企画・公共政策

水素社会実現に向けた課題と展望
~山梨県の事例から~

主任研究員 尾形 和哉

2024年5月に成立した「水素社会推進法」は10月中に施行の見通しとなっており、同法に基づく価格差支援の今後の動向が注目される。こうした中で、再生可能エネルギーを活用したP2G(Power to Gas)システムの技術開発を進め、グリーン水素の地産地消モデルを推進してきた山梨県が価格差支援への応募を検討している。しかし、現行の支援制度には、水素を消費地へ輸送するための出荷施設整備が対象外であるなど、内陸部での取り組みに対する支援が不足しているという点で課題があると言える。水素需要を港湾部だけでなく、内陸部にもバランスよく展開することが水素社会の実現に求められるだろう。
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1.はじめに

2024年5月に「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律(以下、水素社会推進法)」が成立した。10月8日には関係政令が閣議決定され、同法は10月23日に施行される。

同法では、水素を供給する側に対する支援として2つの施策が打ち出されているが、このうち価格差に着目した支援については年内に1件目の採択を目指すとされており、今後の動向が注目される。本稿では、水素利活用において先進的な取組を進めている山梨県の事例を通じて、日本における水素社会実現に向けた課題について考察する。

2.水素に関する国内の最新動向

水素社会推進法は、2050年カーボンニュートラルの実現に向け、鉄鋼・化学などの産業やモビリティ、発電といった脱炭素化が困難な分野でGX(グリーントランスフォーメーション)を推進するため、これらの分野における低炭素水素等1 (アンモニア、合成メタン、合成燃料を含む)の供給・利用の促進を図るための措置を講じることを目的としている。

同法では、水素供給について「価格差に着目した支援(以下、価格差支援)」と「拠点整備支援」の2つの支援策が打ち出されている(図表1)。このうち「価格差支援」については、事業者が供給する低炭素水素等に対して、供給開始後15年間、既存燃料との価格差を国が補填することにより支援するものである。また「拠点整備支援」は、低炭素水素等を、需要家が実際に利用する地点まで輸送するにあたって必要な設備(共用パイプライン、共用タンク等)の整備費用の一部を国が支援するもので、今後10年間で大規模拠点を3か所程度、中規模拠点を5か所程度整備していく予定となっている。

これらの支援を受けるには、事業者が低炭素水素等を供給または利用するための事業計画を作成し、その認定を受ける必要がある。認定された事業者に対しては、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)によって、これらの支援に関する助成金の交付が行われる。

認定基準としては、計画が経済的・合理的であること、助成金を受ける場合は低炭素水素等の供給が一定期間内に開始され、一定期間以上継続的に行われると見込まれることなどが評価項目として設けられている。それぞれの支援における評価項目のうち、必須条件となっているのは図表2のとおりである。脱炭素と経済成長の両立の観点から、鉄鋼・化学・運輸といった脱炭素化が困難な分野での活用が必須条件に含まれている。


このうち拠点整備支援については、「水素等の供給基盤整備に向けた実現可能性調査(フィジビリティ・スタディ、FS)」を踏まえて検討するとされており、5月31日付けでこのFSに10件(水素供給拠点5件、水素・アンモニア供給拠点1件、アンモニア供給拠点4件)が採択されている2

政府の見通しによれば、水素需要の多くは発電や鉄鋼業等での燃料転換として見込まれており3、また拠点整備支援の必須条件の1つに年間1万トン以上の低炭素水素等を供給することを求められていることから、この拠点整備FSの採択地域についても、大規模需要が見込まれる港湾部や工場集積地が多くなっている(図表3)。

一方、価格差支援については、水素社会推進法施行後に申請の受付が開始されると見られ、政府は年内に1件目の採択を目指すとしている4

3.山梨県の事例

こうした中で、これまで水素社会実現に向けた支援について国へ要望活動を行ってきた山梨県の動向が注目される。山梨県はグリーン水素(再生可能エネルギー由来の水素)の地産地消モデルの全国展開を推進しており、この度、水素社会推進法の中で2つの支援制度が創設されたことを受け、価格差支援への申請に向けて準備を進めているという。

