ヘルスケア・ウェルビーイング

がん予防・早期発見に向けた新技術の活用

主任研究員 江頭 達政

医療技術の進歩にも関わらずがん罹患数は約100万(2019年)、がんによる死者数も約38万人(2021年)と多い。勤労世代にもがん患者は多く、その約3人に1人は20代から60代でがんに罹患している。がん予防のための施策の充実、早期発見に繋がるがん検診の重要性が謳われるも検診受診率は30~40%台にとどまる。がん検診受診率を高めると同時に、日常生活においてがんを予防、早期発見できる仕組みがあれば望ましい。がん検診の受診勧奨やがんリスクのスクリーニングにAIやセンシング等の新しい手法や技術を活用することにより、がん予防、早期発見が進むことが期待される。

1.はじめに

医療技術の進歩にも関わらず国内のがん患者数は多く、2019年におけるがん罹患数は約100万である1。部位別で見ると、大腸がんが約16万と最多、次いで肺がん、胃がんの順となる2。勤労世代にもがん患者は多く、その約3人に1人は20代から60代でがんに罹患している3。がんによる死者数も約38万人(2021年)と多く、部位別では肺がん(7.6万人)、大腸がん(5.2万人)の順である4

政府は「第4期がん対策推進基本計画」を策定し、①がん予防、②がん医療、③がんとの共生の実現を目指すとする。その具体的内容は、①がんを知り、がんを予防すること、がん検診による早期発見・早期治療を促すことでがん罹患率・がん死亡率の減少を目指す、②適切な医療を受けられる体制を充実させることで、がん生存率の向上・がん死亡率の減少・全てのがん患者及びその家族等の療養生活の質の向上を目指す、③がんになっても安心して生活し、尊厳を持って生きることのできる地域共生社会を実現することで、全てのがん患者及びその家族等の療養生活の質の向上を目指すというものである。さらに、新たな技術を含む更なるがん研究の推進、デジタル化の推進などによって、「がん予防」、「がん医療」、「がんとの共生」の実現を目指すとしている。

「がん予防」について、がん検診受診率の向上を目標に掲げ、その目標値を第3期計画時の50%から60%に引き上げた。しかし、実際の検診受診率は上昇傾向にあるが、一部、胃がん(男性)および肺がん(男性)のみ50%を超えるも概ね30~40%台にとどまっている5≪図表1≫。

では、なぜがん検診を受診しないのか。その理由は「受ける時間がない」が30.6%と最多であり、「健康状態に自信があり必要性を感じない(29.2%)」、「心配な時はいつでも医療機関を受診できる(23.7%)」と続く6。がん検診は部位別に受診する必要があり、職域健診などを除くと日時、場所を変えて複数部位の検診を実施する場合がある。また、がんを発症しても自覚症状がないこともあるので、それと気づかず健康に自信をもって過ごしてしまう者もいる。がん予防のためには、なるべく早くがんリスクに気付き、がん検診、必要に応じてその後の治療を受けることが求められる。がん検診の受診率を高めると同時に、日常生活においてがんを予防、早期発見できる仕組みがあれば望ましい。新しい手法や技術を活用したがん検診の受診率向上、がん予防、早期発見に対する取組みに注目する。

2.がんの予防・早期発見に向けた取組み~がん検診受診率の向上

(1)「対策型検診」と「任意型検診」

「第4期がん対策推進基本計画」において、がん予防施策の中心は「がん検診受診率の向上」である。がん検診は「対策型検診」と「任意型検診」に大別される。「対策型検診」とは集団全体の死亡率減少を目的として実施する検診で、公的資金を用いて公共的な予防対策として行われる。具体的には、市区町村が地域の住民に対して健康増進事業として行う検診が該当し、その対象となるがんは、胃がん、子宮頸がん、肺がん、乳がん、大腸がんの5つである。これらのがんの検査項目、対象者年齢、受診間隔などは厚生労働省指針によって基準が定められている≪図表2≫。一方、「任意型検診」は「対策型検診」以外のものを指し、個人が自らの健康リスクを把握するために受ける人間ドック、企業が従業員に対して福利厚生の一環として行う検診、健康保健組合等が独自の保健事業として行う検診などがある。

