都市の水害リスク指標に関するケーススタディ①
~洪水浸水想定区域図等の公開情報から都市を見える化する~
そこで、建物の位置・形状等に関する情報が近年公開された都市の中から7都市(春日部市、越谷市、金沢市、岐阜市、姫路市、徳島市、大牟田市)を選定し、国勢調査、経済センサスなど15種類のオープンデータと組み合わせることで、高さ成分と25mメッシュという高い解像度をもつ人口・資産額等の分布情報を作成した。洪水浸水想定区域図についても、最大浸水深のランク区分をもとに水深値を25mメッシュで推定して、各情報の重ね合わせ分析を可能にし、経済的・人的な被害量の精緻な推計を試みた。各都市の被害推計量を指標化して比較分析したところ、都市の水害リスクや都市構造の特徴・課題の見える化に役立つ結果が得られた。
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1.はじめに
国や地方自治体は、水害リスクに関する情報として、想定最大規模と計画規模の降雨に対応した洪水浸水想定区域図を全国2千以上の主要河川で整備している1。この図には、当該河川が氾濫し、浸水した場合の浸水範囲、最大浸水深ランク、浸水継続時間等の情報が5~25mメッシュという高解像度で表示されているが、そこから経済的・人的な被害の大きさを定量的に読み取ることはできない。通常、浸水に伴う被害の定量的な推計には、浸水範囲内の人口・世帯数の分布など様々な統計情報を、コンピューターシミュレーションによる浸水解析で得られる浸水情報に重ね合わせて分析する必要がある。しかし、浸水解析には大きなコストがかかり、情報の重ね合わせにも様々な処理が必要で、被害量を精緻に推計することは想像以上に難しい。
都市の浸水被害を、国や地方自治体等が無料で公開しているデータ(以下「オープンデータ」という)だけから推計することができれば、推計コストは大きく下がり、様々な都市を対象にした水害リスクの定量化と比較分析が可能になる。しかし、そのようなデータだけでは、被害の規模を大まかに見積もることはできても、都市間の比較分析に耐えられるような精緻な推計はできなかった。その主たる要因を次に示す。
- 統計情報の解像度が浸水情報のそれに比べて粗く、その差が大きい(例えば、経済センサスでは500mメッシュが最も高解像度で、国勢調査では最も高解像度なデータが250mメッシュのため、25mメッシュの浸水情報とは解像度で100倍以上の差がある)。
- 浸水情報となる洪水浸水想定区域図には、最大浸水深の値は表示されておらず、ランクが表示されている2。このランクでは、0.5mという床上浸水が始まるとされる浸水深から2.9mという1階水没相当の浸水深までが1つのランクに区分され、そのままでは浸水深に応じた適切な資産被害率を決めることができない(浸水深が0.5mのときと2.9mのときでは、後述する建物の被害率に2倍以上の差がある)。
- 建物、家庭用品の浸水被害額、想定死者数等の推計では、個々の建物の形状や階建て等の構造に応じて適切な補正処理を行うことが望ましいが(例えば、中高層の建物の場合、浸水深に応じた被害率を建物全体の資産評価額に乗じるのではなく、低層部分の資産評価額に被害率を乗じることで、より現実に近い被害額の算定ができる)、近年まで、そのような建物情報が地理空間情報と紐づく形で公開されている都市はほぼなかった(2021年以降、国土交通省の主導で3D都市モデルの公開が進みつつある)。
そこで今回、建物の形状や用途等に関する地理空間情報が3D都市モデルとして公開されている都市のうち、県庁所在地かそれに準ずる規模の7都市(春日部市、越谷市、金沢市、岐阜市、姫路市、徳島市、大牟田市)を選定し、建物に関する情報を国勢調査や経済センサスなどのオープンデータと組み合わせ、高さ成分と25mメッシュという高い解像度をもつ人口、資産評価額等の分布情報を作成した。さらに、洪水浸水想定区域図についても、最大浸水深のランク区分をもとに25mメッシュの最大浸水深値を推定し、それらの情報を重ね合わせることによって、洪水浸水想定区域図に対応した経済的・人的被害量の精緻な推計を試みた。具体的には次項以降で説明するが、図表1に被害量の推計結果の一部を、図表2に被害量を浸水域1km2当たりに換算した水害リスク指標の例をヒートマップ(配色は各列の最大値が黄色、最小値が緑)で示す。
