防災・減災が平常時のコミュニティを基盤にすることや、環境保全の担い手不足の解消には、これらを下支えする地域振興とセットで考えることが要不可欠と思われる(図表3)。今後は、都市に関わる計画だけではなく、関連して改正された9つの法律とどのように連携し、そこに実効性を担保していくかが法令を巡る今後の焦点となる12。
流域治水とグリーンインフラ導入の意義 ~地域振興の新しい可能性~
1.流域治水とグリーンインフラを活用した取組みの導入
2019年東日本台風をはじめ、近年の水災は記録的な豪雨により、我々の生活に甚大な被害をもたらした。このような近年の水災害は、従来の総合治水対策1では対応できず、社会課題とさえ言える。そうしたなか、昨今注目されているのが「流域治水」である。「流域治水」は、気候変動の影響による水災害の増加等を踏まえ、堤防の整備、ダムの建設・再生などの対策を行うとともに、全国の河川を対象に流域に関わるあらゆる関係者が協働して水害対策を行う考え方である。
「流域治水」がこれまでの治水対策と根本的に異なるのは、従来行われてきた治水対策に加えて、グリーンインフラを活用した取組みを取り入れた点である。国土交通省によると、「流域治水」におけるグリーンインフラを活用した取組みは「生物の多様な生息環境の保全・創出、地域の自然環境と調和する景観形成等の環境の取組みについても流域のあらゆる関係者とともに推進する2」とされている(図表1)。すなわち、現存する自然や損なわれた自然環境を維持或いは取り戻し、それらを活用することを目的としており、同省のホームページには具体的な取組みが例示されている。今後はこのような取組みが更に推進されることが期待される3。
2.グリーンインフラを活用することの意味
グリーンインフラを活用するという発想は、1990年代後半に、欧米を中心に発展してきた考え方で、人工構造物(グレーインフラ)の対義語として用いられるようになったとされている5。欧州委員会のグリーンインフラ戦略では、「多様な生態系サービス(多面的機能)の発揮や生物多様性の保全」に重きが置かれている。一方、米国では、米国環境保護庁(EPA)による定義で「…土壌や植物が雨水流出の浸透、蒸散あるいはリサイクルに使われるとき、グリーンインフラストラクチャーは雨水管理システムの構成要素として使用することができる…」と記載されており、「雨水管理、都市災害の抑制」に期待が込められている。このように、欧米では重点がやや異なるものの、「生態系の持つ恵みを活用した社会資本整備、土地利用」が「グリーンインフラ」という言葉の概ね共通した定義である6。
諸外国の動向を受けて、我が国では、2015年に改正された国土形成計画と、同計画を受けて具体的な指針を定めた第4次社会資本整備重点計画において、グリーンインフラという言葉が初めて用いられた7。国土形成計画では、「本格的な人口減少社会において、豊かさを実感でき、持続可能で魅力ある国土づくり、地域づくりを進めていくために、社会資本整備や土地利用において、自然環境が有する多様な機能(生物の生息・生育の場の提供、良好な景観形成、気温上昇の抑制等)を積極的に活用するグリーンインフラの取組を推進する。このため、社会資本整備や土地利用におけるグリーンインフラの考え方や手法に関する検討を行うとともに、多自然型川づくり、緑の防潮堤及び延焼防止などの機能を有する公園緑地の整備等、様々な分野において、グリーンインフラの取組を推進する」と明記された。なお、同日付で閣議決定された国土利用計画においても同様の方針が記載されている8。
従来の社会資本整備事業や土地利用計画でも、防災・減災、環境、地域振興といった各種機能を活用した取組みを実施してきているものの、それらは個別に施策が展開されていた。これに対し、グリーンインフラを活用した取組みが導入されることで、河川、都市、海岸等幅広い分野で社会資本整備や土地利用に求められる機能や、効果が総合的に検討され、施策として展開されることが今後期待されている(図表2)。
3.流域治水関連法改正の意義とグリーンインフラを活用した取組みの推進 ~地域振興への期待~
グリーンインフラを活用した取組みを後押ししたのが、国連気候変動枠組条約(2008)、生物多様性条約(2009)、防災会議(兵庫行動枠組、仙台防災枠組)である。また、欧州委員会が欧州グリーンインフラ戦略(2013)を発表したことや、米国で雨水管理機能に関する制度・技術構築がグリーンインフラを活用した取組みの普及に繋がった。我が国においては、こうした国際的政策動向を背景に、2015年の国土形成計画や社会資本整備重点計画において「グリーンインフラ」という概念が発表されたのは先に述べたとおりである9。
