企画・公共政策

ウィズコロナ時代の観光産業 ~2023年は値上げ実施の千載一遇の好機~

主任研究員 小池 理人

2022年の国内旅行消費は経済活動の正常化や水際対策の緩和によって大きく回復した。高齢者を含めて人数ベースで大きく回復し、コロナ前よりも単価が上昇する動きもみられた。訪日外国人旅行消費単価についても大きく上昇したが、円安や国別構成割合の変化といった特殊要因による影響が大きく、持続的な単価上昇とは言い難い。今後は高い付加価値をつけ、値上げを実施していくことで、こうした特殊要因が剥落した後においても、2025年の目標である単価20万円を実現することが求められる。
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1.2022年の旅行消費額は大きく回復

観光庁「旅行・観光消費動向調査」によると、2022年(暦年)の旅行消費額は18.7兆円(2021年:9.4兆円)と大きく回復した。とりわけ国内旅行の回復が進んでおり、宿泊旅行が13.8兆円(2021年:7.0兆円)、日帰り旅行が3.4兆円(2021年:2.2兆円)とそれぞれ前年から回復している。水際対策によって大きく落ち込んでいた訪日外国人旅行は0.9兆円(2021年:0.1兆円)、日本人海外旅行(国内分)は0.6兆円(2021年:0.1兆円)と、共に底這い圏での推移から脱している(図表1)。

国内旅行についてみると、2021年9月の緊急事態宣言の解除以降、旅行者数は回復傾向で推移しており、2022年3月にまん延防止等重点措置が解除されると、回復ペースが速まっている。注目すべきは、消費単価の上昇だ。宿泊旅行の旅行単価1は2022年後半から上昇している(図表2)。近年の旅行消費金額については、GoToトラベルキャンペーンや全国旅行支援の割引が統計上も適用されているが、それでも足もとの消費単価は明確に上昇している。単価上昇の要因としては、需要面・供給面双方の要因が考えられる。緊急事態宣言・まん延防止等重点措置が解除されたことに加え、2022年6月から外国人観光客の受入れが再開されたことによって需要が大きく増加したことで、単価の引上げが可能になっている。


年齢別の延べ宿泊旅行者数をみても変化が生じている(図表3)。2020年、2021年は高齢になるほど旅行者数が減少する傾向にあった。感染時の重症化リスクは高齢者の方が高いとされ、高齢者は旅行を手控える傾向にあったからだ。しかし、2022年には全ての年代で旅行者数が大きく回復し、世代間で比較しても高齢者の旅行者数は30代や40代と遜色のない回復ペースとなっている。また、20代については、重症化リスクが低いことから、もともと他の年代と比較してマイナス幅が小さかったが、2022年には2019年対比で▲4.6%となり、既にコロナ前とほとんど変わらない旅行者数となっている。

また、人手不足やコスト高騰といった供給面の影響も大きい。コロナ禍での需要急減を背景に観光産業を離れた労働者は少なくなく、経済活動正常化や水際対策の緩和・撤廃に伴う需要増に対応するため、人材確保のためのコストは高まっている。加えて、エネルギーや食材などの価格が上昇する中で、コストプッシュの動きが顕在化している。

大幅に回復した国内旅行と比較して、2022年の訪日外国人旅行消費の回復ペースは鈍い(図表4)。もっとも、これは水際対策の緩和が2022年6月からであったため、年の半分はほとんど外国人観光客が日本を訪れていなかったことによるものである。水際対策緩和以降の回復ペースは速く、中国からの訪日客の回復がこれから本格化していくことを考慮すると、早晩コロナ前の水準に達することが期待される(図表5)。