本稿では、被害量の推計方法と推計結果、さらには都市の水害リスク指標と都市間比較の結果を示す。次稿では、浸水深別のクロス分析で都市構造の特徴と課題に関する検討を行い、最終稿では市街化区域内外や居住誘導区域内外での指標値の違いに着目し、防災・減災面で都市計画制度の担う役割について考察する。
2.被害量と都市の水害リスク指標
(1)被害量の推計方法
図表3に被害量の推計で使用したオープンデータを示す。データ処理の大まかな流れは以下の①~⑦のとおりで、人口や床面積等の様々なデータに関する計算をメッシュ単位で行った。7都市の中で分析対象域が最も広い姫路市を例にすると、分析域である都市計画区域の面積は約300km2で、25mメッシュの場合、47万以上のメッシュに分割される。また、その範囲には建物が約33万棟あり、それらを25mメッシュで区切ると約70万の建物断片ができる。メッシュごとの人口や世帯数に関する属性情報は、男女別や年齢別、居住年数別など50種類を超え、建物に関しても用途、階数、床面積等の多数の属性情報がある。このように、情報の種類ごとに、メッシュ数×属性数という非常に大きなテーブルが生成され、大量のデータ処理が必要になる。そのため、空間データ処理以外の部分はPythonで自動化し、空間データ処理が必要な部分の多くはPyQGIS3で自動化した。なお、地域メッシュ統計の国勢調査人口と3D都市モデルを利用した25mメッシュ・階数別の人口分布推計法の概略については、小林(2023)4を参照されたい。また、本稿で開発したデータ処理は、当社が実施中の気候変動に伴う水害リスク変化に関する共同研究5に活用する予定である。
<データ処理の大まかな流れ>
①オープンデータ(統計メッシュ情報、建物データ等)の入手・準備
各データのQGISへの読み込み、分析範囲のクリップ、25mメッシュ境界データの作成等
※3D都市モデルのQGISへの読み込みは、プラグイン「Project Plateau」を利用した。
②建物別属性情報の空間メッシュデータへの変換(階数・階建別の25mメッシュ床面積情報等の作成)
建物ごとの床面積・階数等の欠損値の補完・外れ値の修正、25mメッシュデータへの変換
③統計メッシュ情報を25mメッシュ情報にダウンスケールするための按分率等の算定
メッシュ内建物の用途・階数別床面積の推定、同一建物種別の異メッシュ間での床面積比の算定等
④建物種別・階数別人口、資産種別資産評価額、医療・福祉施設数等の25mメッシュ情報の作成
戸建て住宅と共同住宅の1人当たり床面積の推定、各種情報のダウンスケーリング、
分析対象域境界付近の値の補正、被害対象資産の階数補正6に応じた補正後資産評価額の算定等
※評価単価は国土交通省の治水経済マニュアル等7(以下「治水経済マニュアル等」という)に従った。
⑤洪水浸水想定区域図の浸水範囲内最大浸水深値を25mメッシュで推計
浸水ランク境界線上の浸水深値を既知とみなして水面標高をDEM(数値標高モデル)情報から推定、
IDW補間8、TIN補間9により25mメッシュの水面標高値を推定し、DEM情報から浸水深を推定
⑥経済的・人的な被害量、機能低下医療機関数等の25mメッシュ単位の推計(④と⑤の重ね合わせ)
被害の種類、資産等の種別に、上記⑥から各メッシュの被害率を決定、
被害率を⑤に適用して各メッシュの資産種別被害量を推計
※被害率は治水経済マニュアル等に従った。
⑦都市域または浸水域内の影響および被害量の集計
上記⑥の推計結果を所定の範囲について、浸水深別、階数・資産種別に集計
(2)推計結果に関する留意点
ここで、洪水浸水想定区域図を用いた被害量推計に関して留意すべき点に触れる。
1つめは、本稿で対象とした水害リスクは河川の氾濫に伴ういわゆる外水氾濫による水害であり、内水氾濫による水害は含まれていないという点である。
