地域再生と空き家、空き地対策
英国の社会的企業による取り組み
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1.はじめに
英国の空き家、空き地は東京都区部の約4割強の面積に当たる27,342ha(2022年現在)ある。このような土地を有効活用するため、住宅・コミュニティ・地方自治省(Department for Levelling Up, Housing and Communities:以下DLUHCとする。)では空き家、空き地のデータベースを整備し、運用している。DLUHCのデータを見ると、2002年から2022年にかけて総面積が減少傾向にあり、英国の空き家、空き地対策は一定の効果を出しているとみて良いだろう≪図表1≫。
英国における効果的な空き家、空き地対策の例として、社会的企業(Social Enterprise:以下SEとする。)を活用した地域再生が挙げられる。また、英国のSEは、公共、企業、非営利セクターから独立した中間支援組織1が発達している点が特徴と言われている。中間支援組織による起業や資金調達、運用の支援によって、SEの経営力向上が行われている。
日本では2015年に空き家対策特別措置法が施行され、都市政策の緊急課題として位置づけられた。しかし、同法をもっても空き家、空き地が増え続ける現実は政策としての決定打が放てていない状況といえる。2023年6月に同法が一部改正されたことにより、従来の地方自治体に加えてNPO団体、社団法人等が管理活用支援法人として認められるようになった。しかし、両団体はそもそも資金調達手段が限られ運用制限があることから、経営基盤が脆弱である。加えて、経営力強化の支援が少ないため持続的な事業運営に課題があることはこれまでも言われてきている。
本稿は、こうした問題意識のもと日本と英国のSEを取り巻く動向を概説したうえで、英国のSEによる空き家、空き地対策と地域再生について紹介する。また、日本の空き家、空き地対策に取り組む団体の事業運営や経営力強化のあり方について検討したい。
2.社会的企業の動向
(1)社会的企業とは
最初に、そもそもSEとはなにかを日本と英国を比較しながら簡単に整理しておきたい。SEは「社会問題の解決を目的として収益事業に取り組む事業体で、収益を社会課題解決型事業に再投資することを前提とした組織」とされている。国際的に統一した定義はないが、英国政府は≪図表2≫の赤破線で示す領域をSEとして位置づけており、公共、企業、非営利セクター(チャリティ)が重なる領域としている。英国のSEによる市場規模は日本と比較して大きく、日本におけるSEについても今後の展開が期待されている2。
日英のSEはさまざまな組織形態が存在する。英国では、社団法人、信託、有限責任会社(株式有限責任会社および有限責任会社)、コミュニティ利益会社(Community Interest Company:以下CICとする。)3、産業節約組合、チャリティ法人として運営されている組織が代表的なものである。日本では、株式会社、有限会社、社団法人、財団法人、特定非営利活動法人(NPO法人)など様々な形態で運営されている。本稿ではこのうち英国におけるチャリティ法人とCIC、日本におけるNPO法人と公益社団法人を取り上げ比較する。
≪図表3≫は、認定審査基準、資金調達、税制優遇措置、中間支援組織がもつ機能から比較したものである。英国のチャリティ法人はチャリティ法にもとづき寄付金等の税制優遇措置が受けられるメリットがある一方で公益として認められる要件が厳しく、また、事業収益を株主に配当できないのは日本のNPO法人、公益社団法人と同様である。一方、CICは公益として認められる要件を緩和することで事業の拡張が認められている。税制優遇措置はないが、株式投資4や事業収益によって事業運営されることが期待されており、資金調達手段が多い。このため、新しいビジネスの創出が可能な組織形態になっている。また、英国の中間支援組織は人材育成に限らず、資金調達、運営支援機能をもつ組織が多く、経営力強化のための支援が行われている。
日本の特定非営利団体と公益社団法人は、国や自治体によって公式に認定される組織で、寄付金や法人税等の税制優遇措置が受けられるメリットがある一方で公益として認められる要件が厳しく、また、事業収益を株主に配当できないため資金調達が限られているのがデメリットである。また、日本の中間支援組織は人材育成、ネットワーク機能のみをもつ組織が多く、経営力強化のための支援はあまり行われていない5。
(2)社会的企業が注目される経緯
なぜ今SEが注目されるのか、その政策的支援策について以下に概説したい。
①日本政府の支援策
