同年9月には、生物多様性の損失を食い止めるために設定された愛知目標4の最終評価を記した報告書「地球規模生物多様性概況第5版5(以下、「GBO5」という。)」の中で、20個別目標のうち完全達成できたものは無かったという結果が発表された。これを踏まえ9月30日に開催された国連生物多様性サミットにおいて「リーダーによる自然への誓約6」が発足し、2030年までに自然・生物多様性を回復させることを約束するに至った。この時点ではネイチャーポジティブという言葉は使われていなかったが、2021年6月のG7サミットで「G7 2030年自然協約」が合意されると、正式にネイチャーポジティブへのコミットが表明されることとなった。
ネイチャーポジティブを巡る最新動向 ~30by30目標達成に向けた地域戦略への期待~
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1.ネイチャーポジティブとは
ネイチャーポジティブとは、2030年までに生物多様性の減少傾向を食い止め、回復に向かわせる目標のことであり、カーボンニュートラル1やサーキュラーエコノミー2に続く重要な国際目標として位置付けられている。このネイチャーポジティブという考え方について、2020年7月に公表された世界経済フォーラムのレポート「The Future Of Nature And Business3」においてまずその概念が提唱された(≪図表1≫)。
2.国内外の動向
(1)世界の動向
①G7サミットでの合意「G7 2030年自然協約」と30by30目標
「G7 2030自然協約」とは、2021年6月のG7サミットにおいて、G7各国が同年10月開催の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第一部に先駆けて合意したもので、2030 年までに生物多様性の損失を食い止めて回復させるための行動について「移行」「投資」「保全」「説明責任」の4つの観点から規定している(≪図表2≫)。このうち「保全」に関わる柱では、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする30by30目標が掲げられており、この30by30は後にCOP15第二部で採択されることとなる「昆明・モントリオール生物多様性枠組」における主要な目標の一つとしても位置付けられている。
②COP15での成果「昆明・モントリオール生物多様性枠組」
2022年12月、カナダ・モントリオールで開催されたCOP15第二部において、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択された。この枠組の前身として、2010年10月に愛知県名古屋市で開催されたCOP10で採択された「戦略計画2011-2020」があり、この計画では「陸域の17%、海域の10%保全」や「侵略的外来種の制御・根絶」といった、各国に求められる20の目標が定められており、愛知目標とも呼ばれている。先述のとおり、愛知目標はGBO5において未達であったと報告されており、各国が設定した目標の範囲や目標のレベルが、愛知目標の達成に必要とされる水準よりも低かったことが指摘されていた。こうしたことから、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では数値目標・ビジネス関連目標の増加や、共通指標の設定など、目標が充実・強化されている(≪図表3≫、≪図表4≫)。また、2030年に向けた短期目標では、ネイチャーポジティブという言葉そのものは使われていないが、その概念が反映されている。
この枠組の中で、特に注目するべき目標の一つが先に述べた30by30目標である。この目標は陸と海の30%以上を保護するものであるが、その内訳として「保護地域」と「OECM7」で保全・管理していくことが定められている。OECMとは、「保護地域以外で生物多様性保全に資する地域」のことで、具体的には企業所有林、社寺林、トラスト地、里地里山(地元集落管理)などが該当する(≪図表5≫)。
(2)日本の動向
①30by30ロードマップと自然共生サイト認定制度
昆明・モントリオール生物多様性枠組の個別目標に30by30目標が位置付けられるよりも以前、日本はG7サミットでの合意を経て、2022年4月に30by30ロードマップを策定した。30by30目標達成のための打ち手として2つの施策が定められており、一つが保護地域(国立・国定公園)の拡張・管理・質の向上であり、もう一つがOECMの認定である。
OECM認定を進めるにあたって、環境省は2022年度より「自然共生サイト」の仕組みを試行しており、2023年度から正式に認定を開始する予定である。この制度は「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」を保護地域内外問わず「自然共生サイト」に認定するもので、「自然共生サイト」に認定された区域のうち、保護地域との重複を除いた区域を「OECM」として国際データベース(WD-OECM)に登録することで、30by30目標の達成につなげるというのが環境省の狙いである(≪図表6≫)。
自然共生サイトの認定フローとしては、企業、団体・個人、自治体などが、自ら管理する土地のうち本来目的に関わらず生物多様性の保全が図られている地域について、環境省に対し申請を行い、有識者審査を経て認定を受けるものである。2022年度中にはこの自然共生サイト認定の実証事業が行われており、申請のあった56地域すべてが認定相当という評価を得ている。
OECM認定を促進させるインセンティブとして、現在「貢献証書制度」が検討中である(≪図表7≫)。
この制度は、自然共生サイトの認定地域へ支援行為を行う企業やNPOといった主体に対して、その行為を認証し、自然共生サイトの保全・管理への貢献を証する「貢献証書」を発行するというものである。この仕組みにより、申請者となる実施主体側にとっては、支援主体から経済支援や人的支援などを受けるメリットがあり、支援主体側にとっては、貢献証書による地域貢献の対外的PRや情報開示に活用できるというメリットがある。
