ワーク・エコノミックグロース

「働きがい改革」と処遇の不公平感 ~非正規地方公務員問題を題材に~

統括上席研究員 靍田 潤

教育、医療、福祉等の現場では、増加する非正規の地方公務員が正規職員と同様の公共サービスの一翼を担う一方、正規職員との処遇の不公平感が非正規職員のモチベーションを弱め、サービス品質の低下に繋がりかねないとの指摘もある。こうした構図は、総合職と一般職の統合、キャリア採用の増加、高齢期の再雇用等が進む企業にも潜在する。しかし、「働きがい改革」の議論でこの点に触れられるケースは少ない。社会疫学等の知見にも触れつつ、処遇の不公平感が働きがいに与える影響と、「働きがい改革」の在り方を探る。

1.非正規地方公務員の急増

非正規地方公務員に法的定義はないが、一般的に、自治体の組織内で臨時・非常勤職員といった非正規雇用の形態で働く職員の総称として用いられている。地方財政の悪化、人件費のかさむ正規公務員の削減、業務の多様化等を背景に、非正規地方公務員数は増加を続け、直近統計では約69.4万人(2020年4月時点)となっている。調査開始(2005年)以降の15年間で約5割、約23.9万人増加し、全体の約5分の1を占める。職種別では、最も多い一般事務職員のほか、保育所保育士、教員・講師、看護師や保健師などの専門職も多い1

2.非正規地方公務員における雇用の歪み

雇用制度としての主な課題は2点ある。1点目は、多くが6か月や1年ごとの契約更新型の有期雇用で、「いつ契約が打ち切られるか」という雇用の不安定さである。2点目は、低い賃金水準である。多くが年収200万円程度以下であり、正規職員の4分の1から3分の1程度との試算もある2

他方、地震、台風、豪雨等の災害、保育園の待機児童、学校でのいじめ、児童虐待、高齢者の犯罪被害、感染症流行時の対応等自治体に求められる役割や業務が拡大している。自治体は、その担い手として有期雇用、低賃金の非正規雇用を増やして拡大する業務に対処している状況にあり、非正規地方公務員が雇用の調整弁的な役割を果たしている。

非正規公務員問題を扱う論説や報道の中では、正規職員と同じように住民の生命や生活を守る公共サービスを行っているにもかかわらず、正規職員に比して賃金や雇用の安定性が低いとの課題認識が示されている3。正規、非正規間の処遇の格差から非正規職員のモチベーションが下がることによって、公務員としてのやりがいだけでは仕事を続けていけない事態を招き、サービス品質の低下に繋がり得るとも指摘されている4

3.企業の「コース別雇用管理制度」と処遇の不公平感

「同じ仕事をしているのに処遇に差がある」という不公平感が働くことへの意欲を損ない、サービス品質の低下等の組織が望まない結果に繋がり得るという非正規地方公務員問題を見ると、一般企業においても同様の構造が潜在しているのではないかという疑問が湧く。企業でも、総合職、一般職、専門職、技術職等、従業員の職種、資格などに基づき配置、昇進、賃金体系等の処遇が異なる複数の雇用形態が併存している。

このように雇用形態によってコース別に雇用管理を行う「コース別雇用管理制度」は、長きにわたり日本企業の給与体系を含む雇用システムを支えてきた。しかし昨今は、労働者が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で「選択」できるようにすることを目的とした5「働き方改革」などを背景に、非正規労働者の無期雇用への転換、総合職と一般職の統合、地域限定社員、高齢期の再雇用嘱託社員、キャリア採用による社員等、雇用形態がさらに多様化している。

他方、雇用形態の多様化ほどには業務の細分化は進んでいないため、異なる雇用コースの従業員が同様の業務を行う状況が生じ得る。結果として、転勤の有無や、災害等緊急時の対応等、日々の業務内容以外の要素が賃金等の処遇差の主たる要素になっているケースもあろう。

