どうする!?ライドシェア①
失われた移動の自由
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1.はじめに
いわゆる「日本版ライドシェア」が始まってから約6か月が経過した。長年タブー視されてきたライドシェアの議論が進んだきっかけは、2023年8月に菅前総理が長野市で行われた講演の場において、「ライドシェアの解禁について肯定的か。」という司会者の質問に対し、「私は今そう思っています。これだけ人手不足になってきたら、そうした方向も必要かなという風に思います。」と述べたことだろう。それまで議論することさえ難しかったが、菅氏の発言以降、一気にライドシェア解禁論が浮上した。2023年10月には、岸田総理が所信表明演説において、「地域交通の担い手不足や、移動の足の不足といった、深刻な社会問題に対応しつつ、ライドシェアの課題に取り組んでまいります。」と表明、規制改革推進会議をはじめとする「表舞台」での議論が始まった。その後2023年12月、「タクシー事業者が運送主体となり、地域の自家用車・ドライバーを活用し、アプリによる配車とタクシー運賃の収受が可能な運送サービスを 2024 年4月から提供する」1ことが決まり、ライドシェア導入の第一歩を踏み出した。ただし、現行制度に対しては課題・問題点も指摘されている。デジタル行財政改革を担当する河野デジタル大臣が「各種のモニタリングを行いながら、ここはアジャイルに日本版ライドシェア制度の改善を進めていきたい」とコメントしているとおり2、適宜、制度が手直しされつつ、タクシー事業者以外の参入についても議論が続いている。
本稿では、ライドシェアが注目されることになった課題・背景を確認したうえで、これまでに導入された対応策について解説する。
2.ライドシェアの議論が浮上した背景
(1)タクシードライバーの減少(供給制約)
少子高齢化の進展によって、様々な業界で人手不足問題が顕在化しているが、タクシー業界も同様である。タクシードライバー数は、ピーク時の42.8万人(2005年3月末)から2022年3月末には25.0万人と、6割以下に落ち込んでおり、特に2010年以降の減少が著しい(≪図表1≫参照)。年齢構成についても、60歳以上が約60%、70歳以上が約30%を占める構造となっている(≪図表2≫参照)が、「車を運転する」という職業の特性上、高齢ドライバーの今後の勤務年数にも限りがあると考えられる。「コロナ禍で利用客が減少し、離職者が増えたこと」がタクシードライバー減少の要因とも言われているが、実際はコロナ禍以降の減少が加速している理由に過ぎず、タクシードライバー不足は構造的な問題と言って良いだろう。
(2)取り残された需要
タクシードライバーの減少に加え、鉄道・バスといった地域公共交通ネットワークの縮小や、インバウンドに伴う移動需要の増加等によって、「移動の足」不足(需要に供給が応えられていない状況)が顕著になっている。直面している課題は、大きく3つの類型に分けられる。
①地方部
人口減少・少子高齢化によって公共交通利用者が減少し、バス・鉄道といった公共交通事業者の業績が悪化、サービスの縮小・撤退が広がった結果、地域公共交通ネットワークが縮小している。例えば、地方部(三大都市圏以外)の一般路線バスは、人口減少を上回るスピードで輸送人員が減っている。2003年度と2022年度を比較すると、地方部の人口は6,734万人から6,218万人と7.7%減であるが、輸送人員は1,602百万人から1,028百万人と35.8%減に達する。コロナ禍の影響もあろうが、回復の鈍さを見ると、「人口減と輸送人員減の乖離トレンドが、コロナ禍の影響で加速した」という見方が成り立つだろう(≪図表3≫参照)。バス事業者の経営環境は厳しく、87%の事業者は赤字経営(2022年度)3、バスドライバーも不足していることから、路線廃止が相次いでおり、2010~2022年度の廃止路線の累計は約1.7万kmに達する(≪図表4≫参照)。地域鉄道も同様であり、厳しい経営環境を受けて路線廃止の動きが全国で見られる。さらに、全国のタクシードライバー数の減少は前述のとおりであるが、帝国データバンクの調査4によると、「従業員数が半減となったタクシー会社の割合を都道府県別(本社所在地)にみると、(中略)地方を拠点とするタクシー会社で従業員数が 10 年前から半減している企業が多い」状況にあり、地方部における事業縮小・撤退の動きがうかがえる。
