どうする!?ライドシェア②
「日本版ライドシェア」とは
【内容に関するご照会先:ページ下部の「お問い合わせ」または執筆者(TEL:050-5476-2854)にご連絡ください】
1.前稿の振り返り
タクシードライバーの減少や、地域公共交通ネットワークの縮小を背景に、「移動の自由」が制限されている。地方部においては、人口減少(需要の減少)を上回るスピードで供給が減少しており、地域経済の衰退等の一因とも言われている。観光地においては、増大する移動需要、特に季節波動と言われる需要の波に追い付かず、観光地の魅力低下や現地住民の生活に影響が出ている。都市部においては、悪天候時やイベント開催時等、「時間帯の交通空白」とも言われる、需要の波に追い付かず、駅前のタクシー乗り場に長い行列ができる等の事例が見られる。
政府はこれまで、様々な対策を講じてきたものの、需給のアンマッチを解消できたと言える状況にはない。
本稿では、ライドシェアの仕組みとともに、2024年4月から開始している、いわゆる「日本版ライドシェア」の内容を解説したうえで、新制度(タクシー事業者以外の参入)に向けた今後の論点や方向性を議論したい。
2.ライドシェアとは
(1)ライドシェアの構成要素
ライドシェアはシェアリングエコノミーの一種と解される。シェアリングエコノミーとは、「インターネットを介して個人と個人の間で使っていないモノ・場所・技能などを貸し借りするサービス」と定義されている1。この定義になぞらえると、ライドシェアは、「インターネットを介して、個人が使っていない自家用車または運転技術(普通免許)を別の個人に貸すサービス」と言えよう。従来のタクシーサービスと比較すると、ライドシェアサービスは「需給マッチング」「使用する車両」「ドライバーの免許」「相乗り」「価格」という主に5つの要素で構成されていることが見えてくる(≪図表1≫参照)。
諸外国で既に導入されているライドシェアの多くは、5つの要素を全て満たしているが、全ての要素を満たしていなくてもライドシェアと呼ぶケースがある。そのため、ライドシェアに対する捉え方が人によって異なり、「〇〇版ライドシェア」が生まれる要因にもなっている。ただし、「使用する車両が自家用車」または「ドライバーの免許がタクシー用免許でない」の場合(あるいはその両方)に、「ライドシェア」と称することが一般的となっている。
(2)諸外国の現況
ライドシェアはUber社が2009年に米国で始めたサービスであり、その後、米国外にも広がった。ユーザーの増加に伴って、各地で既存交通事業者との軋轢をはじめ、諸課題が顕在化したため、各国の事情や世論に合わせて、禁止あるいはルール整備が行われてきた。ライドシェアに関わる法体系は、大きく2種類ある。一つ目がTNC(Transportation Network Company)型と呼ばれるものであり、一義的にプラットフォーム企業に対して、運転者管理や運行管理の義務といった面で規制・管理する体系である。TNC型は、各国でライドシェアが始まった後に、新たにライドシェアを規制するために作られた法律の仕組みと言えよう。二つ目は、PHV(Private Hire Vehicle)型と呼ばれるものであり、一義的に運転手に対して、登録や車両・運行管理といった面で規制・管理する体系である。PHV型は、従前から各国にあった個人ハイヤー規制をライドシェアに適用させ、徐々にアップデートしてきたものと言えよう(≪図表2≫参照)。
諸外国のライドシェア導入状況については、前述のとおり、「何をもってライドシェアと呼ぶか」が定まっていないため、様々な捉え方がある。例えば、Uber社は「OECD諸国38か国のうち、ライドシェアを制度化:16か国、タクシー制度が十分に自由化されライドシェア同等のサービスが提供可能:9か国、ライドシェアが未制度化:13か国」2、つまりOECD諸国のうち66%(25か国/38か国)は導入済という解釈である。一方、一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会は、「OECD加盟国の8割で規制・禁止」と解釈している。日本の公的機関の見解としては、2024年4月に国土交通省が「58か国・地域で調査した結果、ライドシェアの制度がある国は28か国(48%)、うちOECD加盟国(日本を除く37か国)については、ライドシェア制度がある国は14か国(38%)」としている(≪図表3≫参照)。
(3)市場規模と主なプレーヤー
