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こども性暴力防止法(日本版DBS法)の意義と課題

主任研究員 北山 智子

子どもに関わる仕事に就く人に性犯罪歴がないかを雇用主が確認する「日本版DBS」の創設を盛り込んだ「こども性暴力防止法(日本版DBS法)」が2024年6月に成立した。子どもの性被害が後を絶たない中、被害防止のための対策はこれまで省庁ごとに取り組まれてきたが、こども家庭庁の設立により日本版DBS導入に向けた議論が加速し、同法が成立した意義は大きい。一方、法施行に向けた課題は多く、政府には詳細な制度設計や、実効性ある運用を可能にするためのガイドライン等の策定が求められる。

1.はじめに―DBSとは

DBSとは、イギリスの政府系機関「Disclosure and Barring Service(犯罪証明管理及び発行システム)」の略称で、性犯罪歴のある人が子どもに関わる仕事に就くことのないようにして、子どもを性犯罪から守るための仕組みである。2012年から制度が開始され、ドイツ・フランス・アメリカ・スウェーデン・オーストラリア等でも同様の制度が導入されている1

日本では、このDBSを参考にした「日本版DBS」創設を盛り込んだ「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」(通称:こども性暴力防止法、日本版DBS法)が2024年6月に成立した。本稿では、こども性暴力防止法が成立に至るまでの経緯、同法に盛り込まれた日本版DBSの内容、そして法施行に向けた課題について概説する。

2.こども性暴力防止法の成立までの経緯

(1)子どもの性被害の現状

20歳未満が被害者となる性犯罪(強制性交等、強制わいせつ)は2022年に2,776件発生している2。これはあくまでも警察が認知している件数で、実数を表すものではない。若年層(16~24歳)の性暴力被害者の半数以上が誰にも相談していない3ことから、犯罪として立件されていない性暴力が多くあるものと推察される。なお、言葉による性暴力や、インターネット等の情報ツールを用いた性暴力を含めると、若年層全体の26.4%が何らかの性暴力被害を経験している4

性暴力の被害者は「異性と会うのが怖くなった」、「誰のことも信じられなくなった」、「夜、眠れなくなった」、「自分に自信がなくなった」など、様々な変化を体験している≪図表1≫。性被害が子どもの心身にもたらす影響は甚大かつ長期間にわたることからも、被害防止のための取組みは必要不可欠である。

(2)これまでの子どもの性被害防止のための取組み

これまでも政府は「児童の性的搾取等に係る対策の基本計画(子供の性被害防止プラン)」(2017年)や「性犯罪・性暴力対策の更なる強化の方針」(2020年)等に基づき、子どもを性被害から守るための対策を実施してきた。しかしながら、教育現場と保育現場など、所管する省庁において縦割りに取り組まれてきたのが実情である。

教育現場については、相次ぐ教員等による性被害5に対処するために、「教員による児童生徒性暴力防止法6」が2021年6月に成立、2022年4月に施行された。同法により、教員等による子どもへの性的な行為は子どもの同意の有無を問わず「性暴力」であると明確に位置付けられるとともに、わいせつ行為で教員免許を失効するなどした元教員の復職が制限された。また、性暴力などで有罪判決や懲戒処分を受け、免許が失効した教員の免許状番号がデータベースに登録され、教育委員会や学校法人には教員採用時のデータベース検索が義務付けられるようになった。なお、同法の付帯決議において、イギリスのDBSを参考に、教員等の免許を要しない職種についても子どもへ性加害を行った者に係る照会制度の検討を行うこととされた。

保育現場に関しても、2022年に改正された児童福祉法で、性暴力等により保育士登録を取り消された者の再登録やデータベースの整備等について、教員等と同様の規律が設けられた。

これらの制度の適用範囲はそれぞれ学校、保育所に限定されるため、例えば性暴力等により免許を失効した教員や登録を取り消された保育士が、児童福祉施設や民間学習塾などで子どもと接する仕事に再就職することは制限できない、という課題があった。

(3)こども家庭庁主導による法案成立

こうしたなか、「こども家庭庁」の設立方針が盛り込まれた「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針」(2021年12月閣議決定)においては、「教員による児童生徒性暴力防止法」の付帯決議の趣旨も踏まえ、同庁が主導して日本版DBSの導入に向けた検討を進めることが示された。

2023年4月に発足したこども家庭庁は、日本版DBSの制度設計に関する有識者会議を開催して議論を重ね、2023年9月に報告書をとりまとめた。政府はこの報告書を踏まえたこども性暴力防止法案を2024年3月に国会提出し、同法案は衆参両院での審議を経て同年6月19日に可決・成立した。

