シティ・モビリティ

地域におけるリスキリング推進のポイント ~企業に対する広島県の支援事例から~

主任研究員 福嶋 一太

リスキリングとは単なる学び直しではなく、新しいことを学びそれを活かし新たな業務を行うことである。単なる知識習得ではなく、労働移動を伴うことが大きな特徴で、デジタル化の進展と生産性向上に効果的な制度として大きな期待が寄せられている。本稿では、他に先駆けて企業のリスキリング推進を支援している広島県の取組みを紹介し、取組みのポイントや今後の課題について考察する。
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1.リスキリングとは

(1)リスキリングの概要

近年、企業ではデジタル等の新技術の浸透により、業務自動化等による生産性の向上が進んでいる。そのため、従業員がこれまで保有していたスキルは徐々にその価値を失い、さらなるデジタル化を企画・推進するためのスキルや、別の部門で働くためのスキルなど、新たに求められるスキルとのギャップが生じている。このギャップを埋める方法の一つがリスキリングである。

リスキリングとは日本では「学び直し」と表現される場面も多いが、社会人が仕事で求められる能力を磨き続けていくことを意味するリカレント教育も「学び直し」と表現されることがある。リスキリングの定義は「新しいことを学び、新しいスキルを身に付け実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」とされる1。単なるスキルの獲得ではなく、獲得したスキルを活用し、新たな業務や職業に就く点が特徴であり、必ずしも配置転換や転職を前提としないリカレント教育とは異なっている。

また、リカレント教育とリスキリングはその実施目的も異なる。リカレント教育は個人が学び直しを目的として行うが、リスキリングは企業がデジタル新技術などの新しいスキルの習得機会を従業員に提供するものである2。(リスキリングとリカレント教育の主な差異については<図表1>参照。)

(2)リスキリングが求められる背景

リスキリングは企業がスキル習得機会を提供し、それを活かす業務を用意する点で企業側の負荷が大きい。それでも、企業がリスキリングに取り組まなければならない理由の一つは、デジタル人材確保に関するものである。現在、デジタル人材の需給はひっ迫しているため、採用が困難な状況が継続している。また、好条件を求めて短期間で転職してしまうケースも多く、安定的に人材を確保することが難しくなっている。そのため、リスキリングにより社内業務に精通した人材にデジタル技術を習得させ、デジタル化を進める方が、新たな人材を採用するよりも安定的にデジタル化を推進できるケースも多い3

(3)リスキリングの実施主体は個人ではなく企業

(一社)ジャパン・リスキリング・イニシアチブの後藤宗明氏によれば、リスキリングを従業員個人に依存してしまうと失敗を招く可能性が高いという。従業員にデジタル知識を習得させようとして研修を受講させる場合、従業員が受講時間を捻出するため、既存業務を他の従業員に引き継ぐ必要がある。しかし、特に中小企業ではその引継人員を用意することも難しく、結果として通常業務にリスキリングのための負荷が上乗せされてしまう。したがって、企業がデジタル化を自分事ととらえ、主体的に引継人員を確保し、デジタル戦略や人材戦略と連動しながらリスキリングを進めていくことが求められるのである。

また、後藤氏は上記の他にも、わが国では、「学び」と「スキルアップ」が結びつくような成功体験が乏しいことも要因の一つと指摘する。これを裏付けるような、従業員自身の「学び」への意欲の問題もある。ベネッセコーポレーションが実施した「社会人の学びに関する意識調査2022」4によると、学生を除く18~64歳の男女のうち「社会人になって学習したことがあり、これからも学びたいと思う」層は33.6%に過ぎず、従業員個人の学習意欲には大きく期待できないことが示されている。

このように、リスキリングには企業が主体的に取り組む必要があるものの、上記以外にも推進人材の確保や研修費用の捻出など多くの課題がある。企業の取組みを後押しし、地域経済の活性化を推進するため自治体が積極的な役割を果たす余地は大きい。以下、企業のリスキリングへの取り組みに対する支援を積極的に行っている広島県について、施策の概要や、施策を推進する上で生じた課題と対応策について紹介する。

2.広島県の取組み

(1)取組み概要

広島県では、従業員にデジタル基礎知識の習得支援を行う県内企業に対して、ITパスポート5の取得経費の一部を補助し、産業界全体のデジタル知識の向上を図っている。あわせて、県独自の制度として、補助を受ける企業がリスキリングへの取組姿勢を内外に公表する「リスキリング推進宣言制度」の創設や、経営者へのリスキリング研修の開催等、リスキリング推進の土台作りに積極的に取り組んでいる。<図表2>

広島県がリスキリングに取り組むきっかけとなったのが、広島県の湯崎知事が座長を務めた「ポストコロナ時代を見据えた経済に関する研究会6」での議論である。この研究会では、デジタル人材の育成や労働移動の必要性などが議論された。これを受け、広島県ではIT企業出身でデジタル分野に素養がある湯崎知事が推進役となり、DX関連施策が協力に推進されてきた7。特にリスキリングは、新たにデジタル技術などを取得することに加え、そこで得たスキルを企業内で実践する仕組みの重要性が注目された。行政が企業主導によるリスキリングを支援することにより、地域企業のデジタル化のみならず、地域へのデジタル人材の集積を同時に推進することができ、地域産業の競争力強化につながるものと期待されたのである。<図表3>

(2)推進にあたっての課題と対策

施策の推進にあたり、広島県は、言葉さえ社会に浸透していないリスキリングの必要性や仕組みを経営者に深く認識してもらい、いかに多くの業種・企業にリスキリングに取り組んでもらうかに腐心したという。

