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機運が高まる日本の国際金融センター構想 ~グリーンに活路を見出せるか~

主任研究員 菊武 省造

アジアを代表する国際金融都市を目指そうという動きが国内で活発化している。従来、国と東京が中心となり進められてきた国際金融センター構想であるが、今回は大阪や福岡も名乗りを上げて海外金融事業者の誘致を図ろうとしている点に大きな特徴がある。また足元では、脱炭素化の潮流を踏まえて「グリーン金融センター」を目指す方針も打ち出された。特定の分野に焦点を絞ったこうした構想は、従来我が国にはなかったユニークなもので、その行方が注目される。

1.はじめに

国際金融センター構想に関する議論が近年国内で盛り上がりを見せている。2020年7月の骨太の方針に、世界・アジアにおける国際金融センターを目指す方針が明記され1、その後10月には菅首相の所信表明演説でも言及された2。さらに、12月に閣議決定した総合経済対策では、世界に開かれた国際金融センターを実現するため、規制・税制面の改善をはじめとする具体的な施策が提示された3。こうした総合的な構想に加えて、2021年4月には麻生財務大臣が、脱炭素の潮流を見据えて「グリーン金融センター」を目指すと表明し、注目を集めている4。自治体の動きとしては、従来の国際金融センター構想の対象であった東京に加えて、大阪、福岡も特定の金融分野で中核的な金融機能を担おうと独自の方針を打ち出している。

一方、東京の金融機能を高め、金融センターとしての国際的地位を向上させるという構想は決して新しい議論ではなく、1990年代初めのバブル崩壊以降、幾度となく提起されてきた。今般の構想が盛り上がりをみせている背景には、香港情勢の混乱がある。中国政府による「香港国家安全維持法」の制定・施行とそれに伴うデモの拡大、米国がこれまで香港に対して認めてきた優遇措置の撤廃等を受けて、香港の国際金融センターとしての立場が急速に揺らいでいる。これを1つの機会と捉え、アジアにおける日本の金融界での地位向上を図ろうとしている側面があることは否定できない。

世界でも類を見ない少子高齢化に直面している日本にとって、金融業の誘致は国際競争力を保つための処方箋になりうる。日本が国際金融センターとして金融市場の機能・魅力を向上させることは、金融業のみならず国内の雇用・産業の創出や経済力向上の実現に資するだろう。また、グリーン・デジタルなど成長分野への投資促進や、国内顧客向けの金融ビジネスの高度化につながることも期待される。さらに、コロナ禍において金融ビジネス拠点を1か所に集中させることのリスクが指摘されるなど国際経済社会の情勢が変化する中で、国際的なリスク分散等を通じて、世界およびアジアの金融市場の強靭性の向上に資することも考えられる。

本稿では、国際金融センターの機能やメリットを確認し、海外の主要金融都市と国内都市を比較する。そのうえで、国際金融センターとしての機能発揮に向けた展望を考察する。

2.海外と比較した日本の現状

本章では、英国の民間シンクタンクZ/Yenが定量データと金融実務家へのアンケートに基づいて半年ごとに公表している「国際金融センター指数」や世界銀行の「ビジネス環境ランキング」等を踏まえて、日本の都市の強みと課題を分析する。

(1)Z/Yenの「国際金融センター指数」

Z/Yenの国際金融センター指数は、①ビジネス環境、②人的資本、③インフラ、④金融セクターの発展度、⑤レピュテーション(評判)の5項目で都市の競争力を定量評価している5。国際金融センター指数ランキングでは、東京は世界で第7位(2021年3月)となっている6(図表1)。東京は、上海、香港、シンガポール、北京などアジアの主要都市と競っている状況だが、最近の結果では国際金融センターにおける中国の評価が高まりつつある(前回(2020年9月)の第4位から後退)。

Z/Yenグループが実施したアンケート調査によれば、国際金融センターの競争力に関わる最も重要なものとして①ビジネス環境(税制を含む)を挙げる回答が多い。また、④金融セクターの発展度の一例を挙げれば、資産運用業者の社数では日本(396社)は香港(1,808社)やシンガポール(895社)に大きく水をあけられており、その差も拡大傾向にある7。国際金融センターとしての機能、競争力を高めていくためには各分野での対策が必要となる。

また、Z/Yenは、今後2~3年のうちに国際金融センターとしての重要性が増すと考えられる都市も公表している。インドのグジャラート、韓国のソウルが1位、2位に選定されているほか、青島、広州、深センなどの新興都市も上位に食い込んでおり、アジアにおける金融都市の成長が見込まれている。ちなみに、ニューヨークやロンドン、香港、シンガポールなどの主要金融都市は、今後重要性が増す都市としても選出されているのに対して、東京など日本の都市は選外となっており、将来性が相対的に低く評価されている。