2つめは、本稿で推計した被害量は、一定規模の降雨時に一度に浸水する範囲内の被害量と比較して、大きな値になっている可能性が高いという点である。推計に使用した国土数値情報の洪水浸水想定区域図(図表3)は、別々に作成されることが多い国管理河川や都道府県管理河川ごとのマップを重ねたものになっている10。対象地域のどの河川の堤防が決壊した場合にも対応した浸水情報になっているといえる一方で、実際には複数の河川が同時には氾濫しないケースも十分にあり得る。このため、今回の推計値を1回の災害で発生する被害量とみなすことは適切でない。今回推計した被害量は、個々の河川が氾濫した場合の浸水範囲や最大浸水深を複数河川で重ねて、更にその最大値をとった場合に対応した値、すなわち浸水範囲や最大浸水深の最大包絡値に対応した被害量を推計したもの(浸水範囲や最大浸水深の最大包絡値を被害量に換算したもの)で、1回の水害で一度に発生する被害の大きさそのものを推計したものではない(今回の推計値は1回の水害で発生する被害量に比べて大きな値となっている可能性が高い)。
また、洪水浸水想定区域図の特性とそれが被害量の推計に及ぼす影響についても触れておく。社会的な認知度や理解度は必ずしも高くないように思われるが、想定最大規模(千年に1回程度の降雨規模)の洪水浸水想定区域図は、千年に1回程度の頻度で「浸水」が発生する範囲や千年に1回の頻度で経験する最大浸水深を表示したものではない。前述した内容と似た話だが、千年に1回程度の「降雨」であっても、河川のどの地点から氾濫するか、堤防が決壊するかしないか、決壊するとすればどの地点なのかによって(例えば、河川堤防の右岸側が決壊するか、左岸側が決壊するか)、実際に浸水する範囲や各地点の浸水深は変わってくる。したがって、想定最大規模の洪水浸水想定区域図で最大浸水深ランクが0.5~3mと表示された地域であっても、千年に1回程度の「降雨」があったときに高確率でそのような「浸水」が発生する地点もあれば、運悪く近傍の堤防が決壊しない限りそのような「浸水」は発生しないという地点もある。すなわち、図に示された浸水範囲や最大浸水深は、千年に1回程度の「降雨」で起こりうる個々の浸水ケースをすべて重ねて、さらにその最大値をとったものになっている。このように、洪水浸水想定区域図で示された範囲全体が一度に「浸水」する頻度は、千年に1回という「降雨」の頻度よりも低い(より稀にしか起こらない)と考えられる(洪水浸水想定区域図の特性と課題については、小林(2024)11 を参照されたい)。
したがって、想定最大規模の洪水浸水想定区域図から推計した被害量を、千年に1回の頻度で発生する被害量とみなすことは適切でない。簡潔な表現は難しいが、本稿の推計値は千年に1回程度の降雨規模条件下での浸水リスクの最大包絡値に対応した被害量を推計したもの(一定の降雨規模条件で浸水リスクがある範囲について、各地点で発生しうる被害量の最大値を、当該範囲全域で合計したもの)と考えることができる。
以上のとおり、洪水浸水想定区域図を用いて推計した被害量は、一定の降雨規模という共通条件下における地域の浸水リスクの最大値を表したものといえ、異なる地域間の水害リスクの比較という用途では利用価値があると考えられる。なお、紙面の都合もあり、本稿では想定最大規模降雨条件下の洪水浸水想定区域図に関する結果のみを示す(計画規模降雨条件下の洪水浸水想定区域図については結果を次々稿で紹介したい)。
(3) 7都市の選定理由と各都市の概要
本稿で試みた推計のポイントは、都市間の比較に耐えられるような精緻な推計を行うこと、推計コストのハードルを下げるためにオープンデータだけを利用することである。精緻な推計には、詳細な人口・世帯分布や資産評価、階数補正、被害率の推定が必要であり、そのためには対象地域に存在する建物の形状や用途に関する情報が欠かせない。そこで、建物ごとの各種属性に関する地理空間情報として、国土交通省が全国で整備を進めている3D都市モデルのオープンデータに含まれる建築物情報を利用した。2024年3月時点で211の市町村等のデータが公開されているが12、データに含まれる建築物の属性の数は市町村ごとに異なっている。今回は精緻な推計に有用な情報として、用途、計測高さ、地上階数、建築面積、延床面積の5種類の属性情報を利用した。そのようなデータが公開されている都市は本稿執筆時点で76市町村あり、その中から、地域的なばらつきも考慮しつつ、県庁所在地かそれに準ずる中規模の7都市(春日部市、越谷市、金沢市、岐阜市、姫路市、徳島市、大牟田市)を選定した。
各都市の概要を図表4に示す。面積や人口など、都市の規模にはややばらつきがあり、市全域の人口密度にも差がある。なお、分析に必要な建築物情報が金沢市と姫路市については都市計画区域内に限られたため、両市については都市計画区域を分析対象域とし、それ以外の都市については全域を対象にした。分析対象域の可住地内に限った人口密度をみると、越谷市と春日部市を除き、1,700~2,800人/km2の範囲にある。