以降では、山梨県企業局への取材をもとに、水素社会推進法で創設された支援制度への期待と課題について展望する。

(1) 背景

山梨県では、再生可能エネルギーの主力電源化5という観点から、蓄電技術の1つとして水素の利活用が着目されてきた。

山梨県は全国でも日照時間が長く、太陽光発電のポテンシャルが相対的に高い地域であるが、太陽光発電は発電量が天候に左右される不安定な電源であることが課題であった。そのため、再生可能エネルギー導入拡大を進めていくにあたっては、蓄電技術の開発・普及が必要と認識していたという。

2016年からは国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業として、東レ株式会社、東京電力ホールディングス株式会社、株式会社東光高岳と共同で技術開発を進めてきた。

グリーン水素を製造するための技術開発は、現在以下の4つの電解技術を中心に進められている(図表4)。現時点で商用化に近い技術水準となっているものは、これらのうちアルカリ型と固体高分子(PEM)型であるが、山梨県企業局らはこのうちPEM型の水電解装置を、2021年6月に山梨県甲府市の米倉山に完成させている。PEM型には、高効率かつコンパクト化が可能で、アルカリ型と異なり電源の出力変動に対する応答性が高いという特徴があることから、再生可能エネルギー由来の水素製造に適していると言える。

山梨県では、このように再生可能エネルギー電力から水素を製造し、貯蔵・利用するP2G(Power to Gas)システムの開発を進めており、2022年2月には山梨県と東京電力ホールディングス株式会社及び東レ株式会社が、国内初となるP2G事業を推進する企業として「やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)」を設立している。

(2) P2Gシステムの活用事例

現在、山梨県企業局を幹事として、2021年度より「カーボンニュートラル実現へ向けた大規模P2Gシステムによるエネルギー需要転換・利用技術開発」事業6が実施されており、16MW級のPEM型水電解装置を関連設備とともにモジュール化し、大口需要家にパッケージとして設置することで、熱需要の脱炭素化に向けた実証が進められている。

また、大規模な水電解装置は地域における新たな水素供給基盤にもなり得るため、近隣での水素利活用にもつなげられることが期待される(図表5)。このように、地域の再生可能エネルギーを余すことなく活用するため、非電力部門を含めた地域の脱炭素化に貢献する社会実装モデルの構築についても当該事業で検討されている。

このP2Gシステムの導入例としては、サントリーホールディングス株式会社や住友ゴム工業株式会社など、熱源の脱炭素化に活用する事例が見られており、以下簡単に紹介する。

①サントリーホールディングス株式会社

サントリーホールディングス株式会社は、同社の天然水南アルプス白州工場および白州蒸溜所において、再生可能エネルギー由来の電力を利用し水を電気分解して水素を製造する技術「やまなしモデルP2Gシステム」の建設工事を2024年2月から開始した。グリーンイノベーション基金事業として開発を進めていることから、当該設備の規模は国内最大級の16MW規模になる見通しである。

同社は「やまなしモデルP2Gシステム」導入より、工場で使用する熱エネルギーの燃料をグリーン水素へ転換していくことや、周辺地域等でのグリーン水素活用について、山梨県とともに検討していくとしている。

②住友ゴム工業株式会社

住友ゴム工業株式会社と山梨県は、2024年5月、「やまなしモデルP2Gシステム」によるタイヤ製造等における脱炭素化と、地域資源を活かした水素エネルギー社会の構築に連携するための基本合意書を締結した。

住友ゴム工業は2021年より、NEDO事業としてタイヤ製造における水素エネルギーの活用に関する実証実験を実施しており、2023年1月には福島県白河工場におけるタイヤ製造過程で水素ボイラーを導入し、熱源に用いていた天然ガスを水素に転換している。

今回の合意に基づき、「やまなしモデルP2Gシステム」を住友ゴム白河工場へ導入し、これによって製造されるグリーン水素や配達水素7、工場内の太陽光発電などを組み合わせて脱炭素化を実現することを目指している。

(3) 価格差支援への応募と今後の課題

こうしたP2Gシステムの実証を進めてきた山梨県は、冒頭で述べた本年10月の「水素社会推進法」の施行に際して、YHCとして価格差支援8への応募を検討している。YHCは水素エネルギーを供給する企業であることから、価格差支援制度を活用するにはパートナーとなる需要家企業が必要となる。2024年2月の段階でこのパートナー企業の募集をかけており、すでに選定まで済んでいるという(2024年9月現在)。パートナー企業の募集にあたっては、図表2で述べたとおり1カ所あたり年間1,000トン以上の供給が必要である。山梨県内で当該規模の水素需要を確保することは必ずしも容易ではないことから、水素の消費地を県内に絞らず、要件を満たす事ができる企業を全国から募集している。

