ビジネスケアラーの対象像と介護頻度の関連
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1.仕事と介護の両立に関する議論
(1)仕事と介護の両立の増加と支援に関する動向
日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上の人口割合)は年々上昇しており、2023年時点で29.1%に達している1。2025年には「団塊の世代」が75歳以上となり、2030年代後半には85歳以上の人口が初めて1,000万人を超えると予測されている2。同時に、高齢者等の家族の介護をしながら就業する人々(ビジネスケアラーと呼ばれる)も増加している。2022年時点で、日本国内には364万人のビジネスケアラーが存在し、有職者全体の5.4%を占めている3。この数は2030年には438万人に達すると予測されている4。
ビジネスケアラーの増加予測、ならびに関連して生じる個人・企業・社会への影響を踏まえ、ビジネスケアラーへの適切な支援策の構築が急務となっている5。仕事と介護の両立をとりまく支援6は年々整備が進んできているものの、今なお課題は多い。2024年5月には、両立支援制度の強化等の措置を講ずる目的で、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)」が改正された7。
(2)介護頻度からみたビジネスケアラーの実態
適切な支援を提供するためには、ビジネスケアラーが抱える問題を見定める必要がある。ビジネスケアラーの抱える問題は、仕事と介護の両立から生じる身体・心理的葛藤や健康・生活上の問題と言い換えることができる。しかしながら、ビジネスケアラーの増加予測が広く知られる一方で、仕事と介護の両立の実態や彼らが抱える問題は必ずしも明瞭に示されていない。
介護頻度は、介護実態をうかがい知る上で有用な指標である。筆者は、就業構造基本調査(2022年)の公開データの再集計を行い、ビジネスケアラーの介護頻度の二極化傾向を示した8:週1回以下の低頻度ケアラーが42.7%を占める一方、週4回以上の高頻度ケアラーは35.8%にのぼった。
本稿では、就業構造基本調査の個票データの二次分析を行い、ビジネスケアラーの就業・介護頻度の実態を記述する。ビジネスケアラーの対象像を記述しておくことは、ソリューション開発に先立つペルソナの設定や支援ニーズ領域の特定に有用と考えたためである。
2.調査方法
研究デザインとデータ
就業構造基本調査(2017)を用いた二次分析を行った。執筆時点で入手できる最新の個票データである。データは独立行政法人統計センター内・統計データ利活用センターを通じて既定の手続きを経て入手した。就業構造基本調査(2017)の全個票データについて、総務省統計センターが匿名加工し、さらに80%リサンプリングしたデータ(全723,373件)をDVDで受け取った9。レコードごとに指定された乗率をかけ合算、さらに125%にすることで、全国値(15歳以上人口)を推計した。
データに含まれる主な変数は、回答者本人および同居家族の基本属性、本人の就業状態・雇用形態、年間就業日数、育児の有無、介護頻度、育児・介護に関連する休業等制度の利用状況、就業継続への意向、等である。ここには、被介護者の年齢、心身機能、障害の程度や介護の内容に関する変数は含まれない。
3.就業構造基本調査(2017)の個票分析によるビジネスケアラー像の記述
(1) 就業状況から見るビジネスケアラーの全体像(図表1)
有業者に該当する者は6,621.3万人で、そのうち介護を行っている者(=ビジネスケアラー)は334.4万人(有業者の5%)であった10 。さらに仕事の主従(主:仕事を主にしている/従:家事・通学・それ以外が主で仕事をしている)で区分すると、仕事を主とする者が243.4万人と全体の72.8%を占めた。仕事を主とする者では、正規雇用者が130.0万人と最も多かった。一方、仕事を従とする者では非正規雇用者が64.8万人と多かった。
以後、ビジネスケアラーを以下の5群に分類して対象像を記述する;①仕事が主・正規雇用者(ビジネスケアラー全体の38.9%)、②仕事が主・非正規雇用者(同20.2%)、③仕事が従・非正規雇用者(同19.4%)、④仕事が主・自営業者(同8.3%)、⑤その他11 (同13.1%)。
(2) ビジネスケアラーの性・年代(図表2、 3)
