デジタル田園都市国家構想の意義と課題~地方創生をブラッシュアップもデジタル人材確保に課題~
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1.はじめに
岸田政権の主要政策の1つであるデジタル田園都市国家構想は、人口減少時代における様々な課題に対応するため、非常に幅広い分野に及ぶ政策となっている。2023年4月に公表された、新たな日本の将来推計人口によると日本の人口減少は地方を中心に今後加速していく可能性が高く、それに伴う社会経済の各層における課題も増えていくのは間違いない。デジタル田園都市国家構想の存在感は今後高まっていくであろう。
そこで本稿では、デジタル田園都市国家構想を検討する会議に提出された資料や議事録、2023年度から2027年度のKPI(重要業績評価指標)とロードマップ(工程表)などが記された総合戦略(2022年12月策定)などを元に、デジタル田園都市国家構想の概要や意義を記す。さらに、実際にデジタルによる課題解決への取り組みが始まっている佐賀市の事例などを参考に、デジタル田園都市国家構想の課題を考察する。
2.地方創生をデジタルでブラッシュアップしたデジタル田園都市国家構想
デジタル田園都市国家構想とは何か。その点については、岸田総理の第1回「デジタル田園都市国家構想実現会議」の以下の発言「デジタル田園都市国家構想は、新しい資本主義実現に向けた成長戦略の最も重要な柱です。デジタル技術の活用により、地域の個性を生かしながら、地方を活性化し、持続可能な経済社会を実現してまいります。同構想実現のため、時代を先取るデジタル基盤を公共インフラとして整備するとともに、これを活用した地方のデジタル実装を、政策を総動員して支援してまいりたいと考えています。」が端的に表している。つまり、デジタル田園都市国家構想は、①新しい資本主義における成長戦略の1つ、②地方でデジタルインフラを整備、③地方でデジタル技術を実装、を目的とするものであることが明確になった。
デジタル田園都市国家構想は地方の活性化を目指しているが、2014年度から始まった地方創生(まち・ひと・しごと創生)でも同様の目的を持っていた。そこで、地方創生とデジタル田園都市国家構想の関係を考えてみよう。デジタル田園都市国家構想の全体像はデジタル田園都市国家構想総合戦略の参考資料1において以下のように記されているが、そこでは「地方創生」というワードが何度も登場し、地方創生を非常に意識したものとなっている。
・ テレワークの普及や地方移住への関心の高まりなど、社会情勢がこれまでとは大きく変化している中、今こそデジタルの力を活用して地方創生を加速化・深化し、「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」を目指す。
・ 東京圏への過度な一極集中の是正や多極化を図り、地方に住み働きながら、都会に匹敵する情報やサービスを利用できるようにすることで、地方の社会課題を成長の原動力とし、地方から全国へとボトムアップの成長につなげていく。
・ デジタル技術の活用は、その実証の段階から実装の段階に着実に移行しつつあり、デジタル実装に向けた各府省庁の施策の推進に加え、デジタル田園都市国家構想推進交付金の活用等により、各地域の優良事例の横展開を加速化。
・ これまでの地方創生の取組も、全国で取り組まれてきた中で蓄積された成果や知見に基づき、改善を加えながら推進していくことが重要。
また、デジタルというワードもすでに地方創生に登場している。2014年度から始まった地方創生は非常に幅広い分野にまたがる政策であるが、その中でもデジタル関連は多くの分野を横断する重要なテーマであった。特に、2020年度から始まった第2期地方創生ではその点が明確に記され、さらにコロナ禍という社会環境の大きな変化を受けて、より強く意識されるようになった。
例えば、コロナ禍で策定された「まち・ひと・しごと創生基本方針2021」では、デジタルは取り組むべき重要なテーマ(ヒューマン、デジタル、グリーン)の1つとされた。そこでは、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進を通じて、どの地域でも同様のサービスが受けられるようにするなど、地域の課題解決や魅力向上を図り、そのために情報通信基盤の整備、人材支援、データ活用基盤の整備の必要性が挙げられている。デジタル田園都市国家構想につながる基本的な考え方は、岸田政権前の地方創生にすでにあったといえよう。
実際にデジタル田園都市国家構想総合戦略は、まち・ひと・しごと創生法第8条第6項(政府は、情勢の推移により必要が生じた場合には、まち・ひと・しごと創生総合戦略を変更しなければならない)に基づき、第2期まち・ひと・しごと創生総合戦略(2020年度~2024年度)が変更されたものである。また、第2期地方創生の開始に合わせて自治体ごとに地方版総合戦略が策定されたが、それらは各自治体の総合戦略もデジタル田園都市国家構想総合戦略に合わせて改訂される。