(2)世界銀行の「事業環境ランキング」

世界銀行は、ビジネスに関する規制とその施行状況を指数化した「事業環境ランキング(Doing Business)」を2003年以降公表している。このランキングは、民間有識者からのアンケートなどをもとに、法人設立、建設許可、不動産登記といった諸手続きの円滑さや電力供給の安定性、投資家保護の充実度など10項目を数値化し、それらを平均して作成されている。金融に限定したランキングではないものの、日本が海外金融事業者を誘致する際の課題を認識する一助になると考えられる。

2019年に公表された事業環境ランキングでは、日本は29位であり、シンガポール(2位)や香港(3位)、韓国(5位)に水をあけられている8。項目ごとに日本の評価を見てみると、破綻処理以外のすべての項目でシンガポールと香港に劣後しており、法人設立や納税、輸出入などにかかわる行政手続きの煩雑さなどが企業誘致の障壁となっていることがうかがえる(図表2)。

(3)日本の強みと課題

本節では、前2節の状況や先行研究などを踏まえて、日本の都市の強みと課題を概括する。

日本の強みとしては、まず大規模な実体経済が挙げられる。各国の経済規模を表すGDP(国際総生産)をみると、日本は米国、中国に次ぐ世界第3位の経済大国であり、代表的な国際金融センターであるロンドンを擁する英国よりも経済基盤が大きい。

1,900兆円を超える潤沢な個人金融資産は、海外から金融事業者を誘致する際の大きな武器となりうる9。日本の個人金融資産のうち、54%に相当する1,000兆円以上は現金・預金として保有されており、米国(14%)やユーロ圏(35%)に対して貯蓄の割合が高い10。つまり、個人資金を投資に振り向ける余地は大きく、資産運用事業者にとって日本は潜在力の高い市場であると言えよう。

ほかにも、安定した政治や治安の良さ、中国やインド、ASEANなどの成長著しいアジアへのアクセスといった利点も存在する。ただ、これらは香港やシンガポールにも共通した強みであり、日本独自の優位性とまでは言い難い。

一方、日本の課題としては、第一に諸外国と比較した各種税率の高さが指摘される。地方税を含めた日本の実効法人税率は約30%であり、20%弱のシンガポールや香港に比べて相対的な税負担が大きい。個人所得税についても、日本は累進課税の最高税率は45%であるのに対し、シンガポールと香港は20%前後と大きな差がある。さらに、相続税に関しては、10年以上日本に居住している外国人が死亡した場合、全世界の財産に相続税が課される。そのため、「日本では死ねない」という苦言も一部の在留外国人から呈されてきた(後述するが、この点については2021年度の税制改正で改善が図られた)11

第二に、煩雑な行政手続きが挙げられる。世界銀行の事業環境ランキングでも日本の「法人設立」の項目はシンガポールや香港に劣後しているが、金融事業者の法人設立ではその傾向がいっそう顕著になる。例えば、資産運用会社が日本に参入する場合には、他国と比較して登録に長い期間を要する12、審査や監督の担当が金融庁と財務省で分かれている、提出書類の準備や議論を日本語で行う必要がある、などの障壁が存在すると指摘されている。

第三に、海外金融事業者が日本に進出する際、在留資格も課題となっている。海外の金融人材が創業のために日本に入国する場合、ビザの都合上一度出国しなければならないといった問題や、家族や家事使用人の帯同が厳しいという問題がある。そのほか、英語が相対的に通じにくい、子供が通学するインターナショナルスクールが少ない、地震や台風などの自然災害が多いという点が日本の課題と認識されている。また、2020年に発生した東京証券取引所のシステム障害も日本の国際金融センター構想に水を差したという指摘もある13

3.戦略と展望

本章では、日本がアジアを代表する国際金融センターになるべく行われている施策を整理し、今後の戦略を展望する。

(1)近年の政策

日本の国際金融センター構想は、ニューヨークとロンドンに並ぶ第3極としての金融都市を志向しており、それはアジアを代表する金融センターの座をシンガポールや香港から奪取することも意味している。こうした金融都市として最も適任なのが東京であることは言うまでもないだろう。東京都は2017年に「アジアナンバーワンの国際金融都市の地位を取り戻す」ことを目指して「国際金融都市・東京」構想を打ち出し、現在は、香港の政情不安や新型コロナウイルス等の環境変化を踏まえた構想の改定を検討している。ここでは、国際金融センター構想のもとで国が進めている施策と、東京都の取組について概説する。