仕事主・正規雇用者(①)と仕事主・自営業者(④)は、男性が多かった。一方、仕事が主・従どちらも、非正規雇用者は女性が多かった(②・③)。特に、仕事従・非正規雇用者(③)の91.4%は女性であった。
仕事主・正規雇用者(①)は、59歳以下の現役世代が86.9%と大多数を占めた。一方、仕事主・非正規雇用者(②)、仕事主・自営業者(④)では、60代以上の者が多かった。
(3) ビジネスケアラーの年間就業日数(図表4)
年間就業日数の分布をみると、仕事従・非正規雇用者(③)のみ年間1~199日の者が半数を超えていた。
仕事主の場合(①・②・④)、年間200日以上12の者が多くを占めており、特に正規雇用者(①)はその9割以上がそれに該当した。一方、自営業者(④)の半数以上が250日以上、さらに25.3%は年間300日以上の頻度で就業していた。
(4)ビジネスケアラーの介護頻度(図表5、6)
ビジネスケアラーの人数を介護頻度別に積み上げたグラフを図表5に示す。介護頻度は週6日以上の者が最も多かった(105.6万人)。次いで、月3日以下、週1日の低頻度群が続き、頻度の増加に伴い人数は減少した。
就業状況に頻度を加えたセグメント別の人数では、「介護頻度が週1日以下の仕事主・正規雇用者(①)」は、ビジネスケアラー全体の20.9%を占める大きな集団であった(月3日以下が40.6万人;週1日が38.8万人)。一方、次に多いのは「介護頻度が週6日以上の仕事主・正規雇用者(①)」で、該当者は31.4万人おり、全体の9.4%を占めていた。
加えて、就業状況と介護頻度の発生率の関連性を確認した(図表6)。仕事主・自営業者(④)は頻度が高くなりやすく、週6日以上介護している者の割合が44.5%と約半数を占めた。一方、仕事主・正規雇用者(①)では、週1日以下の低頻度の者の割合が52.5%を占めた。
(5)介護頻度に関連する要因(図表7)
介護頻度の高さ(週6日以上)と、ビジネスケアラーの年代/性別/仕事の主従/就業形態/就業日数の間の関連を評価する目的で、基個票データを用いた多変量ロジスティック回帰分析を行った(図表7)。
年代が上がるに従い介護頻度が高かった。これは、介護を要する家族(多くはケアラーの両親を想定)の年齢も高くなった結果、より頻繁な介護を要するようになったためと考えることができる。ここで着目すべきはオッズ比の推移である。ケアラー本人の年齢が60を超えるまでは、40歳未満と比べた場合のオッズ比は1.451であり、60代以後と比べるとやや小さい。現役世代のうちの頻度は急増せず、60代以降で頻度が高まりやすいことがわかる。
仕事の主従・就業形態・年代・就業日数を考慮したあとでも、男性に比べて女性は介護頻度が高くなりやすかった。これは、男女の性別役割観による女性への介護役割の偏重、男性が女性より介護サービスを積極的に使いやすい可能性、女性が男性よりも重度な要介護者の在宅療養を許容する傾向等、多面的な解釈の可能性がある。本稿データからその詳細は明らかではないが、より実効性のある支援を開発するためには、性差がビジネスケアラーもしくは要介護者の生活にもたらす影響を特定する必要があろう。
就業形態では、正規雇用者と比べて、非正規雇用者、自営業者では介護頻度が高かった。また、就業日数が250日を超えると介護頻度が高くなった。この結果と図表4・6の結果と合わせてみると、自営業者であるビジネスケアラーへの支援の必要性が浮かび上がる。彼らは、もともと就業日数が250日を超えるものが多く、加えて介護頻度も高い。つまり、自営業者には就業日数も介護頻度も「ほぼ毎日」というものが生じやすい集団と言える。自営業者は有業者全体の中では人数が少ないものの、介護負荷が他と比べて強くかかりやすい集団である可能性が伺える。
5.まとめ
ビジネスケアラー支援の核心にあるのは、「仕事と介護の葛藤をどのように解消しうるか」という点である。一方の役割期待に応じることが他方の役割期待に背く状態を「役割葛藤」と呼び、時間、ストレス、行動の3側面があり、それぞれを家庭生活から仕事、仕事から家庭生活への2方向からとらえることができる13。就業者と介護者の2つの顔を持つことが互いの役割遂行を阻害したり低下させたりしている状態がビジネスケアラーにとっての役割葛藤の状態であり、生じた葛藤の側面と方向性に応じて、その解消策を考えなければならない。
