GDPR等によりプライバシー保護の動きが強まる中、Appleに続きGoogleもCookie廃止を進めている。2021年6月にはGoogleはCookie廃止を延期すると発表しており、背景にはCookieを代替するソリューション及びそれに伴う競争環境の変化が推測される。まだ先行き不透明な状況ではあるものの、Cookieなき広告市場に関しては、Googleへの依存・GAFA等の巨大プラットフォーマーの優位性という点で現状とさほど変わらない可能性も高い。
1.はじめに
2021年6月24日、GoogleはChromeでのサードパーティーCookieのサポート完全終了を2023年後半まで延期すると発表した。当初2020年1月の発表では、2022年までに段階的にサポートを終了するとしていたが、約1年延期した形となる。
こうした動きの背景には、欧州の一般データ保護規則(GDPR)・米国カリフォルニア州の消費者プライバシー法(CCPA)等による、プライバシー保護に向けた法規制の強化があり、Appleは一足先にSafariでのサードパーティーCookieの完全ブロックを完了させている。
検索で最大シェア(約65%)を誇るGoogleの動きは、Webにおけるターゲティング広告のあり方・広告市場に大きな影響を与える。サードパーティーCookieの代替については、まだまだ検討段階であり、先行き不透明であるが、本稿では、そもそものCookieとはから広告への影響、プラットフォーマーへの影響等を概観する。
2.Cookieとは・Cookieの種類
(1)Cookieについて
(出典)総務省「国民のための情報セキュリティサイト」
Cookieとは、Webサイトに訪れたユーザー(ブラウザ単位)の情報を、一時的に保存しておくための仕組みであり、これにより、ユーザーが再度訪問した際に同一ブラウザであることが判定される1 ,2 (図表1)。ユーザーからすると、以下のようなメリット・利便性がある。
・ログインが必要なサービスにおいて、一度IDとパスワードを入力すれば、しばらくしてからアクセスしても、ログイン状態は保持されており、いちいち入力する必要はない。
・ECサイト等では、買い物かごの履歴が保存されており、途中でページを離脱しても、再度アクセスしたときにカートの中身がそのままになっている。
・Web検索(Google/Yahoo等)において、パーソナライズド検索が行われており、サイトを訪問した履歴が検索結果に影響を与え、より早く目的のサイトを見つけ出すことができる。
また、ユーザーにとってメリットがあるだけでなく、企業や広告事業者にとっても非常に大きなメリットがある。ユーザーのページ遷移等のアクセス解析ができたり、訪問頻度や性別・趣味嗜好等の属性によってページに表示する情報を出し分けることができたり、Web上での行動と属性を組み合わせてターゲティング広告の配信ができたりする。
(2)対象となるCookie
Cookieには、ファーストパーティーとサードパーティーの2種類があり、発行元の違いで区別される。ファーストパーティーは、ユーザーがアクセスしているドメイン3 が発行するCookieで、トラッキングや効果測定の精度が高いが、ドメインごとにCookieが付与されるため、サイトを横断しての共有はされない。上述のユーザーにとっての利便性は、ファーストパーティーCookieによるものである。
一方、本稿において取り上げるのはサードパーティーであり、ユーザーがアクセスしているドメイン以外から発行されている。例えば、ユーザーがアクセスしたサイトにバナー広告が掲載されている場合、この広告はサイトのドメインではなく、広告サーバーから発行されており、サードパーティーに該当する。サイトドメインにかかわらずに付与できるので、サイトを横断した共有が可能となる。広告主はこのサードパーティーCookieを活用し、Webサイトをまたぐユーザーの行動を追跡し、相手を選んで広告を表示することができる。サードパーティーにおいても、ユーザーのメリットがないわけではなく、シングルサインオンが有効となる。シングルサインオンとは、ひとつのID・パスワードで複数のWebサービスにログインできる機能であり、サードパーティーCookieが廃止されると、シングルサインオン機能が有効ではなくなる。
3.影響がある広告
サードパーティーCookieが廃止されることで、ユーザーのターゲティング広告に影響を及ぼす。Web上では、ユーザーの行動を追跡し、興味や関心・属性等に基づいた広告を配信することで効果を高めてきた。広告にはいくつか種類(検索連動型、所有・運営型、オープン・ディスプレイ)があるが、検索連動型及び所有・運営型は主にサービス提供事業者から発行されるファーストパーティーCookieを活用していることから、サードパーティーCookie廃止はオープン・ディスプレイ広告が最も影響を受ける(図表2)。
(出典)「デジタル広告市場の競争評価」、’The digital ad industry is rewriting the bargain at the center of the internet’等を元にSOMPO未来研作成
広告主にとっては、ユーザーの解像度が低くなり、効果的な広告とならない。また、仲介事業者・掲載メディアの収益にも大きな影響を及ぼす。Googleは、上位500社の掲載メディアの収益が52%減少すると予測している4 (最頻値は64%減少)。McKinseyは、米国の1,520億ドルのデジタル広告市場において、サードパーティーCookieが全てに大きく関与しているとしており、廃止の影響は甚大かつ見通しが効かないとしている5 。掲載メディアにとって、最大100億ドルの影響が出る可能性を指摘している。
4.代替案ソリューション・どのように対処するか?