がん検診受診率を高めるためには、どうすればよいのか。共済組合、健康保険組合、協会けんぽ、市町村国保という医療保険種別にがん検診受診率を比較した場合、全てのがんにおいて市町村国保での受診率が最も低いとされる7。がん検診受診率を高めるためには、まずは市区町村における「対策型検診」の受診率を高める必要がある。これには、検診に関するお知らせの内容をわかりやすく見直すこと、検診予約にWEB申込を追加して利便性を高めること、検診の自己負担額を見直す(無料化など)こと、複数回勧奨を行うこと、個別に再勧奨を行うことなどが有効とされている8。あわせて子宮頸がん検診、乳がん検診のクーポン券を配布するなど受診インセンティブを高める取組みも行われている9が、約半数近い人が未受診というのが現状である。そこで新しい手法、新しい技術を活用し、より効果的に検診受診を勧奨する取組みに着目する。

(2)行動経済学とSMSを用いた大腸がん検診の受診勧奨(沖縄県浦添市)

沖縄県浦添市は、2019年8月から2020年1月にかけて、厚生労働省のPFS(Pay for Success:成果連動型民間委託契約方式)モデル事業として大腸がん検診受診勧奨事業を実施した。この事業は、浦添市と民間事業者が提携し、人口約11万4,000人の浦添市民のうち、40歳以上75歳未満の国民健康保険加入者(約1万7,000人)を対象に大腸がん検診の受診勧奨を行ったものである。

本事業のポイントは、行動経済学(ナッジ理論)を活用したSMS(ショートメッセージサービス)による受診勧奨という手法である。対象者を無関心層、関心層(無行動)、過去受診層の三層に大別し、対象層毎にナッジ理論にもとづく訴求文言を作り分け≪図表3≫、携帯番号を取得できた約6,500人に対してショートメッセージを送信した。メッセージへの反応を分析し、次回文面やセグメントを随時変更のうえ複数回勧奨することで受診勧奨の効果を高めた10

本事業の結果、大腸がん検診受診者数は2,632人(2018年度)から3,661人(2019年度)に増加し、PFS事業の成果指標(2017年度比500人増)を達成した。また、勧奨を行った人の受診率は30.2%で、携帯番号未登録などで勧奨が行われなかった人の受診率14.7%の約2倍となった11。SMSによる勧奨のメリットは、郵送と比較して安価であること(1通当たり約10円)、単価が安価なため年に複数回の案内が可能なこと、送信するたびに効果を測定して文面を改善するという高速PDCAが可能なことなどが挙げられている。

本取組みでは、自治体単独で受診勧奨につき効果的な手法が見出せないなかで民間事業者と提携することによって有効なノウハウを利用できたこと、自治体予算から受診勧奨に要するコストを捻出することがなかなか難しいなかで「厚生労働省のPFSモデル事業」を有効活用して結果に繋げたことなどが特記される。

(3)AIを活用した大腸がん検診の受診勧奨(米国Geisinger)

米国Geisingerは100年以上前に設立されたヘルスケアプロバイダーである。現在、10の病院、60万人以上の会員を擁するヘルスプラン、研究機関、大学医学部などを擁し、ペンシルベニア州を中心に67の郡で事業を展開している12

Geisingerは、機械学習ベースの支援ツールに強みを持つイスラエルのスタートアップ企業「Medial EarlySign社」と提携し、AIを活用して大腸がん検診受診率の向上に取り組んでいる。具体的には、大腸がん検診を検診期間中に受診しなかった50歳から75歳の患者を対象に、それぞれの患者の年齢、性別、直近の血液検査結果をもとに機械学習アルゴリズムを用いて最もリスクの高い患者にフラグを立てる。このフラグが立てられた患者情報は看護師に連携され、患者のプライマリケアプロバイダーとも相談の上、詳細なカルテレビューが行われ、患者に大腸がん検診の必要があるかどうかが確認される。検診の必要がある場合には看護師が患者に検査受診を勧めるために電話で連絡し、分析によって患者が通常よりも高リスクと特定されたこと、ただしこれによって患者が腸疾患を患っていることを裏付けるものではないことなどを説明する。その結果、「フラグを立てられた患者」の68%が検査予約に結び付き、そのうちおよそ70%に有意所見が見つかったとされる13