2022年の訪日外国人旅行消費についての大きな変化として、訪日外国人旅行消費単価の上昇が挙げられる。2022年の訪日外国人旅行単価は23万4,524円と2019年の15万8,531円を大きく上回り、2025年の政府目標である20万円をも上回る水準となっている。2022年の訪日外国人旅行単価の上振れには、大きく二つの要因があると考えられる。第一に、為替の円安方向への推移が挙げられる。2019年はドル円レートが105~110円程度で推移していたが、2022年には一時150円台をつけるなど急激な円安が進んだ。実質実効為替レートでみても大幅に円安方向に推移しており(図表6)、海外からみた日本のモノやサービスが2019年時と比較して割安になっていることが示されている。そのため、訪日客が自国通貨で同じ予算を使って日本で旅行する場合、円建てでの消費金額はその分膨らむことになる。第二に、訪日客の国別構成割合の変化が挙げられる(図表7)。2022年の国別構成割合をみると、中国を中心にアジアからのウエイトが低下し、米国やフランス、豪州など欧米・オセアニアからのウエイトが上昇している。欧米など遠方から来日する訪日客は滞在日数を多く取り、消費単価が高い傾向にある。消費単価の低いアジアのウエイトが低下し、消費単価の高い欧米やオセアニアのウエイトが上昇したことで、全体の消費単価が上昇している(図表8)。

今後は、円安や国別構成ウエイトの変化という消費単価の上振れ要因は剥落していくことが見込まれる。為替については不確実性が大きいが、欧米の利上げがピークに近づく一方で、日本の金融政策もイールドカーブ・コントロールの見直しなど部分的な政策修正が行われる可能性があるため、金利差を背景とした円安が今後も一方的に進むとは考えにくく、場合によっては円高方向の修正もあり得るだろう。そして、国別構成ウエイトについては、水際対策の緩和・撤廃によってアジアからの訪日客のウエイトが戻ることで、コロナ禍における国別構成ウエイトの歪みが是正されることが予想される。

2.2023年は値上げを実施する千載一遇の好機

今年3月に閣議決定された観光立国推進基本計画では、2025年までの政府目標として、訪日外客数の2019年水準超えと一人当たりの訪日外国人旅行消費額単価20万円が掲げられている。訪日外客数については、インドネシアやシンガポールなど、既に2019年を上回る訪日数となっている国もあり、全体でも7割程度の水準まで回復している。中国の回復余地が大きいことを考えると、目標達成は時間の問題であると言える。課題となるのは消費単価の向上だ。前述の通り2022年の消費単価は特殊要因によって23万円を超える水準となっていたが、2019年の消費単価が15万円強であること、今後は特殊要因が剥落する可能性が高いことを考慮すると、なお意欲的な目標と言える。

では、消費単価引上げのためには何が必要か。筆者は宿泊事業者による値上げが必要であると考える。消費者物価指数をみると、歴史的な物価高、経済活動正常化の中で、コロナ禍を背景とした需要急減によって低下した宿泊料は徐々に水準を戻しつつある。全国旅行支援など政府の政策によるディスカウントを除いた実質ベースで、事業者が値上げに動いていることが示唆される。2023年は水際対策が緩和されたことにより、インバウンド需要は更に増加し、値上げが行いやすい環境が醸成されている。過去を振り返ると、2012年にインバウンドが推し進められて以降、宿泊料が2012年から2019年までの間に大きく上昇している(図表9)。宿泊需要全体が増加したことによって宿泊料が引き上げられたこともあるが、日本人観光客と比較して値上げに寛容な外国人観光客が増加したことが宿泊事業者の値上げを促した可能性もある。インバウンドが拡大した2012年から2019年までの間、宿泊業における一人当たり付加価値額も大きく増加するなど、宿泊業を取り巻く環境は大きく改善していた(図表10)。長きに渡るコロナ禍で宿泊業は大きくダメージを受けたが、今はまさに黄金期であった2012年から2019年の再来とも言える環境に近づいている。値上げが嫌われる日本経済において、これまで宿泊料の引き上げにはかなりの慎重姿勢が取られていたが、訪日外国人が増加し、他産業においても値上げの動きがみられる今こそ、観光産業が値上げを実施する千載一遇の好機と言えるだろう。

  • 消費単価は旅行金額を旅行人数で割った値

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