ワーク・エコノミックグロース

DE&IからDEI&Bへ
~従業員の帰属意識を高める意義~

主任研究員 久井 環

組織の目指すべき姿としてDiversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)を重視する概念は、DE&Iとして日本でも 浸透してきたが、近年米国を中心に新たにBelonging(帰属意識)を加えたDEI&Bへと進化している。組織における多様性、公平性、包摂性を高めるために、従業員の帰属意識を高めるための取組みが注目されている。帰属意識の向上が離職予防などに効果があるという調査結果も示されている。帰属意識の向上のためには、誰もが組織に居場所を感じられる組織運営を目指し、従業員の帰属意識を高める取組みの積み重ねが重要である。

1. DEI&Bとは

(1)DEI&Bに取組む米国企業

日本では、組織のあるべき姿としてDiversity(多様性)とInclusion(包摂性)からなるD&Iに、Equity(公平性)を加えたDE&Iを多くの企業が推進している。現在、米国では、さらにBelongingを加えたDEI&B(またはDEIB)を標榜する企業が増えてきている。

Belongingとは帰属意識を表す語であり、企業の組織運営においては、役職員が組織に抱く愛着や一体感を指す言葉として用いられる。役職員が組織の一員として受け入れられていると感じ、組織の中に居場所があると思うことが帰属意識である。また、帰属意識の醸成はDE&Iを推進する上で重要な要素として考えられている。

本稿では、米国企業において役職員の帰属意識の重要性が認識されるようになった背景とその効果について概説し、帰属意識を向上させる取組みとして二つの事例を取り上げる。

(2)「居場所」を求める米国の従業員

米国企業において、従業員の帰属意識が注目されるようになった背景には、組織の事情だけでなく、社会情勢の影響が指摘されている。以下二つの視点から背景を探る。

第一に、米国において孤独を感じる人が比較的多いという点が挙げられる。2018年に米国Cigna社が行なった18歳以上を対象とした調査1によると、46%が時々または常に孤独を感じ、2019年調査ではその割合は52%に増加した。

第二に、2020年米国ミネソタ州で発生した黒人男性に対する白人警官からの過剰制圧による死亡事件2などを発端とした米国内における根深い人種差別問題の再燃と、公平性を求める社会運動の激化も無視できないとされる3

こうした人びとの孤独や人種差別への抗議活動という大きな社会動向が牽引し、企業にあっても、人種や性別によって差別されず、公平性と包摂性を高めるためには、「居場所がある」感覚を意味する帰属意識に高い関心が集まるようになった。

(3)帰属意識向上がもたらす効果

帰属意識の向上がもたらす効果について、米国人事系コンサルタントBetterUp社がフルタイムの従業員約1,800名を対象としたアンケート調査や3,000名超の病欠や離職経験者に対するヒアリング調査などを実施4,5した。これによると、帰属意識の向上は、病欠日数の75%削減や、家族や友人に自身が所属する組織を推奨したい度合いを表す指標を167%増加させる効果があると指摘されている。

(4)帰属意識を高める要素

帰属意識に企業の関心が高まる中、米国では従業員の帰属意識を高める要因に関する調査研究も行われている。2019年のErnst&Young社(以下、EY社)のアンケート調査6によると、一般ビジネスパーソンの56%が「信頼され尊敬されていると感じる」ことで組織に帰属意識を抱き、34%が「組織への貢献を高く評価される」ことで帰属意識を最も強く抱く、との結果が示されている。また、帰属意識を高めるための効果的な取組みとして、39%が「日頃の気づき(Check-ins7,Feedback)を与えられること」と回答し、その具体例の一つとして「承認(Recognition)を得ること」が挙げられている。

2020年には、米国シンクタンクCoqual社が、カリフォルニア大学バークレー校、EY社、Google社、Johnson&Johnson社などと共同でアンケート調査を実施した結果をもとに、”The Elements of Belonging” 「帰属意識の構成要素」8を発表している≪図表1≫。

次章からは、帰属意識の向上に取組む事例として米国のABC Supply社とHendrick Healthを紹介する。両者とも、Gallup社が主催するGallup Exceptional Workplace Awards(GEWA)9をその開始以来18年連続で受賞している。GEWAは、組織づくりで卓越した成果を挙げている企業・団体を毎年表彰するもので、両者の取組みは米国でも高い注目を集めている。両者とも組織づくりの重要な要素として、帰属意識の向上を掲げている。