留意すべき点は、需要の減少によって事業者が供給を維持できなくなっているとはいえ、需要がゼロになったわけではないということである。つまり、交通事業者がサービスを縮小・撤退させたとしても、残された住民にとって引き続き移動は必要であり、移動が不自由になることで、「高齢者が通院を手控えることで、健康を損なう」「高齢者の免許返納が遅れ、事故につながる」「街の活力が失われ、若者が域外に流出する」といった弊害が起きている。
②観光地
政府は、観光を成長産業と位置づけ、国内の観光需要を喚起するとともに、世界の観光需要も取り込むことにより、地域経済の活性化や雇用機会の拡大などを狙っている。特にインバウンドについては、「令和7年(2025年)までに令和元年水準(3,188万人)超えにする」(2023年は2,506万人)等の目標5を掲げている。実際、例えば延べ宿泊者数は日本人・外国人合計で、2011年の417百万泊から2023年に618百万泊と、12年間で48%増となっており(≪図表5≫参照)、観光地における移動需要の伸びは著しいと言えよう。
さらに、観光需要は特定の地域に集中することや、季節・曜日・時間による波動が大きいことが特徴である(≪図表6≫参照)。こうした需要の動きに対し、バス・鉄道による移動手段の供給は、増便対応など限られており(しかもバスはドライバー不足や交通渋滞で限界がある)、タクシードライバーの減少による影響が大きくなっている。観光地における移動の不自由は、来訪者に対する魅力の低下・観光客の減少といった、ビジネス面での影響のみならず、一部の地域では、地域住民の日常生活にも支障が出ているという報道もある。
③都市部
都市部は、タクシー・バス・鉄道といった移動の供給量は地方より多いものの、週末の夜や悪天候、イベント開催等といった、限られた時間帯において急増する移動需要に対応できない「時間帯の交通空白」が課題となっている(≪図表7≫参照)。一般的に、事業者(供給者)は事業資産を効率的に活用するため、需要のピークを下回る水準でしか供給量を設定しない(≪図表8≫参照)。加えて、タクシードライバー減少による供給力の低下によって、ピーク時の需要量と供給量の乖離が拡大している。
3.「デジタル行財政改革中間とりまとめ」(2023年12月)以前の対応(「自家用有償旅客運送」を中心に)
移動手段の供給不足に対し、政府は様々な対策を取ってきた。そのうち「自家用有償旅客運送」について取り上げる。自家用有償旅客運送とは、バス・タクシー事業が成り立たない場合、市町村やNPO法人等が主体となり、自家用車を用いて提供する有償の運送サービスであり、移動ニーズによって2種類に分けられる6。
(1)交通空白地有償運送
道路運送法78条2号7を根拠とし、「バス・タクシー事業者のサービス提供が困難な地域において、住民等が外出するための移動手段を確保したい」というニーズを満たすサービスで、乗客には観光客も含まれる。全国1,741市町村のうち約1/3にあたる572市町村で導入済であり、登録車両は4,304台である(2022年3月末現在)8。例えば、京都府京丹後市京丹後町(面積は65km2、東京都では大田区が62km2とほぼ同じ面積)には鉄道駅がなく、「ささえ合い交通」と呼ぶ移動サービスを、NPO法人「気張る!ふるさと丹後町」が運行主体となって提供している(≪図表9≫参照)。ドライバーは地元住民(16名)が担い、各自が所有するマイカーを使用、運賃は初乗り1.5kmが480円、以遠は1kmあたり120円を加算、概ねタクシー料金の半額でサービス提供されている。配車は、スマートフォン上のUberアプリで依頼する(電話も可)。
(2)福祉有償運送
道路運送法78条3号9を根拠とし、「単独ではタクシー等の公共交通機関を利用できない身体障害者等が外出するための移動手段を確保したい」というニーズを満たすサービスである。具体的には≪図表10≫のようなサービスが存在し、全国の登録台数は14,456台(2022年3月末)となっている8。
