クライメイト

サーキュラーエコノミーが生む新たな価値

副主任研究員 松崎 絢香

これまでの大量生産・大量消費・大量所有・大量廃棄を前提とした経済構造が転換の局面を迎えている。増加し続ける需要と限りある資源の制約を踏まえて、循環型の経済構造「サーキュラーエコノミー」への移行が求められている。サーキュラーエコノミーは環境負荷の軽減だけでなく、経済的な利益創出と新たな価値創造も実現できる仕組みである。欧州を中心に多くの国や自治体が気候変動対策と経済成長を両立させる戦略の1つとして軸に据え、企業も積極的に取り組んでいる。日本の取組を進めるためのヒントを探りたい。

1.世界で注目を集め始めているサーキュラーエコノミーとは

これまでの大量生産・大量消費・大量所有・大量廃棄を前提とした経済的利益偏重の経済構造「リニアエコノミー」は、転換を迫られている。増加し続ける需要と限りある資源の制約がある中、「リニアエコノミー」がもたらす環境への負荷は社会・経済の持続可能性を脅かしている。そこで、新たな価値創造とそれに伴う経済的な利益創出の実現を目指す循環型の経済構造「サーキュラーエコノミー(以下CE)」への移行が求められている(図表1)。

世界の資源利用量は2060年には2011年と比較して約2倍に増加すると予測されており1、資源が限られていく中で原料価格は高騰するものと考えられる。資源の枯渇は気がつかぬうちに緩やかなスピードで進行する。企業としても手を打てないうちに資源価格が高騰する事態は避けたい。

転換の動きの背景には、消費者の「所有」から「体験」への価値観の変化や、消費者のニーズに応えるために短いスパンで事業サイクル改善を繰り返す必要性が増しているといった環境変化もある。更に、IoTなどデジタル技術によるデータ分析力の向上と、それに伴うサービス品質や予防保守の向上も後押ししている。

CEの分野で権威がある英国のエレン・マッカーサー財団は、CEに移行する初期段階の3原則として「廃棄物と汚染を出さない設計」「製品と原料を使い続ける」「自然システムを再生する」を提唱するとともに、概念図を「バタフライ・ダイアグラム」で表現している(図表2)2。(図表2)の左側が綿・木材・食品等の生分解する再生可能資源を扱う「生物的サイクル」、右側が自動車・プラスチック等そのまま自然界に戻すと環境に悪影響を及ぼす枯渇性資源を扱う「技術的サイクル」となっている。生物的サイクルでは、資源が製品として利用されて、最終的に再利用できなくなった段階で自然に戻される。例えば、古着の生地は家具の布部分に再利用され、家具として使用できなくなれば断熱材に加工されて、最終的には微生物で分解して肥料に変えられる。素材の特性を生かして、より長く使うことがポイントとなる。元の製品が有害な化学物質を含んでいては自然に戻せないので、最初の設計・デザインが重要になる。一方、技術的サイクルは製品が失う価値をできるだけ抑えられるように設計段階からCEをデザインする必要がある。

CEのサイクルは、利用者や消費者が直接手を加える方法((図表2)のサイクルの一番内側の輪)から、材料・部品メーカ
ーまで戻す方法((図表2)のサイクルの一番外側の輪)まである。より内側の輪で処理することにより、経済と環境の両面で負荷が抑えられて利点が大きくなる3。例えば、メーカーが使用済スマートフォンから原材料を取り出して、技術的サイクルの一番外側の輪のリサイクルを行うと加工施設やエネルギーが必要になるが、利用者自身が輪の一番内側にあるメンテナンス・修理を行って使い続けるならば、コストや環境への負荷を抑えることができる。更に、再生可能エネルギーなど化石燃料由来ではないエネルギーを使用し、すべてを再生可能な方法へと移行することも重要な点である4

次世代製品やサービスへのアップデート、交換製品・部品のリサイクルなど循環の仕組みを利用することで、顧客との継続的な関係性構築や、改善提案を行う機会が得られる点でも、企業にとってCEに取り組むことは意義深い5

エレン・マッカーサー財団の3原則を満たすことを前提に、アクセンチュアは物理的な廃棄物に限らず経済的な無駄も取り除いて経済的価値を生み出すCEの5つのビジネスモデルを提唱した(図表3)6。環境面でも経済面でも持続可能性を持たせるCEの経済規模は、2030年までに4.5兆米ドル(約540兆円)に上ると言われている7