こども性暴力防止法は、子どもの安全を確保するための措置について規定している。前科のある者の再犯対策として設けられたのが日本版DBSで、教育・保育等の事業を行う事業者に対し、子どもと接する仕事に就く人に性犯罪歴がないかの確認が義務付けられる。一方、初犯対策としては、性犯罪に関する職員研修の実施、早期に被害を発見するための相談体制整備、被害にあった子どもの保護・支援等が事業者の義務として同法に盛り込まれている。

これらのうち、次章では日本版DBSに焦点をあてて詳しく解説する。

3.日本版DBSの仕組み

(1)性犯罪歴照会の流れ

日本版DBSにおける性犯罪歴照会の流れは≪図表2≫のようになる。

日本版DBSの対象事業者(後述)に該当する事業者は、就労希望者の性犯罪歴の確認をこども家庭庁に申請する。一方、就労希望者は、自らの戸籍情報を同庁に提出する必要が生じる(就労希望者の戸籍情報は事業者側には渡らない)。そして、同庁は事業者からの申請に基づき、法務大臣に性犯罪歴を照会する。就労希望者に性犯罪歴がなかった場合、その旨を記した「犯罪事実確認書」が事業者に交付される。逆に、就労希望者に性犯罪歴が確認された場合は、まず本人に事前通知が行われる。通知から2週間以内であれば、就労希望者は同庁に内容の訂正を請求できるほか、採用内定や選考を辞退すれば事業者に犯罪歴が通知されないこととなる(事業者からの申請は却下される)。それらの処置がなされなかった場合、同庁は事業者に対し、就労希望者の犯罪歴を記載した犯罪事実確認書を交付するとともに、当該就労希望者を子どもと接する業務に採用しないなどの防止措置を義務付ける。

(2)対象事業者

日本版DBSの対象事業者としては、学校・幼稚園・認可保育所などの「学校設置者等」と、認可外保育所・学習塾・スイミングクラブなどの「民間教育保育等事業者」という2つのカテゴリーが存在する≪図表3≫。

「学校設置者等」は、運営における公的関与が大きく、事業等の範囲が明確で、監督や制裁の仕組みが整っており性犯罪歴の情報を安全かつ適切に管理することが担保できる施設・事業が該当する。

「民間教育保育等事業者」は、業規制がないなどの理由により行政が事業範囲を把握しきれない事業者を想定したもので、「学校設置者等」と同様の情報管理体制や研修・相談体制が整備されているなど、一定の要件を満たせば、国の認定を受けて制度に参加できる。この認定を受けた事業者にとっては、広告等で制度対象事業者だと示すことができるため、利用者の信頼獲得につながることが期待される。

なお、個人塾経営者や家庭教師、ベビーシッターなどの個人事業主や子どもに関わるボランティア従事者は「民間教育保育等事業者」の対象として想定されていない。これは、有識者会議において、なるべく広い事業を対象にすべきとの意見が出たものの、①対象業務の範囲を法令上明確に規定する必要があること、②職業選択の自由や加害者更生に対する過剰な制約になりうるため、際限なく幅広い職種を対象とすることは注意が必要、と判断されたためである。ただし、この点は国会審議でも論点となり、結果的には、こども性暴力防止法の付帯決議において、ベビーシッター・家庭教師等の個人事業主や医療機関も制度の対象とすることについて、政府に検討を求める内容が盛り込まれた。

(3)対象性犯罪の範囲と照会対象期間

日本版DBSの確認対象となる性犯罪歴は「特定性犯罪」として明示され、不同意性交罪、不同意わいせつ罪、児童ポルノ禁止法違反罪のほか、痴漢や盗撮などの条例違反も含まれる。下着の窃盗やストーカー規制法違反などは特定性犯罪に含まれず、被害者との示談が成立して不起訴処分となった場合も対象外となる。

特定性犯罪の範囲が限定された理由として、政府側は「(対象犯罪は)事実上の就業制限の根拠となるものであるため、人の性的自由を侵害する性犯罪や性暴力の罪等に限定をしている」と説明している7。ただ、国会審議の結果、こども性暴力防止法の付帯決議において「特定性犯罪の範囲を下着窃盗、ストーカー行為等にも拡大すること、示談等により不起訴とされた場合や刑事事件には至らないものの懲戒解雇となった場合なども対象とすることについて検討する」という文言が盛り込まれたため、特定性犯罪の範囲は今後、中長期的課題として拡大が検討される。

犯罪歴の照会対象となる期間は、拘禁刑(懲役刑・禁錮刑)で刑の終了から20年、罰金刑以下は刑の終了から10年、執行猶予がついた場合は裁判確定日から10年である。この期間については、子どもの安全を確保するための必要性と合理性が認められる年数を検討したうえで、前科期間に一定の上限を求める必要があるという考えのもとで定められた。