山梨県では、想定される需要家企業にP2Gシステムで水素を供給し、さらにそこから周辺の需要家にも供給することを想定している。例として、エネルギー需要が多く、かつ脱炭素化に向けて意欲の高い企業が、工場の傍らにP2Gシステムを設置し周辺にも水素を供給することができれば、コンパクトなタイプの水素サプライチェーンを形成することができる。山梨県としては、こうした小規模な水素サプライチェーンを全国に広げていくことを狙いとしている。これにより、水素需要を港湾部だけではなく内陸部へもバランスよく展開されていくことが期待できる。

一方で、現状の価格差支援制度には課題もある。山梨県は、価格差支援の範囲に出荷設備の整備までを含める必要性を指摘している。

現状の支援制度では、低炭素水素等を製造または海外から輸入する部分までは価格差支援が適用されるが、需要家へ届けるためのタンクやパイプラインといった設備整備については拠点整備支援でしかカバーされていない(図表1)。すなわち、需要家の周辺に水素を輸送するための出荷施設の整備は、価格差支援制度では補助対象外となっている。山梨県では、大口需要家の周辺やより広域でのグリーン水素利活用を想定しているため、水素換算で年間10,000トンに満たない需要であっても(拠点整備支援の対象外であっても)、地域での需要創出につなげていくためには、出荷施設の整備への支援が不可欠であると指摘している。

4.まとめ

現状では、水素需要の多くが発電や鉄鋼業等での燃料転換として見込まれていることから、拠点整備FS採択地域も港湾部や工場集積地が多い。これは水素の大規模需要地で供給拠点を整備するという、本支援制度の目的に合致していると言えるが、一方で地域再エネ生産型 のものは見受けられない。

価格差支援制度による水素供給に向けた支援が進められているものの、制度設計上は内陸部におけるグリーン水素の地産地消への支援については劣後していると言わざるを得ない。そうした点において、山梨県企業局が指摘するように、価格差支援制度の範囲でも、出荷設備の整備(国内輸送部分)への支援は必要であろう。

水素社会の実現に向けては、港湾部、工業地帯、内陸部といった水素需要の大小に関わらず、バランスよく水素の利用と供給を行う拠点が生まれることが重要であり、それが水素社会実現に繋がると考えられるだろう。

  • 製造時に排出される二酸化炭素が一定基準以下のもので、水素の基準値は3.4kg-CO2e/kg-H2と定義されている。
  • 経済産業省プレスリリース「令和6年度「非化石エネルギー等導入促進対策費補助金(水素等供給基盤整備事業)」に係る間接補助事業者の公募結果について」
  • 「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(2021年6月策定)では、2050年における国内の水素の潜在需要として水素発電が約500~1,000万トン/年、FCトラックが約600万トン/年、水素還元製鉄が約700万トン/年見込まれている。
  • 水素・アンモニア政策小委員会(第14回)「資料1 水素社会推進法について」(2024年6月7日)
  • 発電に利用される電源のうち、再生可能エネルギーの割合を高めること。政府目標としては、2018年に策定された「第5次エネルギー基本計画」ではじめて打ち出された。
  • 2021年8月にグリーンイノベーション基金事業「再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造プロジェクト」に採択されている。
  • 福島県白河工場では、「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」製のグリーン水素を2023年7月24日から1ヵ月間供給を受け活用するなど、水素の地産地消の取組も行っている。
  • 拠点整備支援については、年間1万トンという大規模な供給が求められ、P2Gシステムでそれだけの規模の電力を調達するのは現実的ではないことから、山梨県企業局は拠点整備支援への申請は見送っている。
  • 当初の政府資料(経済産業省「分野別投資戦略 参考資料(水素等)」(2023年12月))の中では、拠点整備支援について「大規模発電利用型」「他産業集積型」「地域再エネ生産型」の3類型が想定として挙げられており、「地域再エネ生産型」には山梨県が進めているP2Gシステムの取組が例として挙げられていた。

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