本稿では、彼らの葛藤状態を捉える基礎情報としてビジネスケアラー像の描写を試みた。仕事を主とする正規雇用者が全体の中で最も多くを占め、それはビジネスケアラーの代表的な像という事が可能である。しかしながら、その占有率は全体の4割程度にとどまっており、仕事を主とする正規雇用者の支援を考えるだけでは、残りの6割を見逃してしまう。ビジネスケアラーは、就業状態によって介護頻度が異なることが回帰分析からも示された。これはつまり、就業状態ごとに、介護実態・役割葛藤の内容が異なっている可能性を示している。
就業状態によって介護頻度が異なっていたことは、2通りの解釈が可能である。1つは、就業条件による介護頻度制限の可能性である。例として、正規雇用者等の就労時間裁量が小さい者では介護を高い頻度で行うことが難しく、介護ニーズに対応するために非常勤等への転職や離職を選択しているのかもしれない。もう1つの可能性は、就業形態間にある収入や福利厚生制度の違いが介護保険等の外部サービス利用に差を生じ、結果として家族による介護頻度に影響した可能性である。こうした違いを生じやすい条件(性別、職種、地域等)を探索することで、対象文脈に応じた支援策や現制度の課題を示していく必要がある。
ビジネスケアラー支援を検討する上では、対象とする集団の両立像に十分留意することが重要であることを、再度強調したい。本稿で用いた変数や分類を参考に、ビジネスケアラーをセグメンテーションした後、それぞれの集団で起こりやすい葛藤と支援ニーズを特定していくことが、次の課題である。本データでは、介護状況をうかがい知る情報はその頻度のみであったが、具体的な介護内容(時間帯、長さ、1日の中での頻度等)に基づき、ビジネスケアラーのペインポイントをより具体化していく必要がある。
特に注意を要する像として、自営業のビジネスケアラーが浮かび上がった。彼らは就業日数・介護頻度共に高くなりやすく、かつ、正規雇用者のように企業の人事部門や産業保健から支援を受ける仕組みが整いにくい。全体でみると人数は少ないが、自営業を営むビジネスケアラーの抱える葛藤と支援ニーズを特定することは、喫緊の課題の1つと言えるだろう。
- 国立社会保障・人口問題研究所. 日本の将来推計人口(令和5年推計).2023
- 前掲注1
- 総務省統計局.令和4年就業構造基本調査結果.
- 経済産業省.介護政策.https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kaigo/kaigo.html(2024年10月30日アクセス)
- 前掲注4
- 成瀬昂.他人事にできないビジネスケアラー問題~ケアラー支援の現在地③~より。「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)」に基づく休業制度等の整備、経済産業省による企業経営層向けのガイドラインの制定や介護保険外サービスの普及促進、高齢者保険/介護保険分野での家族支援の促進、の3柱がある。
- 厚生労働省.育児・介護休業法について.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130583.html(2024年10月30日アクセス)
- 成瀬昂.他人事にできないビジネスケアラー問題~ケアラー支援の現在地③~.https://www.sompo-ri.co.jp/2023/12/14/10790/(2024年10月30日アクセス)
- 筆者用分析データとして、総務省が保持するオリジナルデータから80%を抽出したデータセットを受けとった。
- 「就業形態(項目33)」の問いに対して「仕事を主にしている/家事・通学・それ以外が主で仕事をしている」に該当したレコード(419,398件)を有業者として抽出した後、さらに介護の有無・頻度(項目145)の問いに対して「月に3日以内~週6日以上」に該当したレコード(23,238件)を抽出し、そこに含まれた全レコードの全変数を解析用データとした。
- 就業者のうち、①②③④以外の者を「その他」とした。なお、就業形態不明の者(推定人数では2,707名に相当,ビジネスケアラー全体の0.08%)は計上していない。
- 一般的なフルタイム(平日全勤務)が年間200日に相当する。
- 渡井いずみ・錦戸典子・村嶋幸代. (2006). ワーク・ファミリー・コンフリクト尺度(Work-Family
Conflict Scale: WFCS)日本語版の開発と検討. 産業衛生学雑誌, 48(3), 71-81.
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