それと並行し、特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律(以下、流域治水関連法とする)が制定され、合わせて関連する9つの法律が改訂された10。同法は、2018年の気候変動適応法が施行されたことや翌年の東日本台風(2019年台風19号)を受けて、同年11月に国土交通省・水管理国土保全局が「気候変動を踏まえた水災害対策検討小委員会」を設置したことが契機とされている。その結果、流域治水プロジェクトが推進されるようになったのは昨年のことである。
流域治水関連法が、河川関連法だけでなく、都市に関わる都市計画法、都市緑地法、建築基準法(以下、計画関連法)まで対象に改正されたことによって、流域治水は、防災・減災といった治水対策の域を超えるものとなった。そのことは、グリーンインフラを活用した取組みが有する環境、地域振興といった多面的機能の発現可能性を後押しする法制度が構築されことを意味する11。
しかし、近年では防災・減災、環境における取組み、雨水貯留対策等に注目が集まりがちであり、グリーンインフラを活用した取組みの多面的機能の一つである地域振興については、流域治水関連法に関わる9つの関連法やステークホルダ間の連携が立ち遅れていると言わざるを得ない。流域治水関連法に関わる9つの関連法やステークホルダ間の連携のみならず、今回の3つの計画関連法の改正においても、同様の課題が残る。
4.グリーンインフラを活用した取組みが地域振興の政策ツールになるためには
そこで、流域治水プロジェクトにおいて、具体的なグリーンインフラを活用した取組み例を紹介し、今後の地域振興に向けた展開可能性について述べたい。グリーンインフラを活用した取組み例は、図表4で示すように防災・減災、環境、地域振興の3つのタイプがあり13それぞれは先に述べた通りオーバーラップする取組みである。1つ目は、防災・減災対策で、遊水地を活用した治水対策と湿地の創出である。2つ目は、環境対策で、魚の遡上を助ける魚道整備14や瀬・淵を再生することによるワンド整備15である。3つ目は、地域振興で、国土交通省が推進するかわとまちを一体的に整備し地域活性化を促す取組みである「かわまちづくり事業」や観光資源(例えば、日本遺産である「亀の瀬地すべり」16)を活用した地域おこしである。
これまで防災・減災、環境、地域振興は各施策において対策が図られてきたが、グリーンインフラを活用した取組みが有する多面的機能を踏まえると、今後流域治水プロジェクトにおいて知見や技術の「連携・協議・共有」が最も重要な課題になるであろう。例えば、「かわまちづくり事業」は、地域振興、環境、防災・減災対策を同時並行で検討し、まちづくりを進めていく必要がある代表的な事例である。かわまちづくり事業を実施する際、人々が集うための場の整備(ハード施策)とそれを運用するためのプログラムや人材育成(ソフト施策)を行う。その際に発生する課題として以下のことが考えられる。
ハード施策としては、人々が集うための場づくりであることから、快適である程度デザイン性に富んだ空間設計が必要である一方、そこが河川敷である以上、治水条件をクリアしなければいけない制約が発生する。このため、砂防・景観設計に関わる技術者のみならず、その技術的要請を理解した上で、より良い水辺空間をつくるための予算計画をする管理者が必要不可欠である。さらに複雑なのは、治水事業費、環境整備費、かわまちづくり事業費といった予算の種別ごとに当然ながら目的が異なるため、目的に合わせたハード整備に限定される。このため、予算運用によってはその制約条件の中で、違う目的の用途に使わざるを得ない状況も発生する。例えば、治水事業費を活用し、非常時のための管理用通路を敷設し、平常時は市民のためのサイクリングロードとして活用する等、かわまちづくり事業を推進する上で常套手段として用いられる。加えて、環境整備費は魚道整備や瀬・淵の整備に活用することを目的とした予算であるため、基本的に人々が水辺に近づきやすい親水護岸整備を目的とした予算ではない。このため、護岸のデザインを決める理屈付けに悩まされ、ここでも自然科学・砂防・景観設計に関わる技術者とコミュニケーションがとれる人材の役割が重要となってくる。このように、かわまちづくり事業のような複合的な目的を持つ性格の事業にあっては、柔軟な予算運用の仕組みづくりと分野横断的なコーディネーターの人材育成が必要不可欠と思われる。