2.先行している欧州の動向と企業の取組事例

(1)欧州の動向

欧州は、気候変動対策と経済成長の両立を図るための1つの具体的な方策としてCEを捉えて、取組の強化を図っている8。欧州ではリーマンショック後の経済低迷の中で、2010年頃から資源とエネルギーの効率的利用が産業政策の根幹に据えられて、2015年には新しい成長戦略の核として「サーキュラーエコノミーパッケージ」が採択された。その後、2019年に「欧州グリーンディール」が発表されると、それを具体化するための政策として2020年に「サーキュラーエコノミー行動計画」が発表された9。背景には、資源循環の積極的な推進と環境負荷の軽減が、同時に経済競争力の強化や雇用創出にも繋がるという試算がある。例えば、欧州域内で製造された製品は、材料コスト、人件費ともに新興国より割高となり競争力に欠く。しかし、中古品を域内で再製造・修理・アップグレードするCEを整備できれば、域内に専門人材の雇用が生み出されて、資源相場の変動ストレスにも対応可能となる。

欧州では既に多くの政府や自治体がCEを国家戦略の軸に据えて取り組んでいる。オランダは2050年までに100%CE化を実現すると宣言した。国内に先進的モデルを築き世界の注目を集めることで、オランダへの現地視察など知的財産による対外ビジネスに繋げることも1つの目的となっている。なぜなら労働人口や資源量に依存しない経済活動が可能になることを、自国にとって最大の利点と捉えているからである10。同じように労働人口減少等の問題を抱えている日本にも、このような考え方は参考になるものと考える。

(2)企業の取組事例

企業はCEの考えに基づく新しい価値を顧客に提供し、長期的かつ継続的に顧客と付き合う方法を模索している。顧客にCEを意識させるのではなく、製品やサービス自体のメリットにより顧客を取り込む戦略を目指している。

①自然に優しい建築資材「Chip[s] Board®」(ビジネスモデル:循環型サプライチェーン)

英国のChip[s] Board社は、製造業者からの産業食品廃棄物を使用し、それを耐久性のあるバイオプラスチックに変換して、堆肥およびリサイクル可能な材料を製造している企業である。創設者のRowan Minkleyと Robert Nicollは、資材廃棄と食料廃棄の問題を結びつけるべく、ゴミとして捨てられていたジャガイモの皮を利用して環境にやさしい建築資材「Chip[s] Board®」を開発した。ジャガイモの皮は、冷凍ポテト製品の世界最大のメーカーであるMcCain Food社から提供されている。多くの建築資材には一般的に毒性のあるホルムアルデヒドやその他の有毒な樹脂や化学薬品が含まれている。建築資材の寿命は短くすぐに廃棄されるため、環境に大きな負荷がかかっている。「Chip[s] Board®」は生分解性があり、一般的な有害物質が含まれていないため、廃棄時に土に埋めたとしても土壌汚染などの影響を及ぼすことはない11。素材は硬質のつくりでインテリアデザインに適した表面仕上げが施されており耐久性があり、製品の品質も優れている。創設者のRowanは「CEが新製品や新素材を設計する際の出発点となるはずだ」と述べている12

②エシカルスマートフォン「Fairphone」(ビジネスモデル:製品寿命の延長)

(出典)Fairphone社 Webサイト

スマートフォンの製造には金や銅、コバルト等のレアメタルが使用されているが、それらは希少資源として一部の産出地域で紛争の原因となっている。オランダのFairphone社は、顧客自身がパーツごとに修理・交換を比較的容易に行えるよう設計することで顧客に長期間使用してもらうことを実現し、環境と人権に配慮した世界初のエシカルスマートフォンを開発した(図表4)13。「Fairphone」はモジュラー設計(部品を組み立てる)とすることにより、画面のひび割れなど壊れたパーツも簡単に修復・交換ができるようになっている。また、カメラ等の一部のパーツのみをアップグレードすることも容易になっている14。「Fairphone」の販売台数は2018年から2020年までの3年間で約4倍に増えており、顧客ニーズの高さが窺える15。昨今、欧米を中心に消費者が自ら修理できる権利の保障を強化しており16、「Fairphone」はその権利を満たす代表的な1つの製品と言える。

