≪図表1≫は、総務省統計局が5年に1回実施している「社会生活基本調査」における15歳以上の家族介護者数と各年調査月における要介護(要支援)認定者数を比較したものである。介護保険創設直後の2001年には要介護者2,822千人に対して家族介護者は4,702千人であった。2021年には要介護者6,894千人に対して、家族介護者は6,534千人5と、要介護者数が家族介護者数を上回っている。
ケアラーの多様化と支援における課題
~ケアラー支援の現在地①~
1.はじめに
要介護(要支援)認定者は2021年3月末時点で約690万人1である。介護保険制度は、過去から要介護者への支援を中心として取り組まれてきた2。近年では、少子高齢化や世帯構造の変化により要介護者を支えるケアラーの支援の重要性が増してきている。厚生労働省第9期介護保険事業計画案においても、「認知症高齢者の家族、ヤングケアラーなど家族介護者支援に取り組むことが重要である。」と基本指針への追加が検討されている3。
本稿では、2024年度以降の介護保険制度のよりよい運用に向け、ケアラーの類型と課題、介護保険制度の要である介護支援専門員(以下「ケアマネ」という)と地域包括支援センターの現状と課題を解説する。
なお、ケアラーは要介護者と血縁関係にある家族介護者とは限らないため、「高齢、身体上又は精神上の障害又は疾病等により援助を必要とする親族、友人その他の身近な人に対して、無償で介護、看護、日常生活上の世話その他の援助を提供する者」4をケアラーと定義する。
2.ケアラーに関する統計
≪図表2≫は「主な介護者」の続柄別構成割合の2001年と2022年の比較である。「主な介護者」のうち、同居家族が占める割合はこの20年で大幅に減少している。あわせて、家族(同居・別居問わず)が占める割合も78.5%から57.7%へと大きく減少している。この減少分は「事業者」や「その他」の増加分でカバーしておらず「不詳」が増加していることから「主な介護者」が誰なのか不明瞭になってきていることが推察される。
≪図表3≫は、要介護者等のいる世帯の構成の推移を示したものである。三世代世帯が20年間で大幅に減少し、単独世帯や核家族世帯が増えており、なかでも夫婦のみ世帯や高齢者世帯が増えている。
以上のことから、同居する複数の家族が要介護者をケアする姿は全体的に少なくなってきていることがわかる。つまり、かつてのように、複数のケアラーが要介護者をケアする状況から、ごく少数のケアラーが責任の多くを背負ってケアする形へ変化してきていると言える。その中で、ケアラーを取り巻く環境も変化しており、その姿も多様化している。次項では、ケアラーの代表的な5つの類型とその課題を示す。
3.ケアラーの類型
(1)老老介護
高齢のケアラーが、高齢の要介護者を介護する状態を老老介護と言う。同居の主な介護者と要介護者が共に65歳以上である組み合わせは全体の63.5%を占め、75歳以上同士も35.7%となっている。60歳以上同士・65歳以上同士・75歳以上同士のいずれもその割合は年々増加している6。また、老老介護と言えば同居の配偶者が主ではあるが、70歳以上の子が90歳以上の親を介護するケースも見られるようになってきている7。
市町村を対象とした家族介護者支援の実態に関する調査(市町村回答数1065回収率61.1%)によると、高齢の家族介護者の課題(複数回答)は「家族介護者自身が認知症等により、医療や介護による支援が必要な状態である」が77.3%、「交通の便や健康課題等の理由から家族介護者が来庁して相談することが難しい」が46.9%、「耳が遠い等の理由で家族介護者との間で、電話等での連絡が取りづらい」が25.0%となっている8。介護者自身に支援が必要な状況があったり、必要な支援を外部へ求めにくくなっていたりすることが問題視される。
(2)ヤングケアラー
「ヤングケアラー」とは、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どものことを指す9。2020年に国が全国の中高生を対象にした調査では、ヤングケアラーは中学2年生で5.7%、高校2年生(全日制)で4.1%程度存在することが明らかになった10。
ヤングケアラーの課題としては、家庭内のことであるため表面化しにくく、また、当事者である子どももヤングケアラーであることを自覚しにくい側面があり発見や関わり方が難しいことが挙げられる。さらには、家族へのケアを行うことが子ども自身の生きがいとなっていることもあり、教育・福祉等関係機関における伴走や寄り添い・共感や課題解決等の対応が、子どもの個別の状況に応じて求められる。
(3)ビジネスケアラー
ビジネスケアラーとは、仕事をしながら家族の介護に従事するものである。2022年の調査では約274万人11存在するとされ、介護・看護を理由に離職した数は約7.3万人であった12。2030年における経済損失は約9兆円と推計されている13。
国による育児・介護休業法の法整備は進んでいるが、企業の仕事と介護の両立支援の整備状況は十分に進んでいるとは言い難い。企業を対象に実施した介護休業に関する調査において、「介護休業期間は主に仕事を続けながら介護をするための体制を構築する期間である」と正しく答えたのは4割程度14であり、本来の目的が十分に周知されていないことが明らかになった。「介護休業や介護休暇等の法定の制度を整える(就業規則への明記など)」企業は85.1%であったが、「従業員の仕事と介護の両立に関する実態把握やニーズ把握」を実施しているのは14.4%15と、企業内で仕事と介護の両立に関する整備や、労働者への正しい知識の周知は十分とは言えない。
