ヘルスケア・ウェルビーイング

医療的ケア児とその家族の現状と支援における課題(下)
~ケアラー支援の現在地④~

副主任研究員 北山 智子

医療的ケア児支援法が2021年に施行され、各都道府県は医療的ケア児支援センターの設置を進めるなど、医療的ケア児とその家族に対する支援体制は徐々に構築されつつある。一方で看護職員の不足や18歳以上の「医療的ケア者」への支援等に課題は強く残る。特に看護職員が不足している地域では、専門職ではない住民が支え手となる「パーソナルアシスタンス制度」の導入も参考となりうる。

1.医療的ケア児とその家族を取り巻く制度の推移

前稿「医療的ケア児とその家族の現状と支援における課題(上)1」では医療的ケア児の多様な状態像やその家族が抱える負担の実態について取り上げた。本稿では2021年の「医療的ケア児支援法2」施行を軸にした医療的ケア児とその家族に対する支援制度の推移と、現在の課題および展望について考察する。

(1)広がる地域間格差ー医療的ケア児支援法の施行まで

医療的ケア児は訪問看護などの医療による支援と同時に、福祉制度による支援も必要とする。運動障害の程度は身体障害者手帳に、知的障害の程度は療育手帳にそれぞれ反映されるが、運動障害も知的障害もない医療的ケア児にそれらの手帳は発行されないため、かつて障害者として分類されず公的な支援からこぼれ落ちる存在であった。例えば人工呼吸器を使用していても、知的障害や運動障害がなければ相談支援や児童発達支援等の福祉サービスを受けることができなかった。

2016年、「障害者総合支援法3」および「児童福祉法」の一部改正により初めて医療的ケア児も障害児であることが法律で明文化され、地方公共団体は医療的ケア児が必要とする保健・医療・福祉等の支援体制整備に努めることが定められた。しかし、努力義務であったことから自治体の取組みにはバラつきが生じ、居住する地域により医療的ケア児が受けられる支援に格差が生じることとなった。

例えば医療的ケア児を受け入れている保育所等の割合に、都道府県による差が表れている≪図表1≫。滋賀県では保育所等施設全体の7.0%で医療的ケア児を受け入れているのに対し、愛媛県・宮崎県には医療的ケア児を受け入れる保育所等は存在しなかった4
 

また、学齢期における地域差の一例として、特別支援学校に通学する医療的ケア児の登下校時のスクールバスおよび福祉タクシーの利用率が挙げられる。2019年の文部科学省の調査によると、4都道府県で医療的ケア児のスクールバス・福祉タクシー利用率が5割を超えていたのに対し、20都道府県では利用率が1割未満であった5。学校側がスクールバス乗車に関して「介助者なしで座席に座っていられること」「バスの中では医療的ケアはしないので呼吸状態が不安定な状態が続けば保護者送迎に切り替えること」等を要件として規定している場合があり6、そのケースにおいて医療的ケア依存度の高い児童・生徒のスクールバス利用は困難である。スクールバスや福祉タクシーを利用できない場合、親が自家用車などで子の通学に付き添う必要が生じ、かかる負担の差は大きい。

(2) 医療的ケア児支援法の施行等により進む自治体の支援体制

2021年6月に成立し、同年9月に施行された医療的ケア児支援法は、自治体等に対して医療的ケア児及びその家族に対する支援を「責務」として定め、それまでの「努力義務」からの前進が果たされることとなった。また、2021年度の障害福祉サービス等報酬改定では「医療的ケアが必要な障害児に対する支援の充実」として医療的ケア児を受け入れる通所サービス等に対する報酬の新設や見直しが実施された7。 

医療的ケア児支援法では、各都道府県に医療的ケア児支援センターの設置を求めている。医療的ケア児支援センターの役割は「①家族への相談、情報提供・助言」および「②関係機関への情報の提供および研修」であり、ワンストップの相談窓口として位置づけられている≪図表2≫。
 

高齢者の在宅医療と異なり、医療的ケア児は成長や発達、家族の状況等により生活に頻繁に変化が訪れることが特徴的である。例えば大きなライフステージの変化として、小学校への入学がある。特別支援学校に通うのか、地域の小学校に通うのか、親は判断を迫られる。これまでは子どものケアの傍ら、教育委員会や各学校に個別に連絡して、受入体制や対応できる医療的ケア、親の送迎や付き添い要否等の情報収集を自ら実施する必要があったが、医療的ケア児支援センターがそれらの情報を取りまとめ、親へ情報提供して相談にも応じることで、親にかかる負担の軽減が期待できる。

また、地域において医療的ケア児への支援を総合調整する医療的ケア児等コーディネーター(以下コーディネーター)の養成・配置も進められている。相談支援専門員、訪問看護師、保健師、保育士といった幅広い職種の人材が、都道府県等が主催する講座を受講してコーディネーターの資格を得る。コーディネーターは医療的ケア児支援センターの他、相談支援事業所や児童発達支援センター等に配置され、医療的ケア児とその家族のキーパーソンとして、支援に関わる関係機関との連携を担う。