本取組みでは、AIによるリスクスクリーニングの結果をもとに、看護師が電話でリスクを説明するというプロセスがカギとされる。自治体でのがん検診受診率向上の取組みにおいても、高リスク対象者を効果的に洗い出し、そこへなるべく有効なアプローチ方法を取ることによって検診受診に繋げようとする動きが見られる。日本国内でも一部、AIを利用し対象者を選定する検診勧奨の動きも見られるが、今後は自治体内での費用捻出方法に留意のうえ、新しい手法、新しい技術を有効活用したアプローチも選択肢の一つである。

3.がんの予防・早期発見に向けた取組み~アプリなどを活用した自らの早期の気付き

がん検診受診率の目標(第4期・60%)を達成できたとしても、未受診者は4割近く存在する。がん検診を受診せずとも自らアプリなどを活用し、早期にがんリスクに気付くことができれば受診に繋がるかもしれない。がんリスクをスクリーニングできるアプリは、皮膚がん14や口腔がん15に対応するものなどが一部実証実験中、または実用化されているが、全体としてそれほど普及しているものではない。新しいデジタル技術を活用した新規開発が進むなかで、AIなど新技術を活用し、がんリスクを早期に検知する取組みに注目する。

スウェーデンのThermaiScan社は、2020年に設立されたスタートアップ企業で、乳がん専門家、外科医、サーモグラフィ専門家、AI開発を担当するエンジニアチームなどのメンバーを中心に、熱技術とAIを組み合わせ、初期乳がんなど特定の疾患のリスク評価を行うサービスを提供している。現在、スウェーデン、アルメニア、インドなどにて事業を展開する16

乳がんの治療、治癒には早期発見が不可欠であるが、乳がんによる死亡の7割は主に発見の遅れが原因である。同社によると、従来の乳がんのスクリーニング方法であるマンモグラフィや超音波検査には限界があり、45歳未満の若年女性は乳房組織が密集していることが多いためマンモグラフィ検査の効果は低下する。また、超音波検査技師の能力にばらつきがあり、これらががん発見率を低下させているとする17

既存の検査方法を補うために同社が開発したアプリ「Thermaiscan」では、ポケットサイズの赤外線カメラとAI技術をスマートフォンに組み合わせ、皮膚表面の温度差を測定し、低コストで早期がんのリスク評価ができる≪図表4≫18。使い方は簡単で、医療関係者でなくても誰でも操作でき、乳房組織の密度の影響を受けないので若い女性向け検査オプションとして効果的である。またAIによる診断は極めて精度が高く一貫性があるとしている19。このアプリは医療関係者向けに開発されたものであるが、一般家庭でも使用できるようになれば、個人が事前にがんリスクに気付くきっかけとなり、がん検診受診に繋がるかもしれない。

4.おわりに

ここまで新しい手法、新しい技術を活用したがん予防、早期発見に対する取組みを見てきた。医療技術が進歩するなかで、がんを治療できる可能性は高まっており、その結果、がん罹患後の生存率も上昇しているが、それには早期発見がきわめて重要である。職域での福利厚生の一環として行うがん検診は一定普及している。健康増進法にもとづく市区町村でのがん検診では、検診費用を公費で賄っている自治体も多く、一部の自己負担もしくは無料でがん検診を受けることが可能であり、なるべく定期的にがん検診を受診することが望ましい。

がん検診の重要性および必要性を認識しながらも、多忙で時間捻出が困難などの理由によってがん検診を受診できない人も多く存在する。このような場合には、簡易検査ツールやアプリなどを活用することによって、時間をかけずにがんリスクに気付き、それが検査受診のきっかけとなるかもしれない。例えば、尿や唾液を使用してがんリスクをスクリーニングする仕組みを、健保組合が組合員に対して推奨している事例もある。また、健康診断結果や喫煙歴といった生活習慣の情報から、5 年以内にがんが発症するリスクの度合いを予測するがんリスクシミュレーター20機能などを利用することも一案である。本稿内で取り上げたがんリスクをスクリーニングするアプリは、写真(画像)や温度(熱)などの情報をスマートフォン経由で入手し、それをAIでリスク判定するタイプが主流であるため、アプリによるがんの早期発見の取組みはまだ限定的である。ただし、世界最大のテクノロジー見本市であるCES2023において、腸音から腸の状態を判定するアプリ21が登場して注目されているように、将来的にはさらに新しい情報をもとにがんリスクを判定する仕組みが開発され、それががんの早期の気付きに繋がるかもしれない。今後も新技術を活用した取組みに注目したい。