2.Frequent Communication「頻度あるコミュニケーション」を重視するABC Supply社

ABC Supply社10は、米国北東部ウィスコンシン州ベロイトに本社を置き、米国とカナダを中心に約970拠点と2万人以上の従業員を有する1982年創業の建築資材卸業者である。特に屋根材取扱高は北米一の規模を誇る。

経済誌Forbes11は、ABC Supply社について、従業員の成長を支援する多くの機会や手段を提供し、従業員を第一に考える “employee-first”企業と紹介し、2021年の「他人に薦めたい企業250社」の一つに選出されたと伝えている。

2023年のGEWA連続17回の受賞の際12、同社の役員は「ABC Supplyは、家族であり、互いを気遣い尊敬し、信頼関係と帰属意識 (Sense of Belonging)を育む」企業であるとコメントしている。近年、同社が組織づくりにおいて特に注力しているのが、職場におけるFrequent Communication 「頻度あるコミュニケーション」 の実現である。組織にFrequent Communicationを根付かせるために同社が実施する取組みの一つとして、管理職同士が自らのFrequent Communicationなど、組織運営にあたって会社が重視するさまざまな施策の実践を披露し合うManaging Partner Programと呼ばれるイベントがある。Managing Partner Programで管理職が披露した日々の取組みは 、同社HPを通じて一般にも公開されている13

同社の掲げるFrequent Communicationを示す事例が上述のHPの中で紹介されている。たとえば、ある管理職は、元気のないメンバーがいるとコーヒーを持って行き、声を掛けるという。また、職場内でも離れた場所にいて直接声掛けが難しいメンバーに対しては、ジェスチャーでサインを送って応援しているという14。この管理職は「チームが順調な時もそうでないときも、常にそれに「気づいている」姿勢を示すことが重要」と考え、「自分自身が働きたいと思う環境を、自ら作り出すことを実践している」とコメントしている。

別の管理職は、「日々耳を傾ける。 毎日数分でも何気ない対話の時間を持つことで、良いニュースも悪いニュースも共有できる関係を築ける」とコメントしている。

これらHPで紹介されている事例から、ABC Supply社が重視するFrequent Communicationの方向性を垣間見ることができる。すなわち、同社が重視しているのは、会議や1on1などの「かしこまった対話」を頻繁に行うことではなく、日々の業務の中における「何気ない」 、また、「非言語的なコンタクト」も含んだコミュニケーションを連続して行うことであると考えられる。確かにメンバーから見れば、こうしたコミュニケーションの方が、「見られている」 感覚を得やすいだろう。

また、同社は、従業員に対する頻繁なFeedback「気づきの提供」も重要な要素と考え、実践している。 特にミレニアムやZ世代に対しては、「気づきの提供」をタスクの都度リアルタイムに年間通じて繰り返し行うことが肝要としている15。前述のHPには、「次の新たなゴールに向けて自然と意欲が湧くときは、従業員が何をするべきかを理解しているとき」とし、「何かを達成した瞬間を一緒に喜ぶことを心掛け、従業員を必要とし、働きに対する感謝を伝えることで、自発的なゴール設定に繋がっている」との管理職のコメントも掲載されている。

3.Recognition「承認」を重視するHendrick Health

Hendrick Health16,17は、米国南部テキサス州アビリーンに本拠点を置き、同州中西部を中心に100拠点以上と従業員約4,800人を有する1924年創設の医療機関である。創設時以来100年変わらず「イエス・キリストの癒しの精神に基づき、質の高い医療と思いやりを提供する」をミッションとして掲げている。心臓血管、各種がん、脳神経、呼吸器など幅広い分野において、米国の各協会から多くの認証や受賞歴があり、医療技術が高く評価されている。

Hendrick Healthは、従業員の帰属意識を高める取組みの一つとしてEmployee Recognitionを重視している。これは、従業員の活躍 に対して周囲からの「承認」(Recognition、レコグニション)を本人に伝える取組みである。