(4)ダブルケアラー
ダブルケアとは、子育てと介護もしくは、家族や親族など親密な人へのケアが同時並行することを指し16、それを行う者をダブルケアラーと呼ぶ。ダブルケア経験者の29.8%が仕事を辞めたことがあると言う調査17もあり、離職率の高さが特徴的である。内閣府の行った推計によるとダブルケアを行うものは約25万人18とされる。晩産化と高齢化により、ダブルケアラーは今後さらに増加することが予想される。
多くの自治体では、育児と介護を支援する対応部署は異なっており、住民からの相談を受ける窓口も統一されていない。これにより、両方に配慮した十分なケアが受けられない場合がある。
(5)その他のケアラー(8050問題)
「ひきこもり」状態の長期高年齢化、いわゆる「8050問題」(高齢の親と働いていない独身の50代の子が同居している世帯に係る問題)は生活困窮などの深刻な問題につながっている19。40歳~64歳(壮年期)の「ひきこもり」は約83.5万人20と推計される。背景には、家族や本人の病気、親の介護、離職(リストラ)、経済的困窮、人間関係の孤立など複合的な課題を抱えており21、各課題に応じて様々な連携機関をとつながる必要があるが、助けや相談を求めづらいのが特徴的である。
4.ケアラー支援の課題解決の阻害要因
(1)ケアマネ視点での支援における課題
≪図表4≫は、名古屋市が各相談支援機関に調査した、単独の機関では解決が困難とされた生活課題の一覧である22。そのうち介護に関わる課題としては、③8050問題、⑨ダブルケア、⑩ヤングケアラーなどのケースがある。
列挙された生活課題について、支援者の立場を想像しやすくすることを目的として、③の課題について仮想事例を作成したので紹介する。
A氏(要介護2、83歳、女性、変形性膝関節症あり、夫はすでに他界)は膝の痛みが強く、1か月前から訪問介護の買い物援助と入浴介助を受けている。ケアマネのB氏は、月1回の訪問(モニタリング) 23を行う中で、A氏の息子(52歳)が20年前に仕事を辞めてからひきこもりになっていることを知る。A氏に話を聞いたが、どこに相談したら良いかわからないままこの状態が続いてきたという。B氏も自分では対応方法がわからず上司に相談したところ、「よくわからないから地域包括支援センターに相談しよう」と言われた。しかし、息子本人の同意を得ていないため、守秘義務の観点からケアマネが地域包括支援センターに直接、具体的な相談はできない。そもそもどこに相談したら良いかもわからない。医療分野との連携と異なり、福祉分野との連携や家族への支援は介護報酬には反映されない。上司からは「慈善事業ではないので、お金にならないことに時間をかけ過ぎないでください。」と言われてしまう。
地域ケア会議24では、要介護者本人の課題でも、家族による虐待案件でもないため取り上げにくい。仮に個人情報の同意がとれて地域包括支援センターに相談しても、ひきこもりについては専門外であるため、「生活困窮者自立相談支援機関」や「ひきこもり地域支援センター」へつなぎ、B氏は連携者として定期的にA氏と息子のフォローアップをする必要が生じる。「解決できなくてもAさんの思いを傾聴するだけでもプロとして大切なこと」と言い聞かせて、動くに動けず時が過ぎ去っていく。
8050問題に限らず、ケアラー支援の課題は複雑化・複合化25してきている。仮想事例で見てきたように、利用者以外の潜在課題のある人物の個人情報の取扱い、縦割り運営の他福祉機関との連携、ケアマネ業務の範囲と業務量と報酬の兼ね合いなどがケアラー支援の共通課題としてあり、解決が進みにくい現状がある。
(2)地域包括支援センターにおける支援の現状
ケアマネが複雑化・複合化する事例に直面した際の相談先として地域包括支援センターがある。地域包括支援センターにおける各ケアラーへの支援状況は≪図表5≫のとおりで、支援を実施している割合は少ない。支援を実施するうえでの課題として、各種団体や関係機関との連携が上手くとれず、効果的な支援方法を試行錯誤している実態が浮かび上がる。ケアマネが地域包括支援センターに相談をしても、有効な助言や支援を受けられるケースは少ないことが推察される。
地域包括支援センターは、地域住民の複雑化・複合化したニーズへの対応や認知症高齢者の家族を含めた家族介護者支援の充実など、期待や業務は増大している26。これらの状況から、地域包括支援センターが増大した業務に対応できるように法改正27された。業務負担が大きい「総合相談支援業務」の一部を居宅介護支援事業所に委託することが可能となり、「介護予防支援業務」は居宅介護支援事業所が直接市町村から指定を受けて業務ができるようになる。実施期日は2024年4月1日であるため、地域包括支援センターが増大した業務に対応できるかどうかは今後検証が必要である。その先には、ケアマネと地域包括支援センターの連携と障害分野や児童福祉分野等、各福祉分野との連携の在り方も課題となる。
5.まとめ
