企画・公共政策

訪日中国人客のナウキャスティング
~オルタナティブデータ(検索指数)を用いた予測~

主任研究員 菅沼 健司

本レポートでは、わが国の景気や観光業への影響が大きい、中国からの訪日観光客数について、百度(Baidu)の検索データを用いたナウキャスティングを行った。結果をみると、①入国規制の緩和効果による今年の春から初夏にかけての訪日客の増加、②団体旅行の解禁等の増加要因にもかかわらず、「処理水問題」を巡る日中間の摩擦などから結果的に弱い動きに転じた8~9月の訪日客数、いずれに対する当てはまりも相応に良好であった。本手法により、公的統計が公表される約1か月~半月前から、当該月の中国人インバウンド需要を推測することが可能と考えられる。
【内容に関するご照会先:ページ下部の「お問い合わせ」または執筆者(TEL:050-5473-1978)にご連絡ください】

1.はじめに

このレポートでは、コロナ後の日本の景気や観光業の動向に大きな影響を与える、訪日中国人観光客のインバウンド需要に関して、Web検索データを用いた訪日中国人客数のナウキャスティングを行った。

昨秋に、訪日外国人客に対する政府の水際対策が緩和されてから1年が経過し1、訪日客数全体では回復が進んでいるものの、こうした回復は国・地域によってばらつきがある《図表1、2》。多くの国・地域からの訪日客数は、コロナ前の水準まで回復している一方、コロナ前にインバウンド需要を牽引していた中国人客は、依然としてコロナ前の水準を大幅に下回っている。中国人客の今後の回復ペースをいち早くつかむことは、わが国の景気や観光業の動向を占う重要な要素となる。

そうしたもとで、本年8月には中国政府が団体旅行の日本ツアーを解禁し、一段の回復への期待感が高まったが、8月下旬以降、処理水を巡る問題が日中間で持ち上がり、中国人の訪日旅行への関心が低下したとの報道も多くみられた。このように、これまでの中国人観光客の増加トレンドが覆されるリスクが指摘される中で、そうしたリスクが実際に顕在化するかどうかを早期に把握することも、目下の関心事項と言えよう。

そこで、本稿では、オルタナティブデータの一種である「検索データ」(ユーザーの訪日旅行に対する検索頻度や関心)を用いて、訪日中国人客数のナウキャスティングを行い、実際の訪日客数の公的統計に対する当てはまり度合いを検証した。

2.検索データの紹介

(1) Googleトレンド

経済指標の多くは、公表までの間にラグが存在している。このため、高頻度データを用いてその事前予測を行う「ナウキャスティング」が多く行われている。高頻度データの一種である「Web検索データ」の中では、「Googleトレンド」が良く知られているが、同指数は特定の単語に対するユーザーの検索量を数値化したものであり、経済指標のナウキャスティングをはじめ、様々な分析に用いられている2

Googleトレンドの動きをみると、各観光地に対するユーザーの関心は、昨秋の日本政府の水際対策緩和後に急増し、足もとではコロナ前の水準を回復している。この動きは、実際の訪日客数(除く中国)と概ね軌を一にしており、中国人以外の訪日客については、Googleトレンドである程度動きが掴めている《図表3》。

もっとも、中国ではGoogleの利用が基本的には認められておらず、Googleトレンドを用いた中国人の検索動向の分析は、事実上困難となっている。そこで本稿では、中国の代表的な検索エンジンの1つである、百度(Baidu)が提供する「百度指数」を用いて、中国における訪日旅行への関心度合いの抽出を試みた。

(2)百度指数

本稿で用いる「百度指数」は、百度がユーザーの単語検索の情報を、指数の形で公表しているデータである。単語は、(検索量が)一定の基準に達したものが収録されている。同指数は、2011年1月以降日次で公表されており、Googleトレンド(2004年~)よりは短いものの、10年以上の蓄積データが存在している。