②生物多様性国家戦略2023-2030の検討状況
現在策定が進められている「生物多様性国家戦略2023-2030 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~8」(以下、「国家戦略」という。)の案では、2050年のビジョンとして「自然と共生する社会」、2030年のミッションとして「ネイチャーポジティブの実現」が位置づけられている。この2050 年ビジョン・2030 年ミッションの下に5つの基本戦略が掲げられており、それぞれの戦略ごとに、目指すべき状態を示す「状態目標」と、状態目標を達成するために実施すべき「行動目標」が設定されている。
5つの基本戦略のうち「基本戦略1 生態系の健全性の回復」の中では、昆明・モントリオール生物多様性枠組や30by30ロードマップと整合する形で、行動目標にも位置付けられた30by30 目標の達成に向け、「自然共生サイト」の認定数が指標として設定されている。2023年度中に100箇所の自然共生サイトを認定することが目標として掲げられており、実証事業において認定相当であった56地域に正式申請の意思確認を行いながら、さらなる認定の拡大を目指している。
このほか「基本戦略3 ネイチャーポジティブ経済の実現」では、生物多様性への依存度・影響の定量的評価や現状分析、科学に基づく目標設定・情報開示について、企業に促していくことを行動目標に掲げており、「生物多様性の配慮に関する目標設定及び情報開示を行っている企業の数または割合」や、国内の「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)への賛同団体数」が具体的な指標として設定されている。
一方、地方公共団体に対する目標としては、国家戦略の基本戦略5「生物多様性に係る取組を支える基盤整備と国際連携の推進」の状態目標の中で、「生物多様性地域戦略を策定している地方公共団体の割合」が掲げられており、特に策定市区町村の割合を8.6%(2022年12月末時点で150/1741市区町村)から2030年度までに30%まで引き上げるとしている。
3.今後の取組としての地域戦略への期待
ネイチャーポジティブという目標について、現在、企業での情報開示やTNFDなどの動向が注目を集めている一方、国内では市区町村による生物多様性地域戦略(以下、「地域戦略」という。)の策定・改定の動きが出はじめている。
地域戦略は生物多様性基本法(2008年6月制定)に基づき地方公共団体が策定するもので、努力義務であること、計画策定の負担等から、市区町村での策定は限定的であったが(47都道府県は策定済み)、昆明・モントリオール生物多様性枠組の決定や、それを踏まえた国家戦略策定を受け、地域戦略の策定・改定の動きが進んでいる。環境省は国家戦略の閣議決定後、「生物多様性地域戦略策定の手引き(改定版)」(2014年策定)を更新するほか、技術的助言等の方策を講じるなど、市区町村での策定を支援していく方針である。
自然共生サイトの保全の取組は、その自然共生サイトが存在する地域で行われるものであり、地域での持続的な保全活動の展開や、地域社会への貢献として評価するためには、地域戦略の中に自然共生サイト保全の取組を位置づけることが重要である。例えば、地域戦略で具体的な目標として「自然共生サイト認定面積」を掲げた場合、民間企業や地方公共団体等が主体となって行う保全の取組について、地域への社会的インパクトを評価することができる。このように、保全の取組を通じて地域に社会的インパクトを与えていることを示すことができれば、ネイチャーポジティブへの貢献を見える化でき、企業にとってはTNFD開示への活用も考えられる。
地域戦略の策定にあたっては、環境基本計画や緑の基本計画などの記載内容の一部を地域戦略に位置付ける事例や、複数の市町村が共同して策定する事例も見られる。これらの先行する事例も踏まえ、現在検討されている策定支援によって、官民連携による地域でのネイチャーポジティブ実現に向けた取組が促進されることを期待したい。
- 温室効果ガスの排出について、排出量から吸収量・除去量を差し引いた合計をゼロにすること。
- 従来の3R(リデュース、リユース、リサイクル)の取組に加え、資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動のこと。
- 世界経済フォーラムは本報告書の中で、世界のGDPの半分以上が自然の損失によって潜在的に脅かされており、ネイチャーポジティブ経済へ移行することによって、2030年までに10兆ドル/年・約4億人/年の雇用を生み出すことができるとしている。
- 2010年10月に愛知県名古屋市で開催されたCOP10で採択された「戦略計画2011-2020」のビジョンとミッションである、「2050年までに『自然と共生する世界』を実現することをめざし、2020年までに生物多様性の損失を止めるための効果的かつ緊急の行動を実施する」を達成するための20の個別目標のことを指す。
- 戦略計画2011-2020及び愛知目標の達成状況について分析した報告書。生物多様性条約第24回科学技術助言補助機関会合(SBSTTA24)及び第3回条約実施補助機関会合(SBI3)の特別バーチャル・セッションにおいて、2020年9月15日に生物多様性条約事務局(カナダ、モントリオール)によって公表された。
- 国連生物多様性サミットの際に署名が開始された首脳級のイニシアティブで、日本は2021年5月に参加を表明している。
- Other Effective area-based Conservation Measuresの略称。
- 2月末で次期国家戦略のパブリックコメントが実施され、3月中には閣議決定の見込みである。
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