ここまで、ケアラー支援において複雑化・複合化した課題が存在することを見てきた。ケアマネと地域包括支援センターの連携だけでは、十分なケアラー支援は難しい。一定程度進んできている介護分野と医療分野の連携と同様、介護分野と他の福祉分野との連携も重要性を増していく。なお、他の福祉機関との連携の促進は、「重層的支援体制整備事業」28により改善を図ろうとする動きが一部市区町村にみられる。この制度が広がり、十分なケアラー支援につながることを期待したい。
また、類型化されたケアラー毎の支援の現状と課題について、今後のレポートで継続的に取り上げる。
- 厚生労働省「令和3年度 介護保険事業状況報告(年報)」(2021年)
- 厚生労働省「市町村・地域包括支援センターによる家族介護者支援マニュアル~介護者本人の人生の支援~」(2018年)
- 厚生労働省 社会保障審議会介護保険部会(第107 回)資料1-2(2023年)
- 埼玉県Webサイト「ケアラー(介護者等)支援」<https://www.pref.saitama.lg.jp/a0609/chiikihoukatukea/kaigosya-kouhou.html>2023年9月4日閲覧
- 総務省統計局「令和3年社会生活基本調査 生活時間及び生活行動に関する結果の概要」(2022年) なお、2016年から2021年にかけての453千人の家族介護者の減少は、介護施設で介護を受けている者の一時帰宅が新型コロナウイルス感染症の感染防止の観点から制限を受けたことなどが原因とされる。
- 厚生労働省「国民生活基礎調査の概況」(2022年)
- 厚生労働省「令和4年国民生活基礎調査」(2022年)同居の主な介護者の中で子が70歳以上のケースは3.6%存在する。
- みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社「家族介護者支援に係る人材育成等に関する調査研究報告書」(2023年)
- こども家庭庁Webサイト「ヤングケアラーについて」<https://www.cfa.go.jp/policies/young-carer/>(2023年9月4日閲覧)
- 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「ヤングケアラーの実態に関する調査研究報告書」(2021年)
- 総務省統計局「令和4年就業構造基本調査 地域結果 第128-1表」(2022年)
- 厚生労働省「令和4年雇用動向調査」(2022年)
- 株式会社日本総合研究所「令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業(サステナブルな高齢化社会の実現に向けた調査報告書)」(2023年)
- 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「令和3年度仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業企業アンケート調査結果」(2022年)
- 同上
- 渡邉浩文、森安みか、室津 瞳、植木美子、野嶋成美「子育てと介護のダブルケア 事例からひもとく連携・支援の実際」中央法規(2023年)
- ソニー生命「ダブルケアに関する調査」(2017年)
- 内閣府男女共同参画局「育児と介護のダブルケアの実態に関する調査報告書」(2016年)
- 厚生労働省「令和5年版厚生労働白書」(2023年)
- 内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査(令和5年)」第3部 調査結果の概要Ⅱ 40~64歳の広義のひきこもり出現率と総務省「年齢(5歳階級)、男女別人口2022年11月1日(確定値)」より当社推計
- 特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族連合会「地域包括支援センターにおける「8050」事例への対応に関する調査報告書」(2018年)
- 愛知県名古屋市「名古屋市重層的支援体制整備事業実施計画」(2023年)
- ケアプランが計画通りに実行されているか、利用者のニーズや目標の達成度合いなどの確認をする業務。
- 高齢者の自立支援、支援困難事例などの解決、潜在的ニーズの探索、地域課題の発見、地域づくり、社会資源の開発などについて話し合うために、市町村などの行政職員、介護支援専門員を含む医療・介護・福祉などの専門職、民生委員をはじめとする地域住民などで構成される合議体を指す。出典:一般社団法人日本ケアマネジメント学会「ケアマネジメント事典」中央法規(2021年)
- 一つの世帯において複数の課題が存在している状態(8050世帯や、介護と育児のダブルケアなど)、世帯全体が地域から孤立している状態(ごみ屋敷など)を指す。出典:厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」(2020年)
- 厚生労働省 社会保障審議会介護給付費分科会(第220回)資料6(2023年)
- 全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律(令和5年法律第31号)
- 厚生労働省Webサイト「重層的支援体制整備事業について」<https://www.mhlw.go.jp/kyouseisyakaiportal/jigyou/>(2023年9月11日閲覧)
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