技能実習をめぐっては、人づくりによる国際貢献という制度目的と、人手不足を補う安価な労働力として扱われている実態がかい離しており1、そのために実習生の人権が十分に守られていないと問題視されてきた。具体的には以下のような実態が指摘される。
①事前情報の不足により、「聞いていたよりも賃金が低い」などのミスマッチが生じる例がある≪図表1≫。
②実習生の日本語能力が不十分であるため、職務上の指導やトラブル発生時の意思疎通に困難が生じている例がある≪図表2≫。
③技能実習生は原則として転籍ができず2、また高額な借金を背負って来日する3実習生も多い。そのため、不当な扱い(パワハラ、残業代未払い等)を受けても、我慢するか、失踪して不法就労するかを選ばざるを得ないケースも多いとされる4。
④技能実習生の管理や受入企業の監督を担う監理団体が十分機能していない事例がある5。
外国人労働者の受け入れ拡大へ ~技能実習に代わる新制度創設と特定技能の対象分野増加~
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1.技能実習の廃止とそれに代わる新しい制度
技能実習は、途上国の外国人が日本で技術を学び、その後帰国して母国に還元する国際貢献を目的とした制度で、1993年に始まった。在留可能な期間は最長5年で、うち3年たてば特定技能への資格変更も可能となる。2022年末で全国に32.5万人の技能実習生が在留しており、ベトナム(全体の54.3%)、インドネシア(14.1%)、フィリピン(9.0%)、中国(8.9%)からの受け入れが多い。
2022年7月に古川禎久法務大臣(当時)は、こうした問題を抱える技能実習を抜本的に見直す方針を表明した。12月には、齋藤健法務大臣の下で出入国在留管理庁に「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」が設けられて検討が始まり、今年4月に中間報告書案の公表に至った。
その内容は≪図表3≫に示す通りであるが、最大のポイントは、技能実習制度を廃止し、人材確保と人材育成の2つを目的とする新たな制度を検討すべきとした点である。有識者会議の議論では、技能実習を廃止して特定技能に一本化すべきとの声も上がった。しかし、会議内で慎重論が出されたほか、未熟練労働者を正面から受け入れることへの政治的な抵抗もあったため、中間報告書案では、人材育成の機能も残した新制度を設け、「未熟練労働者を受け入れて育成し、専門的な特定技能にキャリアアップさせる」という建て付けに落ち着いた。
その他のポイントとしてはまず、特定技能への円滑なステップアップを可能とするべく、技能実習に代わる新制度と特定技能の対象分野を一致させる方向性が示された。この点については、後述するように、技能実習の対象である繊維製造などを特定技能の対象にも含める方向で検討されよう。
転籍の扱いも大きな論点である。技能実習では、一貫した計画の下で実習が行われるように労働者の権利である転籍を制限している。転籍制限が直ちに人権の制限となるわけではないとの見解もあるが、技能実習においては、雇用主から不当な扱い(パワハラや残業代の未払い等)を受けやすくなる要因として指摘されてきた。有識者会議では、「人権の遵守が国際的にも厳しく要求されているため、国際的な批判に耐えられる制度設計をするべき」との声が上がった一方で、無条件に転籍の自由を認めれば賃金の高い都市部に人材が流出するといった懸念や、転籍を認めるならば受入企業が負担したコストに関する補填等のルールが必要とする意見も表明された。中間報告書案では、全面的な転籍容認ではなく、「人材育成に由来する転籍制限は残しつつ、従来よりも(転籍制限を)緩和する」といった方針が打ち出された。今後、転籍を認める回数や地域に一定の制限を設けるかどうか、受入企業がかけたコストの扱いをどうするかといった点を含めて具体的な検討が進められる。技能実習を活用している受入企業等への配慮は一定程度必要かもしれないが、新しい制度が「看板の掛け替え」に近いものとなってしまっては元も子もない。転籍に関しては人権面に十分配慮した仕組みを構築することが望まれる。
