掲となる。

(1)線引きと水害リスクの関係

図表14に、7都市の平均被災度と浸水ハザード要因に関する情報を市街化区域と調整区域別に示した。

以上の推計結果から、線引きと水害リスクの関係について次のように総括できる。

< 線引きと浸水ハザード要因との関係 >

  • 姫路市を除く各都市では、浸水ハザードに関して、市街化区域の方が調整区域に比べて相対的にリスクが低く、線引きと浸水ハザード要因は整合的である
  • このことは、都市の水害リスク(ハザード要因)が線引きに反映されてきたことを示唆している

<線引きと死者発生リスクとの関係>

  • 死者発生リスクについては、姫路市を含む7都市すべてで、市街化区域の方が調整区域に比べて相対的にリスクが低く、線引きと整合的な関係にある
  • その主たる要因は、市街化区域が調整区域に比べて構造的脆弱性が低い(脆弱性の面でリスクが低い)ためであり、これは線引きが都市の水害リスクに大きな影響を与えてきたことを強く示唆している

<線引きと資産被害発生リスクとの関係>

  • 資産被害発生リスクについては、構造的暴露度の点で市街化区域の方が調整区域よりも相対的に高リスクであることと、上記のとおり、浸水ハザードの点で市街化区域の方が調整区域よりも相対的に低リスクであることとのバランスが都市によって異なる
  • このため、資産被害発生リスクについて、市街化区域の方が調整区域に比べて低リスクな都市、すなわち線引きと整合的な都市とそうでない都市がある

<線引きと水害リスク全般との関係>

  • 浸水ハザード要因が線引きに影響を与えた一方で、線引きが都市の構造的脆弱性や暴露度に大きな影響を与えた
  • すなわち、線引きは都市の水害リスクと密接な相互関係にある

(2)居住誘導区域と水害リスクの関係

図表15に、越谷市を除く6都市の平均被災度と浸水ハザード要因に関する情報を、居住誘導区域内外の地域別(地域Ⅰ、地域Ⅱ、地域Ⅲ)に示した。

以上の推計結果から、居住誘導区域(地域Ⅰ)と居住誘導区域外の市街化区域(地域Ⅱ)の関係について次のように総括できる。

< 居住誘導区域内外と浸水ハザード要因との関係 >

  • 浸水ハザードに関して、地域Ⅰの方が地域Ⅱよりもリスクが低い都市、すなわち地域Ⅰと地域Ⅱの区分が浸水ハザード要因と整合的な都市は限られており、岐阜市と徳島市19が該当する

<居住誘導区域内外と死者発生リスクとの関係>

  • 死者発生リスクについては、現状として地域Ⅰの方が地域Ⅱよりもリスクが低い都市、すなわち水害リスクが地域Ⅰと地域Ⅱの区分と整合的な都市は少なく、姫路市と大牟田市が該当する
  • 地域Ⅰでは今後も構造的暴露度が高い水準で維持されることが想定され、死者発生リスクが相対的に高まると考えられる

<居住誘導区域内外と資産被害発生リスクとの関係>

  • 資産被害発生リスクについては、現状として地域Ⅰの方が地域Ⅱよりもリスクが高い都市、すなわち水害リスクが地域Ⅰと地域Ⅱの区分と不整合な都市が多い
  • 上記と同じく、地域Ⅰにおける資産被害発生リスクは地域Ⅱと比べて相対的に高まると考えられる

<居住誘導区域内外と水害リスク全般との関係>

  • 現状では、居住誘導区域(地域Ⅰ)と居住誘導区域外の市街化区域(地域Ⅱ)の水害リスクには、一部の都市を除き明確な関係性は認められない
  • 今後は居住誘導区域内の水害リスクが相対的に高まることが予想されるため、構造的脆弱性の改善策を居住誘導のインセンティブと組み合わせるなど、対策の集中的な実施が望まれる