百度指数には、「検索指数(中国語名:搜索指数)」と、「情報指数(同:资讯指数)」の、2種類が存在する《図表4》。「検索指数」は、Googleトレンドと同様、単語に関するユーザーの検索量を指数化したものである。一方、「情報指数」は、単語の取り上げられ方に着目し、コメント数や転送量のほか、「いいね」「嫌い」と言った、ユーザーの反応を取り込んだ指数となっている。

この百度指数(以下、断りがない限り検索指数)を用いて、訪日旅行に関係する単語を抽出し、その動きをみると《図表5》、ほぼ共通して、①2020年の新型コロナ以降、検索が大きく減少、②2021~22年は低水準、③2023年入り後は回復傾向、④2023年夏以降は再び低下、といったトレンドを辿っている3

すなわち、検索指数の動きは、この間の訪日中国人客数と似た動きとなっていることがみてとれる。次の3節では、この検索指数を用いて、訪日中国人客数のナウキャスティングを試みる。

3.訪日中国人客のナウキャスティング

(1)時差相関

ナウキャスティングに先立ち、検索データと訪日客数の先行・遅行関係を、時差相関で確認する。図表6をみると、検索データ(百度指数・Googleトレンド)の各単語と、訪日客数との相関関係は、同時点において最も高くなっている。このことから、検索データは訪日客数の「フォーキャスティング(先行きの動きの推計)」よりも、「ナウキャスティング(足もとの動きの推計)」として、機能し得ることが示唆される。

本来は、検索と訪日のタイミングにはラグがあると想定されるが、実際には同時点で相関が最も高い。1つの仮説としては、個人単位ではラグがあるものの、訪日客全体では重なりが生じる結果、同じ時点で、「ある人の検索」と「別の人の訪日」が生じていることが考えられる。また、別の仮説としては、「事前に行き先だけは決めて、訪問地の検索は旅行の直前に行う」ことで、ラグが短くなっていることも考えられる。

(2)実際の動き ― 検索データによる訪日客数のナウキャスティング ―

それでは、実際に検索データが、訪日中国人客数のナウキャスティングとして機能するかを、グラフでみてみよう《図表7》。特に、2022年秋の水際対策緩和以降の、直近1年の動きに着目する。

図表をみると、2022年秋の水際対策緩和当初は、中国人客への規制が依然続いており、検索データ・訪日客数とも伸び悩んだ。2023年春以降は、水際対策の緩和に伴い、検索データが増加に転じ、訪日旅行ヘの関心が回復する中で、実際の訪日客数も3月以降増加に転じ、7月までは両者が軌を一に増加していた。

8月は、検索データは中旬まで増加した後、下旬に急減した。前半には、中国の訪日団体旅行解禁(10日)というポジティブ材料があった一方、後半には、原発処理水の海洋放出(24日)を巡り、日中間の摩擦が再燃したことがネガティブに影響した。実際の訪日中国人客数も同様に、増勢が鈍化する結果となった。

続く9月は、検索データは上旬に下げ止まったものの、その後の回復は小幅にとどまり、訪日客数の減少を示唆していた。この間、報道では「中国人の処理水への関心は低下傾向」「中秋節・国慶節では多くの中国人が来日」と言ったポジティブなトーンが多かったが、実際の訪日客数は8月から減少して着地した。「団体旅行の解禁」「中秋節+国慶節の大型連休4」といったプラス材料もあったものの、処理水の問題から訪日旅行を取り止めるといったマイナスの要因がより大きかったと想定される。このような、9月の訪日客数の減少について、検索データは、減少幅を定量的に当てるまでは至らなかったものの、訪日客数が増加から減少に転じる変化点において、その方向性を事前に予測することができていた。

以上の結果は、検索データが訪日中国人客数のナウキャスティングとして機能し得ることを示唆している。訪日外国人客の公式統計である「訪日外客統計」は、日本政府観光局から翌月の15~20日頃に公表されているが、検索データを用いることで、統計公表の1か月前頃には、当月のおよそのトレンドをつかむことができ、公表半月前には、当月の検索データが出揃うため、より精度の高い推測が可能となる。9月を例にとると、公式統計の公表日は10月18日だったが、検索データを用いると、その1か月前(9月18日)には、「訪日客が前月比減少に転じる可能性」が既に示唆されており、半月前(10月3日)時点では、「国慶節による押し上げはあったものの、9月全体の訪日客統計は前月比減少の見込み」といった予測ができていた。