企業の「コース別雇用管理制度」も、地方公務員の正規、非正規間と同様、「同じ仕事をしているのに処遇に差がある」という処遇の不公平感を惹起し得ると考えられる。

4.処遇の不公平感と「働きがい」との関係

(出典)Great Place to Work®(GPTW)「働きがいのある会社」 をもとに SOMPO未来研究所作成

(1)働きがいの構成要素

企業は、イノベーション創出、生産性向上、人材獲得等によって競争優位を高めるために、従業員に求める業務内容、能力等の職務(ジョブ)の明確化や、仕事に関する従業員のポジティブな心理状態を目指す従業員エンゲージメントを重視した働き方等による「働きがい改革」を進めている。この「働きがい」がどのような要素で成り立っているかについては多くの論考がある。ここでは、独自の指標を用いて働きがいに係る企業の仕組みや取り組みを調査し、1998年から『フォーチュン』誌で「働きがいのある会社ベスト100」を毎年発表している米国 Great Place to Work 社による分析を紹介する。同社は、働きがいには「信頼(従業員の会社に対する信頼度)」「誇り」「連帯感」の3要素があり、「信頼」はさらに「信用」「公正」「尊敬」の3要素に分解され、働きがいはこれら5要素によって構成されるとしている《図表1》。

働きがいを高める多くの要素の中でも、ここではその中の「公正」に注目する。同社は、「公正」を、働きに見合った評価や報酬、平等な昇進機会等に関わる指標と位置づけ、企業が、公正な評価、報酬、昇進などを提供している状態を「公正」としている6

上記から、従業員が、採用、雇用契約、労働時間、休暇、賃金、人事異動、人事考課、昇進等幅広い企業内の制度の中で公平に、不当に差別的でなく取り扱われることは、働きがいを高める要素のひとつであると考えられる。

(出典)近藤尚己、近藤克則等「高齢者における所得の相対的剥奪と死亡リスク」(図1所得分布と健康との関連に関する経路仮説)(医療と社会 Vol.22No.1、2012年)

(2)「相対的はく奪(感)」仮説

次に、働きがいと処遇の不公平感との関連を考える理論的アプローチ(仮説)として、社会疫学における「他人と自分の境遇を比較したときに感じる欠乏感や不満」を指す「相対的はく奪(感)」という概念7を紹介する。

これは、他者に比較し自身の所得や生活水準が相対的に低いことが心理社会的なストレスとなり健康を蝕む可能性があるとの仮説《図表2》で、「物質的には『人並み』以上に豊かであっても、周囲の人に比べて相対的に豊かさが『乏しい』と感じるような状況が続くと健康を害する可能性がある。すなわち、属している集団内で所得や職業階層における社会的地位(ステータス)が相対的に低いことによる心理社会的なストレスが、物質的貧困とは独立した健康リスクとなるという仮説8」とされる。

英国には、国家公務員の集団を長期間追跡し、死亡リスクや生活習慣リスクが所得分布や職業階層に対して直線的に分布しており、平均的な所得よりもはるかに高い所得を持つ公務員であってもその中で最も高所得層に比べると早世であることを報告した研究がある9

「相対的はく奪(感)」仮説は、「働きがい」に焦点を当ててはいないものの、働きがいと処遇の不公平感との関連を考えるうえで、ひとつの視座を与えてくれると思われる。特に、所属している集団内での処遇差によるストレスが健康のリスク要因となり得るとの指摘は、企業規模,業種,地域等による賃金相場などの一般的な所得水準以上に、身近な周囲との相対的な処遇の不公平感が働きがいにも影響し得ることを示唆する。

5.むすび

現在の「働きがい改革」へのアプローチは、エンゲージメントやロイヤルティなどの向上を目的とした、組織マネジメント、柔軟な働き方、ジョブ型の働き方、ダイバーシティ&インクルージョンといった働きかけや環境づくりの議論に些か偏っているように見受けられる。

本稿「3.企業の「コース別雇用管理制度」と処遇の不公平感」で述べたとおり、非正規地方公務員問題と同様の構造は、日本企業に根付く「コース別雇用管理制度」にも潜在している。