(1)表彰制度を通じて周囲からのEmployee Recognition「承認」を実感

Hendrick Healthには、患者やその家族、同僚などによる投票で優れた従業員を決定するAbove and Beyond (「卓越した」という意味)と呼ばれる表彰制度18がある。四半期毎の受賞者はSNS公式アカウントなどで公表されている。また、外部のDAISY財団が優秀な看護師を表彰するDAISY賞19にも2022年から参加している。DAISY賞は、米国、カナダ、イタリアなど40の国と地域にある6,500以上の医療機関が参加し、患者やその家族による推薦によって受賞者を決定するグローバルな表彰制度である。参加以来Hendrick Healthからも多くの受賞者が選出されている。たとえば、集中治療室担当の看護師は、「患者一人ひとりの年齢、習慣、本人や家族の希望に最適な治療方法を考える人であり、思いやりと高い情熱は誰からも評価され、同僚や患者から尊敬されている。Hendrick Healthが掲げるミッションを体現する人」として推薦され、表彰された。また、別の看護師は、「勤務時間外も病室に立ち寄り、一緒に祈ってくれ た。エッセンシャルオイルを特別に用意するなど、細やかなパーソナルケアをする人」と評価され、同じく受賞した。DAISY賞の受賞者とその推薦文は、主催者であるDAISY財団のWebサイトで公表されている。

こうした表彰制度を通じて、従業員が、同僚、患者やその家族といった周囲の人たちから「承認されている」という実感を得る機会が用意されている。また、直属の上司からの評価ではなく、患者や家族といった医療従事者にとって最も重要なステークホルダーを含めた「周囲」からの 「承認」である点が、帰属意識の向上に重要なポイントになっていると考えられる。

(2)Employee Spotlight「誰もが組織の主役」という感覚が育む一体感


Hendrick Healthは、医師や看護師などの医療従事者のみならず、経理や施設管理など間接部門で働く多くの従業員にも注目し、SNS公式アカウント上などで賛辞を贈り、労っている≪図表2≫。たとえば、新たな会計年度の始まりを経理部門と一緒に祝いながら、日々の決算業務に感謝の意を示している。また、施設管理部門が地元の高校生を対象に技術を教えるイベントに参加したことを公表し、地域貢献を讃えている。

Hendrick Healthでは、これらの取組みをEmployee Spotlightと呼んでいる。患者やその家族の目につきづらい間接部門の従業員に対しても、組織の一員としてスポットライトをあてることが、彼らの仕事への意欲や 組織への一体感を高めることに寄与していると考えられる。

4.むすび

本稿では、望ましい組織づくりに向けた施策の一つとして、従業員の帰属意識を高める取組みを積極的に行う二つの組織を紹介した。両者の取組みから、従業員の帰属意識を高めるためには、会社の方針や制度として掲げるだけでなく、普段の職場における継続的な実践の重要性が見て取れる。一人ひとりが日々の努力や何気ない姿を「見られている」、「承認されている」と一貫して感じることが、従業員の組織への愛着や一体感の醸成に繋がり、組織を「居場所」と感じる強い意識づけになる。組織として小さな取組みを継続し、努力を重ねていく姿勢が、帰属意識の向上には不可欠なのであろう。

これまで日本企業、特に大企業では、新卒採用・長期雇用を前提として、帰属意識は自然と芽生えて当たり前、という感覚が強かったのではないかと思う。しかし、近年では雇用環境は大きく変化している。キャリア採用者が増加し、新卒採用者が多数派ではなくなってきている。また、ジョブ型雇用の拡大により「企業」ではなく、「仕事」に愛着を持つ従業員も多いだろう。今後日本企業にとっても、従業員の帰属意識向上は組織運営の大きな課題になるのではないだろうか。