(4)被害量の推計結果(浸水域内の人口等)
図表5に分析対象範囲の浸水域(想定最大規模の洪水浸水想定区域図に対応)の面積等を示す。
浸水域は浸水リスクのある地域だとみなされる。浸水域の面積が分析対象域内の可住地に占める割合(図表5の青色バー)をみると、①大部分が浸水域にカウントされる越谷市(98%)と春日部市(90%)、②この比率が最も低い大牟田市(24%)、③可住地の4~7割が浸水域にカウントされる金沢市、岐阜市、姫路市、徳島市に分類できる。
また、浸水域内の人口が都市の全人口に占める割合(図表5の緑色バー)では、越谷市、春日部市、徳島市が9割を超え、岐阜市が8割を超えるなど、多くの住民が浸水リスクを抱えていることがわかる。
浸水域内の人口密度(図表5の赤色バー)は、すべての都市で、図表4に示した分析対象域の人口密度および分析対象域内可住地の人口密度より大きな値となっており、浸水域外に比べて浸水域内の方が高い人口密度となっている。越谷市の場合、浸水域の人口密度が5千人/km2を超えており、DID(人口集中地区)の人口密度要件(4千人/km2)を超える値となっている。それ以外の6都市についてみると、2,400~3,600人/km2の範囲にあり、都市間の差が図表4で示した3種類の人口密度と比べて小さくなっている。浸水域内に限った人口密度でいえば、越谷市が特に高く、その他の都市間で特段の差はみられない。
(5)被害量の推計結果(経済的・人的な被害量)
各都市の経済的・人的な被害量の推計では治水経済マニュアル等を参考にした。推計結果は図表1のヒートマップに示したとおりである。都市によって面積・人口といった規模や地形条件が異なり、この推計値の大小で都市間の水害リスクを比較することはできない。ここでは結果の概観に留め、次項で、都市間の比較を行うための指標化について説明する。
図表1に示した被害額のうち、経済的な被害に該当するのは、居住系資産被害額、事業系資産被害額、営業停止損失額である。
居住系資産被害額とは、戸建等の非共同住宅の建物資産、マンション等共同住宅の建物資産、各世帯の家庭用品資産(自動車以外)、各世帯の自動車のそれぞれについて推計した被害額を合計したものであり、岐阜市、姫路市で相対的に大きな値となっている。図表6に春日部市と越谷市の内訳を例として示す。春日部市は越谷市に比べて、居住系資産被害額全体に占める建物資産被害額のウェイトが大きいことがわかる。
事業系資産被害額とは、商業施設等住宅以外の建物資産、商業施設・工場・オフィス等の業種別の償却資産、同じく在庫資産のそれぞれについて推計した被害額を合計したものであり、居住系資産の場合と同じく、岐阜市、姫路市で相対的に大きな推計値となっている(図表1)。
以上の居住系資産被害額と事業系資産被害額は、いわゆる直接被害にカテゴライズされるものであるのに対して、営業停止損失額は、直接被害に伴って事後的に生じる被害という点から間接被害にカテゴライズされる。産業別の1日当たりの付加価値額をもとにメッシュごとの1日当たり付加価値額の合計を推計し、それに浸水深の大きさに対応した営業停止日数を乗じて求めることができる。7都市の中では岐阜市で特に大きな推計値となっている(図表1)。今回は省略するが、間接被害として、浸水世帯の清掃等費用や国・自治体による水害廃棄物の処理費用などについても推計を行った。
次に、人的な被害であるが、図表1では想定死者数と電力停止影響人口が該当する。注意を要するのは、ここでの想定死者数は事前の避難率が0%の場合の想定死者数だという点である。避難率が50%であれば、想定死者数はここでの推計値の半分になる。死者数の推計は、治水経済マニュアル等に従い、65歳以上であれば建物の最上階に避難でき、65歳未満であればさらに屋根裏や屋根の上にまで避難できるという考え方にたっている。そのため、高層マンションでは浸水深が10mを超えても、垂直避難できるため、死者が発生しないという推計になっている(逃げ遅れはないという想定)。想定死者数では岐阜市が突出した値となっており、2階まで水没するような大きな浸水深の範囲が他の都市に比べて広いことがこの結果に表れている。