5.おわりに

本稿に至るまでの結果を振り返り、このレポートの締めくくりとする。
 前々稿では、オープンデータを用いて洪水浸水想定区域図に対応した被害量を精緻に推計できること、また推計量に基づく定量的な水害リスク指標により、都市の水害リスクの特徴を明らかにできることを示した。
 前稿では、都市の構造的な水害リスク要因である脆弱性と暴露度の評価指標を作成し、指標をハザード要因である最大浸水深別にクロスすることで、都市の水害リスクの現状を見える化できることを示した。
 続いて本稿では、都市計画制度のうち、市街化区域と調整区域の線引き、および立地適正化計画における居住誘導区域を取り上げ、それらが都市の水害リスクとどのような関係にあるかを考察した。水害リスク指標および構造的水害リスク要因の評価指標という、都市間で比較可能な定量指標による分析の結果、都市空間の利用形態に影響力をもつと考えられる「都市計画制度」が都市の水害リスクに対しても密接な相互関係を有していることが明らかになった20
 今回の水害リスク指標等は、都市のレジリエンスの基礎的な診断情報として、また居住誘導区域の見直しや防災指針の策定・評価を含め、都市の防災・減災対策を支援するツールとして活用できる可能性がある。

  • Insight Plus「都市の水害リスク指標に関するケーススタディ②~都市の構造的な脆弱性と暴露度を見える化する~」2024年10月
  • 都市計画の諸制度については国土交通省のWebサイト「都市計画制度の概要」に網羅的に整理されている。
  • 国土交通省「立地適正化計画」令和6年3月版によれば、単に都市の縮退均衡を目指すのではなく、公共交通ネットワークの再構築と併せて、生活利便性の維持・向上や行政コスト削減、居住地の安全性強化等の行政目的を実現する政策とされる。
  • 都市計画区域内には非線引き区域(区域区分が定められていないエリア)が存在する場合もある(今回の対象7都市には非線引き区域はない)。線引きの実施は、法で定められた地域を除いて都道府県がその必要性を判断することになっている。
  • 住居地域、商業地域、工業地域など市街地の大枠としての土地利用を定めるもので、13種類ある。
  • 立地適正化計画では、生活サービスを誘導するエリアとして「都市機能誘導区域」(基本的には居住誘導区域内)を設定して、当該エリアに誘導する施設を定めることもできる。
  • 国土交通省「立地適正化計画の作成状況
  • 災害危険区域、土砂災害特別警戒区域、地すべり防止区域など、法令による住宅等の建築や開発行為等の規制がある地域。
  • 立地適正化計画は作成以降、おおむね5年ごとの見直しが推奨されている。
  • 立地適正化計画では防災指針の記載が推奨されてはいるが、義務にはなっていない。
  • Insight Plus「都市の水害リスク指標に関するケーススタディ①~洪水浸水想定区域図等の公開情報から都市を見える化する~」2024年10月
  • 国土交通省 国土数値情報「洪水浸水想定区域図(1次メッシュ単位)想定最大規模2023年度(令和5年度)版」
  • ここでの評価額は建物全体での資産評価額であり、被害額の算定に用いる階数補正後の値ではない。
  • 前稿に記載したとおり、共同住宅の場合、低層階の居住者も建物最上階へ垂直避難ができる想定となっている。一般的に、共同住宅は戸建住宅に比べて中高層住宅の比率が高いため、戸建住宅などの非共同住宅に居住する者の割合が高いほど(共同住宅の居住者の占める割合が低いほど)、人的被害に関する脆弱性が増す(リスクが高まる)ことが予想される。
  • 「A ≪ B」は、AはBに比べてはるかに小さい(BはAに比べてはるかに大きい)ことを意味する。
  • ここでは、戸建住宅など非共同住宅の建物資産、マンションなど共同住宅の建物資産、各世帯の家庭用品資産(自動車以外)および各世帯の自動車資産を指す。
  • ここでは、商業施設・工場・オフィスなど住宅以外の建物資産、商業施設・工場・オフィスなど業種別の償却資産および在庫資産を指す。
  • ここでの「想定死者発生率」とは、想定死者数の推計値を同じく浸水域内の推計人口で割ったものである。「居住系資産平均被害率」、「事業系資産平均被害率」は、浸水域内の資産被害推計額を資産評価額で割ったもので、資産の経済的な面での平均的な被災度合いを表すものである。「浸水域平均営業停止日数」は、浸水域内の産業分類別の営業停止損失額の推計値を同じく1日当たり付加価値額の推計値で割ったもので、浸水域内の平均的な営業停止日数(被災度合い)を表すものである。
  • 徳島市では、居住誘導区域の設定に際して、市街化区域から洪水・津波等の災害リスクの高い区域が除外されるとともに、地域ごとの詳細な災害リスクと対策が「防災指針」として整備されている。
  • 本稿の分析結果は当社が実施中の気候変動に伴う水害リスク変化に関する共同研究に活用する予定である。

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