オーストラリアの社会的養護は里親への委託が基本であり、里親委託率は約92%と非常に高い16。特徴的なのは政府と民間の役割分担であり、里親支援業務の一部または全部が民間団体に委託されている。州により民間への委託範囲等は異なるが、例えばニューサウスウェールズ州にあるNGO団体では、里親のトレーニング、里親の家族背景や家の構造、安全性、犯罪歴などのチェック、里親になってからの定期的な訪問なども行っている17。
里親制度に関する重要な課題としては、何度も里親が変更となるフォスターケア・ドリフトが挙げられる。ヴィクトリア州および西オーストラリア州における調査では、社会的養護下で暮らす子どもたちの半数近い46%が6か所以上の生活場所を経験していた18≪図表4≫。生活の場が頻繁に変わることにより、里親の利点であるはずの愛着関係の形成は難しくなる。このフォスターケア・ドリフトはオーストラリアのみならず、アメリカやカナダなど、里親委託率が高い他の国でも認められる1920。なお、ヴィクトリア州では2018年より早期の親族ネットワークの特定などを含む「新しい親族ケアモデル」を導入し、親族による養育の支援を強化している21。
社会的養護のこれから(1)
1.はじめに
経済的な理由や虐待などにより親と暮らすことができず社会的養護を必要とする「要保護児童」は国内に約4万2000人存在する1。社会的養護とは、要保護児童を公的責任で社会的に養育し保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うことをいう。児童相談所への児童虐待相談対応件数は2021年度には20万7千件超と過去最多を記録し2、今後、要保護児童のさらなる増加が想定される。
社会的養護は里親家庭・ファミリーホーム3の「家庭養護」と乳児院・児童養護施設等の「施設養護」に大別され、要保護児童の8割近くが施設で養護されている4。2016年に児童福祉法が改正され、要保護児童を施設ではなく、養子縁組・里親を含む家庭的な環境で育てることを目指す「家庭養育優先原則」が明文化された。これを受けて厚生労働省が2017年に公表した「新しい社会的養育ビジョン」では、「就学前の子どもは原則として施設への新規措置入所を停止」「3歳未満の子どもは、概ね5年以内に里親委託率75%以上を実現」などの目標が掲げられた5。
本稿ではビジョンの公表から5年が経過した現在の家庭養護の動向を確認し、海外事例をもとに今後の社会的養護の在り方について考察していく。
2.家庭養護の動向
(1) 里親制度
里親制度は、要保護児童を里親の家庭で一定期間預かり育てる仕組みである。里親と子どもの間に法的な親子関係はなく、親権は実親が維持する。里親になるためには児童相談所等による研修・実習等のカリキュラムを修了し、児童福祉審議会による審議を経て都道府県に登録する必要がある。里親の要件としては、要保護児童の養育についての理解があることや、経済的に困窮していないこと、禁錮以上の刑に処せられていないことなどが挙げられ、配偶者の有無や年齢による一律の制限等は定められていない。
里親には児童一人当たり月9万円の里親手当(専門里親は14.1万円)に加えて生活費5〜6万円、教育費・医療費などが国および自治体から支給される。里親の種類は対応する児童の特性や児童との関係等により4種類に区分される6≪図表1≫。
(2) 里親委託率上昇に向けた取組み
厚生労働省は「新しい社会的養育ビジョン」公表翌年の2018年、都道府県等に対し里親等委託率の数値目標や里親推進に向けた取組み等をまとめた「都道府県社会的養育推進計画」の策定を通知した。この推進計画において2024年度末に「3歳未満の里親委託率75%」という国の目標値以上を設定しているのは63の都道府県および指定都市の中、わずか7か所に留まった7。自治体担当者からは「数値目標に追い立てられ拙速に事を運ぶと、委託後の不調が急増する懸念がある」という声が出ている8。
里親等委託率9は2010年度の12%から、2020年度には約23%と徐々に上昇しつつある10が、≪図表2≫のとおり自治体間の格差が大きい。里親委託率が最大の新潟市では、従来はケースワーカーが里親担当を兼ねていたが、里親委託を増やすために2014年から里親専任の正職員を配置し、さらに2021年から里親養育支援児童福祉司を配置した。里親希望者の相談から登録、委託、そして委託後のサポートまで、一連の過程全てに専任職員が関わる形にしたことにより手厚い支援が可能となり、委託率だけでなく里親を対象とした満足度調査の評価も高くなった11。
3.海外事例からの示唆
日本は海外諸国と比較して里親委託率が低い12が、国により社会的養護の在り方は様々である。参考事例として、社会福祉大国として知られるデンマーク、そして里親委託率が高いオーストラリアの社会的養護の取組みを取り上げる。