  • Cigna, “Loneliness and the Workspace: 2020 U.S. Report”, Jan. 2020
    Cigna社は孤独感が人びとのメンタルヘルスに及ぼす影響を調査するため、心理学者ラッセルら考案のUCLA’s Loneliness Scale(UCLA孤独感尺度)を採用したサーベイを実施した。調査対象は、2018年は2万人以上、2019年は1万人以上の米国人18歳以上)であった。UCLA孤独感尺度は、多言語に翻訳されており日本語版も開発された。
  • BBC News(visited Sep. 9, 2024)“George Floyd murder: Derek Chauvin sentenced to over 22 years”, <https://www.bbc.com/news/world-us-canada-57618356>
  • Kennedy , J. Jain Link , P ., “What Does It Take to Build a Culture of Belonging?”, Harvard Business Review, Jun. 21, 2021
  • BetterUp, “The Value of Belonging at Work: New Frontiers for Inclusion”, Sep.16, 2019
  • BetterUp社による帰属意識に関する調査(前掲注4)では、Godardが2001年に発表した帰属意識を測定する指標が採用されている。 指標は、①あなたは、同僚によく受け入れられている、②職場において、あなたは自分の居場所を感じる、③あなたは、自分の職場になじめていないと感じる、④あなたは、職場で他の人からかなり孤立していると感じる、という4つの設問で構成されている(日本語訳は当社作成)。
    Godard, J., “High Performance and the Transformation of Work? The Implications of Alternative Work Practices for the Experience and Outcomes of Work”, Industrial and Labor Relations Review, Vol. 54, No. 4, Jul. 2001, p776-805
  • EY社 Webサイト(visited Sep. 24 , 2024)“Five findings on the importance of belonging”
    <https://www.ey.com/en_us/about-us/diversity-equity-inclusiveness/ey-belonging-barometer-workplace-study>
  • Check-insとは、米国企業を中心に「ちょっとした気づきの提供」として Feedbackと同義で用いられ、特に「継続的に、頻繁に行われる」というニュアンスがある。
  • Coqual, “The Power of Belonging”, Jun. 22, 2020, p2
    大学を卒業した米国内のビジネスパーソン 3,711名を対象に、24設問から成るサーベイで帰属意識の度合いを測定した。
  • Gallup社 Webサイト(visited Sep.10, 2024)”Gallup Exceptional Workplace Awards”
    <https://www.gallup.com/workplace/329768/gallup exceptional workplace awards.aspx>
    GEWAは、Gallup社が2007年に創設した賞。全世界10万以上の組織、270万人以上のビジネスパーソンを対象としたGallup従業員エンゲージメント調査の結果から受賞企業を毎年選出する。2024年は受賞企業60社と過去最多であったが、賞創設以来18年連続受賞企業(団体)は、本稿で取り上げるABC Supply社と医療機関Hendrick Healthのみである。
  • ABC Supply社 Webサイト(visited Sep.10, 2024)<https://www.abcsupply.com/media-center/fact-sheet/>
  • Forbes社 Webサイト (visited Sep.11, 2024) <https://www.forbes.com/companies/abc-supply/>
    「他人に薦めたい企業250社」は、従業員数1,000人以上の米国企業に勤める若手(勤続年数10年以下)従業員2万人による投票で決定された。
  • ABC Supply社 Webサイト (visited Sep. 2024) <https://www.abcsupply.com/news events/abc-supply-co-inc-recognized-with-17th-consecutive-gallup-exceptional-workplace-award/>
  • ABC Supply社 Webサイ ト (visited Sep.10, 2024) <https://www.abcsupply.com/news-events/leadership-tips-from-83-new-managing partners/>
    管理職に登用されると、管理職同士のプログラム (Managing Partner Program)への参加や、さらに上級層によって構成される National Branch Advisory Boardへ出席し、担当地域の状況や社外から寄せられる要望などを報告する。
  • 同社は、倉庫や店舗も多く、近くに行って声を掛けることが難しい場面も多いという。
  • ABC Supply社 Webサイト (visited Sep.10, 2024)<https://www.abcsupply.com/news-events/7-tips-to-build-an-engaged-team/>
  • Hendrick Health Webサイト(visited Sep.18, 2024)<https://www.hendrickhealth.org/about-us/>
  • Hendrick Health, “Quarterly Report for Quarter 2 of Fiscal Year 2024″
  • Hendrick Health Web サイト(visited Sep.18, 2024)<https://www.hendrickhealth.org/patients-visitors/patient-relations/employee-recognition/>
  • DAISY財団 Webサイト(visited Sep. 11, 2024)<https://www.daisyfoundation.org/about-daisy-award>

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