次にソフト施策である。防災・減災、環境と比較して、地域振興はハード整備が完了した後が重要な事業といえる。しかし、こうしたかわまちづくり事業を推進した結果、どのくらいの経済効果が見込まれるのかが示されないため、ソフト施策に対する事業の捻出は御座なりになる可能性が高く、ハード整備が完了すると放置されてしまうケースも散見される。しかし、経済効果の把握には中長期的スパンが必要である。例えば、かわまちづくり事業のような取組みは、地域外からの観光客を呼び込み域内の経済波及効果を高めるが、効果発現までには時間を要する。また、管理用通路を敷設し、サイクリングロードやフットパス利用をするケース等が多いが、こうした取組みは中長期的な視点にたつと健康増進に寄与すると思われる。こうした地域振興に関わる経済効果を算出し、「見える化」することができれば、ソフト施策に対する理解も深まるとともに、関連する官公庁や企業、地域住民等との連携も可能と思われる。
5.まとめ
本稿では、近年の気候変動に伴う河川整備から流域治水対策への転換に関する社会的背景を概観し、その解決策としてのグリーンインフラを活用した取組みの導入および国内外の政策動向について整理したのち、論点整理を行った。防災・減災、環境対策に注目が集まりがちな流域治水であるが、グリーンインフラを活用した取組みの多面的機能に着目し、地域振興との連携を強化することで地方創生の政策ツールになる可能性があることを本稿では示唆した。そのためには、グリーンインフラを活用した取組みの多面的機能を評価する方法論を確立し、具体的な事業に結びつけることが重要である。近年では、産学官によるグリーンインフラ官民連携プラットフォームが設立され、本格的な連携が推進されているため、今後の具体的政策展開に期待したい。
- 河川改修等を代替する調整池などを整備する治水対策。
- 国土交通省:流域治水プロジェクト<https://www.mlit.go.jp/river/kasen/ryuiki_pro/index.html >2022.7.16閲覧
- 前掲2
- 国土交通省:「流域治水」の基本的な考え方~気候変動を踏まえ、あらゆる関係者が協働して流域全体で行う総合的かつ多層的な水災害対策~
- Green Infrastructure Planning Guide Version:1.1
<http://www.greeninfrastructurenw.co.uk/resources/North_East_Green_Infrastructure_Planning_Guide.pdf>2022.7.5閲覧 - 西田貴明(2017):グリーンインフラとは何か、季刊政策・経営研究Vol1、1-10
- 国土形成計画は、国土の利用、整備及び保全を推進するための総合計画であり、全国計画と広域地方計画を基本に策定される計画である。また、同計画を受けて、国土利用計画(全国計画、都道府県計画、市町村計画)が策定され、両計画の策定に伴い、第4次社会資本整備重点計画の改定が2015年9月に閣議決定された。
- 国土交通省(2017):グリーンインフラストラクチャー~人と自然環境のより良い関係を目指して~
- 前掲5
- 当委員会における意見陳述を経て、2021年4月に成立した流域治水関連法は、流域治水の実施に関連する9つの法律の改正により成立している。すなわち、①特定都市河川浸水被害対策法、②河川法、③下水道法、④水防法、⑤土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律、⑥都市計画法、⑦防災のための集団移転促進事業に関わる国の財政上の特別措置等に関する法律、⑧都市緑地法、⑨建築基準法である。
- 前掲6
- 秋田典子(2022):流域治水関連法の成立と都市緑地法の役割、特集・グリーンインフラ-緑地の雨水貯留浸透機能:総論、ランドスケープ研究86(1)、2-3
- 国土交通省:大和川流域治水プロジェクト<https://www.mlit.go.jp/river/kasen/ryuiki_pro/pdf/86/86-3.pdf>2022.7.16閲覧
- 川に生息する魚にはサケのように上下流や海を行き来する種がいるが、ダムや堰などの障害物によって遡上が妨げられるため遡行を助けるための構造物を設置する。
- 川の浅瀬や深淵を人工的に再生し湿地を造成することによって魚類等の生息空間をつくる自然再生事業。
- 2020年6月に日本遺産に登録された「龍田古道・亀の瀬」を中心とした観光まちづくり。
- 前掲10
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