ライドシェアの定義に対する厳格な共通認識がないこともあり、公式統計は見当たらず、様々な調査機関が市場規模を試算している。各社のレポートを見ると、現在の市場規模は500億~1,500億ドル(7兆~22兆円)、年平均成長率は12%~20%、2030年頃には1,000億~5,000億ドル(15兆~75兆円)に成長すると見られている3。世界のライドシェア市場における主なプレーヤーは≪図表4≫のとおりである。例えば最大手のUber社の直近期(2023年12月期)は、売上高372億ドル(5.2兆円)、当期利益19億ドル(2,660億円)、時価総額は1,267億ドル(18兆円)である4。時価総額を日本企業と比較すると、トップのトヨタ(2,731億ドル)には劣るものの、2位のソニー(1,213億ドル)とほぼ同じである4。
3.日本版ライドシェア
(1)制度概要
デジタル行財政改革推進会議の「中間とりまとめ」(2023年12月)、その後のパブリックコメントや制度設計等を経て、2024年4月より始まった日本版ライドシェア(正式名称は「自家用車活用事業」)の概要は次のとおりである。
①法的枠組み
タクシー不足状態を、道路運送法第78条第3号の「公共の福祉のためやむを得ない場合」であるとして、地域の自家用車一般ドライバーによって有償で運送サービスを提供することを認める。
②運送主体
タクシー事業者が事業の一環として運送サービスを提供する。つまり、タクシー事業者が運送管理・運送責任・安全確保を担う。
③対象地域と提供できる車両数
a.都市部を中心とした12営業地域5については、配車アプリ事業者大手4社(DiDi、GO、S.RIDE、Uber)から曜日・時間帯ごとの「マッチング率」(利用者からの配車依頼件数と配車依頼に対するタクシー運転者の承諾件数の割合)を取得したうえで、マッチング率90%を確保するために必要な車両数を「不足車両数」(=日本版ライドシェアの提供台数の上限)とする。
また、雨天時のマッチング率が改善しない状況等を鑑みて、雨天・酷暑時にも日本版ライドシェアの車両の使用を可能にする「バージョンアップ」が行われている。具体的には、「雨天時:24時間先までの降水量の予報が1時間5mm以上となった時間帯とその前後1時間」「酷暑時:前々日の10時時点で気温の予報が35℃以上となった時間帯とその前後1時間」においても、日本版ライドシェアが稼働できる(既に稼働できる時間帯であった場合は、あらかじめ定められていた不足車両の2倍まで使用可能)。
b.上記a以外の地域は、「簡便な方法」により不足車両数を算出し、タクシー事業者に実施意向がある場合はサービスを開始する。「簡便な方法」とは、「金曜日・土曜日の16時台から翌5時台をタクシーが不足する曜日及び時間帯とし、当該営業区域内のタクシー車両数の5%を不足車両数とみなす」または「営業区域内の自治体が、特定の曜日及び時間帯における不足車両数を運輸支局へ申し出た場合は、その内容を不足車両とみなす」こととなっている。
(2)日本版ライドシェアの利用状況(本稿執筆時点)
国土交通省は定期的に、日本版ライドシェアの実施状況をホームページに更新している(最新データは8月4日現在)。例えば東京における運行回数は、4月10千回、5月15千回、6月22千回、7月29千回と伸びており、「準備が整うにつれ、参入する事業者が増えた」「ドライバーの準備が整った」「雨天・酷暑時のバージョンアップの効果があった」といったことが背景として考えられる。ただし旅客運送全体で見ると、日本版ライドシェアが「移動の足」の不足を解消する処方箋になっているとは言えないだろう。≪図表6≫は6大都府県における乗用車の旅客輸送人員と、日本版ライドシェアの運行回数を比較したものである。「輸送人員」6と「運行回数」では、厳密には比較対象が異なるものの、両者の規模感には大きな違いがある。
(3)現行の仕組みの課題
①ドライバーの確保
稼働できる時間が平日の午前7時~10時など限られており、また雨天・酷暑時の稼働も可能になったとはいえ、ルールが複雑であり、本来の供給能力を十分に引き出せていない可能性がある。モビリティプラットフォーム事業者協議会7によると、ライドシェアドライバー応募者の多くが採用プロセスの途中で離脱しており、その理由として「働きたい曜日・時間帯の条件が合わない」「稼働時間と給与が期待に満たない」という声が多くあるとしている8。
②参入するタクシー事業者の限界
日本版ライドシェアはタクシー事業者の管理下で運営されており、タクシー事業者が採用・研修・自家用車の管理を担う。通常のタクシー事業とは異なるオペレーションが必要になるため、相応のイニシャルコスト・ランニングコストを要する。一方で稼働できる台数・時間が少なければ、ビジネスとしての魅力がない。
③需要量の把握・KPIの設定
