ワーク・エコノミックグロース

注目を集める自然資本の価値〜カーボン・オフセットとDebt for Nature Swap〜

主任研究員 大沢 泰男

従来から自然資本への投資は行われてきたが、カーボン・オフセットやDebt for Nature Swapの活用により、新たな投資家の関心を集めつつある。日本には森林をはじめとした多くの自然資本が存在しており、気候変動対策としても、自然資本の活用を追求していくことが期待される。また、海外でも日本の知見や資金を活用し、グローバルな共通財産である自然資本の保全に貢献していく姿勢が求められている。

1.生物多様性と自然資本の関係

近年、生物多様性や自然資本に関する議論が活発化している。昨年6月のG7首脳会議では「2030年自然協約」が採択され1、10月には生物多様性条約第15回締約国会議が開催された2。今年の3月には、情報開示の仕組みである自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のフレームワークの試作版が公表され3、情報開示の基準づくりが着実に進められている。日本に目を向けると、昨年7月に次期生物多様性国家戦略の策定に向けた報告書が公表されており、年内にも同国家戦略の正式決定が見込まれている4

このように、生物多様性をめぐる議論が進む反面、日本国内ではその概念が浸透しているとは言い難い。そこでまずは、生物多様性や自然資本に関する基本事項を確認したい。先のTNFDフレームワークでは、自然資本は「再生可能および再生不可能な天然資源のストック(植物、動物、空気、水、土壌、鉱物など)」であり、「人々に便益・サービスをもたらすフローを生み出すもの」としている5。これらは機械や建物といった人工資本の対義語として捉えると理解しやすい。生物(動植物)だけでなく、空気や土壌も含まれるのが特徴的である。同じく生物多様性について、国際的な枠組みの中では「自然資本の健全性や安定性を保つために欠かせず、自然資本(ストック)の一部であるとともに生態系サービス(フロー)を支えるもの」とされている6 7。生態系サービスとは生態系がもたらす気候や水の調整、花粉媒介、(人に対する)レクリエーション効果等である。一見わかりにくいが、生物多様性は自然資本や生態系サービスを支える存在と整理でき、自然資本は生態系サービスを通して我々の社会に価値を提供しており《図表1》、生物多様性と自然資本は非常に近しい関係にある。本稿では自然資本の中でも、生物や生態系に関する新しい投資の動向を紹介する。

2.自然資本への投資実態と新たな視点

(1) これまでの自然資本への投資


自然資本に含まれ、再生不可能な資源である化石燃料や鉱物は、現代社会を支えるエネルギー源や原材料として用いられ、一部は金融商品としても投資対象にされてきた。一方、日本ではあまり認知されていないが、再生可能な資源である森林や水資源についても同様に投資対象とされてきた経緯がある。例えば、アメリカでは不動産投資の一環として、森林投資(Timberland Investment)の分野が確立されている。森林投資は産出される木材の売却などから利益を得る仕組みであり、上場する4つの森林投資信託(Timberland REIT)の総時価総額は約400億ドル(約5兆円)に及ぶ8

これは日本の上場不動産投資信託(J-REIT)市場の約3分の1に相当し、最大手のWeyerhaeuser社の時価総額は過去10年で約3倍に拡大している《図表2》。また、水資源についても投資家の投資対象となっている。2020年には米カリフォルニア州の水利権の貸借や売買に基づく指標であるNasdaq Veles California Water Indexに連動する水先物取引が上場した9。水資源の需給バランスと資源管理の両立を目指す仕組みといえる。こうしてみると、自然資本と明示していなくても、投資家の資金を引きつけてきた実態が浮かび上がってくる。

