「退屈」からみた高齢者のウェルビーイング
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1.高齢者のウェルビーイング市場の動向
高齢者人口の増加をうけて、高齢者のウェルビーイング支援市場に対する関心の高まりが続いている。市場の関心はアクティブシニアだけでなく、要介護状態になった高齢者に対しても向けられている。趣味活動や他者との交流の機会が豊かにある入居系サービスや、障害の有無にかかわらずプレイ可能な体感・没入型ゲーム等の開発が進められている。
こうしたサービスが高齢者のウェルビーイング支援の実効性を高めるためには、その目指すゴールが明確でわかりやすいことが望ましい。後述の通り、ウェルビーイングは総体的概念であり、近年高齢者領域では「生きがい」としても表現されるものの、いずれも人によって想定する内容や到達像が異なりやすい。そこで本稿では、高齢者のウェルビーイング支援のゴール、つまり望ましい生活のありようについて、「退屈」という概念に着目し紐解いていく。
2.高齢者と退屈
(1)退屈(Boredom)とは
退屈の定義は多様であるものの、一般的には「興味、刺激、挑戦の欠如を特徴とする心の状態」とされる。これは主観的な経験であり、落ち着きのなさ、無関心など、さまざまな形で現れる。
退屈とウェルビーイングに関連する諸概念を図表1に整理した。詳細は後述するが、特定の条件を満たす状況が繰り返し続くことで、人は退屈を感じるようになる。退屈は、創造的思考を導くといった肯定的な経験の側面を持ち得る1,2一方で、生産性の低下、精神的健康の低下、さらには身体的健康上の問題など、悪影響をもたらす可能性もある3。例えば、退屈はうつ病の危険因子であると同時に、うつ病の症状そのものである可能性もある4,5。退屈はまた、不安な考えや心配を引き起こしたり、既存の不安障害の症状を悪化させたりもする6。
退屈は、幸福の一側面である(主観的幸福感尺度を構成する項目の1つに退屈が含まれる)と同時に、健康(不健康)の一側面でもある。ここで、退屈を感じすぎて否定的な感情・情動を得た状態、つまり過剰な退屈に辟易した状態は、2つの意味で解決すべき状態である。1つはウェルビーイングや幸福の逆の状態(イルビーイング)であるためであり、もう1つは前段で述べた通り、将来の健康状態を脅かすリスク因子であるためである。
(2)高齢者の退屈
2014年度の全国調査によると、独居高齢者の23.7%が退屈を頻繁に感じている7。また、通所介護サービスを利用する要介護高齢者のネガティブな経験として語られたり8、老人ホーム入居中の高齢者が孤独を説明する時に語られたりする状態でもある9,10。こうした研究の報告は、特に障害を持った高齢者にとってうまく活用されない自由時間が大量にあることを暗示している。特に高齢者は、加齢に伴う心身機能・社会活動の制限による活発な活動時間の減少、および痛みや疲労、睡眠障害などに起因する感覚の鈍さ11により、退屈を感じやすい。さらに年齢を重ね、より多くの疾患を抱えたり要介護状態が重くなったりした高齢者ほど、退屈を感じやすい可能性もある。
3.高齢者が退屈に辟易しないためのソリューション
(1)退屈のしのぎ方
多くの高齢者は自分の時間を消費し、かつ孤独を忘れるために、ラジオやテレビをつけたり、本を読んだり、趣味を始めたり、夢中になれる何かを探したりする12,13。また、外界からの良い刺激にさらされ、注意がそらされることで、退屈は軽減される14,15。要介護高齢者に対して、各人の興味に基づいた適切な活動を提供し、高齢者が活動に参加して楽しみを感じることができるようにするか、高齢者が忙しくできるような仕事や役割を準備することで、この問題に対処することができる。ここで重要になるのは、「退屈の軽減に実効性がある活動の機会を提供する」という視点である。提供しやすくただ体系化されたグループ活動に参加するだけでは、退屈を軽減するのに十分ではない16。
(2)退屈を生じさせないために
人が退屈を感じるのは、「実現できる最適な経験と実際の経験が一致していない場面が単調に繰り返し続く時」である17。高齢者の目線では、①簡単すぎて挑戦の機会が欠如した活動(例:簡単すぎるクイズやスポーツイベント)、②難しすぎて挑戦する気がしない活動(例:難解すぎるゲームや不慣れなオンライン交流サービス)、③実施することに意味を感じない活動(例:全く興味がわかない創作プログラムやグループ活動)、の3パターンがある。この3パターンを回避するためには、本人の活動能力や関心と適合した適切な活動に参加したり、思考にふけったりできる環境が整っている必要がある。
4.実践家へのヒアリング
退屈に着目することの可能性を探るため、多様な背景を持つ3名の実践家にヒアリングを実施した。対象者は、一般高齢者向けの居場所事業18管理者1名、地域包括支援センター管理者1名、介護事業所(入所施設/訪問介護サービス)の統括部長1名である。