日本版ライドシェアの制度は、あらかじめ測定した不足車両数(不足している供給量)に合わせて、ライドシェア車両を市場に投入する建付けとなっている。供給不足量は、配車アプリのマッチング率90%を満たす車両数という設定となっているが、配車アプリの利用率は東京で3割以下、大阪で2割以下、地方部ではさらに低いと考えられる8。したがって、供給不足量を測る“物差し”としては、限定的な部分しか測定していないと言えよう。
また、「マッチング率90%」という設定自体にも課題が残されている。1点目は、タクシー事業者が配車アプリへの対応を優先することで、表面的には供給不足が解消されている(マッチング率が90%に近づいている)ものの、いわゆる“流し”や電話(無線)への対応が疎かになり、実態の供給不足に変化がない可能性が指摘されている。ユーザー側から見れば、従来と同様の移動サービス(タクシーに乗車するまでに要する時間を含む)を享受するためには、追加コスト(アプリ使用手数料や迎車料など)を要することになる。2点目は、「マッチング率」の定義はセッションベースで運用されているが、リクエストベースの方がユーザーの需給感覚に近いという指摘がある9。国土交通省は、リクエストベースは必要な車両台数に対して件数が過大に積みあがるという理由でセッションベースを採用しているが、何回もリクエストを出すということは、なかなか車両が手配できない、つまり需給がマッチしていない状況をより正確に表しているとも考えられる。
いずれにせよ、荒天時や公共交通機関のトラブル等といった需要スパイク(需要量の急騰)も含め、需要量を計測できているとは言えず、KPI(政策目標)も設定できていない。
4.今後の予定
日本版ライドシェアの運行状況や課題を踏まえ、例えばタクシー事業者以外の者にも参入を認めるなど、制度の見直しを望む声もあるものの、国土交通省やタクシー業界(全国ハイヤー・タクシー連合会)は、新しい制度の効果を検証することが必要で、拙速に結論・方向性を出すべきではないというスタンスだ。2024年5月に規制改革会議で決まった今後の方針は次のとおりである。
①全ての地域について、適切なデータを検証して地域交通の「担い手」不足、「移動の足」不足解消の状況を確認し、自家用車活用事業や自家用有償旅客運送の制度の効果について、「現時点では期限を定めず」、適切な期間で、定量的に丁寧な評価を行い、適時適切に改善を不断にしていく。
②自家用車活用事業の創設や自家用有償旅客運送の制度改善等が、地域交通の「担い手」不足や「移動の足」不足への対策として十分でないと合理的に考えられる場合に備え、ライドシェア事業の議論は行う。
「期限を設けず、モニタリングと議論を続ける」という結論は、岸田総理からのトップダウンだったと見られる10。
併せて、ライドシェア事業に関わる論点が示されており、次稿において議論したい。
- 一般社団法人シェアリングエコノミー協会のホームページに基づく。
- 規制改革推進会議第1回地域産業活性化ワーキング・グループ(2023年11月)Uber提出資料
- 日本円への換算レートは1ドル=150円とした。
- 2023年12月末レートを参考に、1ドル=140円で換算した。
- 東京特別区・武三交通圏、京浜交通圏、名古屋交通圏、京都市域交通圏、札幌交通圏、仙台市、埼玉県南中央交通圏、千葉交通圏、大阪市域交通圏、神戸市域交通圏、広島交通圏、福岡交通圏
- 旅客営業用自動車が輸送した旅客の数
- モビリティプラットフォーム事業者間の連携による公共交通のDX化、Maasによる日本の移動交通問題の解決に向けた取組を推進することを目的に、2024年1月に設立。一般社団法人シェアリングエコノミー協会が事務局を担う。
- 規制改革推進会議第17回地域産業活性化ワーキング・グループ(2024年7月)
- マッチング率(タクシー運転者及び自家用車ドライバーの承諾件数/配車依頼件数)を計算する際の分母である配車依頼件数の数え方について、一定の基準(一定時間の経過等)の下でユーザーのリクエストを区切るセッションベースと、単純にリクエストの回数を数えるリクエストベースがある。例えば、なかなか車が来ないので、続けて5回配車依頼をして、5回目に承諾された場合、セッションベースではマッチング率100%となるが、リクエストベースでは20%(1回/5回)となる。
- 第19回規制改革推進会議(2024年5月)で、河野デジタル大臣から次のような発言があった。「岸田総理から昨日、自家用車活用事業等について、モニタリングと検証を進めていく。その検証の間、タクシー事業者以外の者が行うライドシェア事業について、法制度を含めて事業の在り方の議論を進める、これらについて特定の期限は現時点では設けないという御指示がございました。」
PDF:1MB
PDF書類をご覧いただくには、Adobe Readerが必要です。
右のアイコンをクリックしAcrobet(R) Readerをダウンロードしてください。