電力停止人口は、浸水により停電が発生する住宅等の居住者数を推計したもので、浸水深が0.7m以上で被害が発生し、共同住宅の受変電設備の種類によっては全住宅ではなく1階のみの停電で留まるという基本的な考え方になっている。図表1の推計結果を図表5の浸水域内人口と比較すると、いずれの都市についても大きな影響が発生する可能性があると考えられる。
また、経済的被害と人的被害のほかに、医療機関と福祉施設の機能低下被害についても推計した(図表1)。被害の有無については、治水経済マニュアル等に従い、0.3m以上の浸水範囲内に位置する機関・施設を機能低下機関・施設とみなした。岐阜市、徳島市、姫路市の推計結果が相対的に大きくなっている。
(6)都市の水害リスク指標の検討
前項の推計結果はそれぞれの都市の面積や人口といった規模に左右される面があり、そのままの値では各都市の水害リスクの特徴を見出しにくい。そこで、水害リスクに関して都市間の比較ができるよう、次の4つのタイプの指標を検討した。
①平均被災度
考え方としては、被害量を元の資産量(資産評価額等)で割ったもので、浸水域内に位置する資産の平均的な被災の程度を割合等で表したものである。この指標は、以下に示す②~④の指標と異なり、資産や施設等の経済的被害や機能低下への影響に限った指標となる。直感的にもわかりやすく、浸水ハザードの大きさや浸水域内の個々の資産の被災度合いを比較する上で役立つと考えられる。ただし、この指標は、浸水域内での資産の集中度が反映されたものでない(資産が集中する地域が被災して全体の被害規模が大きい場合も、資産がまばらにしか存在せず全体の被害規模は小さい場合でも、浸水ハザード(最大浸水深)が同じであれば同程度の値になる)ことに注意が必要である。地域全体の防災・減災計画や具体策の検討、さらには建物等資産ごとの対策メニューを考える上で有用な情報だと考えられ、市町村等行政や浸水域の地域住民のほか、企業(保険会社、金融機関含む)等の幅広いステークホルダーにとって関心の高い指標だと考えられる。
②都市全人口当たり被害量
被害量を都市全体の人口で割ったもので、都市という1つのステークホルダーが受ける被害の規模や影響度を表す値となる。人口1人当たりという共通尺度のため、規模の異なる都市間の水害リスクの大きさを比較する上で役立つと考えられる。ただし、この指標は、市街地面積の大部分が浸水する場合は大きな値となるが、狭い範囲しか浸水しない場合は浸水域内の被害が深刻でも小さい値になるなど、市全域に占める浸水域の割合に左右される面があることに注意が必要となる。被災の規模や防災・減災コストを都市の財政面から検討する上で有効だと考えられ、市町村等行政のほか、地域への進出や投資等に関係するステークホルダーにとって関心の高い指標だと考えられる。
③浸水域内人口当たり被害量
被害量を浸水域内の推定人口で割ったもので、浸水域の地域住民が受ける平均的な被災量(被災者1人当たりの平均的な被害の大きさ)を反映した値となる。この指標は、浸水域の平均的な浸水深が大きいほど値が大きなものとなり、地域住民の平均的な被災度合いを比較する上で役立つと考えられる。ただし、商業施設や工場等の事業系資産を浸水域内の人口で割って得られた値については、地域住民と事業系資産との関わり方によって、結果の解釈が異なってくる。地域住民のほか(居住地の被災リスクの評価、居住・移住の選択等)、保険会社、金融機関等にとって関心の高い指標だと考えられる。
④浸水域内面積当たり被害量
被害量を浸水域内の面積で割ったもので、浸水域内の平均的な被害発生密度を表したものといえる。この指標は浸水域内に人口や資産が集中しているほど大きな値となるため、浸水域のリスクを土地利用の面から比較する上で役立つと考えられる。ただし、人口・資産の集中度だけでなく浸水域の平均的な浸水の深さにも影響される(人口・資産が集中した地域で浅い浸水が発生した場合と人口・資産がまばらな地域で深い浸水が発生した場合で、同じ値となることがある)点に留意する必要がある。水害リスクの大きい地域の識別に有用で、市町村等行政のほか、不動産、金融関係等の企業にとって関心の高い指標だと考えられる。
3.指標を用いた都市の水害リスクの見える化
(1)平均被災度指標