今後に目を転じると、10月は、検索データが上昇に転じており、訪日中国人客が再び回復に向かうことが示唆されているが、その先も、例えば「訪日中国人客はいつコロナ前の水準を回復するのか」と言った点をみていく際に、検索データの情報を利用していくことができる。

(3)検索指数と情報指数

(2)で示された、8月以降の訪日中国人客の弱さは、処理水を巡る日中間の摩擦が1つの要因と言われている。9月下旬の国慶節前には「処理水に対する中国人の関心は低下した」との報道が多かったものの、9月の公表統計が減少した事実からは、この問題が訪日旅行に相応にネガティブに働いたことが示唆される。

そこで最後に、「処理水」に対するユーザーの関心や反応が、この間どのように推移していたのかについて、百度指数の2種類の系列(検索指数・情報指数<詳細は図表4参照>)を用いて確認する《図表8》。

図表をみると、検索指数・情報指数とも、8月下旬に大きく上昇した後、足もと10月後半では8月初対比1~3倍程度となっている。また、両指数の違いとしては、検索指数に比べると情報指数の低下は相対的に遅く、後者は9月入り後も相応に高い水準(同5~10倍程度)が続いていたことがみてとれる。

この結果からは、百度ユーザーにおける処理水への関心は、シンプルな「検索」の意味では低下した一方、その単語への「反応」の意味では、必ずしもそうではなかったことが示唆される。今後の訪日中国人客の動向を予測していく上では、検索指数と情報指数の双方の動きをみていくことも有用であろう。

4.終わりに

本稿では、オルタナティブデータの一種である検索データ(百度指数)を用いて、わが国のインバウンド需要に大きな影響を有する、訪日中国人客数のナウキャスティングを行った。

2022年秋以降、訪日客に対する日本政府の水際対策緩和が段階的に進む中で、検索データにおける訪日旅行への関心は上昇し、実際の訪日客数の回復と良いフィッティングを示した。また、2023年8月以降は、処理水を巡る問題などから、訪日中国人客数は弱い動きに転じたが、検索データは、この間ユーザーの訪日旅行への関心が低下したことを示していた。これらの結果は、検索データが、訪日客数の公式統計の公表1か月~半月程度前に、その「ナウキャスティング」として機能する可能性を示している。

訪日中国人客は、わが国のインバウンド消費に相応のウエイトを占めており、サービス輸出に対しても、その動向が与えるインパクトは大きい。今後も、訪日中国人客の動向をモニタリングしていく上では、こうしたオルタナティブデータも活用していくことが有用であると考えられる。

  • 2022年9月には、1日あたりの入国者数の上限を5万人に引き上げ。続く10月には、入国者数の上限が撤廃されたほか、68の国や地域を対象に、個人旅行が解禁され、短期滞在に対するビザの免除も再開した。
  • 一例として、白木・松村・松本(2013)「景気判断における検索データの利用可能性」、日本銀行調査論文。同論文では、旅行関連の検索データが、旅行取扱額のナウキャスティングに有益な情報を有していることを示している。
  • この他、例えば「横浜」では、2020年2月に大きく検索指数が上昇しており、百度指数のHPでは、「船内で多くの新型コロナ感染者が確認されたダイヤモンド・プリンセス号が、横浜港に到着した(2月3日)」ことが背景にあると説明されている。
  • 例年は、中秋節と国慶節は別々のタイミングだが、本年は両者が連続した「大型連休」となった。

PDF書類をご覧いただくには、Adobe Readerが必要です。
右のアイコンをクリックしAcrobet(R) Readerをダウンロードしてください。

この記事に関するお問い合わせ

お問い合わせ
TOPへ戻る