国は、海外金融事業者の日本進出を促すために、税制上の手当てや手続き面でのインフラ整備などを中心に対策を講じている。税制については、2021年度の税制改正で、法人税、相続税、所得税の各税目において改善が図られた14。第一に、投資運用業者の役員に支払われる業績連動給与について、一定の要件を満たせば損金算入(利益の圧縮)が可能となり、実質的な法人税減税が行われた。第二に、日本で働くために居住している外国人が死亡した際に、その居住期間にかかわらず国外財産は相続税の課税対象から外れる扱いとされた。第三に、ファンドマネージャーのファンド持ち分に対して運用成果を反映して分配される利益について、一定の要件を満たせば金融所得とみなし、総合課税(所得税と住民税で最大55%)ではなく分離課税(一律20%)の対象となることが明確化された。

手続きの整備に関しては、日本への参入を検討する海外の金融事業者に対して、事前相談や登録審査等の幅広い支援サービスを1か所で提供する「拠点開設サポートオフィス」が2021年1月に開設された15。このサポートオフィスは金融庁と財務局が合同で設置し、それぞれで分かれていた手続きが簡素化され、英語に対応することとなった。また、サポートオフィスでは、医療・住居・インターナショナルスクールなどの情報提供といった生活面での支援も行うこととなっている。

このほかにも、海外ですでに実績がある資産運用業者の登録手続きの簡素化、本人や家族・家事使用人の在留資格の緩和など、海外金融事業者を誘致する際の障壁となる規制の改善案が国会で審議されている16

東京都では、東京をアジア随一の国際金融都市とするため、「国際金融都市・東京」構想を2017年に策定し、多様な施策を展開している。海外企業を誘致するための施策として、東京に企業が進出する際の相談・支援のための「金融ワンストップ支援サービス」の導入、特区制度を活用した補助金支援、インターナショナルスクールの整備、外国人医師による外国人患者の診療実施などの環境整備を進めてきた。とくに金融ワンストップサービスは、2019年度に250回以上の対応実績をあげ、海外金融事業者の進出を後押ししてきた。このような支援制度の充実を図る一方で、東京都は企業誘致のための情報発信も積極展開している。具体的には、金融都市としての魅力を発信する官民一体のプロモーション組織「FinCity. Tokyo」を設けたほか、ロンドン、パリなど海外4都市に大使館や商工会議所などとの連携窓口となる「Access to Tokyo」を開設・運営している。東京都は、重点的に誘致する金融事業者も特定した。具体的には、国民の安定的な資産形成に資する存在として「資産運用業者」を、また新たなビジネスの担い手として「FinTech事業者」をターゲットとして定め、2020年度までに50社を誘致する目標を掲げた(2017年に掲げた40社という目標を引き上げ)。その目標は達成され、2017年度から2020年度までの4年間で東京はちょうど50社の資産運用業者およびFinTech事業者を海外から誘致した17

一方で、大阪と福岡も、特定の分野に絞ってアジア随一の金融都市になることを目指す独自の構想を掲げている。大阪は、アジアにおけるデリバティブ取引の一大拠点として「エッジの効いた国際金融都市」を目指しているほか、福岡もアジアとの地理的な近さを活かして資産運用会社やフィンテック産業を重点的に誘致する方針を打ち出している(BOX参照)。日本の金融機能は東京に一極集中しているが、世界的にみると、一部の金融機能が主要金融都市以外に分散しているケースもある。例えば米国では最大の金融都市ニューヨークの他にデリバティブ取引に特化したシカゴ、英国でもロンドンに対して資産運用業が集積したエディンバラといった異なる機能を持つ金融都市が存在している。東京に次ぐ第二、第三の金融都市を育成することは、地方都市の活性化に加えて、日本の自然災害リスクに対する処方箋にもなりうるだろう。

(2)グリーン金融センター構想

本節では目玉の施策として、政府が最近打ち出した「グリーン金融センター」構想を紹介する。

2021年4月に麻生財務大臣は、環境に配慮した事業に資金の使い道を限定したグリーンボンド(環境債)の取引市場を整備し、世界の脱炭素マネーが集まる「グリーン金融センター」を目指すと宣言した19。企業、投資家向けの情報基盤の構築等を行うほか、グリーンボンドの認証枠組みを構築することにより社債の発行をサポートするものとされる。資産運用業者やFinTech事業者の誘致は、日本の金融資産(ストック)の活用に目線が置かれているが、こちらは海外資金の呼び込みや債券発行という金融ハブ(フロー)としての機能を柱としている。