日本のSEに関連する議論は、近年では岸田内閣による新しい資本主義実現のための1つとして語られている。「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では官民連携による社会課題解決と新しい市場の創出、社会経済の発展が重要課題として位置付けられた。人口減少・少子高齢化や環境問題など複雑化する社会課題に対して民間の主体的な関与が必要不可欠であるとし、それを実現するための新しい組織形態が模索されているところである。
社会課題解決には公益に資する事業推進と地域への利益還元が求められるが、それを実践する組織形態として次の点が課題である。1点目は、従来の株式会社は株主利益の最大化を大前提としているため公益性を追求するには限界がある。また、2000年以降、CSR(企業の社会的責任)の普及により民間企業による公益事業が取り組まれてきたが、社会貢献活動としての色合いがいまだに根強く、ビジネスモデルが構築されていない。2点目は、公益事業に資する事業の主な担い手として非営利組織があるが、同団体が取り組む公益事業は要件が厳しいことや資金調達の柔軟性が低く、法人形態の改革が必要といわれている6。
②英国政府の支援策
英国のSE育成は、ブレア政権(1990年代~)下での財政の逼迫による公共サービスの不足を補うために推進されてきた。2006年には内閣府第三セクター局が設置され「社会的企業行動計画」が策定されるなかで、SEの本格的な普及が取り組まれている。同計画では、国の支援策としてSEに対する情報提供や起業のための適切な融資、公共セクターとの連携を支援することが明記されている。こうした体制を構築するため、公共、企業セクター等から自立した中間支援組織の設立を推進し、SEに対する起業家の育成や資金調達、運用などの支援が行われている。英国のSEが普及した背景には、この中間支援組織が果たす役割が大きい。
英国のSEはチャリティ法人を母体とする組織が多いが、先に述べた通りチャリティ法の縛りが厳しく、特に資金調達と運用手段が限られることが課題とされていた。英国政府はこうしたチャリティ法が抱える課題を克服するため、2004年に会社法にもとづくCIC制度を導入している。CICはその多様な資金調達手段と柔軟な運用を可能にし、SEの経営力強化に貢献している。
英国の中間支援組織としての役割と、CICに代表される新しい組織形態の導入は日本のSE普及にとって参考になる点が多いと思われる。また、こうした国の支援が空き家、空き地を活用した地域再生を推進する原動力となる。
3.英国の社会的企業による空き家、空き地対策
本稿では先に述べた問題意識のもと、英国のSEによる空き家、空き地対策と地域再生に携わる2事例を紹介したい。1つ目はブリストルで活動するCICであるソーシャル・エンタープライズ・ワークス(以下、SEWとする。)で、地域課題解決型の起業家育成と新規事業の創出を試みる事例である。2つ目は英国全土で活動するチャリティ組織を母体とするシティファーム・コミュニティガーデン連盟(以下、FCFCGとする。)で、社会的包摂の実現を目指した新しい公共サービス提供型の事例である。SEW、FCFCGは公共、企業セクター等から自立した組織で、自身がSEであるのと同時に個別SEに対して経営力向上のための支援をする中間支援組織としての役割を担っている。
(1)コミュニティ利益会社(CIC)による起業家育成と空き家対策
ロンドン西部にある地方都市ブリストルは社会的企業集積地区7で、当該地域を含む西イングランド地域ではSEの活動を通じて1万500人の雇用と3億7,800万ポンド(約476億円)の売り上げの創出に成功している。ブリストルはSEが集積していることから、それらをネットワーク化し起業、運営支援する中間支援組織が発達している。その1つであるSEWは、個別のSEに対して福祉、労働、住宅政策等に関連する起業や経営力強化支援を行う役割を担っている。
≪図表4≫はSEWが支援する事業の1つで、それを取り巻くステークホルダーの関係を示したものである。ブリストル市は地元の大学であるブリストル大学とローカル・エンタープライズ・パートナーシップ8(以下、LEPとする。)を締結し、企業、大学、一般市民の交流の場として、駅前の空きビルを使ったインキュベーション施設を運用している≪図表5≫。同施設は地域の拠点として位置づけられ、異業種間交流による革新的事業(イノベーション)、起業や事業拡張の機会を生み出すことを目的として設置されたものである。家賃、行政の受託事業、企業から資金援助(投融資)を受けており、年間営業黒字の30%を施設整備と各種プロジェクトの事業資金として再投資するビジネスモデルを構築している。このようなビジネスモデルは、SEWのLEPに対する経営力強化を目的とした支援によるところが大きい。
(2)チャリティ組織による公共サービス提供と空き家、空き地対策
