企画・公共政策

ついに動き出した中国人観光客 ~急務となるオーバーツーリズムへの対応~

主任研究員 小池 理人

中国での水際対策の緩和を受けて、日本のインバウンド需要は本格的な回復局面に移行することが予想される。観光需要の増加が見込まれる中で、地域と時間の観点から需要を分散させる必要がある。また、コロナ禍によって毀損した供給能力を増強することも求められる。中国からの観光客が日本に戻る前にオーバーツーリズムへの対応を行うことが急務であり、そのための猶予期間は長くない。

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1.中国での水際対策が緩和される


中国政府は中国への入国時の隔離義務を1月8日から解除することを発表した。中国人の海外旅行についても、正常化を目指す方針を打ち出している。日本が10月11日に水際対策を緩和したことにより、11月の訪日外客数は全体としてはコロナ前の38.3%の水準まで回復したが、中国はゼロコロナ政策を採っていたため、中国人観光客はコロナ前の3%程度の水準に止まっていた(図表1)。感染への懸念はあるものの、中国からのインバウンド需要が回復することの経済的な影響は大きい。コロナ前には、中国人観光客は訪日外客数全体の約3割を占め、インバウンド消費全体では4割弱を占めるなど、日本のインバウンドにとって非常に大きい影響力を持っていた(図表2、3)。中国での水際対策の緩和は、中国国内の感染状況の悪化により、短期的には混乱が生じることが予想されるものの、中長期的には中国からの訪日客の復活により、日本におけるインバウンド需要は本格的な回復局面に移行すると考えられる。

ただし、日本は12月30日から中国本土からの渡航者と中国本土に7日以内の渡航歴のある人全てに対して入国時の検査を行い、陽性となった人に対して待機施設で原則7日間(無症状の場合には5日間)の隔離措置を求める。また、日本と中国を結ぶ便についても増便制限などを行うこととされている。1月8日からは中国からの入国者への検査を精度の高いPCR検査に切り替えるなど、水際対策を更に強化する方針が示されており、当面の間は中国からの観光客が大きく増える状況には至らないことが予想される。このことは、感染状況の悪化を防ぐという観点ではもちろん重要であるが、オーバーツーリズム防止のための時間的猶予ができたという点でも大きな意味があると考えられる。

2.求められる訪問地域偏在の是正

オーバーツーリズムとは、訪問客の著しい増加が観光地の市民の生活や自然環境などに負の影響を与え、それが観光客の満足度も低下させてしまう状況をいう。インバウンドに沸き、新型コロナウイルスの脅威も無かった2019年には大挙して訪れる観光客によって生じるゴミや騒音が問題となり、宿泊施設の混雑から出張予約も取れなくなるなど、経済活動への悪影響も生じていた。コロナ禍によって観光客が激減したことで、こうした問題は一旦棚上げされることとなった。しかし、国内旅行の回復や日本における水際対策の緩和により、局所的にではあるが、ゴミや騒音、混雑といったオーバーツーリズムの問題が顕在化し始めている。今後、訪日外客数に占めるウエイトの大きかった中国人観光客が戻り、インバウンドが本格的な回復局面に入ることで、オーバーツーリズムの問題が広く顕在化する可能性がある。

コロナ前にオーバーツーリズムが生じた際には、地域に関して、需要の偏りが大きかった。インバウンドの回復が本格化する中でオーバーツーリズムを防ぐためには、需要の偏りを平準化する必要がある。観光客の訪問先については、人気のある地域とそうではない地域が存在し、需要に偏りが生じる。とりわけ、外国人観光客はこの傾向が顕著であった。観光庁が公表している宿泊旅行統計調査によると、2019年の外国人延べ宿泊者数は、上位10都道府県で全体の82.3%を占めていた(図表4)。コロナ前には外国人観光客が大きく増加する中で、多くの外国人観光客を一部の都道府県が集中して受け入れていたため、地域の生活に支障が出るほどの混雑が生じていた。中国人観光客について延べ宿泊者数をみると、上位10都道府県で全体の86.7%を占めており(図表5)、訪問先の地域が訪日外国人全体よりも更に偏在していることが示されている。中国人観光客の回復により、訪問先の偏在という課題が再び顕在化する可能性がある。これまでは外国人観光客の代表的な周遊ルートである「ゴールデンルート」が位置する都道府県などに観光客が集中していたが、今後は日本の多様な観光地の魅力を発信することで、地域の分散を進めていく必要があるだろう。

3.休日から平日への需要分散も課題

時間の分散も重要な課題だ。観光庁の調査によると、日本の旅行量は大型連休を含む休日に集中しており、年間日数の約7割を占める平日での旅行量は16.5%に過ぎないことが示されている(図表6)1。旅行が休日に集中する問題については政府も認識しており、全国旅行支援では、平日の旅行に対するクーポン付与額を増額することで旅行需要の分散を図っている。昨年12月の和田観光庁長官の会見では、こうした施策によって平日での予約割合が増加したとの説明がなされており、時間の分散化が進んでいることが示されている。


もっとも、全国旅行支援終了後も平日への旅行需要の分散が続くかどうかは不透明だ。有給休暇の取得を促すことで、平日での旅行需要を増加させる必要があるだろう。2019年に有給休暇の取得が義務化されたことで、長期に渡って5割を切っていた有給取得率は58.3%へと急上昇している(図表7)。法的拘束力が無くても、企業が有給休暇の取得を積極的に促すことで、同様の効果をもたらすことは可能であると考えられる。事業者による営業活動も必要だ。宿泊事業者の中には、平日限定のプランやアクティビティーなどの追加的なサービスを提供しているところも少なくない。平日での観光は既に価格が低いというコスト優位性があるが、追加的なサービスの提供も平日に観光客を誘致する上で、有効な手段となり得ると考えられる。

4.弱体化した供給能力の増強も課題に

供給面についても不安が残る。度重なる行動制限や消費者の外出手控えにより、需要が激減したことで、事業者による設備投資や人材の採用も大きく抑制されることになった。コロナ禍以降、宿泊・飲食サービスの就業者数は大きく減少し、設備投資額も弱い動きが続くなど、インバウンド需要に対する供給能力は毀損されている2。日本における中国からの観光客を対象とした水際措置により、当面の間は中国人観光客の急増は避けられる見込みである。しかし、中国での感染状況の改善と共に、中国からの観光客に対する水際措置はいずれ緩和されるだろう。設備投資や人材採用を進めることにより供給能力を増強することが求められるが、そのための時間的な猶予は長くないと言えるだろう。

  • 暦の日数と旅行量のデータは2009年以降更新されていない。2019年4月からの有給休暇の取得義務や全国旅行支援の実施によって連休や土日祝日での旅行需要の集中は幾分緩和された可能性があるが、依然として平日での旅行需要は小さいと考えられる。
  • 宿泊・飲食サービスの供給制約については、2022年11月30日付レポート「対面型サービスは供給制約を解消できるか~求められる政策的な予見可能性の向上~」(https://www.sompo-ri.co.jp/2022/11/30/6273/)をご覧ください。

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