(1)Googleの取組
(出典)GoogleDevelopers, ’FLoCの概要’
Googleは、2019年8月にユーザーのプライバシーを保護しつつ、最適な広告を表示するためのプロジェクト「プライバシーサンドボックス」を開始していた。この中で2021年3月より、サードパーティーCookieに代わる技術として、FLoC(フェデレーテッド・ラーニング・オブ・コホート)の実証実験を開始している。
FLoCの仕組みは、ブラウザ上をコホート空間と呼ばれるセグメントに分割する6 。各セグメントは閲覧履歴をクラスタしたものであり、コホートの番号が与えられている。ユーザーがWeb上を行動すると、機械学習に基づき、コホート空間内でのブラウザ自身の閲覧履歴に最も近い領域を定期的に計算し、コホート番号が割り振られ、各コホートに広告が配信される(図表3)。ユーザーは、閲覧行動の変化とともにコホートを出入りし、当初は7日ごとにコホートを再計算する想定となっている。FLoCでは、ユーザーのWeb閲覧履歴そのものは共有されず、また、病気・医療・政治等のセンシティブな情報のコホートは生成されないことから、プライバシーは保護されるとしている。
このFLoCに関して、懸念・反対意見が相次いでいる。EFF7 (Electronic Frontier Foundation、電子フロンティア財団)は、個人が特定できなくとも、趣味・嗜好・職業・年収・信用情報等のグループでターゲティング広告が可能であることから、プライバシー保護とは正反対と酷評している8 。Firefox等の多くのブラウザが反対しているほか、プラットフォーマーではAmazonがFLoCをブロックしたと報道されている9 。
(2)その他の取組や動き
Google以外には、仲介事業者や掲載メディア等の様々なプレイヤーが代替ソリューションを提案しており、その数は50超とも言われている10 。大きく分類すると、共通IDと新たな広告の2つに分けられる。
①共通ID
共通IDとは、ファーストパーティーCookieと長期にわたり変わらない識別子であるメールアドレスや携帯番号等をハッシュ化11 したデータを組み合わせることで、ユーザーを個別に識別する仕組みである12 。サイトやプラットフォームを跨いだ補足が可能となる。
②新たな広告手法
この中ではコンテキスト広告が注目を集めている13 。コンテキスト広告とは、サイトのキーワード、文章の意味や内容、画像などをAI が自動で解析し、文脈に合った広告を配信する手法である。例えば、スポーツ・運動・健康に関する記事を読んでいるユーザーに、トレーニングシューズの広告を表示するもので、ユーザーをトラッキングすることなく広告配信が可能となる。
オンライン広告の業界団体であるIABも、プライバシー保護と広告ビジネスの共存を図る仕組みの再構築を目指し、Rearcと呼ばれるプロジェクトを進めている。サードパーティーCookieの代替については、まだまだ不透明な状況と言える。
5.Google広告事業への影響、広告はどうなるか?