これまで世界のグリーンボンドの発行額は2020年に2,901億ドル(約31.6兆円)と、2015年からの5年間で6.5倍の規模に成長している(図表4)20。日本が、カーボンニュートラルを実現していくためには3,000兆円ともいわれる世界の環境投資資金を国内に呼び込むことが重要だ。

また、脱炭素の移行期におけるトランジション・ファイナンスの隆盛も日本の追い風になり得る。新興国では、気候変動への対応が求められている反面、移行期にあるため欧州を基準に策定されたグリーンファイナンスの利用が困難である21。こうした一足飛びの脱炭素実現が難しい産業や国家へ資金面の支援がトランジション・ファイナンスであり、東南アジアを中心に盛り上がりを見せている。アジアへのアクセスを活用して、グリーンファイナンスや関連領域であるトランジション・ファイナンスの需要を取り込むことができれば日本の国際金融都市としての地位向上が期待できる。

金融庁の「サステナブルファイナンス有識者会議」では、近々グリーン金融センターの取組に関する報告書をまとめる予定であり、東京証券取引所と具体的な制度設計に入る見通しである22。こうした取組をすみやかに進めることにより、高い技術や潜在力を有している日本企業を支え、成長の原動力を確保することが重要だ。

4.おわりに

中国の台頭によって、日本の国際的なプレゼンスは低下している。中長期的にも少子高齢化の進展などもあり経済成長の明るい材料が限られるなか、国際金融センターとして地位確立が希求されている。これまでの施策は海外金融事業者の誘致の障壁となっていた課題の改善に主眼が置かれ、決定打に欠けていた印象を受けるが、今般のグリーン金融センター構想は時流を捉えた「攻め」の施策と考えられる。菅政権下でグリーンとデジタルは日本の成長の軸と位置付けられており、グリーン金融センター構想が実現化すれば、国内のグリーン関連産業へリスクマネーが供給され、国際競争力向上が期待できる。好機を逃さぬよう政府と自治体は協調し、大胆かつ迅速な政策策定と実行力が求められる。

  • 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針 2020」(2020年7月17日)
  • 首相官邸「第二百三回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説」(2020年10月26日)
  • 内閣府「「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策」について」(2020年12月8日)
  • 内閣官房「気候変動対策推進のための有識者会議(第2回)議事要旨」(2021年4月19日)
  • 世界銀行などをはじめとした統計データと、専門家のアンケートを用いて算出している。
  • Z/Yen, “The Global Financial Centres Index 29”, Mar. 2021
  • 日本は2020年、香港とシンガポールは2019年。日本は金融庁公表の金融商品取引業者登録一覧の投資運用業、香港はSFC公表のAsset and Wealth Management Activities SurveyのType9(資産運用業、シンガポールはMAS公表のAsset Management SurveyのRegistered&Licensed Fund Managersを参照。
  • The World Bank, “Doing Business 2020”, Oct. 24, 2019
  • 日本銀行「参考図表:2020年第4四半期の資金循環(速報)」(2021年3月17日)
  • 日本銀行「資金循環の日米欧比較」(2020年8月21日)
  • Bloomberg「「この国では死ねない」、相続税に外国人不安、企業誘致の足かせ」(2017年11月13日)
  • 前掲注8でも法人設立にかかる期間の長さは指摘されている。
  • Bloomberg「国際金融都市の実現に冷や水、東証停止に海外も失望」(2020年10月1日)
  • 財務省「令和3年度税制改正」(2021年3月)
  • 金融庁「「拠点開設サポートオフィス」について」(2021年1月12日)
  • 衆議院「第二〇四回 参第二七号 国際金融拠点特別区域の整備の推進に関する法律案」(visited May 27,2021)
    https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20406027.htm
  • 東京都「東京市場に参加するプレイヤーの育成」(visited May 26, 2021)
    https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/pgs/nurturing-players/
  • 日本経済新聞「「チーム福岡」、国内外2社を新たに誘致超高速取引業など」(2021年4月22日)
  • 日本経済新聞「環境債の国際市場整備 金融庁構想、脱炭素マネー獲得へ」(2021年4月19日)
  • Climate Bonds Initiative, “Sustainable Debt: Global State of the Market 2020”, Apr. 23, 2021
  • 大沢泰男「トランジション・ファイナンスの可能性~「グリーン」だけではない手段が求められる~」(SOMPO未来研トピックス 2020 Vol. 36、2021年4月19日)
  • 日本経済新聞「東証、グリーンボンド市場整備 第三者が「お墨付き」投資マネー呼び込み狙う」(2021年5月12日)

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