一方で、優れた機能を搭載したアプリが存在しても、体に異常を感じてからそれを使用するのでは遅い可能性がある。日常から定期的に健康管理、健康維持に留意することが重要であり、その中で新技術を利用したセルフチェック等によって健康状態を把握し、がんリスクへの気付きを得ることが求められる。

  • 上皮内がんを除く罹患数を記載。国立研究開発法人国立がん研究センターWebサイト「最新がん統計」<https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html>(最終閲覧日2023年8月28日)
  • 同上
  • 厚生労働省Webサイト「仕事と治療の両立支援:がん患者・経験者の両立支援の推進について」<https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin_00008.html>(最終閲覧日2023年8月28日)
  • 前掲注1
  • 健康診断、健康診査および人間ドックの中で受診したものを含む。入院者は集計から除く。2016年のみ男女とも熊本県を除く。国立研究開発法人国立がん研究センターWebサイト「がん情報サービス:がん検診受診率(国民生活基礎調査による推計値)」<https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/screening/screening.html>(最終閲覧日2023年8月28日)
  • 内閣府大臣官房政府広報室「がん対策に関する世論調査」(2016年11月)
  • 大阪国際がんセンターがん対策センターWebサイト「がん検診の受診率向上に向けて!」<https://oici.jp/ocr/examination/improvement.html>(最終閲覧日2023年9月1日)
  • 厚生労働省「受診率向上施策ハンドブック(第3版)」
  • 厚生労働省「今後のがん検診の受診率向上に資する方策について」(2023年1月30日)
  • ジチタイワークスWEB「ナッジ理論とSMSの活用で大腸がん検診受診者数が大幅増!」(2020年6月29日)
  • 日経BP「浦添市、行動経済学(ナッジ)活用で大腸がん検診受診者40%増」(2020年12月9日)
  • 米国GeisingerのWebサイト”About Geisinger”<https://www.geisinger.org/-/media/OneGeisinger/pdfs/ghs/about-geisinger/pdfs/Geisinger-About-us-numbers_01.pdf?sc_lang=en&hash=D531FB9C831353305024148882FE0B47>(最終閲覧日2023年8月30日)
  • 米国GeisingerのWebサイト”Geisinger, Medial EarlySign detects patients at risk for colorectal cancer”
    <https://www.geisinger.org/about-geisinger/news-and-media/news-releases/2022/03/30/20/27/geisinger-medial-earlysign-detects-patients-at-risk-for-colorectal-cancer>(最終閲覧日2023年8月30日)
  • ドイツのスタートアップ企業であるmedaia GmbH社は、皮膚がんリスク評価するアプリ「SkinScreener」を開発。欧州で3万人が利用。スマートフォンで皮膚の特定箇所の写真を撮ると、30秒以内に皮膚がんリスクの判定結果が表示される。SkinScreener のWebサイト<https://skinscreener.com>(最終閲覧日2023年8月30日)
  • 東北大学ならびにNTTドコモ社はスマートフォンで歯ぐきの色、形状を撮影し、AIで分析することによって歯周病、口腔がんリスクを判定する仕組みを共同開発し、実証実験中である。東北大学ならびにNTTドコモ社によるニュースリリース「東北大学とドコモ、歯周病発見AIの共同研究を開始~スマートフォンを使って歯周病検診の受診率向上をめざす~」(2019年2月21日)
  • ThermaiScan社Webサイト<https://www.thermaiscan.com/about>(最終閲覧日2023年9月1日)
  • 北欧24社スタートアップショーケース「北欧ヘルステック」<https://innovationlabasia.dk/wp-content/uploads/ILA_Sector_Report_HealthTechV2_JP_FINAL.pdf>(最終閲覧日2023年9月1日)
  • ThermaiScan社Webサイト<https://www.thermaiscan.com>(最終閲覧日2023年9月1日)
  • 前掲注17
  • SOMPOひまわり生命保険株式会社のニュースリリース「新機能『がんリスクシミュレーター』を『リンククロス 健康トライ』で提供開始~がん発症リスクを可視化し予防・早期発見をサポート~」(2022年12月14日)
  • サントリーホールディングス株式会社のニュースリリース「サントリーグローバルイノベーションセンター(株)において開発中の製品3点が「CES 2023 Innovation Awards」を受賞」(2022年11月24日)

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