(1) デンマーク
里親委託の割合は約58%13と他の欧米諸国と比較するとさほど高くはない。施設養護には主に児童養護施設と小規模ホームが存在する。精神面で困難を抱える子ども、そしてティーンエイジャーは施設への入所が基本であり、里親に委託されるケースは少ない。施設には障害を持つ子供たちのケアの専門職スタッフなどが配置され、集中したケアが行われる。
社会的養護実施の主体はコムーネ(自治体)であり、地域の警察、保健師、医師、保育士、学校における学校心理士やソーシャルワーカーなどのネットワークとの連携体制を構築している≪図表3≫。
デンマークは予防的ケアに注力しており、何らかのケアが必要な家庭を発見して地域のアクターが支援を行うことで、家庭環境の改善を図っている。情報の連携体制が整備されていることにより、子どもに気になる変化やなんらかのサインがあった場合は教師などからソーシャルワーカーに報告がされ、必要に応じて家庭に早期に介入することが可能となる。保護者が養育に適合していない場合、要保護児童に対する予防的ケアまたは里親・施設などの家庭外ケアを選択・決定するが、親や子ども本人を支援の決定過程に参画を促す仕組みもあり、親子を分離する前にサポートすることで家族の再統合を目指している14。予防的ケアとしては、ショートステイなど養育者に休息を提供するレスパイトサービス、ファミリーセラピーおよび経済的サポートなどが行われている15。
(2) オーストラリア
4.社会的養護の課題と展望
(1) 顕在化するフォスターケア・ドリフト
国内でも里親の約26.6%が里親関係を解消する「委託解除」を経験したという調査結果がある22。その理由としては「自分たちの精神的負担が限界だった」ことなどが挙げられている23。すでに何らかの理由で親と暮らせなくなった子どもたちにとって、一旦生活を共にした里親からの委託解除はさらに心に大きな傷を残す。
要保護児童の6割近くが身体的虐待やネグレクト等の虐待を受けた経験をもっており24、一般的な養育里親が養育することが困難な子どもは多い。加えて、何らかの障害を持つ要保護児童の数も増加している25。このような特性のある子どもの養育は専門里親が担うが、≪図表1≫にあるように専門里親の登録数は715世帯、実際に委託されている子どもは206人に過ぎない。特別なケアを要する子どもについては、里親家庭より専門的知識を持つ職員がいる施設での養育の方が望ましいケースもあると考えられる。
(2) 児童相談所とフォスタリング機関の連携
「新しい社会的養育ビジョン」では都道府県が行うべき里親に関する業務(フォスタリング業務)が具体的に位置づけられ、民間事業者やNPO法人への委託を含めたフォスタリング機能の強化が掲げられている。フォスタリング業務とは、里親のリクルートおよびアセスメント・里親登録前後および委託後における里親に対する研修・子どもと里親家庭のマッチング・子どもの里親委託中における里親養育への支援・里親委託措置解除後における支援に至るまでの一連の過程において、子どもにとって質の高い里親養育がなされるために行われるさまざまな支援を指す。
里親委託率の向上のためには専任の児童福祉司の設置が有効という前述の新潟市の事例があるが、児童相談所業務の中核を担う児童福祉司は全国的に不足しており、専任の担当を置くことは難しい児童相談所が多い。このため、フォスタリング業務に特化した外部機関が一連の業務を担うことは、里親委託率の上昇、そして時間をかけて里親と子どもをマッチングし、アフターフォローまで実施することでフォスターケア・ドリフトの防止に有効だと考えられる。
例えば東京都の一部地域では、保育園や乳児院を運営する社会福祉法人にフォスタリング事業を委託している26。このようにフォスタリング機関に業務を委託している自治体は現時点ではわずかではあるものの、「都道府県社会的養育推進計画」においてはほぼ全ての都道府県がフォスタリング機関の体制構築に関して何らかの取組みを記載している27。このような体制が整うことで、里親委託率の数値だけではなく、委託された子どもの養育環境が向上することを期待したい。
(3) こども家庭センターの設置による「予防的ケア」の強化
予防的ケアに注力しているデンマークでも社会的養護(家庭外ケア)を受ける子どもの数は約1.2万人28と、総人口29に対する割合は日本よりも高い。これは日本において潜在的に社会的養護を必要としている子どもたちが多数存在することを示唆している可能性がある。