(2) 新たに注目されるカーボン・オフセットと重債務国への懸念


上述のとおり、自然資本への投資はこれまでも行われてきたが、昨今では新たな観点から注目されている。ひとつは2015年にパリ協定が採択され、気候変動対策としてカーボンニュートラル社会の実現に向けた社会変革が進みつつあることに関係がある。各国で化石エネルギーから太陽光や風力といった再生可能エネルギーへの転換が模索されているが、現時点ですべての産業分野から温室効果ガス(GHG)の排出を抑えることは難しい。そこで、排出されたGHGを相殺するといった発想から、カーボン・オフセットの導入が提唱されている《図表3》。これまでにグローバルで統一されたルールはないものの、一部の民間企業では取組みが進められており、炭素を吸着・削減する方法として、森林や土壌(農地を含む)といった自然資本の活用が期待されている。

また、責任投資原則を推進してきたイニシアチブであるPRIは、2020年にネガティブ排出と土地利用に関するレポートを公表した10。ここではネガティブ・エミッション・テクノロジーは次の投資フロンティアであり、森林再生と植林に焦点を当てた気候変動対策は、短期的に実行可能な自然由来の解決策と位置付けている。さらにこうした分野は2050年までに年間8,000億ドルの収入をもたらすと試算している。


もうひとつ自然資本が投資家の注目を集める理由には、新型コロナウイルス感染症の影響による、重債務国の債務悪化懸念がある。自然資本は債務の大きさに関係なく各国に点在しており、例えば、自然資本に含まれるサンゴ礁は、約100ヵ国に存在するとされている《図表4》。一部の国では、債務の悪化によって機動的な政策運営が困難になり、自然資本の保全に必要な資金が不足するという懸念が高まっている。そこで、持続可能な政府債務水準の維持と自然資本の保全を両立させるため、「Debt for Nature Swap」と呼ばれる手法の活用が検討されている11。これは環境保全区の設定や自然保全施策の推進を交換条件として、先進国やNGOなどが債務国の債務を軽減する仕組みである。昨今では、この資金の出し手として自然保護・保全に関心の高い民間投資家の参加が可能となるスキームが模索されている12

3.自然資本に着目した投資例

(1)カーボン・オフセットへの注目

カーボン・オフセットへの注目が集まる中、海外企業の中には実際に森林等に投資する動きがある《図表5》。例えばAmazonは総額1億ドルの自然保全を通じたGHGガス削減に向けたファンドを設定し、森林の保全に積極的な姿勢を示している13。また、BPやTotalEnergiesといったエネルギー企業も森林への投資を行っているほか14、大手資産運用会社がこの分野の金融商品を強化する動きも見られる。J.P. Morgan   Asset Managementはカーボン・オフセット市場の強化を狙って森林投資会社を買収しており、日本でも三井住友信託銀行が森林・農地ファンドに出資して知見の獲得を目指している15。さらに注目されるのはHSBC Asset Managementの動向である。同社は気候変動分野を専門とするPollination社と合弁会社を設立し、持続可能な森林や再生農業、自然ベースの炭素クレジットといった自然資本に着目した投資を行う10億ドル規模のファンドを設定した16。ここでは民間資金を活用し、自然資本への好影響を狙いつつ、投資利益を追求する運用が行われている。

(2) Debt for Nature Swapを利用した試み

Debt for Nature Swap(DNS)の歴史は古く、1980年代には南米ボリビアで利用された例が確認されている17。その基本的なコンセプトは債務削減と自然保全の両立にあるが、関係者との交渉が難航しがちなことや、地域住民の理解が不可欠といった課題もあり、十分に拡大してこなかった経緯がある。


この仕組みを近年になって活用したのが、世界第2位のサンゴ礁を抱えている中南米のベリーズである。新型コロナウイルス感染症拡大による影響を受けて、ベリーズの経済は低迷し、財政状態が悪化した。2021年には債務再編を余儀なくされたため、ベリーズ政府はアメリカの自然保護団体であるThe Nature Conservancy(TNC)とDNS契約を締結し、債務削減とサンゴ礁を含む海域の保全に合意した。具体的な資金調達の流れは《図表6》の通りだが、TNC傘下の機関がBlue Loanとして364百万ドルをベリーズ政府に提供し、ベリーズは海域の保全に合意した。この取引により、ベリーズは既存債務553百万ドルを額面の55%の価格で買戻し、189百万ドルの債務削減につながった。また、米国の国際開発金融公社(International Development Finance Corporation:DFC)などから保険提供を受けて信用力を高め、ベリーズへの融資資金はBlue Bondの発行によって、民間投資家から調達された。一方、ベリーズ政府は海洋保全のために設定した基金に毎年約4百万ドルを供出するとともに、2041年にはTNC子会社の積立基金から約9千万ドルが移転され、長期にわたって自然資本の保全が図られる見込みである。