空き家、空き地を活用した地域再生に携わるSEとして、もう1つFCFCGを紹介したい。FCFCGは、個別に活動するSEに対して、資金調達、事業運用のノウハウ、情報提供を通じて支援する中間支援組織で、1986年に設立されたチャリティ組織を母体とした団体である。英国全土で、約1,120箇所の空き家、空き地を活用した取組みがFCFCGによって支援され、ビジネスを展開している。そこでは約550人の雇用と約4,000万ポンド(約73億円)の売り上げが創出され、地域再生のひとつとなっている。
≪図表6≫はFCFCGが携わる事業に関わるステークホルダーの関係を示したものである。FCFCGの取組みは国営宝くじ(Lottery Fund)、地方自治体からの公的資金によって大半が賄われており、地域への開放を通じた事業収益を補填することでビジネス展開している。工場跡地の廃墟をリノベーションしたカフェや、鉄道跡地を農場として整備し地域に開放するなどの事業を展開している。また、空き家をリノベーションして作った保育施設、若者、移民などを対象とした職業訓練校のための研修室、障がい者のための農園や工芸室等が設置されるなど、社会的包摂の実現に向けた新しい公共サービスのための拠点整備や活動が行われている≪図表7≫。
このような取り組みは、中間支援組織としてのFCFCGが各団体に対して資金調達や運用のノウハウを提供することで推進されている。また、チャリティ団体という組織形態をとることで国営宝くじからの寄付が受けられること、法人税や所得税の税制優遇措置が受けられることが特徴である。近年では住民に対する施設開放やイベント等から事業収益を上げており、こうした取組みに対する経営力強化も今後期待される。
4.おわりに
本稿では、SEを取り巻く日英の動向を概説し、英国のSEによる空き家、空き地対策と地域再生について紹介した。英国では財政の逼迫による公共サービスの不足を補うために、担い手としてのSE育成が推進され、空き家、空き地対策と地域再生が推進されている。SE育成には公共、企業、非営利セクターから自立した中間支援組織が果たす役割が大きく、人材育成、資金調達や運用のノウハウ提供により経営力強化が図られている。また、2004年の会社法改正によって設立されたCICは、投融資を含む多様な資金調達と柔軟な運用を可能にし、SEの持続的な経営に結びついている。
日本に目を向けると、2023年6月に空き家対策特別措置法が一部改正され、NPO団体や社団法人等が空き家等管理活用支援法人として認められるようになった。同法の改正は、空き家、空き地の柔軟な利活用を推進する上で意義がある。しかし、これらの団体は継続的な事業運営をするための資金調達や運用に制限があるため、今後新しい組織形態を模索する段階にきている。また、経営力強化のための人材育成、資金調達、運用支援が必要不可欠で、そのためには中間支援組織の役割がさらに大きくなると思われる。
- 中間支援組織は、社会起業家の育成や、SEが事業を行う際の資金調達やスキルの習得、人脈構築などに関する支援を行う組織である。
- 経済産業省「ソーシャルビジネス研究会報告書」では日本の社会的企業は約8,000事業者、市場規模は約2,400億円と推計されている。英国での社会的企業は約62,000事業者、市場規模は約5兆円と推計されている。(推計は2008年時点のものでその後統一した推計値は公開されていない。)
- CICは、社会的事業遂行のための法人で収益はコミュニティに再投資されることが原則とした民間非営利組織である。CICはアメリカのベネフィット・コーポレーション(従業員、消費者・取引先・地域社会・一般公衆等ステークホルダーの利益(公益)も株主と同様に配慮されるべきとする企業)に先駆けて創設された会社形態である。
- CICの株主配当金額の上限は35%、地域への再投資は65%とするアセットロック方式が採用されている。
- 例えば佐賀県では中間支援組織として市民社会組織(Civil Society Organizations:CSO)が組織化されており、各CSOのネットワーク拠点として機能している。
- 内閣官房 新しい資本主義実現本部(2023):米国等における民間で公的役割を担う新たな法人形態に関する調査報告書
- 社会的企業集積地区は英国のSEネットワークであるSocial Enterprise UKが2014年から試験的に取り組んでいる。当地区に認定されることで経営のためのノウハウを他のSEと情報共有することができ、SEとして情報発信がしやすくなるメリットがある。
- 民間企業が主体となる産学官金連携組織で地方自治体や民間企業等によって財源が拠出される。LEPに選定されると法人税の免除、企業の設備投資に対する減免などが受けられる。
PDF:2MB
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