4.こども性暴力防止法の施行に向けた課題

2024年9月13日にこども家庭庁は、第1回「こども性暴力防止法に関する関係府省庁連絡会議」を開催し、関連する省庁とともに法施行に向けたスケジュールや主な論点について検討した。今後の予定として、2025年度は、政令・ガイドライン(以下、「ガイドライン等」)の策定、システム構築、事務マニュアルの整備等を進め、事業者等への周知広報を経て2026年度中の制度開始となる見込みである。

日本版DBSでは、子どもと接する仕事に就いている現職者も性犯罪歴照会の対象とされている。学校や幼稚園、保育所などで現在働く職員は少なくとも230万人にのぼり8、これらの職員の性犯罪歴を確認するにあたっては、戸籍情報の提出方法やデータの保存方法など、あらかじめ検討しておくべき課題は多い。

例えば、過去の性犯罪歴が確認された現職者については、子どもと関わらない業務への配置転換が求められ、配置転換ができない場合は解雇も許容されることとなる。有識者会議報告書では、「性犯罪歴があるという一事をもって配置転換等を考慮することなく直ちに解雇することについて、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が認められるとは考えにくく、他の事情をも考慮して、解雇の有効性が判断されることとなる」としており9、性犯罪歴が確認された場合でも、事業者が当該現職者を不当に解雇することがないよう、事業者が講ずべき措置について留意点を含めてガイドライン等で明確に示す必要がある。

また、事業者には就労希望者や現職者の「犯罪事実確認書」が交付されるが、犯罪歴は個人情報保護法10における「要配慮個人情報」に該当するので、慎重な情報管理が求められる。この点についても、ガイドライン等で個人情報流出時の罰則を定める必要がある。

5.おわりに

日本版DBSの導入を巡っては、関連省庁が厚生労働省・文部科学省・警察庁・法務省などにまたがっていることが実現の障壁となっていたが、こども家庭庁が設立され、その主導のもと省庁の垣根を越えてこども性暴力防止法が成立し、日本版DBSが創設された意義は大きい。

同法には、施行後3年を目途に法律を見直す規定が設けられており、前述した対象事業者や対象性犯罪の範囲の拡大など、中長期的な課題も残っている。日本版DBSの導入にあたって参考とされたイギリスでも、当初は公立学校や公立病院などの狭い範囲から制度をスタートさせ、適用対象を徐々に拡大するなど、順次見直してきた経緯がある11。イギリスでは現在、18歳未満の子どもに1日2時間以上接する職務に就く場合には、ボランティアを含め無犯罪証明書が必要とされている12。日本版DBSにおいても、今後も幅広い議論を重ねたうえで、子どもを守るためのより実効性の高い制度に発展していくことが望まれる。

他方、性犯罪で検挙された者のうち、約9割に性犯罪の前科がない13ことから、子どもを性被害から守るためには初犯対策にも力を入れる必要がある。前述のとおり、こども性暴力防止法では初犯対策として、対象事業者に職場研修や相談体制整備などを義務付けているが、これらについてもさらなる対策強化が求められる。

日本版DBSを中核とする再犯対策と様々な初犯対策を含む総合的な施策の推進を通じて、子どもの人権が性被害により侵害されることのない社会が作られていくことが期待される。

  • 田村美由紀「こどもの安全と日本版 DBS(Disclosure and Barring Service)の導入について」(2023年)
  • 警察庁生活安全局人身安全・少年課「子供の性被害の現状と取組について」(2023年)
  • 内閣府男女共同参画局「こども・若者の性被害に関する状況等について」(2023年)
  • 同上
  • 文部科学省「令和4年度 公⽴学校教職員の⼈事⾏政状況調査について」によると、2022年度に性犯罪・性暴力等による懲戒処分を受けた教員は242人。
  • 教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律(令和三年法律第五十七号)
  • 第213回国会衆議院本会議第26号加藤鮎子内閣府特命担当大臣発言より(2024年5月9日)
  • 第213回国会参議院本会議第25号加藤鮎子内閣府特命担当大臣発言より(2024年6月7日)
  • こども家庭庁「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」報告書(2023年)
  • 個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十七号)
  • こども家庭庁「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」第1回配布資料第8「イギリス・ドイツ・フランスにおける犯罪歴照会制度に関する資料」(2023年)
  • 前掲注1
  • 前掲注9によると、2009年~2021年の性犯罪にかかる検挙人員のうち性犯罪前科を有する者の割合は平均して約9.6%。

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