このように、デジタル田園都市国家構想は、地方創生の根幹や枠組みの多くを維持しながら、デジタルによりさらなるブラッシュアップを図ることを目的とし、それに合わせて総合戦略の名称も「まち・ひと・しごと創生総合戦略」から「デジタル田園都市国家構想総合戦略」に変更された。それゆえ、デジタル田園都市国家構想において、地方創生の特徴であった、東京一極集中是正、地方発の経済成長を目指す「ローカルアベノミクス」などが色濃く残るのは当然といえる。
3.「誰一人取り残さない」は大きなチャレンジ
一方、デジタル田園都市国家構想独自の特徴として「誰一人取り残さない」を挙げることができる。これは、岸田総理が有識者の会議にて明らかにした5つの要点の1つである(図表1) 。
デジタル田園都市国家構想の総合戦略ではデジタル実装に取り組む自治体数について、2024年度に1,000自治体、5か年計画最終年度の2027年度に1,500自治体、2030年度には全ての自治体が目標となっている。自治体数は現在約1,700であることを考えると、スピード感のある、かなり高い目標といえよう。
ただし、地方の多くは高齢者の割合が三大都市圏や県庁所在地が属する都市よりもかなり大きい。他の年齢層に比べてデジタルにやや疎いとされる高齢者等にデジタル実装のメリットを実感してもらえないと、地方におけるデジタル田園都市国家構想の推進が難しくなる。さらに、デジタル田園都市国家構想においてデジタル化が進んでも地方の魅力は失われないことが強調されているのも、地方の高齢者の間にデジタルそのものへの忌避感が残っていることへの配慮と考えられる。
国は「誰一人取り残さない」関連施策として、デジタル機器やデジタルを用いたサービスに不慣れな人に対して、デジタル機器の操作を教えるなどのサポートを行う「デジタル推進委員」を確保し、地方に配置する。このデジタル推進委員は現在2万人であるが、国は2027年度には5万人に増加する。
4.高速通信インフラを国主導で整備
国が主導する高速通信インフラの整備もデジタル田園都市国家構想の特徴である。海底ケーブル、大規模データセンター、5G(第5世代移動通信システム)等を整備し、日本中どこにいても高速大容量の通信サービスを使えることが目標とされてい
特に、5G の普及では現在、都市よりも地方でやや遅れている。携帯電話企業だけでなく携帯電話企業に共同のインフラを提供するインフラシェアリング企業も公的支援対象にすることなどにより、5Gエリアの人口カバー率を2023年度95%、2025年度97%に引き上げる。
大規模データセンターは現在、東京圏に半数以上が集中している。この状態が続けば今後の地方でのデジタル化の障害になる可能性があるとして、10数か所の大規模データセンター拠点が5年程度で地方に整備される予定だ。
さらに、政府は国際通信の重要インフラである海底ケーブルと陸上ネットワークの中継地点である陸揚げ拠点の整備拡大に乗り出す。現在、日本と海外を結ぶ海底ケーブルが太平洋側にあるため、陸揚げ拠点も東京圏に集中している。そのため、企業等の日本海側のケーブル整備や東京圏以外の陸揚げ拠点の設置を支援することで、日本を周回する海底ケーブル「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」となる計画で、2025年度完成予定である。
5.デジタル実装が想定される多彩な分野
地方のデジタル実装では、経済社会の様々な分野での変革が目標となっている。具体的には図表2のように、生まれてから亡くなるまでのライフイベントごとにデジタルの様々な社会実装例が示されている。
子育て、教育、仕事、医療、介護等が整っている東京圏等の大都市や地域経済の中心都市に地方から移住する者が多い。そのため、デジタルによってどこにいても変わらぬ最先端サービスが受けられることが目指されている。
また、このようなデジタルを用いて地域の個性や魅力を生かしたモデル自治体(モデル地域ビジョン)が全都道府県にあることが望ましい。他の自治体がデジタル実装を実感でき、そのモデルを容易に見本にすることができるからだ。まちづくりにおけるデジタル化の具体的なモデルイメージは図表3のように示されている。
さらにデジタル田園都市国家構想総合戦略では、地域間や施策間の連携推進が重要とされている。同じような課題を抱えた地域や関連する施策を連携させることで成果を高めることが求められるからだ。同総合戦略では「地域交通のリ・デザイン」「地方創生スタートアップ」「地方創生テレワーク」「地方公共団体間の連携によるこども政策」「地方自治体間の連携による教育DX」「住民に身近な場所を活用した遠隔医療」「多様な暮らし方を支える人間中心のコンパクトなまちづくり」「観光DX」「デジタル技術を活用した地域防災力の向上」「ドローン利活用」について、連携が期待できる分野として挙げられている。