指標の算定結果を図表7に示す。表中の平均被害率とは、推計した被害額を被害発生前の資産評価額で割ったものであり、平均営業停止日数とは、推計した営業停止損失額を浸水域内の1日当たり付加価値額で割ったものである。
7都市の経済的な被害(資産被害率、営業停止日数)をみると、指標値の大きいグループ(春日部市、岐阜市、徳島市)とそれ以外のグループ(越谷市、金沢市、姫路市、大牟田市)に分けられる。医療機関や福祉施設の機能低下についても、指標値の大きいグループ(春日部市、越谷市、岐阜市、姫路市、徳島市)とそれ以外のグループ(金沢市、大牟田市)に大別され、この指標を用いることで、資産等の被災度という視点から都市の水害リスクを見える化できる。
また、この指標を用いて、もう少し詳しく都市の特徴を考察することもできる。例として、春日部市と越谷市に着目すると、居住系資産の平均被害率は春日部市が72%、越谷市が60%でその差は12ポイントほどだが、事業系資産ではその差が17ポイントに拡がり、平均営業停止日数をみると春日部市が71日、越谷市が45日で、26日間という更に大きな差があることがわかる。これは、1日当たりの付加価値額が大きい場所、すなわち経済活動が活発な商業施設やビジネス街における平均的な浸水リスクが、春日部市よりも越谷市の方が低いことを意味するもので、都市のレジリエンスについて考える際の参考情報となる。
(2)全人口当たり被害指標
結果を図表8に示す。上述のとおり、本指標は規模の異なる都市間の水害リスクの大きさを比較する上で有用だと考えられる。経済的な被害についてみると、①居住系資産被害額、事業系資産被害額、営業停止損失額のいずれについても相対的に大きな値となる岐阜市と徳島市、②居住系資産被害額は大きな値だが事業系資産被害額と営業停止損失額については中程度の値を示す春日部市と越谷市、③居住系資産被害額と営業停止損失額は中程度の値だが事業系資産被害額では大きな値をとる姫路市、④いずれも中程度の値をとる金沢市、⑤いずれも小さい値をとる大牟田市というように、水害リスクに関する都市ごとの特徴が見える化される。紙面の都合もあり詳細には触れないが、②の春日部市と越谷市については、かつて首都圏のベッドタウンとして住宅の急増を背景に成長したという都市構造が反映された結果だと考えることができる。また、③の姫路市については、播磨臨海工業地帯が立地しており、7都市の中では浸水域に占める工場・発電所等の数や資産規模が際立っていることが反映された結果だと考えられる。
人的な被害については、避難率0%という条件下での全人口千人当たりの想定死者数が、岐阜市と徳島市で突出した値となっている。今回の推計方法の場合、65歳以上が住む低層住宅で浸水深が5m近くになると想定死者の発生率が急増するため、両市ではそのような条件に合致する地域が他の都市に比べて多いことが考えられる。
(3)浸水域内人口当たり被害指標
結果を図表9に示す。上述のとおり、本指標は地域住民の平均的な被災度合いを比較する上で有用だと考えられ、個々の資産の被災度合いを表す(1)の平均被災度指標と組み合わせて利用することが考えられる。
経済的な被害についてみると、居住系、事業系、営業停止損失のいずれについても大きな値をとるのは岐阜市となり、いずれについても小さな値をとるのは大牟田市となっている。指標の最大値と最小値の差は(2)の指標と比べて大幅に縮小している。居住系資産に着目すると、①指標値が1千万円を超えるグループ(春日部市、岐阜市、徳島市)と②それ未満のグループに分かれ、各グループの構成都市は、(1)の指標の場合と変わらない。都市の水害リスクを浸水域内の各資産の被災度や地域住民の被災度という視点からみると、①のグループは7都市の中で相対的にハイリスクということになる。
人的な被害のうち浸水域内人口千人当たりの電力停止影響人口をみると、経済的な被害の場合と同じく、指標値の最大値と最小値の幅が(2)の指標と比べて縮小しており、金沢市と大牟田市を除き、おおむね800~900人という範囲に収まっている。機能低下医療機関の病床数についても同様の傾向であり、この指標は、都市の水害リスクに関する際立った特徴を見出す上で有用だと考えられる。
一方、避難率0%という条件下での浸水域内人口千人当たり想定死者数については、指標値の最大値と最小値の幅が(2)の指標と比べて縮小せず、岐阜市と徳島市が突出した値となっている。