2.特定技能2号の対象分野が拡大へ
技能実習の見直し方針が明らかになった4月には、熟練した技能を有する外国人労働者が取得できる「特定技能2号」の対象分野を拡大する方針を政府が自民党に示す動きもあった。
特定技能は、深刻化する人手不足への対応として、即戦力となる外国人を受け入れるために2019年に設けられた在留資格で、1号と2号に区分される。日常会話程度の日本語試験と技能試験に合格するか、あるいは3年の技能実習を修了すれば取得できる「特定技能1号」は、在留期間の上限が5年で、家族の帯同は基本的に認められない。製造(産業機械・素形材・電気電子情報関連)、宿泊、農業など12分野が対象で、2023年2月時点で14.6万人が在留している≪図表4≫。熟練技能が求められる「特定技能2号」は、難易度の高い技能試験に合格することが条件で、1号からの移行が前提となる。在留期間の更新回数に上限がなく、家族の帯同も認められる。2号で5年以上働き、在留が継続10年以上となる等の条件を満たせば永住権の取得も可能となる。しかし、対象となるのは12分野のうち建設と造船・舶用工業の2つのみに限られ、在留者もわずか10人にとどまる。
特定技能の創設時に1号の資格を得た外国人は2024年春に5年間の在留期限を迎える。このため政府は、日本での就労継続が可能かどうかを早く示す必要があった。自民党に示された方針では、無期限就労も可能な別の資格がある「介護」 6を除く9分野を2号に追加し、計11分野に拡大する。
政府は、特定技能の対象拡大を定める法務省令を6月にも閣議決定し、今秋には試験を開始したい意向とされる。ただ、自民党内には保守系議員を中心に「2号拡大は移民政策につながる」といった慎重論が根強いとも報道されており、議論が難航する可能性もある。
また、今後は特定技能の対象分野のさらなる拡大に踏み切るかどうかも議論の俎上に載ってこよう。例えば繊維製造やゴム製品製造、印刷・製本などの分野は、技能実習の対象となっているが、特定技能の対象には入っていない7。技能実習に代わる新制度では特定技能と対象分野を揃える方向性が打ち出されているが、すでに多くの技能実習生が存在している現状に鑑みると、繊維製造などを特定技能に加えるのが自然だ。また、コンビニや鉄鋼といった業種からも特定技能への追加を求める声が上がっており、その帰趨がどうなるかも注目される8。
3.多文化共生社会の実現に向けて
人口減少が進むわが国において、安定した経済成長を中長期的に確保していくためには、こども・子育て政策を通じた出生率の引き上げ、AI・ロボットの活用やリスキリングを通じた労働生産性の向上、女性や高齢者の労働参加率の引き上げ、そして計画的かつ秩序だった形での外国人労働力の受け入れ拡大を、ポリシー・ミックスとして全て推し進めていく必要がある9。本稿では、このうちの外国人受け入れを取り上げ、技能実習の見直しと特定技能の拡大をめぐる動きについてみてきたが、今後は「単なる労働者としてではなく日本社会の構成員として外国人を受け入れた上でいかに共生していくか」という視点に立った政策を一層強化していく必要がある。
わが国では従来、こうした「多文化共生」10に係る取り組みは、外国人受け入れに積極的な自治体あるいはNPOなどに依存してきた。国の対応としては、特定技能の創設に合わせて「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を2018年から策定し始め、以後毎年改訂してきたが、その中身は短期的な対策に限定したものであった。2022年には初めて、共生社会のビジョン(安心・安全な社会、多様性に富んだ活力ある社会、個人の尊厳と人権を尊重した社会)を定めた上で、そのビジョンを実現するために必要となる外国人に対する日本語教育や相談・支援体制の強化など「中長期的な課題・施策」を体系化したロードマップを作成した。今後はさらに一歩踏み込んで、一部の自治体や経済団体などが求めているように、国と自治体の役割分担の明確化、十分な財政措置の確保、推進体制の強化を図るため、多文化共生政策の法的根拠としての「基本法」を制定することも国は検討すべきであろう11。