2.医療的ケア児の家族の負担軽減に向けて残る課題

これまで見てきたように医療的ケア児支援法の施行や障害福祉等サービス報酬改定などにより、医療的ケア児とその家族への支援体制の構築は進みつつある。一方、依然として残る課題について、特に家族の負担軽減の観点から考察していく。

(1)医療的ケア児に対応できる看護職員の人材不足

医療的ケア児支援法により、保育所や学校の設置者には医療的ケア児に対して適切な支援を行うことが責務として規定された。文部科学省の2022年の調査によると、幼稚園、小・中・高等学校に通学(通園)する医療的ケア児2,130人のうち、保護者等が医療的ケアを行うために学校生活に付き添いをしている割合は24.3%(517人)であった8。保護者の付き添いが必要な理由としては、「医療的ケア看護職員が配置されていない又は認定特定行為業務従事者9がいないため」が55.1%と半数以上であり10、学校に配置される看護職員11等が不足していることが分かる。付き添いによる保護者の負担を軽減する上で、看護職員等の確保は重要な課題である。

看護職員の有効求人倍率は2.20と全職業計の1.19と比較して高く、不足している傾向にある12。高齢者にかかる分野でも看護職員の需要は高く、また小児科経験がない看護職員にとって、体格や疾患に個別性の高い子どもの医療的ケアは心理的障壁が生じるため、医療的ケア児に対応できる看護職員の人材確保は容易ではない。

各都道府県では医療的ケア児に対応できる看護職員の養成事業等を行っており、例えば東京都では重症心身障害児等在宅療育支援事業として、医療的ケア児等に関わる訪問看護師等や保健師の育成を目的とした受講費無料の研修を実施している13。しかしながら看護職員不足の現状は続いており、医療的ケア児に対応できる看護職員等育成へのさらなる政策的支援が望まれる。

(2)18歳以上の「医療的ケア者」とその親への支援

①成人後への不安―医療的ケア児の親へのインタビュー

2023年12月、医療的ケアを必要とする十代の子を持つ母親、S氏とT氏にそれぞれインタビューを実施した。両名とも「学齢期までの支援は以前より充実してきたと感じるが、成人後の生活には不安だらけ」と口をそろえる。

S氏の子は現在中学2年生で、気管切開をしており、吸引や胃ろう、人工呼吸器(夜間のみ)等の医療的ケアを必要とする。昨夏から特別支援学校の送迎は福祉車両を利用できるようになった。平日は週3日放課後等デイサービス事業所を利用しており、下校時に事業所が子を迎えに行って、事業所でケアやリハビリを受けるなどして過ごし、夕方自宅まで子を送ってくれる。そのためS氏はその日は夕方まで仕事をすることが可能である。

子が高校を卒業した後は生活介護14の利用を検討している。しかし、医療的ケア者を受け入れている生活介護事業所は少なく選択肢は限られる15。S氏が利用を考えている事業所の受入時間は10時半から15時半までで、送迎も親が行う必要がある。宿泊を伴わない医療型短期入所施設(ショートステイ)も存在はするものの、少ない受入れ枠に利用希望が殺到するため、月に1度程度の利用しか見込めない。これでは現在と同じように仕事を続けることはできないとS氏は危惧する。

医療面でも成人の壁がある。T氏の高校2年生の子は気管切開をしており吸引や胃ろう等の医療的ケアが必要で、稀に呼吸困難を起こして救急車を呼ぶことがある。現在はかかりつけの小児専門病院で受け入れられているが、成人後のかかりつけ病院は自分で探す必要がある。しかし、子の持病にてんかんもあることを理由に複数の病院からかかりつけとなることを断られている状況である。「このままでは呼吸困難で救急車を呼んでも、その時々で受け入れてくれる病院に任せるしかない」とT氏は話す。搬送先が迅速に決まる保証はなく、不安は尽きない。

②成長とともに増す親の負担

医療的ケア児の親の負担は、子の成長に伴って軽減されてはいかない。埼玉県の実態調査によると、「医療的ケア児・者のそばからひと時も離れられない」という問いに対して、「当てはまる」「まあ当てはまる」と回答した親の割合は、子が18歳以上では63.9%と、18歳未満(56.5%)よりも高い≪図表3≫。親も年を重ねていく傍ら、身体が大きくなった子どもの介助は徐々に厳しさを増していく。
 

医療的ケア児は18歳になり特別支援学校高等部等を卒業すると「医療的ケア者16」として扱われ、利用できる障害福祉制度は大きく変化する。それまで「学校」と「放課後等デイサービス」の2拠点に主な居場所があったのが、「生活介護」または自宅での「重度訪問介護17」に切り替わる。前述のS氏のように、成人した子の在宅時間が長くなることで、親が離職せざるを得ない状況も生じる。また、T氏のように成人後のかかりつけ医療機関が見つからず不安を感じる親も存在する。年齢による切れ目のない支援実現のためには、まずこのような現状が広く認識される必要がある。