(4)浸水域内面積当たり被害指標
最後に、図表2に示した浸水域面積当たりの被害指標の算定結果を図表10に改めて示す。上述のとおり、本指標は浸水域の土地利用の脆弱性を比較する上で有用だと考えられる。この指標の場合も、指標値の最大値と最小値の幅は(2)の指標と比べて小さい。
経済的な被害についてみると、居住系、事業系、営業停止損失のいずれについても大きな値をとるのは岐阜市で、いずれについても小さな値をとるのは大牟田市となっており、その点では(3)と変わらない。居住系資産被害額は、春日部市、越谷市、岐阜市が400億円前後と相対的に大きく、事業系資産被害額では、岐阜市と姫路市が約250億円で、大牟田市を除く他の5都市が150億円前後という結果になっている。営業停止損失額は、岐阜市が44億円で突出し、大牟田市を除く他の5都市は20億円前後の水準になっている。この結果から、各都市の水害リスクを土地利用という視点から考えると、岐阜市の場合は、住宅地、商工業地、商業・ビジネス集積地のいずれに関しても相対的にハイリスクだといえる。春日部市と越谷市の場合は相対的に住宅地についてハイリスクで、姫路市の場合は相対的に商工業地についてハイリスクということになる。
また、人的被害のうち浸水域内1km2当たりの電力停止影響人口の大きさは、越谷市、春日部市、岐阜市の順になっており、これら3都市で住宅地の水害リスクが高いという上記の結果と整合している。
ここでは詳細な分析には言及しないが、図表9と図表10のレーダーチャートを比べるとその形状の違いは明らかである。これらの情報を組み合わせて都市間の比較分析を行うことによって、都市の水害リスクをより詳しく把握することができる。
4.都市の特徴と課題を深掘りするための指標
(1)浸水域の水害リスク関連指標
ここまでは、洪水浸水想定区域図に対応した都市ごとの被害量や水害リスク指標をもとに、各都市の相対的な水害リスクの高低を中心に考察したが、重要なことは、水害リスクへのこれからの対処について考えていくことであろう。そのためには、現在の水害リスクの直接的・間接的な要因となっている都市の特性や空間的な構造、さらには都市政策に着目した分析が必要になる。
図表11に、水害リスクとの密接な関係が想定される浸水域の人口構成や居住年数、住宅構造、資産評価額を水害リスク関連指標として整理した(各列の最大値が黄色、最小値が緑のヒートマップ)。このうち、浸水域の人口の年齢構成は想定死者数と密接に関連しており、同程度の浸水でも高齢者の多い地域ほど多くの死者が発生する可能性が高まる。浸水域の低層住宅、特に平屋建ての住宅が多い地域についても同じことがいえ、水害リスクを左右する要因の1つとなる。また、浸水域の住民の居住年数が浸水域外のそれに比べて明らかに短い場合には、浸水域外から浸水域内への人の移動が起きた可能性があり、居住系資産の被害や人的被害を増加させる一因となった可能性がある。そのような場合、都市計画の区域区分(線引き)や立地適正化計画による居住誘導といった都市政策との関わりの検証が望ましい。浸水域内の居住系資産や事業系資産の空間的な分布や密度も、面積当たりの被害発生額の上限値と直結するため、水害リスクと密接な関係にある。実際、浸水域1km2当たりの居住系・事業系資産評価額や1日当たり付加価値額をみると、都市間に大きな差がある(図表11の右側3列)。
そのほか、興味深いこととして、春日部市では、浸水域内の高齢化人口率と20年以上の長期居住者の人口比率が7都市の中でも特に高いのに対して、越谷市では、浸水域内の高齢化人口率は低く20年以上の長期居住者の人口比率も春日部市より低く他都市と同水準となっている(図表11の赤字部分)。隣接する春日部市と越谷市の間で浸水域の年齢構成や居住年数が対照的な傾向を示しており、この違いが各都市の水害リスクに与える影響や都市政策との関わりを分析することで、都市のレジリエンス向上への課題が見える化できるかもしれない。
(2) 最大浸水深クロス指標
本稿では、水害リスク指標等を用いて各都市の水害リスクの全体的・平均的な特徴について考察した。しかしながら、このような都市全体の指標だけでは、水害リスクの特徴が見える化されない場合もある。その具体的な例を図表12に示す。