非正規職員、地域限定社員、高齢期の再雇用嘱託社員、キャリア採用による社員等にとって、期待役割、業務の難易度、職務への責任感や使命感、職位の高まりは,働きがい向上に寄与すると考えられる。他方、非正規地方公務員問題、本稿で紹介した分析や理論的アプローチを踏まえると、生計の維持や一般的な所得水準との関係以上に、身近な周囲との処遇の不公平感が働きがいを低下させる要因となり得る。加えて、非正規地方公務員問題は、自身の業務に関する期待役割、業務の難易度等が高いほど、賃金等の処遇が「同じような仕事をしている他の者」より劣っていると感じた場合に「働きがい」を弱め、それが各従業員のパフォーマンスを引き下げる要因になり得ることを示す。

したがって、企業が従業員の働きがいを持続的に向上させていくためには、組織マネジメントや柔軟な働き方等の「働きがい」向上への働きかけや環境づくりと同じレベルで、賃金、雇用期間、昇格機会等の処遇に係る相対的な不公平感にも意識を向けるべきではないか。少なくとも、「働きがいを支援する仕組みで、同じような業務を行う身近な従業員との処遇の不公平感を低減させる」という構造による「働きがい改革」には限界があると思われる。

処遇に係る相対的な不公平感の縮小のために、「コース別雇用管理制度」におけるコース間の処遇差を縮小、解消するアプローチには、意欲や能力の低い従業員の既得権を守り、これらが高い従業員の働きがいを毀損するリスクがある。

重要なのは、意欲や能力の高い従業員が相応の処遇を実感できる公正な制度設計である。そのためには、意欲や能力の高い従業員の上位コース登用を積極的に行う、これらが低い従業員の同一コース内での降格の実効性を高める、昇格機会等賃金以外の処遇格差を撤廃するなど、人事制度の設計、不断の改善が必要になる。

また、人事制度の改定を検討する際に従業員の声を聴くだけでなく、定期的に実施されるエンゲージメントに係る従業員の意識調査等において、処遇の公正さ、公平感に係る満足度を定期的、継続的に把握したり、従業員がこれらに関する意見や不満を会社に伝えることができる仕組みを設けることなども一法と思われる。

  • 総務省「地方公務員の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員に関する調査結果(令和2年4月1日現在)」(2020 年 12 月21 日)、同「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会(第 7 回)参考資料」(2016 年 12月 12 日)など。
  • 上林陽治「非正規公務員の現在 深化する格差」(日本評論社、2015 年)35、66 頁。
  • 東京弁護士会労働法制特別委員会・公務員労働法制研究部会編「裁判例に見る「非正規公務員」の現状と課題」(法律情報出版、2016 年)59 頁など。
  • 前掲注 2 51 頁、上林陽治「公務の間接差別の状況と会計年度任用職員制度の問題点」(岩波書店「官製ワーキングプアの女性たち」、2020 年)32 頁、労働教育センター編集部編「知っていますか?あなたのそばの非正規公務員」(労働教育センター、2019 年)25 頁。
  • 厚生労働省「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて~」
    https://www.mhlw.go.jp/content/000335765.pdf
    visited jan.15,2021
  • 和田彰「「働きがい」のある会社にするために、まずは従業員の意識を知ることが大切ー」
    https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/vistas/adeccos_eye/29/02/
    visited jan.15,2021
  • 石田淳一「相対的剥奪の社会学-不平等と意識のパラドックス-」(東京大学出版会、2015 年)1 頁。
  • 近藤尚己、近藤克則等「高齢者における所得の相対的剥奪と死亡リスク」(医療と社会 Vol.22 No.1、2012 年)
  • 同上、マイケル・マーモット(鏡森定信、橋本英樹監訳)「ステータス症候群-社会格差という病」(日本評論社、2007 年)

PDF書類をご覧いただくには、Adobe Readerが必要です。
右のアイコンをクリックしAcrobet(R) Readerをダウンロードしてください。

この記事に関するお問い合わせ

お問い合わせ
TOPへ戻る