(3)自家用有償旅客運送を実施するための要件・手続き
自家用有償旅客運送を始めるにあたって、「地域公共交通会議」または「運営協議会」(以下、両者を併せて、「地域公共交通会議等」とする)と呼ばれる場において、地域における関係者での協議が必要となる。関係者は、自治体(市町村または都道府県)、バス・タクシー事業者、住民(旅客)、NPO、学識経験者等で構成される。具体的な検討プロセスは≪図表11≫のとおりである。サービス提供にあたっては、安全体制の確保(運行管理・整備管理の責任者の選任等)が求められ、対価は実費の範囲内(タクシーの1/2を目安)とされている。
(4)自家用有償旅客運送の課題
自家用有償旅客運送は、2006年に制度化されてから15年以上が経過しているが、交通空白地有償運送4,304台、福祉有償運送14,456台という規模は、タクシードライバーの減少幅(ピークから約18万人減)や一般路線バスの輸送人員の減少幅(2003年から5.7億人減)と比べると、供給減を十分に埋めているとは言えないだろう。「活力ある地方を創る首長の会」10が昨年11月に、全都道府県知事及び市区町村長に対して行った、自家用有償旅客運送に関するアンケートから見えてくる課題は主に2点である。1点目は、自家用有償旅客運送を導入する際の条件となっている「地域公共交通会議等」における協議が調わないことである。「地域公共交通会議等」の構成員でもある既存の交通事業者にとって、新たな移動手段の導入は、ややもすると競合となり得るため反対に回りやすい。首長にとっても、地元の交通事業者が政治的支持基盤になっているケースも考えられ、域内の反対を振り切って決断することは難しいと想定される11。2点目は、ドライバーの確保である。対価は実費の範囲内とされている中、運行団体(NPO等)・ドライバーともに互助機能を発揮して運営されているものの、十分な供給体制を築くためには、一定の営利が必要になってくるだろう。実際、既に自家用有償旅客運送を実施している首長からの回答(309人)のうち、94%が「移動の足」問題が解決できていないと回答している(≪図表12≫参照)。
4.小括
これまで日本は、生産年齢人口の減少に対して、高齢者や女性の労働参加を促進することで対処してきた。しかしながら、いよいよ様々な産業・事業で労働力不足が顕在化してきており、「移動」についても同様の事象と言えよう。ここまで「移動」、特に「二次交通」についての課題と、現行の対応策の限界について議論してきた。次稿において、ライドシェアの仕組みと論点について考察したい。
- デジタル行財政改革会議「デジタル行財政改革中間とりまとめ」(2023年12月)
- 第19回規制改革推進会議(2024年5月)
- 国土交通省「令和5年度交通の動向」(2024年6月)に基づく
- 帝国データバンク「全国タクシー・ハイヤー業界 動向調査」(2023年11月)
- 観光立国推進基本計画(2024年3月)
- 法的な枠組みとしては、道路運送法第78条に「自家用自動車(事業用自動車以外の自動車をいう。以下同じ。)は、次に掲げる場合を除き、有償で運送の用に供してはならない。」と定め、有償で運送の用に供することができるケースを列挙する形となっている。
- 市町村、特定非営利活動促進法(平成十年法律第七号)第二条第二項に規定する特定非営利活動法人その他国土交通省令で定める者が、次条の規定により地域住民又は観光旅客その他の当該地域を来訪する者の運送その他の国土交通省令で定める旅客の運送(以下「自家用有償旅客運送」という。)を行うとき。
- 規制改革推進会議第1回地域産業活性化ワーキング・グループ(2023年11月)、国土交通省提出資料
- 公共の福祉を確保するためやむを得ない場合において、国土交通大臣の許可を受けて地域又は期間を限定して運送の用に供するとき。
- 地方自治体の首長(知事・市町村長)の有志の会で、地方創生や規制改革に率先して取り組むことを掲げている。会員は約300人。
- 同アンケートによると、地域公共交通会議等の設置又は協議を調えることについて、52%の首長が「困難を感じる」と回答している。
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