このように、従来のDNS契約で主役であった政府やNGOだけでなく、自然資本の保全に関心のある民間投資家を呼び込むとともに、債務削減に結びつけたことは特筆すべき点である。加えて、サンゴ礁の保全は観光資源の保全にも通じ、生物多様性と経済成長の両立を目指す好例として注目されている。

4.終わりに

本稿では議論が進む生物多様性に関連して、新たな観点から投資家の注目を集める自然資本について紹介した。日本には森林をはじめとした多くの自然資本が存在しており、その活用が模索されている。気候変動対策といった視点からも、国内の自然資本を活用したソリューションのさらなる追求が期待される。また、海外に目を向ければ、ベリーズのように自然資本や生物多様性の保全が難しい国・地域も存在する。日本で蓄積された知見や投資家が保有する金融資産を活用し、グローバルな共通財産としての自然資本の保全に貢献していく姿勢が求められている。

  • 2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させるという強い決意を確認した。
  • 中国・昆明とオンラインのハイブリット形式で開催された。なお、2021年は第一部の位置付けであり、第二部は2022年後半に開催される予定である。
  • TNFDのHP(Visited June 3rd, 2022)<https://tnfd.global/the-tnfd-framework/>.
  • 環境省 自然環境部会 生物多様性国家戦略小委員会(第 4 回)「次期生物多様性国家戦略策定に向けた今後の予定」(2022年 3 月)。
  • TNFD, ”The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Framework”, 2022.なお原典はAtkinson and Pearce et al, “Measuring sustainable development”, Handbook of Environmental Economics, 1995 およびJansson and Hammer et al, “Investing in Natural Capital”, 1994.
  • Natural Capital Coalition, “Natural Capital Protocol”, 2016
  • 生物多様性条約では、生物多様性とは生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性と表現している。
  • Weyerhaeuser, Rayonier, PotlatchDeltic, CatchMark の時価総額合計。2022 年 5 月末時点。
  • CMEグループのHP (Visited June 3rd, 2022)<https://www.cmegroup.com/education/articles-and-reports/nasdaq-veles-california-water-index-futures-faq.html>.
  • PRI, “An investor guide to negative emission technologies and the importance of land use”, Oct. 2020.
  • Debt for Nature Swap に関して、自然の保護という和訳も散見されるが、本稿では自然の保全と表現を統一した。
  • Analisa R. Bala, Adam Behsudi, and Nicholas Owen, “Meeting the Future Three countries—Belize, Colombia, and Ghana—highlight the potential of technology and innovation to strengthen public finances”, March 2022.
  • AmazonのHP (Visited June 3rd, 2022)<https://sustainability.aboutamazon.com/about/the-climate-pledge/nature-based-solutions>.
  • TotalEnergiesのHP (Visited June 3rd, 2022) <https://totalenergies.com/group/commitment/climate-change/carbon-neutrality>およびBPのプレスリリース”bp acquires majority stake in largest US forest carbon offset developer Finite Carbon”, Dec. 16th, 2020.
  • JPMorgan Chase&Co., “J.P. Morgan Asset Management Acquires Campbell Global, a Leading Player in Forest Management and Timberland Investing”, June 21st, 2021 および三井住友信託銀行「森林ファンドへの出資について(Hancock Timberland and Farmland Fund, New Forests Tropical Asia Forest Fund 2)」(2022 年 3 月 7 日)。
  • Climate Asset ManagementのHP (Visited June 8th, 2022)<https://climateassetmanagement.com/investment-strategies/>.
  • 磯崎 博司「債務自然スワップの意義と課題」(1996 年)

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