③試用により廃棄を削減する「Grover」(ビジネスモデル:シェアリング・プラットフォーム)

ドイツの「Grover」は最新テック製品を1か月あたり小売価格の約5%のレンタル料で借りることができるサービスである。顧客は各メーカーの最新型の電気機器を一定期間試すことができるため、購入に比べて利用するハードルが下がる。同社によると、このビジネスモデルは電子機器をより身近な存在にするだけでなく、顧客が次々と機器を買い替えることを防いで電子ゴミの削減にも繋がることを狙っている17。レンタルできる製品はパソコンからゲーム機、ドローンまで多岐にわたり、万一製品を破損させた場合も修理代の90%をGrover社が支払う仕組みとなっている(図表5)18。まさに、モノを所有する時代から脱却してシェアを促す仕組みである。その製品を気に入り使い続けたいと思った場合には、買い取りも可能となっている。デバイスの再循環により2020年は年間4,000トンを超えるCO2の排出が抑制された19

Grover社は資金調達が順調で、スタートアップ企業から飛躍して今やドイツで最も資金が豊富なスケールアップ企業として確実な成長が見られる20

(出典)Grover社 Webサイト”CHOOSE.USE.RECIRCULATE.”をSOMPO未来研究所が一部加工

④タイヤのサブスクリプション「PAY BY THE MILE」(ビジネスモデル:サービスとしての製品、資源回収とリサイクル)

フランスの大手メーカーのMichelin社は自動車を複数台所有する法人向けに、タイヤを販売するのではなく、タイヤを貸し出して走行距離に応じた使用料を徴収するサブスクリプションモデル「PAY BY THE MILE(ペイ・バイ・ザ・マイル)」のサービス提供を開始している21。顧客にとってはタイヤ購入の初期費用を抑えることができ、パンクによるタイヤ交換などのメンテナンスや、走行距離に応じた点検等が不要というメリットがある。一方、Michelin社は販売からサブスクリプションに移行することで、顧客データの収集と長期的な関係性作りができるという点にメリットがある。タイヤに取り付けたインテリジェント・センサーから課金のための走行距離データを収集し、あわせて燃料消費量、スピードの出し方や空気圧等、タイヤにまつわる様々な情報を取得している。得られた情報をもとにタイヤ交換の最適なタイミングを掴むとともに、顧客に対して低燃費走行のアドバイスを行うなど、付帯サービスを提供している。更に、Michelin社は、最終的に回収した使用済タイヤをもとに耐久性のあるタイヤの開発や、原料に戻した再生タイヤの供給も行っており、循環型のビジネスモデルを築いている22

3.諸外国や日本の動向

米国では州や都市等の地域レベルや民間企業において自発的なCEの取組が始まっている23。また、中国は主に環境負荷軽減を目的に、2009年には「循環経済促進法」を施行している。2017年には「循環発展牽引行動」を発表して、循環型産業システムの構築等を提唱した24。更に、今年発表した「第14次5カ年規画」の中では、資源の循環利用に関する産業の生産額を5兆元(約85兆円)にすることが掲げられた25。アジア各国でも循環型経済の構築の検討が進められている26。気候変動対策の不十分な企業が、取引先として選択されなくなってきているように、将来的にCEに取り組まない企業も取引先から排除される可能性がある。

日本はこれまで3Rを推進してきた。3Rは製品を作る際の資源量や廃棄物の量を減らして(リデュース)、使用済製品や部品等を繰り返し使用し(リユース)、廃棄物のうち有用なモノを循環型資源として再利用して(リサイクル)27、適正な廃棄物の処理を行い環境への負荷をできる限り低減させるシステムである。他方、CEは最初から廃棄を出さない製品設計が前提にあり、両者は似て非なるものである。CEの政策としては、環境省の「第四次循環型社会形成推進基本計画」(2018年)をはじめ、経済産業省の「循環経済ビジョン2020」(2020年)などが始動している。日本企業には3RによってCEに取り組むための下地はできている。世界の評価軸が循環型経済に移行する中で、日本企業も環境への取組の1つとしてCEを経営の軸に据えることが求められていくのではないだろうか。更に、資源が限られていく中で原料の価格高騰や各国の規制等が現実的となり、CEが事業継続のための必須要件となる日も近いかも知れない。

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