図の左側に示したとおり、浸水域内の人口密度は、越谷市約5,700人/km2、岐阜市3,400人/km2で、越谷市の方が大きく、その差は大きい。しかし、その下の最大浸水深別の図をみると、越谷市では浸水が深くなるにつれて人口密度が減少するのに対して、岐阜市では浸水深2.5~3.0m付近に人口密度のピークがあり、傾向が異なっている。加えて、深刻な被害が発生するおそれがある浸水深3.5~5.0mという部分に着目すると、両市の人口密度は同程度、ないしは岐阜市の方が大きい(図表12の左側赤字部分)。このように、指標を最大浸水深でクロスすることによって、岐阜市の想定死者数が大きな値となった要因の1つを見える化できる。しかし、人口密度の全体指標だけを用いて論じると、「浸水域の人口密度は岐阜市より越谷市の方が大きいにもかかわらず、想定死者数は岐阜市の方が多い」という考察になっていたかもしれない。
図の右側には、浸水域内の高齢人口比率を示した。浸水域の平均値に大きな違いはないが、最大浸水深でクロスした下の図の浸水深2.5m以深の部分をみると、2つの都市の違いが明確になる。越谷市では水深の増加とともに高齢人口比率も増えているが、岐阜市ではその逆で、水深が増えると高齢人口比率が減少する傾向がみられる(図表12の右側赤字部分)。このような違いを、都市の空間的な構造や都市政策に着目して分析することで、今後の対応方策について有用な知見が得られるかもしれない。
5.おわりに
本稿では、洪水浸水想定区域図に対応した浸水被害量の精緻な推計がオープンデータだけを使用して低コストで実施できることを示し、水害リスク指標を用いた7都市の比較分析を通じて、都市の特徴の見える化に役立つことを明らかにした。
次稿では、都市の特性・構造に関わる指標を追加しつつ、最大浸水深によるクロス指標を用いて、各都市の水害リスクに関する特徴・課題を深掘りする。
- 国土交通省「洪水浸水想定区域の指定と洪水ハザードマップの公表状況」(令和6年3月末時点)
- 国土地理院「浸水ナビ」ではAPIが用意され、河川周辺の特定地点を指定の上、サーバーから最大浸水深値等を入手可能だが、本稿で必要な数百万の地点の値を短期に入手することは、利用規約「API仕様及び使用方法の説明書」に反する。
- Python用のQGIS APIであり、Pythonスクリプト(プログラム)でQGISを操作することができる。
- Insight Plus「3D都市モデル等のオープンデータを活用した高解像度メッシュ人口の推計」2023年4月
- 岐阜大学と当社共同プレスリリース「気候変動に伴う長良川中流域の詳細な水害リスク変化の予測について」2024年3月
- 資産被害額は、建物等資産の評価額×被害率(浸水深に応じた値が設定される)で求められるが、中高層の建物では浸水深が数mを超えた場合も、建物全体ではなく実際に浸水する低層階だけが被災する。このため、3階以上の建物に対しては、建物全体の資産評価額×被害率×2/N(ここでNは建物の階数)という階数補正を行い、過大推計を回避する方法がある。
- 国土交通省「治水経済調査マニュアル(案)(令和6年4月)」、国土交通省「各種資産評価単価及びデフレーター(令和6年6月)」、国土交通省「水害の被害指標分析の手引(H25試行版)」平成25年7月
- 既知の値(サンプルデータ)をもつ地点を利用して、他の地点の未知の値を推定する空間補間法の1つで、サンプルデータ地点の分布が均等に近い場合、良好な結果が得られる。逆距離加重法とも呼ばれる。
- 脚注8と同じ空間補間法の1つで、既知の地点標高からの未知の地点標高の推定に使われ、不規則三角網法とも呼ばれる。
- 国土数値情報の洪水浸水想定区域図のダウンロードサイトには「本データは、各河川管理者から提供されたデータをまとめて、一次メッシュ単位で配布しております(重なる箇所については浸水深レベルが高い方を優先しております)。そのため、河川事務所や都道府県が公開している河川ごとの洪水浸水想定や、市区町村が配布しているハザードマップと浸水範囲や浸水深ランクが異なる場合がございます。」との記載がある。
- Insight Plus「洪水浸水想定区域図のシミュレーションデータを利用した定量的浸水リスクの簡易分析法」2024年3月
- 国土交通省「PLATEAU Open Data」
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