子育て世帯に対する包括的な支援のための体制強化等を行うことを目的とした改正児童福祉法が2022年6月に成立した。それにより従来の「子ども家庭総合支援拠点」および「子育て世代包括支援センター」を統合した「こども家庭センター」の設置に努めることが全国の市町村に義務付けられた30。児童相談所が主に児童虐待や子どもの非行ケースに対応するのに対し、こども家庭センターは全ての妊産婦、子育て世帯、子どもへ一体的に相談支援を行う他、要保護児童とその保護者に対する親子関係形成支援事業も実施する。
自治体には機関を設置するだけではなく、児童相談所とこども家庭センターが連携したうえで、さらに学校や病院などの地域のアクターも巻き込み、何らかの問題のある家庭の兆候をつかむことができる体制の構築が望まれる。
5.小括
これまで見てきたように、現在国内では家庭養護中心の社会的養護が推進されている。しかしながら、フォスターケア・ドリフト問題や個別のケアを必要とする児童の増加等を踏まえると、里親委託率を高めることが要保護児童の幸せに直結するかは定かではない。重要なのは数値目標を追いかけることではなく、一人一人の子どもに寄り添い、それぞれの状況や特性を見極めた上で親子関係の再構築を含めた最適な養育環境を判断し、子どものウェルビーイングを高めることではないだろうか。さらに言えば、予防的ケアの強化により早期に家庭に介入して家庭環境の改善を図るなど社会的養護に移行する前の解決が望ましい。
なお、国は「新しい社会的養育ビジョン」において、家庭養護と並んで社会的養護の永続的解決(パーマネンシー保障)としての特別養子縁組も推進している。次回は特別養子縁組にフォーカスして取り上げる。
- 厚生労働省「社会的養育の推進に向けて」(2022年)
- 厚生労働省「令和3年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数(速報値)」(2022年)
- 養育者の家庭の中で5~6人の子どもを預かる小規模住居型児童養育事業。
- 前掲注1
- 厚生労働省「新しい社会的養育ビジョン」(2017年)
- 厚生労働省「里親制度(資料集)」(2022年)
- 厚生労働省「「都道府県社会的養育推進計画」の「見える化」について」(2020年)
- 毎日新聞「里親委託、悩む自治体 国の目標「3歳未満は5年以内に75%」計画6カ所どまり」(2020年3月6日)
- (里親・ファミリーホーム委託児)/(乳児院入所児+児童養護施設入所児+里親・ファミリーホーム委託児)
- 前掲注1
- ジチタイワークス Web サイト
<https://jichitai.works/article/details/987>(最終閲覧日2023年1月16日) - 前掲注1
- 日本社会事業大学社会事業研究所「社会的養護制度の国際比較に関する研究」(2016年)
- 佐藤桃子「デンマークにおける課題を抱える家族と子どもへの支援」(2015年)
- 前掲注13
- 前掲注1
- 中野洋子・小林俊子「オーストラリア海外研修報告~福祉施設を見学して」(2016年)
- Australian Housing and Urban Research Institute”Pathways from out-of home care”,2010
- 池谷和子「アメリカにおける里親制度」(2014年)
- 資生堂社会福祉事業財団「第41回資生堂児童福祉海外研修報告書」(2015年)
- ヴィクトリア州 Department of Families, Fairness and Housing Web サイト
<https://services.dffh.vic.gov.au/kinship care>(最終閲覧日2023年1月16日) - NHK Webサイト「居場所のない子どもたち」
<https://www.nhk.or.jp/d-navi/link/kodomo/article_29.html>(最終閲覧日2023年1月16日) - 同上
- 厚生労働省「児童養護施設入所児童等調査の概要」(2020年)
- 前掲注1
- 東京都福祉保健局Webサイト
<https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kodomo/satooya/tokyo_fostaring.html>(最終閲覧日2023年1月25日) - 前掲注7
- 前掲注13
- デンマークの総人口は約581万人(2019年時点)
- 厚生労働省「児童福祉法等の一部を改正する法律(令和4年法律第66号)の概要」
<https://www.mhlw.go.jp/content/000991032.pdf>
PDF:1MB
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