ヘルスケア・ウェルビーイング

災害発生時における高齢者の死亡リスク要因とソーシャル・キャピタル

主任研究員 高杉 友

大規模自然災害発生時の高齢者の社会経済・生物学的要因と死亡リスク要因の関連に着眼する。これらの死亡リスクを抑制する要因として、東日本大震災のソーシャル・キャピタル(地域における人々のつながり)に関する研究を紹介する。災害発生時の高齢者被害に係る研究は、少子高齢社会において公的セクターだけではなく、民間事業者が顧客や社会に価値を生むために知っておくべき知見のひとつであると思われる。

1.災害発生時の高齢者の死亡リスク要因

社会科学研究では、災害発生時に健康に影響を受ける人は、特に高齢者、貧しい人、身体的・認知的に弱っている人に集中していることが明らかになっている1。年齢が高くなると災害に対する脆弱性が高まることが報告されている。高齢者は社会経済的に不利である(低所得・低学歴)、慢性疾患がある、身体的・精神的に弱っているなどの理由により、災害発生中・発生後ともに影響を受けやすい2。例えば、米国のハリケーン・カトリーナ災害(2005年)では、被災地の60歳以上人口は15%のみだったにもかかわらず、死者の70%を60歳以上が占めた1。東日本大震災(2011年)においても、被災地全体の死者数のうち高齢者が約60%であった3。災害発生時にこのような高齢者の被害を軽減することは重要である。本稿では大規模自然災害発生時における高齢者の死亡リスクに着眼し、その要因の中でも、これまでに報告が少ない社会経済的要因(所得・教育歴)及び生物学的要因(健康状態)を紹介する。

(1)社会経済的要因(所得・教育歴)

社会経済的な状況がよくない(低所得・低学歴の)高齢者は、社会経済的な状況がよい(高所得・高学歴の)高齢者に比べ、災害発生時の脆弱性レベルが高いという報告がある2。米国・シカゴの熱波(1995年)の死者の75%は65歳以上で、死者の多くは分離された地区に居住する低所得のアフリカ系アメリカ人だけではなく、社会的に孤立した男性高齢者も含まれている1。なお、高齢者に限らず社会経済的な状況が、脆弱性レベルに影響するという事実が、自然災害の被害分析から明らかにされている1。ハリケーン・カトリーナ災害では、貧困世帯は質の低い建物に居住していたため、人的及び住宅被害が大きく、災害後に移住を余儀なくされた割合が高かった4。阪神・淡路大震災(1995年)では、神戸市灘区で20代前半男性の死者が多かった。これは学生や阪神工業地帯に勤める若い工場労働者が多く居住していたこと、耐震性が十分ではない住居で被災した可能性が示唆された。神戸市が母子家庭向けに借り上げていた母子寮での被災も併せ、阪神・淡路大震災における災害弱者は社会経済的な弱者であったことが指摘された5

(2)生物学的要因(健康状態)

宮城県岩沼市の高齢者860名を対象とした追跡研究では、東日本大震災前に重度うつ傾向だった高齢者の震災当日の死亡率は13%で、死亡リスクはうつ傾向のない人と比べ約4倍高いことが示された。この理由として、高齢者においてうつ病と認知症は併発することがあり、認知機能の低下により、津波の危険や避難の決断を行いにくかった可能性、うつ病の人に確認されるネガティブ思考により「避難しても助からない」という考えが生じ、避難するモチベーションが低下した可能性などが考えられた。また、日常生活がほぼ自立し独力で外出可能な高齢者に比べ、要介護認定を受けている高齢者は震災翌日以降の死亡リスクが約3倍高かった。この研究から、重度うつ傾向があるまたは要介護認定を受けている高齢者は災害時に避難が遅れるハイリスク者として認識される必要があることが示唆された6

2.災害発生時の死亡リスクを抑制する要因:ソーシャル・キャピタル(人々のつながり)

社会経済的・身体的・精神的に弱い立場にいる高齢者は個人・地域レベルの社会的結びつきも弱い傾向があり、この傾向が災害時の被害を重くすることが報告されている2,7。このような高齢者の災害を軽減するためには、物理的なインフラを整備するだけではなく、地域における社会的つながり(ソーシャル・キャピタル)の強化が重要である8。ソーシャル・キャピタルは、米国の政治学者Putnumによって、「地域の信頼、助け合いの規範、人々のネットワーク」と定義されている。災害の各段階(①被害抑止、②事前準備、③緊急対応、④復旧・復興)において、ソーシャル・キャピタルは減災に貢献するが、地域のソーシャル・キャピタルの醸成には長期間の投資が必要である(図表1)。住民や地域のサービス提供組織の参加が促進されるための仕組みづくり・財政面の支援に始まり、個人・地域レベルの災害対応の能力を強化していく必要がある。災害発生後の緊急対応時は、行政・NGO・民間事業者の活動も加わり、それぞれが協力することが求められる。復旧・復興期には、社会経済的・身体的・精神的に弱いグループは災害が起こりやすく疎外された地域に暮らしているために被害を受ける。さらに強制的に移転させられることで、地域のソーシャル・キャピタルが断絶される。過去の災害ではこのような強制移転は繰り返し行われている。地域社会の既存の社会的つながりを無視する強制移転は、災害の長期的な影響に対する社会的脆弱性の差を拡大する傾向があり、地域のソーシャル・キャピタルを維持することは重要と言える1