第2期地方創生まで「地方に仕事をつくる」「人の流れをつくる」「結婚・出産・子育ての希望をかなえる」「魅力的な地域をつくる」の4つの分野についてKPIが設けられていたが、デジタル田園都市国家構想総合戦略でも引き継がれている。主なKPIは図表4の通りである。
これらのKPIの中で特に注目されるのは、「人の流れをつくる」に掲げられた地方創生の「一丁目一番地」とされる東京一極集中の是正に関するKPIである「地方と東京圏との転入・転出の均衡」であろう。ただし、コロナ禍前の東京圏の転入超過数は2019年の約15万人に比べると、コロナ禍により2020年以降は大きく減少しているものの、コロナ禍の2021年は約8万人の転入超過、続く2022年度も約10万人の転入超過となっており、転入・転出の均衡はかなり難しそうだ。
6.デジタル人材の育成・確保は大きな課題
デジタル田園都市国家構想の大きな課題の1つはデジタル人材の育成・確保となろう。必要なデジタル人材数について、2022年度末までに年間25万人、2024年度末までに年間45万人と年を経るごとに大きく増加し、最終的に2026年度までの5年間に延べ230万人確保するという目標が明示されている。既存のデジタル人材約100万人を加えて330万人に達する見込みだ。
しかし、デジタル人材の主な就職先である IT の大企業は東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)に多く、実際にデジタル人材の過半は東京圏に在住している。政府の想定通り増加するデジタル人材が地方の経済社会で活躍するのは容易ではないだろう。さらに、デジタル人材は転職意向が強いという側面がある。コロナ禍前の2019年の NTT データ経営研究所「デジタル人材定着に向けたアンケート調査」によると、デジタル人材の7割が転職経験者で、3人に1人が1年以内の転職を考えている。また、同調査では低賃金のデジタル人材は転職可能性が高まるとされる。東京圏と地方では賃金の差があることから、地方が高賃金を払ってデジタル人材を定着させるのは容易ではない。
7.おわりに
デジタル田園都市国家構想は、地方創生をデジタルでブラッシュアップしたものといえよう。地方でデジタルの実装を進めることによって、地方が抱える様々な課題、特に地方創生時代に解決できなかったような難題を解決し、大都市と変わらない利便性が実現し、仕事・教育などの機会が地方で充実する。その結果、地方と大都市の差が縮まり大都市から地方への人の流れが大きくなる。さらには、全国で多発的に地域発の新しいビジネスが興り、日本全体の経済の底上げにつながる。このようなストーリーがデジタル田園都市国家構想に期待されている。
デジタル田園都市国家構想の様々な取り組みについては、既に2022年度から始まっている。例えば、デジタル田園都市国家構想では、地域の取組の中で優れたものを表彰する「Digi田(デジデン)甲子園」が夏季に開催され、各自治体の取り組みについて都道府県代表が選ばれており、国は各自治体の好事例の横展開を図っている。これらの事例の中から弊社の過去レポート1では佐賀市の事例を紹介しているが、この佐賀市の事例を参考にすると、いくつかの留意点が浮かび上がった。まず、他地域の事例をそのまま適用していないことだ。デジタルの社会実装の好事例は横展開されるべきであるが、地域固有の課題に応じた解決策を住民や企業と共に考えていくことが肝要である。次に、デジタルは「魔法の杖」ではないことを肝に銘じる必要がある。中心市街地活性化のように、長年取り組まれながら目立った成果が得られていない地域課題は少なくない。このような地域課題の要因は多岐にわたるケースが多く、デジタル以外のこれまでの取組みも踏まえた、冷静で着実な取組が望ましい。
最後に、地方でのデジタル人材の育成・確保は想定通りに進まない可能性がある。この点で注目すべきは「転職なき移住」であろう。全国各地での居住が認められるフルリモートワークはデジタル分野の職種と相性が良い。本業を維持しながら地方に分散するデジタル人材を生かして地域活性化を進めるだけでなく、デジタル人材が地方に定住するためにも、デジタル人材が副業・兼業を通じて地方と強い結びつきを持つ必要があろう。国や自治体は、企業のリモートワーク導入支援に留まらず、自らの公務サービスにおいてもフルリモートワークを増やすなど、率先して「転職なき移住」の機運を高める努力が望まれる。
PDF:MB
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