3.課題の解決に向けて

(1)2024年度障害福祉サービス等報酬改定

2024年度の障害福祉サービス等報酬改定には、医療・保育・教育機関等連携加算の見直しや、医療と福祉の連携の推進として、「医療的ケア児の成人期への移行にも対応した医療的ケアの体制の充実」が項目として盛り込まれている。常勤看護職員等を配置した生活介護事業所や、医療的ケア児・者を受け入れる福祉型短期入所サービスへの報酬を手厚くする内容が追加される18。しかしながら前述の看護職員等の人材不足解消のためには、報酬加算のみで根本的な解決が図れるとは考え難く、人材確保に向けた国としての対応が求められる。

(2)専門職によらない地域住民による支援―パーソナルアシスタンス制度

北海道札幌市は重度障害者の生活を地域住民が支援する、独自の「パーソナルアシスタンス(PA)制度」を導入している。これは重度訪問介護の支給時間数の一部を金銭給付に振り替えて市が直接利用者に支給する制度で、利用者はその費用の範囲内で地域の知り合いなどを介助者として選び、契約することができる19。ヘルパー資格の有無等に係らず介助者となることができるため(利用者の親族を除く)、地域住民の支援を活用できる。

資格を持たない介助者が利用者に医療的ケアを行うことはできない。しかし、家族が外出している間に利用者を家で見守ったり、病院や事業所への移動の付き添いをしたりするだけで家族の支えとなりうる。特に専門職人材が不足している地域においては、このような制度の導入の検討も一案ではないだろうか。

4.おわりに

医療的ケア児支援法の施行や障害福祉サービス等報酬改定により、医療的ケア児・者に対する支援は以前より手厚くなっているものの、まだ道半ばである。特に親にかかる負担を軽減していくには、看護職員等専門職の人材不足と18歳以上の医療的ケア者への支援の対策を十分に検討する必要がある。そして生産年齢人口の減少を踏まえ、インフォーマルな支援も含めた地域における支え手のすそ野を広げていくことも欠かせない。

  • 北山智子「医療的ケア児とその家族の現状と支援における課題(上)」(2023年)https://www.sompo-ri.co.jp/2023/12/26/10862/
  • 医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(令和三年法律第八十一号)
  • 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成十七年法律第百二十三号)
  • 厚生労働省子ども家庭局保育課「令和4年度 医療的ケア児の地域支援体制構築に係る担当者合同会議 保育所等での医療的ケア児の支援に関するガイドラインについて」(2022年)https://www.mhlw.go.jp/content/12204500/000995731.pdf
  • 文部科学省「令和元年度学校における医療的ケアに関する実態調査」(2020年)https://www.mext.go.jp/content/20200317-mxt_tokubetu01-000005538-03.pdf
  • 大崎博史、新平鎮博、小澤至賢、齊藤由美子「特別支援学校における医療的ケアに関する実態調査報告」(2017年)https://www.nise.go.jp/cms/resources/content/13006/j6-08houkoku-osaki.pdf
  • 厚生労働省第28回障害福祉サービス等報酬改定検討チーム資料「障害福祉分野の最近の動向」(2023年)https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001098279.pdf
  • 文部科学省「令和4年度学校における医療的ケアに関する実態調査結果(概要)」(2023年)https://www.mext.go.jp/content/20230830-mxt_tokubetu02-000028303_7.pdf
  • 研修を修了し、都道府県知事に認定された場合には、教員等が「認定特定行為業務従事者」として吸引や経管栄養などの医療的ケアに限って一定の条件下で実施することが可能となる。
  • 前掲注8
  • 看護師・准看護師・保健師・助産師を指す。
  • 厚生労働省第195回職業安定分科会資料「看護師等(看護職員)の確保を巡る状況」(2023年)https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/001140978.pdf
  • 東京都福祉局Webサイト「訪問看護師等育成研修事業」https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/shougai/nichijo/s_shien/ikusei.html(最終閲覧日2024年2月20日)
  • 常時介護を必要とする障害者が主に昼間において施設などで入浴、排泄、食事の介護や創作活動、生産活動の機会の提供などを受けられる障害者総合支援法に基づいたサービス。
  • 厚生労働省「障害福祉サービス等報酬改定検証調査結果(令和4年度調査)」によると、医療的ケアを要する利用者(重症心身障害者を除く) がいる生活介護事業所は全体の約2割に留まる。
  • 医療的ケア児と医療的ケア者を総称して「医療的ケア児・者」と呼ぶ。
  • 重度の肢体不自由または重度の知的障害等があり常に介護を必要とする障害者の居宅において、身体介護・家事援助・相談支援等の提供が受けられる障害者総合支援法に基づいたサービス。
  • 厚生労働省障害福祉サービス等報酬改定検討チーム「令和6年度障害福祉サービス等報酬改定における主な改定内容」(2024年)https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001205321.pdf
  • 札幌市Webサイト「パーソナルアシスタンス制度について」
    https://www.city.sapporo.jp/shogaifukushi/jiritsushien/1-4-1_pagaiyou.html(最終閲覧日2024年2月20日)

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