居場所事業管理者と地域包括支援センター管理者から共通して語られたのは、高齢者の役割喪失に関連した退屈とその介入策に関することであった。具体的には、「子どもの自立や退職をきっかけに社会的役割を喪失した後、高齢者の口からは、やることがない、毎日つまらないという言葉が聞かれる。ウェルビーイング支援や介護予防の観点から、積極的に介入したい対象である」ということであった。また、「退屈」という概念を導入することについては、「生きがいや幸福と比べて、話題にしやすいので聞き取り調査に使いやすい。地域高齢者の生活状態を類型化したり、それに応じた介入策を考え・介入効果を測定するロジックモデルをたてたりできる点が良い」ということであった。その背景として、「生きがいがない、とはなかなか口にしにくい高齢者目線の遠慮やプライドがあるが、「退屈」は気軽に愚痴としてこぼしやすいだろう」という事が聞かれた。
介護事業所統括部長からは、介護サービスの過剰介入と退屈に関する話が聞かれた。具体的には、「現在の介護サービスには、生きがいの付与と安全配慮の両方が同時に高いレベルで要請されている。過剰な安全配慮の結果として、要介護者本人が自由に自分の意思で日常動作を行いにくい状況や、刺激的・挑戦的なゲームや運動を提供しにくい状況が生まれている」とのことであった。他方で、「生きがいのため、退屈しないため、というスローガンに向けて介護職員の人手をさらに投入することは避けたい。過統制に費やすマンパワーを減らすことが、そこから生じる退屈の解消につながっていく道筋が提示されると、経営者としてもありがたい」ということであった。退屈という概念については、「利用者に対するケアの質の低さを反映した指標になりうるので、適切で簡便な測定指標があると良い」とのことだった。
5.「退屈」の今後の可能性と直近の課題
最後に、退屈に着目して高齢者のウェルビーイング支援を考える上での課題を述べる。まず、高齢者の退屈に関する研究が少ない。特に要介護高齢者の退屈に関しては国外を含めてもほとんど知見がない。要介護高齢者を対象として、その概念定義・測定尺度ならびに予後アウトカム等に与える影響について示した研究はない。退屈を測定する尺度は数多く存在しており19、着目する目的によって使い分けられるが、要介護高齢者に関する吟味は不十分である。よって、前述の介入によって、退屈体験をどの程度軽減することが、本人のウェルビーイングや予後にどの程度貢献しうるかを説明できていない。退屈は主観的体験であるため、主観評価を尋ねにくい対象にとっての測定方法やその価値の検討も課題が多い。
しかしながら、退屈は高齢者のウェルビーイング支援サービスの開発だけでなく、介護サービスの質を測定する包括的指標20としての活用可能性も含んでいる。退屈の長所は、デイリーチェックに活用できる(毎日の生活の中で起きる経験として測定し、モニタリングに活用できる)点にある。一定期間の状態を反映する「生きがい」や「抑うつ度」と異なり、支援サービスがもたらす体験の短期評価に適した即時アウトカムとして活用可能である。また何より、「生きがいを与える」という目標に比べて「退屈しない毎日を送ってもらう」という表現は多くの人にとってわかりやすく、ウェルビーイング支援サービスのゴールとして適している可能性もある。
さらなる研究の積み重ねが必要であるという限界はあるものの、高齢者の日々の生活体験の積み上げを測定し、ウェルビーイングならびに自立支援の達成を叶えるためのトリガーポイントを探す上で「退屈」は有用な概念となる可能性がある。
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- 前掲注11より、退屈という現象そのものとそれが生じる前提条件を説明する記述を抽出し、高齢者を例としたシチュエーションを筆者が想定し作成した
- 週1回、3~5名/回の一般・自立高齢者等が参加する茶話会で、絵画や縫製アートプログラムも時々実施している
- Vodanovich, S. J., & Watt, J. D. (2016). Self-Report Measures of Boredom: An Updated Review of the Literature. The Journal of Psychology, 150(2), 194–226. https://doi.org/10.1080/00223980.2015.1074531
- 成瀬昂「介護サービスの質をめぐる現状分析」(2023)https://www.sompo-ri.co.jp/2023/03/31/7871/
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