- 受入企業に技能実習の良い点を尋ねた調査(最大3つの複数回答)によると、最も多い回答は「労働力人口の不足を補うことに役立っている」(65.7%)であり、受け入れ側が人材確保を目的としている実態が裏付けられた(国際人材協力機構「技能実習・特定技能制度見直しに関するアンケート調査結果」2022年12月)。一方、技能実習生に来日目的を尋ねた調査(単一回答)でも、最も多い回答は「お金を稼ぐ・仕送り(送金)のため」(48.0%)で、技能実習の本来的な目的である「スキルの獲得・将来のキャリア向上のため」(42.1%)を上回っている(シード・プランニング「令和3年度 在留外国人に対する基礎調査報告書」(2022年3月)。
- 技能実習生の転籍・転職は原則不可とされる。ただし、受入企業の倒産など止むを得ない場合や、技能実習2号から同3号への移行時は転籍可能。技能実習制度では、来日1年目の在留資格は「特定技能1号」であり、2年目以降は実技試験等に合格することを前提に、「特定技能2号」(2~3年目)、「特定技能3号」(4~5年目)と資格が変わる扱いとなっている。
- 技能実習生のうち7割程度が来日前に母国の送出機関や仲介者に対して何らかの費用を支払っており、その平均額は54.2万円となっている。また、借金を背負って来日する技能実習生は全体の約55%で、借金の平均額は54.7万円である(≪図表1≫と同じ出典)。
- 2021年に失踪した技能実習生は7,167人(全体の1.8%)であった(≪図表1≫と同じ出典)。
- 監理団体は2022年11月時点で約3,600あり、その多くは複数の中小企業で組織した協同組合が務めている。監理団体は受入企業から監理業務(受入企業への指導・助言、技能実習生の生活相談支援等)のための費用を徴収しており、その平均は実習生1人当たり200万円程度(5年間在留した場合の総額)とされる。監理団体による個別の監理業務について、受入企業の70%程度が満足と感じているものの、「監理業務全体として費用に見合う指導や支援をしているか」といった点については満足度が50%程度にとどまる(≪図表1≫と同じ出典)。
- 介護福祉士の国家資格を取得すれば、在留資格「介護」が認められ、永続的な就労も可能となる。
- 技能実習の対象である86職種のうち26職種が特定技能の対象から外れている。具体的には、紡績運転や染色など繊維・衣服関係の13職種に加え、家具製作、印刷、製本、コンクリート製品製造、ゴム製品製造、鉄道車両整備など13職種である。
- 2022年11月に開催された規制改革推進会議 人への投資ワーキング・グループにおいて、コンビニエンスストアと鉄鋼の業界団体が特定技能への追加を要望した。コンビニ業界では、外国からの留学生をアルバイトとして多く雇用しているが、卒業後の留学生をリーダーや正社員として引き続き雇用すること等も想定して、特定技能の資格で受け入れを可能にするよう求めている。
- 国際協力機構(JICA)の推計によると、日本が一定の経済成長を果たすために必要となる外国人労働者の需要は2040年で674万人(2020年の外国人労働者数172万人の4倍弱)になるという(国際協力機構「2030/40 年の外国人との共生社会の実現に向けた取り組み調査・研究報告書」(2022年3月))。
- 国際的には「社会統合政策」という言葉が一般的に使われる。
- 基本法が存在しないことで直ちに関連施策の円滑な実施が阻害されるわけではないものの、多文化共生については明確な法的根拠がないため、①国と自治体の責務・役割分担があいまい、②関連施策がパッチワーク的、といった指摘もしばしばなされる。そのため近年では、長野県議会や松本市議会などで多文化共生に係る基本法の制定を求める意見書が可決されたほか、日本経済団体連合会や経済同友会、新経済連盟といった経済団体が外国人政策に関する基本法の制定(あるいは総合的な法律整備)をそれぞれ提言するなど、国による法整備を求める声が高まっている。
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