広島県では従業員総数に占める中小企業の割合が全体の約8割となっており8、県内企業全体の給与水準も三大都市圏や近隣の福岡県より低い9にもかかわらず、既存の産業・既存のやり方で当面の経営が成り立っているがゆえに成長産業へのシフトやデジタル化の推進に関心が薄い企業が多かったという10。また、産業・企業ごとにデジタル化の方向性も異なるため、県内の多くの企業が参加できる施策を検討する必要もあった。

広島県ではこのような課題を乗り越えるため、デジタル化に取り組む敷居を下げつつ、様々な業種や規模の小さい企業でも導入しやすい施策を、地域のデジタル化推進の入り口として実行することにした。それが、どの企業でも求められるITリテラシーの獲得を目的とした基礎的なデジタルスキルの一つであるITパスポートの取得支援である。そして、この支援を企業が受けようとする場合、リスキリング推進宣言を行うことにより、有利な補助を受けることができるなど、企業が自分事としてリスキリングの導入意義を考えるきっかけを与える仕組みになっている点に特徴がある。

2022年4月にこの施策を導入して以降、2023年2月現在のリスキリング推進宣言企業は約72社11となり、最近では県内の大手金融機関や公共交通機関などの導入も増えている。人への投資や人材を資本として捉える人的資本経営の考え方が注目される中、今後さらなる導入企業の増加が見込まれているという12

また、地域の小規模なクリーニング店等の中小企業によるDXの取組事例の紹介や、リスキリングの必要性を経営者により理解してもらうためのワークショップの開催なども並行して実施することで、中小企業経営者の意識改革にもつなげている13

(3)リスキリング導入の効果

リスキリングを実施している県内企業への実態調査によると、リスキリング導入の効果として「業務効率化による生産性の向上」と「従業員の担当業務へのモチベーション(働きがい)向上」が上位2つを占めている。<図表4>広島県では、リスキリング導入の効果として、「DXへの対応」「(従業員の)働きがい向上」「人材確保」を挙げているが、これらの目的を一定程度達成できていることを見て取ることができる。

3.むすび

広島県の取組みは、業種や企業規模にかかわらず、デジタル人材育成のためのリスキリングに対する企業経営者の関心を高め、具体的なアクションを喚起するための端緒となる支援策として注目に値する。

このような施策によって企業単位でのリスキリングが活性化し、地域全体でデジタル人材の層が厚くなれば、企業内での人材の配置転換にとどまらず地域内の人材の流動化にもつながってゆく。そのような環境が整えば、地域経済全体がデジタル化によって活性化すると同時に、一方で、デジタル化の進展に伴い失われる雇用が極力低減するよう、リスキリングの推進を図るといった、将来の可能性が見えてくるだろう。

その実現のためには現在の企業内での人材の配置転換から一歩踏み込み、地域内のデジタル人材の流動化のメリットを上手く取り込むことも有効であろう。例えば、企業内で育成したリスキリング人材が、副業や兼業を通じて他の企業のデジタル化を支援するような仕組みがあれば、企業と従業員の雇用関係を維持しながら一定の人材流動性を高めることにも貢献するはずだ。

また、企業もデジタル化やリスキリングに対する当事者意識をより高めることが必要で、デジタル人材に対する評価、処遇、育成といった人事戦略を見直す必要があろう。デジタル化のメリットは三大都市圏や大企業に限られたものではない。むしろ、これからデジタル化が浸透してくる地域企業こそ、デジタル化を自分事ととらえて準備し、そのメリットを享受する体制を構築することが求められるのではないだろうか。

前述の後藤氏によると、地域におけるリスキリングは、企業や行政に加え、大学や専門学校といった教育機関も含めた産官学連携により進む可能性や、地域人材に精通した地方銀行が主導する可能性があるという。また、デジタル分野だけではなくグリーン分野でのリスキリングの可能性も指摘されており、リスキリングは様々な分野で拡大を見せているという。例えば、再生エネルギーは三大都市圏以外でのさらなる事業拡大が期待されており、グリーンスキルの習得の必要性は三大都市圏以外の地域で高まると考えられる。

地域におけるリスキリングの推進には、今後大きな可能性があるが、その取組みはまだ緒についたばかりである。今後どのような形で推進されていくのか注視していく必要があるだろう。

  • 後藤宗明「自分のスキルをアップデートし続けるリスキリング」 (日本能率協会マネジメントセンター、 2022 年 10 月 10 日)
  • 学び直しの意味で「アップスキリング」という用語がある。これは既存の知識を拡充させることを意味し、新たな技術習得
    のためのリスキリングとはその意を異にするものである。
  • 前掲注1
  • ベネッセコーポレーション「社会人の学びに関する意識調査 2022 」 https://www.benesse.co.jp/lifelong
    learning/assets/pdf/news 20230120 report.pdf
  • IT パスポート試験は情報処理技術者試験の一試験区分であり、「情報処理の促進に関する法律」に基づく国家試験 である。
    IT パスポートの詳細については< https://www3.jitec.ipa.go.jp/JitesCbt/index.html >を参照のこと。
  • 全国知事会農林商工常任委員会資料「ポストコロナ時代を見据えた経済活動に関する研究会 報告(概要)」( 2022 年 3 月
    11 日)
  • 広島県商工労働局産業人材課に対する取材に基づく。
  • 中小企業庁ホームページ<https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/chu_kigyocnt/index.html> visited in J an 26
    2023
  • 厚生労働省「令和 3 年賃金構造基本統計調査」
  • 前掲注7
  • 広島県提供資料に基づく。
  • 前掲注7
  • 前掲注11

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