(出典)Kawachi I, Aida J, Hikichi H, Kondo K, “Disaster resilience in aging populations: lessons from the2011Great East Japan earthquake and tsunami”よりSOMPO未来研究所作成

3.宮城県岩沼市(東日本大震災の被災地)のソーシャル・キャピタル研究

減災のために、1)災害前にソーシャル・キャピタルを豊かにしておく、2)被災後もソーシャル・キャピタルを維持する、という災害前後の政策の重要性を示した東日本大震災の地域高齢者研究を紹介する。東日本大震災の津波被害を受けた宮城県岩沼市の全高齢者を対象に日本老年学的評価研究(JAGES)が、震災7カ月前(2010年8月)から震災から約2年半後(2013年10月)にわたって3年間の追跡研究を実施したものである。

(1)災害前のソーシャル・キャピタル

震災前のソーシャル・サポートの有無が、震災後の高齢者の死亡リスクや心理面(うつ・認知症発症リスク等)に影響があることが明らかとなった。高齢者が社会的活動への参加などを日常から行い、社会との繋がりを持てる環境づくりを推進することの重要性が示唆された。

●高齢者860名を対象とした研究では、日頃から友人と会っていた人は会っていなかった人に比べ、震災翌日以降の死亡リスクが0.46倍と低かったが、震災当日の死亡リスクは高い傾向にあった。人々のつながりがある人の方が、有用な情報を入手しやすい、相談相手が多いなど健康によい効果があると考えられ、死亡リスクが低いことが示唆された。しかし、震災当日は友人が多い人の方が友人を助けようとする行動により避難が遅れた可能性が考えられた6

●高齢者2,242名を対象とした研究では、震災前に社会的サポートの授受があった(心配事・愚痴を聞いてくれる人や聞いてあげる人がいること、病気で寝込んだ時に世話・看病をしてくれる人やしてあげる人がいる)人は、なかった人と比べて、震災後のうつ発症リスクが3割少なかった9

●高齢者3,606名を対象とした研究では、社会的結びつきが豊かな人は、そうでない人に比べ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)発症リスクは0.87倍であった。さらに、個人としての社会的結びつきの豊かさに関わらず、社会的結びつきが豊かな地域に暮らす人たちではPTSD発症リスクが4分の3に抑制された10

●高齢者3,560名を対象とした研究では、住宅の損壊を経験した人であっても、震災前に比べ社会的結びつきが改善した人は、住宅被害によって引き起こされる認知症進行リスクが緩和されたことが示された。震災前に実施していた地域防災活動や震災後に仮説住宅で催された住民同士の交流を促すイベントなどを通じ、社会的な結びつきが強まった可能性が考えられる11

(2)震災後のソーシャル・キャピタル

3年間の追跡研究では、震災後のソーシャル・サポートを維持するためには集団移転(震災前の地域のメンバーと共に仮設住宅に移転)が有効であることが確認された。また、震災後に近所づきあいが増えると、うつ症状の悪化が抑制された。

● 高齢者3,560名を分析対象とした研究では、震災後、社会的結びつきを維持しやすい移転方法は、個別移転(くじ引きでの仮設住宅入居、みなし仮設住宅入居、新たな住宅購入)ではなく、集団移転であることを示唆した。震災前からの友人・知人と共に仮設住宅に入居することで、新たな環境でも交流を保つなど結びつきを維持することができたと考えられた12

● 高齢者3,111名を分析対象とした研究では、震災前より震災後にご近所づきあいが増えた(近所づきあいが「なし」→「あり」)人は、震災前後ともに近所づきあいがある人と比べ、震災後のうつ症状の悪化の度合いが少ないことが示された。震災前に近所づきあいがなかった場合も、震災後に近所づきあいが生じれば、震災後の高齢者のうつ症状の悪化が抑制されることが示された。まちの復興においては、被災者を孤立させない、近所づきあいが生まれるコミュニティづくりを行うことが、震災後の高齢者のうつ症状の度合いの悪化抑制に有効であると言える13

4.むすび

本稿では、社会経済的に不利、身体的・認知的に弱っている高齢者の災害時の死亡リスク要因が高いことを確認した。このような高齢者の被害を抑制する要因のひとつとして、ソーシャル・キャピタル(人々のつながり)を取り上げた。地域で防災訓練を実施するなど、日頃から顔の見える個人と個人の関係を構築するだけではなく、地域全体で行政、NGO、民間事業者など多様な分野の組織間の信頼関係構築・ネットワークの強化も必要である。被災後のソーシャル・キャピタル維持または新たな社会的結びつきの構築も重要である。本稿で取り上げた災害発生時の高齢者被害に係る研究は、少子高齢社会において公的セクターだけでなく、民間事業者が顧客や社会に価値(商品・サービスや地域貢献等)を生むために知っておくべき知見のひとつであると思われる。

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