(出典)Alphabet IR資料よりSOMPO未来研作成
Googleを中心とした動きであるが、Googleの広告事業への影響はあまり大きくない可能性がある。Googleの自社媒体であるGoogle検索やYoutube広告はファーストパーティーCookieを活用しており、膨大なデータから高精度のターゲティングが可能である。広告収益で見ても、大半が自社媒体であり、またサードパーティーCookieの広告事業の割合は低下傾向にある(図表4)。
広告業界全体で見ると、サードパーティーCookieがなくなる世界の景色は、今とさほど変わらないとの予想もある14 。
FLoCがうまくいきサードパーティーCookieを代替すると、広告配信の仕組みがブラックボックスとなり、広告主・メディアのGoogle依存が高まり、市場独占に繋がる。他のシナリオでは、ファーストパーティーCookieへの注目が高まり15 、膨大なデータを収集することができるGAFA等の巨大プラットフォーマーの優位性がより高まる。広告主のこうしたプラットフォーマーへの依存が高まり、支配力が増す16 。
ユーザーの広告体験の変化については、サードパーティーCookieがどのように代替されるかにより異なるため、不明な点が多いが、何かしらかの手段によってプライバシーを配慮しつつトラッキングが行われる可能性を鑑みると、現状と変りがないかもしれない。
6.さいごに
サードパーティーCookieのサポートが延期されたということは、それだけ混沌とした状況にあると言える。これはデータ流通量の爆発的な増加、テクノロジーの進化、広告の経路多様化・複雑化に起因しており19 、20年以上前に発明された技術であるCookieに依存することは現実的ではないのかもしれない。
プライバシー保護は世の中の流れであり、いずれはプライバシーと効率的な広告が両立した仕組みとして解決していくものと推測される。
市場全体で見ると、事業会社・掲載メディアのGoogleへの依存・GAFA等の巨大プラットフォーマーの優位性がより高くなるといった意味で現状とさほど変わらない可能性もある。プラットフォーマーやマーケティングに注力する、多くのユーザーデータを持っているプレイヤーとそうではないプレイヤーとの間で差が広がり、今まで以上に競争優位性に繋がるということかもしれない。
1994年に米ネットスケープ社が自社のWebブラウザ/サーバー・ソフトに実装したのが始まり。
Cookieとよく似た概念に、キャッシュがある。キャッシュとは、何度もみるWebページに、2回目以降に表示するスピードを早くし、快適なブラウジングをサポートする技術。ページ内の画像やアイコンなどを一時的にパソコン内に保存し、それを読み込むという仕組みである。
ドメインとは、ホームページのURLなどに使われる項目であり、インターネット上に存在するコンピューターやネットワークを識別するための名前。インターネット上の住所とも言われる。
“Effect of disabling third-party cookies on publisher revenue”, Aug 27, 2019
McKinsey, “The demise of third-party cookies and identifiers”, Apr 21, 2021
Google Developers「FLoCの概要」,2021年4月21日
EFFとは、米国本拠の非営利組織で、デジタル社会における自由な言論の権利保護を目的としている。
EFF, “Google’s FLoC Is a Terrible Idea”, Mar 3, 2021
DIGIDAY, “Amazon is blocking Google’s FLoC — and that could seriously weaken the fledgling tracking system”, Jun 15, 2021
MarketingTech, “The end of third-party cookies: How it will affect advertisers and publishers”, Apr 20, 2021
ハッシュ化とは、ある特定の文字列や数字の羅列を一定のルール(ハッシュ関数)に基づいた計算手順によって別の値(ハッシュ値)に置換させること。ハッシュ化した場合は、ハッシュ化作業を行った人も含めて、誰も元に戻すことができない。
“What are Universal IDs and How they Help Publishers?”, Mar 10, 2021、 “7 User Identity Alternatives to 3rd-Party Cookies”, Apr 2, 2021 共通IDの中では、TradeDesk社が提案するUnified IDが有力と言われている。Unified IDでは、ユーザーの暗号化され たメールアドレスが利用される。ユーザーがメールアドレスを使ってログインすると、暗号化されたメールアドレスを元に識別子が作成される。マーケティング・データ分析のNielsenも協同参画している。
コンテキスト広告自体は、新しい概念ではない。
DIGIDAY, “Google’s privacy plan brings changes, but not as many as marketers think”, Apr 21, 2021
サードパーティーCookie廃止を見越し、マーケティング戦略を変更する企業も出てきている。GM、バカルディ(酒造大手)、楽天等は、自社の保有するファーストパーティーCookieを活用した取組を進めている。
公正取引委員会「デジタル広告分野の取引実態に関する最終報告書」・DIGIDAY・日経新聞他
Lemonade 10-K及び10-Q
Lemonade S-1
一般財団法人日本情報経済社会推進協会「オンライン広告における利用者情報取扱いの動向」